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65.異世界にもサンタさんがいました。

 あれから、父さんはかなり悩んでいるみたい。

 私から見て、たぶん……4対6? 行きたいが4で、行けないが、6。新しいことが好きな父さんが、おそらく一生で一度しか行けないだろう貴族院というものに興味があるのは十分あり得る。ただ、その間のうちの店のこともあるし、何より相手が貴族というのにも二の足を踏む原因の一つだと思う。

 私自身はまだ実感はないんだけど、貴族って怖いものみたいだから……。






 グランベルさんからも連絡がないまま数日経ったある日。

 昼を過ぎて少しお客さんが途切れた時に、不思議な2人組が店にやってきた。

「いらっしゃい!」

 お客さんの少ない時間を狙って、母さんは二階の掃除をする。父さんは夕方の忙しい時間に合わせて厨房で下準備やらパン焼きをしていて、ケインはさっき市場にお使いに行った。

 よって、店には今私1人なので、ドアが開いた音に顔を上げ、いつも以上に愛想の良い声を掛けたんだけど。

「……サンタ?」

 入ってきたお客さんを見た瞬間、私の口から零れたのはそんな言葉だった。

 だ、だって、白髪に、白くて長い髭に、丸い眼鏡だよっ? 恰幅が良い体を包んでいるのはさすがにサンタの衣装じゃないけど、他の人が見たって絶対サンタクロースだってば!

 内心の興奮を出来るだけ抑えようとしたけど、バクバクうるさい心臓の鼓動を抑えるのは難しい。私は一度深く呼吸をしてから、今度は連れのもう1人を見た。

(あ……こっちは……平凡?)

 1人が見るからにサンタクロースでテンションが上がったせいか、もう1人の人がすごく平凡な容姿に見えた。

 薄茶の髪に、薄茶の瞳。中肉中背で、すごく美形じゃないけど、筋肉質でも不細工でもない人。市場なんかではぐれちゃったら、絶対見つけられない自信がある。

 2人とも、グランベルさんが着ているような富豪の衣装を身にまとっているので、きっとお金持ちなんだろうな。でも、そんな人たちがどうしてわざわざうちの店に来たんだろう?


 私がじっと見ていると、サンタさんがにっこり笑ってくれた。う……笑ったらますますサンタクロースだ。

「白パンはあるかね?」

「白パン……ちょっと、まっててください」

 午前中焼いた白パンはすでに売り切れていて、棚に残っているのは硬いフランスパンもどきだけだ。でも、さっき父さんが白パンを焼き始めていたはずなので、できていないかどうか聞いてみることにした。

「父さんっ、白パンできてる?」

「ああ、15個……今できる」

 その言葉と同時に、父さんは天火てんびから鉄板を取り出す。そこには美味しそうにふんわりと焼き上がった白パンがあった。

 少し冷ますために置いておかなければならないので、私はまた店に戻る。

「今焼きあがりました。なんこ買いますか?」

「2個ずつ……4個欲しいが」

「4こですね」

 私は頷き、店の隅に置いてある籠を指さした。

「入れるもの、ありますか? あのカゴ、入れることできますよ。1つ、大銅貨5枚です」

「ほお」

 エコバックもどきのシステムを一生懸命説明すると、サンタさんは感心したように頷いてくれる。我ながらいいアイデアだと思うから、すごいねと言ってもらえると嬉しい。


 サンタさんたちは籠を1つ買ってくれたので、私は少し冷ました白パンを取りに行く。

 すると、

「お嬢さん」

 お、お嬢さん? 生まれて5年、そんなこと言われたことないよ! 《佳奈》だった時はよく言われたけど、この世界では私、本当に極々普通の幼女だもん。

 私がびっくりしてサンタさんを見上げると、彼はわざわざその場に腰を屈め、私の目線に合わせてくれた。

「ランスロット様」

 もう1人の平凡な人が言ったのは、サンタさんの名前?

「よいのだ。お嬢さん、この白パンは、どんなふうに食べると美味しいのかな?」

 白パンの食べ方を知りたいってこと? もちろん、そのまま食べても十分美味しいんだけど……こんなふうに聞くのなら、他の方法を知りたいってことだよね。

 私も、父さんが作ったパンを美味しく食べてほしい。

「……お肉、好き?」

「肉は好きだな」

「じゃあ、ハンバーグと、チーズと、おやさい、はさみます。ソースは、マヨネーズでも、トマトソースでも、おいしーと思います」

 白パンの形は、ハンバーガーのパンに似てるから、一番に思いつくのはそれなんだけど。

「……ハンバーグとは何だね?」

「え? 知らないの?」

 びっくりしたけど、そう言えばここで食べる肉は焼くか煮るくらいで、わざわざひき肉にして捏ねてっていう料理は作っていなかったんだっけ。私にとっては当たり前すぎる料理でも、この世界では珍しいんだと改めて思い知ったけど、一度口にしてしまったことを撤回するのもおかしいし。


 私はまずハンバーグの作り方から説明を始めた。料理としては結構単純だと思う。後は味付けのソースを変えるだけで、いろんなバージョンもできるし。

 サンタさんはいちいち感心したように頷きながら、時々質問をしてくる。例えば、ミンチってどのくらい細かくするのか、とか、野菜をみじん切りにして、炒めて混ぜるってどのくらい炒めるのか、とか。

 こんなに細かく聞くなんて、サンタさんは食いしん坊だね。

「なるほど、そんな料理があったなんて……お嬢さんは良く知っているね」

「へへ」

 褒められて上機嫌になった私は、ちゃんとマヨネーズとトマトソースの話もする。

「好きなあじのソースで食べてくださいね」

「ああ、ありがとう」

 サンタさんは大きな手で頭を撫でてくれた……その時だ。

「……」

「?」

 見上げるサンタさんの顔が、少し驚いたように変化した。まるで意外なものを見つけたような……どう表現したらいいのか難しいけど、さっきまでの余裕があるような表情が一瞬だけ消えたような気がした。

(髪、へんだった?)

 今日も母さんに三つ編みにしてもらっている髪は、特にパサついていないし、結構手触りは良い方だと思うんだけど。

「……お嬢さんは、森の迷宮に興味はあるかね?」

「森のめいきゅう?」

 それって、お化け屋敷みたいなもの? それとも、何かの例え?

 怖いことは嫌いだけど、例えば行ったことのない物語の中のお城とか、あ、エルさんたちが通っている貴族院とか、絶対にいけるはずがない所には興味はある。

「うん」

 私が頷くと、サンタさんは目じりに深い皺を湛えて頷いた。

「水の女神、ガレンツィア様の導きがあるならば」

 そう言って、もう一度私の頭を撫でて今度こそ店を出て行った。

「ん? 帰ったのか?」

 それからすぐに、父さんが残った白パンを持ってくる。店の中に私しかいなかったので、大丈夫だったかと聞いてきた。

「うん。優しいおじーさんだった。サンタさん」

「サンタさん?」

「あ、えっと、へへ」

 つい口に出してしまったが、当然この世界の人はサンタクロースなんて知らないんだよね。でも本当に私のイメージのサンタさんそのものだった。

(あの衣装を着てくれてたらなぁ)

 あ、でも、今は春か。






 そして、また数日後。

 結局、グランベルさんの持ってきた話は流れたんだろうって家族みんな考えていた。平民のパン職人を起用するのはやっぱり考えものだったんだろうって、父さんは少しだけ残念そうだったけど、母さんは安心したと言っていた。

 私も、結局貴族院を見ることは叶わないんだろうなあって思っていたんだけど。

「いい返事を聞きに来た」

「え?」

 にこやかに笑いながら店に入ってきたグランベルさんの姿に、父さんは呆気にとられていた。父さんだけじゃない、店にいた私も母さんもケインも、まだあの話が有効だったことにびっくりしてしまう。

「あ……いや……」

 あれから時間が空いたことで、父さんの好奇心もかなり収まってしまっている。今は、貴族に関わる方が面倒で怖いという気持ちが強くて、今さら来ても遅かったよ、グランベルさん。

 父さんは厨房から出てきて、グランベルさんに向き合う。……あれ? あのグランベルさんの後ろにいる人……どこかで見たことがあるような……ないような?

「すみません、グランベルさん。光栄な話ですが、俺にはやっぱり荷が重くて……」

 私がグランベルさんの連れを見ながら頭をひねっている間に、父さんは断りの言葉を口にし始める。

 すると、

「お嬢さんは、森の迷宮に興味があるんですよね?」

 なぜか、グランベルさんの連れは私を見て言う。茶色い髪に茶色い瞳の、ごくごく平凡な容姿のその人……あ!

「前、きた人!」

 そうだよ、あまりに特徴がないからすぐには思い出せなかったけど、この人この間サンタさんと一緒に白パンを買いに来た人だ。でも、どうしてその人がグランベルさんと一緒にいるの?


 私はグランベルさんとその人を交互に見る。すると、その人は一歩前に立って私に向き直った。

「私は、ロドヴィック・フォン・マクファーソンと申します」

「ろどいっく、さん?」

 名前だけじゃないってことは、この人もしかして……。

「……きぞく?」

 私が呟くと、それまで固まったように動かなかった父さんがパッと私を背に庇ってくれる。

「あの、グランベルさん、この方は?」

 父さんの口調は、自然に険しいものになっていた。グランベルさんだけが来るならともかく、どうしてここに貴族を連れてくるのか。確かに、貴族院の食堂の話なので貴族が関係するのはわかるけど、だからと言って今うちは打診されている段階なのに。

 これまでグランベルさんとはいい関係を築いていたつもりだけど、やっぱりただの平民は軽く見られているのかと思うと、少し寂しくなった。

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