49.秘密は暴いてはいけません。
言ってはみたけど、結局断られるんじゃないかなってどこかで思っていた。でも、クラリスは私のお願いを聞いてくれて、実際に術を使っているところを見せてくれるって言う。
(うわっ、すごい、どんなのだろっ?)
一度、森でパトリシオが見せてくれた清水という魔法。綺麗な水を出せるそれは、私も使えるようになっている。多分、ケインもあの場で使っただけだと思ってるだろうけど、一人で何回も練習したし。
今日はそれ以外の魔法が見られるかな。私は期待を込めてクラリスを見つめた。
「おい」
……でも、本当に人形みたいに可愛いなぁ。きっと学校でもモテモテじゃない?
「おい」
頭も良いんだろうな。今度は勉強も教えてほしい。
「聞いているのか」
無視してました。……私はクラリスの隣から不機嫌な声で話しかけてくるヴィンセントをじとっと見る。クッキーを食べている時は少しだけ頬も緩んでいたのに、今は不機嫌丸出しの顔で私を睨んでる。3歳の幼児にそんな顔をしたらいけないんじゃないの?
「どうして知りたいんだ?」
「え?」
「そんな子供のうちから術語を使う機会なんてないだろ。何の目的があるんだ」
うわ……結構鋭いな、ヴィンセントは。子供の興味で流してくれないで、真意を確かめてくるなんてかなり疑り深いっていうか……まあ、それが普通の反応なのかもしれないけど。
どう言えば、ごまかせるか考える。多分、ここでヴィンセントを説得できないと、クラリスが見せてくれることも反対しそうだもん。でも、ヴィンセントが納得できる理由なんて……。
私はちらりとヴィンセントを見る。ヴィンセントは、私から目を離していない。
「……リナ、みじゅの、じゅちゅごちって、おいちいパン、ちゅくりたいの」
「……美味しいパン?」
「おいちいみじゅがだせたら、おいちいパン、ちゅくれるでしょ」
これは、別に嘘じゃない。パン作りに使う水は今のところ父さんが汲みに行っているけど、それはかなり重労働だ。それが、私が美味しい水を出せるようになったら? 火の加護を仕事に生かせるんなら、水の加護をこんなふうに使ったって良いと思う。
もちろん、それだけじゃないけどね。
「……」
ヴィンセントは私から視線を逸らさないままだが、その眼差しの中から険しい色はずいぶん減ったように見えた。今の私の言葉を信じてくれたんだろうか?
「お父さん思いなのね、リナちゃんは」
でも、次に口を開いたのはクラリスの方だった。
「ヴィン、お父さん思いのリナちゃんのお願いを聞いてあげてもいいでしょう? 実際に術語を使うのはまだでも、どんなことができるのか知っておいても悪いことじゃないわ」
「……見せるだけだからな」
ヴィンセントの、きっとそれが最大の譲歩だろう。私は嬉しくなって椅子から下りると、とことこヴィンセントに近づいてその腕に抱きついた。
「ありがと!」
私としては抱きついて感謝したいくらいだけど、ヴィンセントはなぜか口元をムズムズさせてそっぽを向いてしまう。ふふ、照れてるのかな。二十歳の私が出てきてしまい、照れるヴィンセントが凄く可愛く思ってしまった。
「リナは俺の妹だからな!」
照れる少年を内心ニヤニヤして見ていると、なぜか対抗意識を燃やしてしまったケインに抱きあげられてしまった。すりすりと頬ずりをされて困っていると、クラリスと目が合って笑われた。
(う……恥ずかしい……)
「本当に仲がいいわね」
「リナは兄ちゃんが一番好きなんだもんなっ」
輝くような笑顔で言われてしまうと、一番かどうかわからないなんて言えない。私は愛想笑いでごまかしたが、ケインははっきり言葉で言うまで放してくれなさそうだ。
「……に~ちゃ、ちゅきよ」
「うん!」
……これで平和ならいいか。
私がようやくケインの腕の中から解放されると、クラリスが椅子から立ち上がった。
「じゃあ、外に行きましょうか」
「しょと?」
「ここじゃ水は出せないもの」
あ、そうか。私はすぐに頷いて、クラリスの手を引っ張るようにして階段に向かう。
一段一段、確かめながら階段を下りると、そのまま裏口から外に出た。
「あら、こんな感じなのね」
特に珍しくない光景のはずが、クラリスは物珍し気に視線を動かしている。そんな様子を見ているうちに、ふと疑問が浮かんだ。
(クラリスやヴィンセントのうちって何してるんだろう?)
クッキーを食べる時も思ったけど2人とも行儀は良いし、着ているものだってよく見れば上等な服だ。そういえば、ドレスを着てる町の子なんて見たことないし。普通の家はお風呂がないところも多いのに、髪も肌もとても綺麗だし。これが水の加護を使ってだったらすごいけど。
「クラリスしゃん」
「なあに?」
「おうち、なにやしゃん?」
きっと、グランベルさんのお店くらい大店の子なんだろうなと漠然と考えていると、なぜかクラリスは困ったようにヴィンセントを振り返った。え? そんなに変な質問だった?
「ケイン、お前話していないのか?」
クラリスの視線を受けたヴィンセントが、チラッとケインを睨む。結構怖い顔なのに、ケインはへらっと笑った。
「だって、別にリナには関係ないかなって思って」
私に関係ない? どういうことなの? ケイン。
私がケインとヴィンセントの顔を交互に見上げていると、ヴィンセントが呆れたような溜め息をついてから私を見下ろしてきた。
「うちは商売はしていない」
「ちてない?」
「……爵位を持ってるんだ」
「しゃくい?」
……って、何? 聞き慣れない言葉に首を傾げた。ヴィンセントはそれで会話をおしまいにしたいみたいだったけど、わからないままじゃ落ち着かないってば。
しゃくい……シャクイ……昔の私の記憶の中にもない言葉なんだけど……。なかなか口を開かないヴィンセントから目を逸らし、私はケインの服を引っ張った。
「に~ちゃ、なに?」
「ヴィンセントの父親は男爵なんだ。だから、商売はしていないぞ」
あっさりとヴィンセントが口籠った事実を言ったケインに、私はえっと目を瞠った。
ヴィンセントの家が男爵? しゃくいって、爵位ってことだったの? え? 貴族ってこと?
(どうして貴族の息子が、パン屋とか教師の子供と仲がいいの?)
爵位の謎はわかったけど、さらなる疑問が次々と沸き上がってくる。ただ、それを聞いて、納得できることもあった。クラリスのお嬢様ぶりは、平民じゃなかったからだって。
でも、貴族なのに教師になりたいってこと? そんなことできるの? ヴィンセントだって、ケインが行っている学校に通ってるんでしょ? 貴族だったら、貴族の学校に行かなくちゃいけないんじゃないの?
次から次へと疑問がわくけど、それをクラリスにぶつけることはできなかった。
ただ、クラリスは貴族のお嬢様だと聞いても納得できたけど、ヴィンセントの方はあまり貴族っぽくないっていうか……。
「……俺たちは妾腹だからな」
「ヴィン、子供にそんなこと……」
「わからなくっても、言っておいた方がいいだろ」
しょうふく……は、妾腹、だよね。……私は何か言おうとして、結局口を噤んでしまう。自分の好奇心がヴィンセントを傷つけてしまったのがわかって、でも、どうしたらいいのかはわからなくて、ただエプロンを握りしめた。
(こういうとこ……私って、気がきかないから……)
誰だって、人に言いたくないことはある。しかも、私はヴィンセントの友達じゃなく、友達の妹って立場だ。言わなくてもいいことを言わせてしまい、もしかしたらヴィンセントは私のことを嫌いになったんじゃないかな。
すると、不意に髪がクシャクシャと撫でられた。
慌てて顔を上げると、側にいたのはヴィンセントだ。
「ほら、クラリスに魔法を見せてもらうんだろ」
「……うん」
なかったことにしてくれるんだ。その優しさに、私は頷くことしかできなかった。
「よく見てて」
クラリスが華奢な手を差し出して、掌を下に向けた。
「清水」
すると、その掌の下から水が出てくる。これはパトリシオに見せてもらったし、私ももう使える魔法だ。
「おみじゅ……」
「これは清水だから、とても美味しくて綺麗な水なのよ。きっと、美味しいパンが作れるわね」
私が言ったことを思い出したのか、クラリスが微笑みながら言う。
「次は……そうね。ヴィン、ちょっと」
クラリスはヴィンセントを呼び、地面に手をつくように頼む。ヴィンセントの手が土で汚れたのを見ると、今度はそれを撫でるように手を動かしながら呟いた。
「洗浄」
「わぁ……」
土が、見る間に消えて、綺麗な掌がそこにある。まるで土……汚れが消えたように見えて、私はヴィンセントの手を掴んでじっと見てしまった。
「ふふ、何度見ても綺麗になっているでしょう?」
「きれい……」
光の魔法は怪我を治してくれたけど、水の魔法は汚れを落とすことができるんだ。すごい! これがあれば、どんな汚れも綺麗になるってことっ? 洗濯とか、お風呂の代わりに、自分自身を綺麗にすることもできるんじゃないのっ?
私は聞きたくてうずうずしたけど、クラリスはゆっくり人差し指を口元に持っていく。
「これ以上は、秘密」
「え……」
「リナちゃんにはまだ早いもの」
そんなぁ。こんなすごいものを見せられて、7歳までお預けってこと? あと4年も何もできないとか……うぅ……余計に悶々としちゃうよ~。




