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55.助けてくれたヒーローは美少年でした。

「か~しゃ!」

 私は叫んだ。今にも母さんがあの魔獣に食べられてしまいそうで、ぶわっと涙が溢れる。一生懸命走るけど、たった数十メートルがとてつもなく遠くて、

「わぁっ」

 途中、足がもつれてその場に転んでしまった。

 どうして私、子供なんだろう。もっと大きかったらあの魔獣に石を投げたり、枝で突いたりして母さんを助けるのに! ……あの魔獣が、そんな些細な抵抗で撃退できるわけがないってわかってるけど、こんなところで転がっているよりはよっぽとましだと思う。

「リ……ナ?」

 母さんが、確かめるように私を呼んだ。そして、魔獣のいる方をもう一度振り返り、その顔が見る間に蒼褪めていくのが見えた。

(もしかして、幻惑が解けたっ?)

 きっと、あの魔獣は母さんにケインの幻を見せていたはずで、それが私の存在で解けてしまったのなら万々歳だ。で、でも、今度はおびえる母さんを逃がす方法を考えないといけないっ。

 あ~っ、もうっ! こんな時魔法が使えたら! 

 あの魔獣を倒せるほどじゃなくても、ここから逃げ出せるくらいの魔法!

 魔法! 魔法が!

「……っつ」

 その時、右手がまた熱くなってきた。さっきよりももっと熱いかもしれない、このままじゃ落としちゃうかもっ!

 今の私にとって唯一のよりどころがこの水晶玉しかなくて、私は火傷する覚悟で強くそれを握りしめた。

「リナ!」

 ……え? 母さんじゃない? 誰の声?

 キョロキョロ辺りを見回すのと、

「ひゃうっ?」

 背後からぐっと腹に巻き付かれた腕に持ち上げられたのは同時だった。




 見開いた視界の先で、地面がどんどん遠ざかる。わ、私、宙に浮いてるっ?

 っていうか、私の乗ってるの、何、これ? 馬?

「大丈夫?」

「!」

 気遣うような声に反射的に振り向くと、そこには少し髪を乱した青年がいた。

「……シュル、しゃん?」

「怪我はない……みたいだね」

「……え? どして、シュルしゃ……」

 どうしてここにシュルさんがいるんだろう? 私、シュルさん呼んでないよ? も、もちろん、来てくれて嬉しいけど……って、あ!

「か~しゃん!」

「大丈夫」

 何が大丈夫なのっ? 今目の前で母さんが襲われそうになってるのに! 私を助けてくれるなら、どうして母さんも助けてくれないのっ? 私は半泣きでシュルさんを睨んだ。自分が理不尽なことを考えてるってわかってるけど、半分パニックになっているせいで感情を止められない。

「……っ」

 体の中で、抑えようのない熱がグルグル渦巻いている。私がその熱から逃れるようにはっと息を吐くと、シュルさんは宥めるように頭を撫でてくれた。

「本当に大丈夫。今、始末がつくから」

 そう言ってシュルさんが上を見たので、私もつられて上を見る。すると、

「……ゆにこーん?」

 絵本で見たことがある、角と翼が生えた馬が空を飛んでいて、そこに誰かが乗っているのが見えた。

「あいつに任せていればいい」

 シュルさんの言葉が遠い。私は幻の生き物が目の前にいることが、ただただ衝撃的だった。




 この世界は、魔法が使える。それだけでも不思議で、ファンタジーな世界だと思ってたけど、あのユニコーンまでいるの? 

 それが現実なのか、夢なのか。……ううん、夢じゃない。だって、私の顔に当たっている風は痛いほど強いし、あの魔獣から放たれているだろう甘い匂いも微かに感じる。

 私は目を凝らして、ユニコーンに跨っている人物の顔を見る。ううん、顔を見なくても、陽に輝くプラチナブロンドの髪はすごく目立っていた。

「エルしゃ……」

 シュルさんがここにいるのだ、いつも2人一緒に現れるせいで、そこにエルさんがいても私には当然に思えた。でも、エルさんが今から何をしようとしているのか、全然わからない。

 その時、エルさんが右手をかざした。何もなかったそこにいきなり長い剣が現れて、それが見る間に金色に輝き始める。まるで太陽の光を凝縮したみたい……そう思った私の前で、

「あっ!」

 エルさんはそのまま急降下した。

 100メートルはあるだろう高さを一気に降下したエルさんは、手にした剣で魔獣の頭を突き刺し、降下する勢いのままザシュッと剣が魔獣の体を切り裂く。


 ギャァオォォォ!!!


 断末魔のような声と、切り裂かれたところから噴き出る黒い液体。血じゃないんだって、妙に頭の中が冷静だった。

「あ……れ」

「浄化されたんだ」

 浄化? あの金色の剣で? 待って、待って、私、もう頭の中がパンクしそうだってば! 

 魔獣が出て、母さんがいなくなって、急に森に来たと思ったら、恐ろしい魔獣と鉢合わせして。それで? どうしてエルさんやシュルさんがここにいるわけ? 討伐に駆り出された騎士じゃないでしょ?

 ぶつけたい疑問は山ほどあるけど、今の私がしたいことはただ一つだけ。

「した! か~しゃんとこ!」

 今の衝撃で母さんが怪我をしていたらどうしよう。魔獣が倒れたことへの喜びなんか後回しで、私は早く母さんのもとに行きたかった。




 シュルさんはすぐに私の願いを聞いてくれた。

 見る間に地面が近づいてくるのを見ながら、私はハッと今自分が乗っているものが何なのかを知る。

「こ、これも、ゆにこーん?」

「ゆにこーんというのは何だい? これは使徒獣(ストライテン)だよ」

「しゅとらいてん?」

 それは、このユニコーンの名前? ふわっと、衝撃なく地面に降り立ってくれたユニコーンから下りたシュルさんが、私をその背から下ろしてくれた。急いでさっき母さんがいた場所へと走ると、地面に倒れている姿が目に入る。

「か~しゃん!」

 まさか、まさか! 助けがきてくれる前に、母さんはあの魔獣に? 私はボロボロと涙を流しながら母さんに抱きつく。まだ、温かい。

「か~しゃん、か~しゃんっ」

 母さんは倒れた時にできたのか、額に少し擦ったような跡はあったけど、見た感じ大きな怪我をしている様子はない。胸元に手を当てると僅かに上下していることもわかって、母さんが死んだわけじゃないってようやく納得できた。

 もしかしたら、さっきエルさんが魔獣を倒した時の衝撃で気を失っているのかもしれない。

 あ、魔獣!

 私は辺りを見回す。体中から黒い液体を噴き出していた様子は見たけど、その後あの魔獣はどうしたんだろう? ま、まさかまだ生きているなんてないよね?

「……ぁ……」

 母さんから10メートルくらい離れているだろうか、その辺りの地面が抉れていて、一面の草が茶色く変色している。そして、その抉れている場所には、サッカーボールくらいの透明な玉があった。


「リナ」

「!」

 母さんにしがみ付いたまま謎の玉を見つめていると、すぐ側に人が立った気配と共に声が聞こえて、私は驚いて大きく肩を揺らしてしまった。まだ魔獣が生きているかもなんて考えていたから、変な想像をしちゃったよ……。

「エルしゃん……」

「無事だな?」

 確認するように聞かれたが、その声の中には怪我などしているはずがないって言う強い確信を感じる。エルさんがあの魔獣を倒してくれたんだ。私は頭を下げた。

「ありがと、エルしゃん」

「……君の危機がわかったからな」

「きき?」

 どうやってって聞く前にわかった。私は右手に握りしめた水晶玉を見る。これが、私の恐怖に高まった気持ちをエルさんに伝えてくれたんだ。

 私は本当にお守りのつもりだったんだけど、これは物理的に私を守ってくれるものだったなんて。しかも、居場所までわかるなんて、GPSみたい……。

 エルさんがどうしてそこまでしてくれるのかわからないけど、助かったのは本当だ。

 エルさんはちらっと倒れたままの母さんを見た。

「癒そう」

「リナが! リナがしゅる!」

 魔物を倒してくれただけでも本当に助かった。だから、母さんは私が、私が癒すから。

「リナ?」

 怪訝そうなエルさんの視線を感じながら、私は母さんの額の掠り傷に手を翳す。

(治って……そして、恐怖を忘れて……)

 目を閉じて、掌に集中する。前にできたことをなぞるように、ゆっくりと言った。

治癒(オーサ)


 母さんの額の傷は見る間に消えて、青白かった顔色も戻った。呼吸も、落ち着いたように聞こえる。

(……良かった)

 ちゃんと光の魔法が使えたことに安心した私は、

「光の加護が使えるのか……」

 驚きと困惑が入り混じった声を聞いて、慌てて顔を上げた。

 そこではエルさんとシュルさんが強い眼差しで私を見ていた。

(ま、不味い……)

 術語は学校に入学してから習う。3歳児が使えるはずがないって、スポンと頭の中から消えていたよ……。どうしよう、何か罰則でもあるの? 使えるはずがないというのと、使ったら駄目というのとでは全然違う。

 私はおずおずとエルさんを見た。

「……リナ」

「ひゃいっ」

 う……背中が真っすぐ伸びちゃう。エルさんの言葉はまだ十代前半の少年とは思えないほど深く響いて、反射的に「ごめんなさい」って言いたくなった。で、でも、私だって聞きたいことがいっぱいあるんだよ?

 エルさんはそこで言葉を切って深く息をついている。そして、そのままさっき見たサッカーボールくらいの玉に手を触れて何事か呟いた。

「……!」

(ち、縮んでる……)

 玉はまるで空気が抜けるように縮んでいく。あれって、硬いんじゃないの? どうして小さくなっていくの? 尋ねたいのに邪魔したらいけないような気がして、私はただじっと見ていることしかできない。

 やがて、サッカーボールくらいの大きさが、野球のボールくらいの大きさになって……止まった。

(……ちっちゃくなっちゃった)

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