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56.おうちに帰りました。

 小さくなった玉を手に取ったエルさんは、チラッとこっちを見る。視線が合った私は、つい疑問を口にしてしまった。

「たま……ちぢむ?」

「バルツァルの魔石だ」

「魔力の塊のようなものだよ」

 短すぎるエルさんの言葉に、シュルさんが付け足してくれる。へぇ、この玉って魔力の塊なんだ。結構大きいと思うんだけど、バルツァルって強い魔獣だったってこと?

 好奇心が抑えられなくて手を伸ばしたけど、エルさんはすいっと玉を自分が羽織っているマントの中に隠してしまった。

 ひ、酷い、もう少し見せてくれたって良いのに……。じとっとエルさんを見上げるけど、私の視線なんか少しも気にしていないかのように綺麗なアイスブルーの目を向けてくる。

「どうしてこんなところに……いや、わかっているんだが……子供が魔獣のいるような場所に来るのではない」

「リナ、ちらないもん」

「知らない?」

「あちってなって、め、あいたらきてた」

 確かに母さんのいる場所に行きたいって思ったけど、私にそんな手段はなかった。ただお守りだって思っていた玉にお願いしただけで、好き好んで魔獣の前に現れたわけじゃないし。……でも、母さんを助けたいと思ったから、あのタイミングでここに来れたことは良かったと思う。

(あれって、テレポーテーション?)

 でも、それは超能力だよね? だったら、魔法……なんだろうか。でも私、術語口にしていないんだけど……。


 理解できないことだらけだけど、わからないことはもうポイってどこかにやってしまおう。

 私は母さんを見る。怪我は治り、顔色も良くなって、今はタダ眠っているだけに見える。本当に、間に合ってよかった。

 私はもう一度改めてお礼を言おうと顔を上げたけど、不意にトンっと後ろから肩を押されてつんのめった。咄嗟に伸ばした手は目の前のエルさんのマントを掴んだみたいで、エルさんの眉間に皺が刻まれる。

「ご、ごめんしゃい」

 こ、これは不可抗力だから!

 いったい何があったのかと後ろを向いたら、そこには馬が、いや、角があり、翼が生えているユニコーンがいる。しかも、水色と黒の2頭だ。どちらかはわからないが、そのうちの1頭が鼻先で私の背中を突いたらしい。

 目を丸くして見つめると、水色の方のユニコーンがまるで笑っているかのような目になった。

「……いまの、あにゃた?」

 今の私から見たら、見上げるほど大きな馬、いやユニコーンだ。力加減を間違ったら怪我をしそうだ。

「ごめん。ターニャ、リナは小さいんだから悪戯しないように」

 シュルさんが水色のユニコーンの鼻筋を撫でながら言っている。……ターニャ?

「ターニャ、なまえ?」

「ああ。この子は私の使徒獣(ストライテン)、ターニャと言うんだ」

「しゅとらいてん、なに? おうまさん?」

 どう分類していいのかわからなかったので、一応馬かなと思って聞いたけど、なんと使徒獣(ストライテン)は魔獣らしい。

「この子たちは使徒獣(ストライテン)の中でも一角獣(チェスター)という種類だよ。空も飛べるし、魔法も使える。その分、使徒獣(ストライテン)にするのは難しいんだけれどね」


 シュルさんの話だと、この国の騎士や貴族のほとんどが使徒獣(ストライテン)を持っているらしい。

 元は魔獣で、彼らの中にある魔石を持ち主になる人間が自分の魔力で染めることで、従順な使徒獣(ストライテン)になるんだって。

 その中でも一角獣(チェスター)は魔力が強くて、自分も魔力が強くないと魔石を染めることができないようで、国の中でも使役しているのは限られた人たちらしい。

 魔石を染め変えたら持ち主も変わってしまうことがあるとか……え、そんな横取りとか卑怯じゃない?

 馬小屋とかに入れてたら危ないんじゃ……。

「それは大丈夫なんだ。ほら」

 シュルさんはどこからかピンポン玉くらいの水色の玉を取り出したかと思ったら、

格納(ドット)

 そう言うと、水色のユニコーンは一度光ってから姿を消して水色の光の玉になった。それはあっという間にシュルさんの持っていた水色の玉にしゅって入っていった。

「……うわぁ……」

(これって、あのアニメの……)

 ○○ゲットだぜって言いたい……。 

「だしゅときは?」

現出(ゲネン)

 今度は玉から水色の光が出て、目の前に水色のユニコーンが現れた。

 ……もう、ファンタジーって言葉で済ますしかないよね……。






「さて、どうするかな」

 私の好奇心が一通り満足したのがわかったのか、シュルさんがエルさんを見た。

「私たちがここにいることは内密にした方が良いでしょう?」

「貴族院の学生が討伐に出たなどと知られては」

「王命でなければ処罰ものでしょうね」

 処罰? 私と母さんを助けてくれたのに、罰を受けるって……え、ちょっと待って!

「リ、リナ、みんなにいう! たしゅけてもらった、いう!」

 2人が来なければ、私も母さんも絶対無傷じゃなかったもん! 助けてくれた2人に罰があるなんて、絶対に嫌だよ!

 必死にそう言う私の髪を撫でてくれながら、シュルさんが困ったような顔をした。

「リナみたいな子供がここにいること自体大変なことなんだ。しかも、リナ、光の加護を使っただろう? 城の魔導士団の者が見れば光の加護の名残がわかるんだよ」

 え、でも、わかったからって、何かされるってことあるの?

「光の加護持ちは希少だ。否応なしに城に召し上げられるが……君は家族と離れてもいいのか?」

 エルさんに静かに言われ、私は反射的に首を横に振った。そんなの絶対嫌だよ!

「……どうするか」

 エルさんはしばらく目を閉じていたが、やがて目を開けたかと思うとしかたなさそうに息を吐いた。

「リナ、その魔石を」

「ましぇき?」

「私が渡したものだ」

 あ、ビー玉? 私の中ではビー玉って意識があるから、魔石って追われてもすぐにはわかんなかった。

 もちろん、これはエルさんがくれたものだから、返せって言われたら返すけど……お守り代わりって思ってたんだけどな。


「すぐ返す」

 私の表情から正確に感情を読み取ったらしいエルさんに言われて、恥ずかしくなりながら握ったままだったビー……魔石を差し出す。

 すると、それを握りしめたエルさんが何か呟いた。そして、またすぐに私に渡してくれた。

「母親に触れたまま、それに願うんだ」

「ねがう?」

「君がどこに行きたいかだ」

 私の行きたい場所なんて決まってる。うちに、家族がいるうちに帰りたい。

「馬鹿者っ、母親に触れていなければ、母親だけここに置き去りになるぞっ」

 ふわっと意識が揺れそうになったけど、エルさんの焦った声にハッと我に返って、私は母さんの側に座り込んだ。離さないようにしっかり手を握りしめて、もう片方の手で魔石を握り込む。

(家に帰りたい……っ)

 改めて願うと、また意識が揺れる。私は慌てて叫んだ。

「ありがと!」

 魔石が熱くなって、視界がぐにゃりと歪む。意識が途切れる前、

「何度礼を言う気だ」

 エルさんの小さな声が耳に届いた気がした。











「リナッ!」

 い、いたっ。 首がガクガクするってば! 私は揺れから逃れるために身体を捩ろうとしたけど、

「リナ!」

 悲鳴のような声が再び聞こえて、あっと目を開いた。

 開いた視界いっぱいに、母さんの顔があった。顔は涙に濡れていて、髪も乱れている。いつも身綺麗にしている母さんのらしくない姿に、私はようやくぼんやりとしていた意識が戻った。

(ここ……)

 今私がいるのは、自分の家の横、使徒像の前だ。跪いている母さんに抱かれる形で、激しく揺さぶられていたらしい。

 ……良かった、ちゃんと帰ってこれたんだ。

「か~しゃん……」

「リナ、大丈夫なのっ? 気がついたらここにいて、あんたは目の前で倒れてるし、母さん……もう、心臓が止まるかって思って……」

 どうやら、母さんは私の状況にびっくりしていて、あの森での出来事が頭の中からすっぽり抜けてしまっているらしい。ううん、もしかして、幻惑を見せる魔物って言ってたから、その間のことは記憶にないのかもしれない、

 私はハッとして空を見上げる。最後に家の前で見た時よりも太陽の位置は変わっていて、それだけ時間が経ったのだとわかった。

「リナ、怪我はない? 頭打ったりしていない?」

 母さんは私の体を隅々まで見ている。怪我なんてしていないよ、ちゃんと助けてもらったんだもん。

(あ……)

 私は握りしめたままの右手に意識を向けた。もう熱くはないけど、この手の中にちゃんとあの魔石があることはわかる。

(エルさんの魔法だ……)

 どんなふうにこの魔石を使ったのかわからないけど、私が母さんのところに行けたのも、こうして2人無事にうちまで戻ってこられたのも、全部エルさん……と、シュルさんのおかげだ。

「リナッ、母さんっ?」

 その時、ケインの声が聞こえた。

 南門の方から走ってきたケイン……を追い抜いて、父さんが私たちに駆け寄る。

「リナッ、アンジェッ、大丈夫かっ? 怪我はないかっ?」

 汗だくの父さんの目は血走っていて、ちょっと怖いくらい。でも、それだけ母さんや私を心配してくれているんだとわかって、私はうんっと頷いた。

「けが、ないよ。か~しゃんも、ね?」

「ええ。心配かけてごめんなさい、ジャック」

 そう言って、母さんは父さんに抱きつく。父さんも強く母さんを抱きしめて……まあ、その後のことはマナーとして一応目を逸らしておいた。

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