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59.変な人と出会いました。

 店先を見ても、やっぱりニンニクがわからない……。市場の中なのでいろんな匂いが混ざっているし、まだ買わないものに鼻を近づけるなんて怒られるかもしれないし……。

 先にオリーブオイルを探す方が良いかな。

「と~しゃん、あぶりゃ、あるとこ」

「油か」

「それならこっちだ」

 父さんが答える前に、エイダンさんが先に立って歩きだす。市場の中に店を出しているから、出ている店の情報には詳しいのかも。じゃあ、エイダンさんにもう少し詳しく説明すれば、ニンニクも見つかるかもしれない。

 油を売る店は大きな通りから少し外れたところにあるみたい。

「油は高くて、なかなか買う奴がいないからな。どちらかというと金持ちの道楽みたいな奴がしているんだ」

 へぇ。やっぱり油は高いんだ。うちは今のところマーサおばさんのところの牛脂を分けてもらってる。その代わりに、作った料理を渡したりしているんだけど、買うとなったらどのくらいの値段なんだろう。

「ここだ」

 そして、賑やかな本通りを外れてしばらく経ったところに小さな店があった。

 たくさんの出店とは違い、簡単だけど木造のちゃんとした店だ。

「いるか?」

 ちょ、ちょっと、そう言いながらもうドア開けてるよ。

「……なんだ、エイダンか」

 ドアを開けてすぐのところに、椅子に座って足を組み、本を読んでいる中年の男の人がいた。




(本……)

 この世界に生まれ変わってから、ケインが持っている薄い教科書以外の本を見たのは初めてだ。

 この世界では紙がとても高いものだと聞いていたので、その紙で作られた本を持ってる人なんて……金持ちの道楽って本当なのかもしれない。

 それに、初めて見る眼鏡姿だ。私の知っている眼鏡とほとんど似た形だけど、レンズが丸くて小さいのが可愛いかった。

 店は畳で5畳くらいの広さかな、壁際に作られた棚に申し訳程度に瓶が並んでいた。

 中に入っている液体は、私が良く知る油の色や、綺麗な黄色、濃い緑色のものもある。どれがどれなのか見ただけじゃまったくわからない。

「……」

 男の人は本から目を離さない。エイダンさんのことは声でわかったみたいだけど、私や父さんのことは気にならないんだろうか?

「ラムレイ、オリィーブオイルっていう油、あるか?」

「オリィーブオイル? どんな油だ?」

 二言目。外見で想像しているよりも声は若い。無精髭に、灰色のぼさついた髪なので、40代かと思ってたけど。

 まだ顔を上げない。でも、エイダンさんはまったく気にした様子もなく、私を振り返る。

「どんな匂いだ?」

 改めて聞かれても、なんと答えたらいいんだろう。《佳奈》だったころは普通に家に置いてあって、普通にサラダにも料理にも使っていたから、いざどんな匂いかって聞かれてもよくわからない。

 しいて言えば、果物とか花の匂いっていうか……そこまで純正のものを求めてはないけど、似たようなものがあるんなら欲しい。

「くらもの、とか、はにゃ? きれーなきーろ」

 とりあえず私がそう言うと、初めて目の前の男の人……ラムレイ? さんが顔を上げた。


「……」

「……」

 う……目を逸らしたい。眼鏡の奥からじっと観察するように見られて、私は内心冷や汗を流す。特に敵意もないのであからさまによそを向けないのがつらい。

 彼の綺麗な紫の瞳が、雄弁な好奇心を映していた。

「その子供は?」

「この子が油を欲しいんだ」

「……ほお」

 うわ、ちょっと笑ったんじゃない? ますます嫌な予感がして、私は抱き上げてくれている父さんの服をギュッと握りしめる。父さんはすぐに私の緊張に気づいてくれて、宥めるように背を撫でてくれた。

 そうしている間に、ラムレイさんは棚から一つの瓶を取る。それはとても綺麗な黄色い色をしていた。

「これは花の香りがする油だ」

「!」

 うそっ、ちょっと見せてください!

 私が反射的に手を伸ばすと、意外にもすぐに手渡してくれる。でも、瓶はコルクのような栓がされていて、私の力ではとても開けることができなかった。

「ちょっと貸してくれ」

 私を抱き上げている父さんではなく、エイダンさんが栓を抜いてくれた。

「……っ」

 瓶を手に取り、顔を近づける。すると、微かに花の甘い蜜の匂いがする。

 もしかしたら、これは正確にはオリーブオイルじゃないかもしれない。でも、この匂いがとても気に入って、私はすぐに父さんに頷いて見せた。


「こりぇっ」

「これでいいんだな?」

 念を押されて、しっかり頷いた。父さんはラムレイさんに言う。

「これをくれ。いくらだ?」

「大銀貨3枚」

「「大銀貨っ?」」

 あっさり言われ、父さんとエイダンさんが揃って声を上げる。私もびっくりした。大銀貨3枚って、3万円ってことでしょ? 砂糖もとんでもなく高いけど、このオリーブオイルって500㎖くらいしかないのに……。

(確かに、オリーブオイルはそんなに量は使わないけど、それでも高すぎる……)

 トマトソースを作るだけでこんな金額が掛かったら、それこそ原価まで高くなっちゃうよね。ピザなんて、庶民の味なんだよ? 

 私は父さんの服を引っ張った。

「リナ、いらにゃい」

「リナ、でも」

 せっかくここまで来てって父さんは思ってるみたいだけど、高すぎる材料は早々に諦めた方が良い。

 今回のトマトソースは、オリーブオイルなしで作ればいいし。その代わり、時間ができたら油が搾れる実を探そう。そもそも、オリーブオイルだってオリーブから作るんだし、油が取れる実はどこかにあるはず。

「……あぶりゃ、ない。み、しぼって、あぶりゃ、ちゅくりぇる」

 私がそう言うと、父さんはしばらく瓶を見ていたが、エイダンさんに手渡した。

「うちで買うには高すぎる。悪いが……」

「そうだよな」

 エイダンさんもさすがに高いって思ったんだろう、何度か頷いてラムレイさんに瓶を返そうとした。

「……いや、持っていっていい」


「……は?」

 エイダンさんが呆気にとられた声を出した。でも、声を出さないだけで、私も父さんもどうしてって頭の中が混乱している。

「い、いや、今回は買わないから……」

「金はいらない」

 あっさりと言ったラムレイさんは、今度こそわかるくらいにニヤリと笑った。

「何に使うか興味がある。後で持ってきてくれ」

 うわ……この人、本当にお金持ちなのかもしれない。興味があるってだけで、3万円もする油をタダでくれようとするなんて……全然商売をしようとしていないじゃない!

 ど、どうする? ここは頷くべき? それとも、断った方が良いの?

 エイダンさんの時はあまり考えずに貰っちゃったけど、さすがに二回目となると私だって慎重になる。目の前の男の人が何を考えているのか……うん、見ているだけじゃまったくわからない。

 私が迷っているのがわかったのか、ラムレイさんは片眉を上げて言った。

「そっちにとっては得しかないだろう」

 得しかないから怖いんだけど。

(本当に、料理したものを持ってくるだけでいいの?)

「……」

「どうする?」

 な、なんか、追い詰められている気がするんだけど気のせいだろうか。

 私はだんだんと頷かないといけないような気分になってきた。

「いや、今回は……」

 そんな私の気配に気づいたのか、父さんが先に断ろうとしている。後で私が困ることがないようにって思てくれているんだろうけど……。

「……くだしゃい」

「リナ……いいのか?」

 良いか悪いかで言えば、困ったという言葉が一番ピッタリくる。でも……図々しい考えかもしれないけど、作った物を渡すくらいでこの油を貰えるなら安いものだ。

 たぶん、この人は自分の知らないことを知ることが大事なんだと思う。高価な本で知識を得ているのに、その知識の中にないことが目の前にあったら、どんなにお金がかかっても経験したいタイプに見えた。

 もしかしたら後で後悔することがあるかもしれないけど、女は度胸! ……あ。


「ニンニク、ちってましゅか?」

 彼の知識の中にニンニクがあればって聞いてみたけど、ラムレイさんは首を傾げる。

「ニンニク? 何だ、それは?」

「くしゃくて……おいちー、ちょーみりょーなりゅ」

 オリーブオイルと一緒で、味や匂いの説明は難しい。単なる私の感想を言うしかなかったんだけど、ラムレイさんは目を閉じ、少し考えるように膝を指先で叩いてから……立ち上がった。

「来い」

 短く言って、さっさと店から出て行く。ちょ、ちょっと、留守番いないんだけど! 鍵もかけてないよ!

 高価な油が置いてあるのに物騒過ぎる。私が慌てて止めると、ラムレイさんは面倒臭そうにエイダンさんを見た。

「留守を頼む」

「お、おう」

 え、そんなんでいいの? 私と父さんは2人の顔を交互に見たけど、ラムレイさんはさっさと市場の中心に歩いていく。私たちが後を追っていくのを確信しているかのように振り向かない背中に、まさか無視することもできない。

「エイダンしゃん」

「わかってる、行ってこい」

 エイダンさんはラムレイさんの突拍子もない行動に慣れているのか、軽く手を振って私たちを店から出す。私は父さんと顔を見合わせた。

「……いく?」

「心当たりがありそうだったな。後を追ってみるか」

 そう言った父さんが私を抱え直してラムレイさんの後を追う。

「……へんにゃひと」

 私が思わず呟くと、父さんも同意するように苦笑した。父さんもそう思うでしょ?

 でも、知識があるのは確かみたい。他にどんなことを知ってるんだろう……読んでいた本は何の本?

 父さんに抱き上げられてラムレイさんの後ろを行きながら、次々に浮かんでくる疑問が頭の中で渦巻いていた。 

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