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53.お守りの存在を思い出しました。

 北の広場から南側にあるうちに向かうにつれて、人の波は少なくなっていった。でも、いつも広げられている屋台をおじさんが慌てたように片付けていたり、仕事着の人が急いで走っていったり、店の扉はどこもしっかり閉められている。この辺りは小さな店や工房が住宅と一緒になっているので、みんな家の方にいるのかもしれない。

「あっ」

 すると、突然母さんが足を止めた。

「ケインがまだ学校にいるわっ」

 蒼褪めた母さんの言葉に、私は慌てて空を見上げる。太陽はほぼ真上、もうすぐ昼だ。学校は昼までなので、そろそろ帰宅時間のはずだけど……もしかしたら帰っている途中で……。

「か~しゃん……」

 心細い私の気持ちを反映してか、母さんを呼ぶ声が震えてしまう。すると、母さんは私を抱きしめる力を強くしてまた速足に歩き始めた。

「リナ、うちに帰ったら、父さんと一緒にいなさい。母さんはケインを迎えに行くから」

「リ、リナもっ」

「だめよ。リナはうちにいなさい」

 強く念押しされて、私はそれでもと言い返せなかった。それに、いくらケインのことが心配でも、今の私は足手まといにしかならない。

 何が起こっているのかわからない状況で、母さんにケインも私も守ってくれなんて言えるはずもなくて、私は唇を噛み締めて頷くことしかできなかった。




 うちが見えるところまでくると、店先に大柄な人影が立っているのがわかった。

「ジャック!」

 母さんが声を上げると、勢いよくこっちに向かって走ってくる。

「リナ! アンジェ!」

 父さんは心配で落ち着かないまま外をうろついていたんだろう。私と母さんの顔を見て、目に見えて安堵した表情になった。

 母さんが私を手渡すと、父さんにギュッと抱きしめられる。頬に当たる髭が痛くて、でもそれが凄く安心できて、私も強く父さんの首に抱きついた。

「ジャック、私、ケインを迎えに行ってくるわ。リナとここで待っていて」

「俺が行く!」

「だめよっ。リナとお店はあなたが守ってくれないとっ。大丈夫、ちゃんと戻ってくるからっ」

 そう言って母さんは店を飛び出していく。父さんも咄嗟に後を追おうとしたけど、腕の中にいる私の存在に足は途中で止まってしまった。

「……くそっ」

 じっと待っているのもすごくつらいけど、父さんは母さんの言ったことを無視できないだろう。家族との約束事を大切にする父さんが悔し気に唸るのを、私はただ黙って聞いているしかなかった。




 父さんが立ち尽くしていたのは、それほど長い時間じゃなかった。

 私を椅子に座らせて、自分はその前に跪く。

「リナ、何があったのかわかるか? 父さんは店の中で大きな音と、獣の声を聞いた」

 そうか、ここまで聞こえたんだ。私も頷き、父さんの言葉を肯定した。

「きたのひろばで、リナもきいた。おっきなおと、おっきなこえ」

 それが何の声なのかはわからない。森にはまだ数回しか行っていないし、そこにこんな町中に声が響くような獣がいるなんて……。

「そうか……」

 父さんは大きな手で頭を撫でてくれた。

「よく帰ってきたな。偉かったぞ」

「と~しゃ……」


 ドン!!!


「!」

 また、さっきのような大きな音がした。私は椅子から飛び降り、慌てて父さんの太い首にしがみ付く。

「大丈夫だ、リナ。あれはたぶん魔獣の声だろう」

「まじゅー?」

 そんなの、いるんだ。確かに、この世界には不思議なものや不思議な生き物がいる。前森に行った時、私には象にしか見えない甘大蜂(パティラ)という生き物に出会った。鼻が蜜壺で、中にハチミツが入っているっていう、私にとっては常識外の生き物。確か、それも魔獣って言われてたはずだ。

 そんな生き物がいるんだから、もっと大きくて凶暴な魔獣って呼ばれるものがいてもおかしくはない。おかしくはないんだけど……でも、どうしてもいやな響きだ。

「リナが生まれる前はよく現れていたが、最近はめっきりそんな噂も聞かなくなったんだ」

 前は現れていた? よ、よかった、私が生まれる前の話なんて……っていうか、今現れているんでしょっ?

「すぐに騎士団と魔導士団が退治してくれる。ここでおとなしく待っていよう」

「か~しゃんは?」

「……アンジェも、ケインも大丈夫だ」

 まるでそれは、父さん自身に言い聞かせているような声だった。






 家の外は静まり返っている。普段の賑やかさが鳴りを潜めていて、私の中の不安は一向に消えてくれない。

 すると、

「近衛兵団だっ! 南の森に魔獣バルツァルが出現! 騎士団が討伐に向かっているので、家から出ないように!」

 叫ぶような声と、馬の嘶きが聞こえる。

「良かった……騎士団が出てくれればもう大丈夫だ」

「きしだん……」

 私は小さな窓から外を見た。もう後ろ姿しか見えないけど、確か前、砂糖のことでうちにも来たことがある衛兵の人と同じ格好なのはかろうじてわかる。

(あのおじさんたちも魔獣と戦うの?)

 人間が魔獣に勝つことなんてできるの? 私は心配でたまらなかったけど、そういえばここでは魔法が使える。魔法なら、魔獣にも通じる?

 母さん……今どこだろ。学校まで行ったのかな……それとも、帰る途中のケインと会えた? 2人のことが心配でたまらない。でも、私がここから出てしまっても何もできないこともわかってる。


「リナ、二階に行っていなさい」

「……うん」

 このまま店にいると、飛び出してしまいたくなる。私はトボトボと二階に上がった。

 そのままぼうっと立っていると、俯く視線の先にいつもより綺麗な服が映る。今日は母さんとお出かけだったんだ……ついさっきのことなのに、もうずいぶん前のことに思えてしまった。


『これを、いつでも身に付けているように』


「……あ」

 不意に、私は思い出した。慌てて部屋に入り、いつも身に着けているエプロンを手に取り、そのポケットの中に手を入れた。

「……あった……」

 手の中には、ビー玉のような綺麗な玉がある。その色は綺麗なアイスブルーだ。

 くれた人は、プラチナブロンドの髪に少し暗いアイスブルーの目の、人形のように綺麗な男の子。


『受け取っておくといい。これは君にとって大事な護りになるだろうから』


 宥めるように言ってくれたのは、水色の髪と髪より濃い青い目の、にこやかな人。

「……」

(これ……私だけじゃないよ……ね)

 私はそれを握りしめて、一生懸命お願いした。母さんとケインが無事でありますように、ちゃんと家に帰ってきてくれるように。私にとって大切な人も守ってほしくて、私はただ一心に祈る。

 すると、手の中にものがほのかに温かくなった。

「え……」

 焦って手を開くと、アイスブルーだったそれが、薄い金色になっている。

「!」

 一瞬、それが眩しいほどの光を放って、私は反射的に目を閉じてしまった。


(い、今の、何だったの?)

 もう手の中のものは温かくない。でも、色は金色に変わってしまって、私は妙な不安にかられてしまった。どうしよう、何か悪いことの前兆じゃないの?

「リナ!」

 下から父さんに呼ばれた。私はそれを手に握ったまま階段へと急ぐ。

「と~しゃん?」

「今、子供たちが帰っているらしいっ。父さん、外で母さんとケインを待っているから、お前は絶対に家を出るなよ!」

「う、うん」

 どこからの情報なのか知りたかったけど、父さんは必要なことだけ言って外に出たようだ。ドアを開閉する音がして、しんと静まり返ってしまう。

 このまま上にいるかどうか迷ったけど、私も少しでも母さんたちの側にいたかったので一階に下りた。

 窓の外を見れば、ドアのすぐ前に父さんが立っている。

(あ……本当に帰ってきてる)

 通りには、急ぎ足の子供や、親子連れがいた。母さんみたいに迎えに行った人もいるんだ……。

 この分じゃ、もうすぐ母さんとケインも帰ってきそう。

 少しだけ安心したけど、


 ギャアアアアア!!!


 また、魔獣の声が響いた。でも、さっきよりも声が弱々しい? ここまで聞こえること自体すごいんだけど……。

(どういうふうに倒すんだろう……? バルツァルって、どんな魔獣?)

 人間って現金なものだと思う。母さんとケインの無事がすぐ目の前まで来ていると思うと、別のことに意識が向いてしまう。私にとってはバルツァルって魔物は姿形も、性質だってわからないから、少し、ほんの少しだけ興味がわいた。

 もちろん、怖いから実際に見ようとは思わないけど。

「……とだ!」

(父さん?)

 ドアの向こうから、父さんが怒鳴っている声がする。私はすぐに駆け寄り、ドア越しに父さんの声を聞いた。

「アンジェがいなかったってどういうことだっ? あいつはケインを迎えに行ったんだぞっ?」

(え……)

 母さんがいない? それってどういうこと?

 私は父さんに二階にいろと言われていたのも構わずにドアを開けた。その途端、驚いたような表情の父さんが見えて、その側にいる肉屋のマーサおばさんの一番上の息子、ヘンリクと、そしてケインとラウルの姿を見つけた。

 え、ケイン、どうしてラウルたちと一緒にいるの? 迎えに行った母さんは?

「と~しゃん、か~しゃんは?」

「リナ……」

 父さんが厳つい顔を歪めている。

「……学校に、行っていないらしい」

「え……」

 ケインを迎えに行ったはずの母さんが、いない。その意味を考えて私も頭が真っ白になった。

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