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52.今モテても意味がありません。

 もしかしたら、これは私……試されている?

 いやいやいや、グランベルさんにとって、私はあくまでもジャックの娘という認識のはずだし、確かめられることなんて何もないはずだもん。

 ここは正直に言ってもいいよね。

「こりぇ、きってくだしゃい」

「切る……とは?」

「うしゅく、わぎりでしゅ」

 私がそう言うと、グランベルさんがまたウォルターを振り返る。ウォルターはさっと部屋を出て行って、しばらくして輪切りにしたリモンをのせた皿を手に戻ってきた。

「これでいいかな」

 うん。輪切りにしたリモンの中はうっすらとした黄色で、そのままの形よりも断然レモン感がある。私は礼を言うと、それを一つ摘まんでカップの中に入れた。もちろん、ハチミツも忘れてはいけない。

(ん~、香りはそのまんまレモンティだけど)

 たぶん、ある程度以上の金持ちや貴族などしか飲めないだろうお茶。羨ましいなと思うけど、たまに飲むからすごく美味しいって思うのかもしれないし。

 まずは一口。私はゆっくりお茶を口に含んだ。

「……ふぅ」

 お、美味しい~っ。味は記憶にあるのよりも少し渋いけど、ハチミツでまろやかになっているし、リモンがすごく効いている気がする。

 私が満足してほっと息をつくと、それまでこっちを見ていたグランベルさんが同じようにリモンを一切れ入れ、ハチミツを少し垂らして飲んだ。

「……美味い」

 ね? 美味しいでしょう? 別に私が考えついたわけじゃなくて《佳奈》の時の記憶があるからなんだけど、ダンディなおじさまの満足げな笑みはとても眼福だ。


 穏やかな雰囲気が流れて、母さんも一安心したらしい。もちろん、私たちとはあまり縁のない大店のお店にいること自体落ち着かないだろうけど、蒼褪めた顔色が少し薄くなったみたい。

「奥さん、御主人のジャックには大変世話になった。今度改めて礼に伺わせてもらうつもりだが」

「いいえ、主人も勉強になったと言っています。良い経験のようでした」

 そう。グランベルさんの店の白パン作りの指導で出かけていた時、父さんは家に帰ってからよくグランベルさんの店の話をしていた。意外なことに文句とか僻みじゃなくて、いかに大きな店の職人たちがよく教育されているか、良い材料が豊富にあるのか、まるでケインみたいに興奮しながら目をキラキラさせてた。

 この歳でも勉強できるんだなぁって言ってたし、父さんにとっては忙しかっただろうけど、けして無駄な時間じゃなかったってことはよくわかる。

 そんな父さんの様子を見た時には、やっぱりグランベルさん、良い人じゃんって思ってたんだけど。

「発想力もなかなか優秀らしい。また変わったものを作っているようだが」

「え?」

 母さんが戸惑ったように首を傾げたが、グランベルさんは笑いながら身を乗り出してきた。

 その視線は、思い違いじゃなかったら真っすぐ私に向けられている。

「四角の金型など、どうするのかな?」

 え……バレてる……。

 新しい食パン作りは極力家の外に漏らさないようにって言ってたのに、まさかそんな方向から漏れるなんて考えもしなかったよ……。こんなにも探求心があるんなら、いつの間にか父さん、飲み込まれちゃいそう。

 私はちらっとグランベルさんを見る。にこやかなのに何だかちょっと怖い感じに見えてきちゃった。

 私はそっと視線を逸らし、別の話題を出そうと頭の中をフル回転する。そんな時、グランベルさんの後ろに立つウォルターと目が合った気がした。

(そ、そうだ、こういう時は子供を褒めたりすると喜ぶかも!)

「ウォ、ウォルターしゃん、てんちょー、しゅごいね」

「はは、ありがとう」

 笑うと、想像よりも幼い感じがする。話題転換に使ったけど、こんな若さで店長なんてすごいことに変わりはないし。

「ん? リナはウォルターがお気に入りかね?」

「へ?」

「長男の子供が今年学校に行くようになったんだが、リナはそちらの方が年回りは合うんじゃないか?」


 ……は? それってどういう意味? グランベルさんの長男の子供なら、グランベルさんの孫ってことだよね? 学校に行きだしたって言うんなら、今年7歳ってことだと思うけど……友達にしたい、とか?

 意味の分からない私は首を傾げるしかないけど、なぜか母さんが慌てたように顔の前で手を振った。

「とんでもありません、大店のお孫さんとうちの娘なんか……」

「そんなことはない。貴族ならともかく、私たちも一平民だ。身分差など考えなくてもいい」

 ちょっと、話はどっちの方向に行ってるの? 何となく嫌な予感はするけど、それが本当になるのは怖いので、私は聞かなかったことにする。

 でも。

「私も、まだ18ですよ」

 いきなり参戦してきたウォルターに、母さんがえっと言葉に詰まった。

「これからまだしばらくは商売の方に力を注ぐつもりなので、リナが成人するまでゆっくり待てるけれど?」

 こ、これはアウトでしょっ? 18歳なら私と15歳も違うんだよ? 成人するまでって、私が15歳になるのは12年後、その時ウォルターは……30歳じゃない!

 っていうか、いつの間にリナ呼びになってるのよ!

「お、おことわりしましゅ!」

 ここは言葉をごまかしたりしている場合じゃない。変に期待を持たせちゃったら周りから囲まれちゃうかもしれないじゃない!

 私がきっぱり言い切ると、グランベルさんは初めて見るような驚いた顔になった。

「リ、リナッ」

 母さんは慌てて私を抑えようとするけど、これは私にとって一番の問題だし!


「はははっ」

 部屋の中に笑い声が響いた。その声の主は、私がたった今お断りしたウォルターだ。

 怒鳴られてもおかしくないと思っていたのに、なぜかウォルターは今までよりもにこにこしている。その上機嫌さが怖いんだけど……。

「父さん、私、初めて求婚を断られましたよ。なかなか新鮮な気分です」

 求婚とか……3歳の幼児相手は犯罪だよ。

 私はウォルターを睨むけど、相手はまったく気にした様子はない。

「……さすがリナだな。自分の価値がよくわかっている。しかたない、ウォルター、まだ時間はあるからしっかり自分を売り込むことだな」

 そしてグランベルさんも、なぜか感心したように頷きながら言った。

「はい」

 ないから! ありえなさ過ぎて、もう一回ちゃんと断ることも頭の中から飛んでいた。






 どう言ってグランベルさんのお店から出たのかは覚えていない。

 ただ、お店が遠くになってようやく、母さんと一緒に深い溜め息をついてしまった。

「……こあかった……」

 物理的にというより、精神的にだけど。

「本当にね。まさかリナが求婚されるなんて思いもしなかったわ。……さすが商売に敏い人は違うわね」

 そう言って、母さんが私の髪を撫でてくれる。

「グランベルさんはリナの価値を知っているのよ。だから、早めに取り込もうとしたんだわ。それには縁付くのが一番手っ取り早いもの」

 ……母さんの言うことはわからなくもないけど、うちとグランベルさんの家じゃあまりにもランクが違い過ぎるよ。日本ではあまり身分差なんて考えもしなかったけど、ここじゃそれが当たり前の世界だし。

 仮に、グランベルさんがうちの新商品の考案者が私だって気づいていたとして、そのアイデアを自分の店にも欲しいって思ったとしても、自分の息子を犠牲にするなんてありえないよ。

「リナ、けっこんしにゃい」

「ふふ、結婚なんてまだまだ早いもの。それに、父さんやケインが泣いちゃうかもしれないしね」

 あ、ありえる。厳つい父さんの泣き顔なんて見たくないし。

「さあ、帰りましょうか」

「うん」

 もう考えるのは止めよう。私は頭を振った。あんなことを言われたけど、実際に私の結婚話が出てくるのは十年以上先の話だ。そんな先のことを心配するよりも、今は新しいパンのこととか、魔法のこととか、考えることはたくさんある。

 気分が浮上した私が母さんの手を握り返した時だった。


 ドン!!!


 かなり大きな、地響きのような音が響いた。

「え?」

「な、何だ?」

 行きかっていた周りの人たちも足を止め、キョロキョロと辺りを見回している。

「か~しゃん」

「早く帰りましょう」

 母さんが厳しい顔をして私の手を引っ張るのと、


 ギャアアアアア!!!


 耳を塞ぎたくなるほど大きな獣の泣き声がしたのは同時だった。

「きゃあ!」

「逃げろ!」

 一斉に周りの人たちが動き出して、その勢いに押された私が前につんのめる。

「リナッ」

 すぐに母さんが抱き起してくれたけど、私は膝を擦り剥いてしまった。でも、痛みなんて感じない。私はどうしようもない不安に周りを見た。

(いったい、何があったの?)

 森に獣が現れたとしても、ここまで鳴き声が響くとなると相当大きな存在だというのは想像できる。門で守られているとはいえ、私の家と門はそんなに遠くないのだ。

「いしょぐっ」

 父さんが心配で、私は早くうちに帰るために母さんの腕を引っ張ったけど、幼児の足の速さなんて大人に比べると遅すぎる。私はすぐに母さんに抱かれるようにして家路に急いだ。

 その間にも、通りを逃げ惑う人たちにぶつかったりする。

(この声、何なの? 何が起こってるのっ?)


 キエェェェェェ!!!


 こ、怖い。自分の常識では測り切れない何かが起きている。この世界に生まれて初めて感じる恐怖に、私は心臓をギュッと掴まれるような痛みを感じた。

昨日は更新できませんでした。

その分、今日はもう一回後で更新します。

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