46.一生懸命コネてます。
もぐ
「あつっ、美味しい!」
もぐもぐ
「これ、なに? ホクホクしてて……え? シャカイモ? えっ? あれってこんな味なんだ。いつもスープに入ってるか、茹でて食べるだけなのに……油で揚げたらこんなに美味しいんだ……」
もぐもぐもぐ
「これは鳥? ノワトリ? あれ、パサついてあんまり味がしないのに……これ、すごく柔らかいよ。父さん、俺、毎日食べたい! 美味しい!」
(ケイン……最後は全部美味しいで終わってるよ)
私は口を動かしながら、ケインの弾むような声を聞いて笑ってしまっていた。
もともと食べることが好きだったと思うけど、私が新しいものを作るようになったら、どんどん誉め言葉が凄いことになってきてる。喜んでくれるのは嬉しいけど、そこまでたいしたことはしていないんだけどね。
「リナ、どうだ?」
父さんが私の反応を気にしてる。コロッケは説明しただけで、今日初めて作ったから心配みたい。
「おいち」
「美味いか?」
「と~しゃん、しゅごい」
説明だけでここまで再現できる父さんは本当にすごい。
「いやぁ、本当にジャックはすごいな! よくこんな料理を考えた!」
私とケインの試食の後、実際に作った物を食べたニーノおじさんは興奮したように父さんを褒め続ける。
おじさんの話によると、最近のうちの店の評判はすごく良いらしくって、お客さんが途切れないのを羨ましく思っていたらしい。白パンのこと、おじさんも知っていて、売りになるものがあるからお金持ちっぽいお客さんも増えたんだろうってマーサおばさんと話していたようだ。
うちにお客さんが増えたので、この辺りの人通りも多くなった。他のお店も、新しいお客さんを呼び込もうと色々考えているんだって。
それで、ニーノおじさんのところもどうするかって相談していた時に、うちの父さんが話を持ち掛けたってわけ。
(でも、おじさんとこのお肉、美味しいもんね)
下町のお肉屋さんだけど、肉の質は結構いいらしいし、値段だってそんなに高くないらしい。そんなに美味しいお肉なら、他の食べ方があってもおかしくないって父さんが言っていた。
「ありがとう、ジャック。これを持って帰って家族で相談するが、本当に……いいのか?」
「ん?」
「……こんなに珍しくて美味い料理、お前のところで売った方が良いんじゃないか?」
ニーノおじさんが、少しだけ探るように父さんを見る。売れるとわかっているものをこんなに簡単に譲るってことに、何か裏があるんじゃないかって心配しているのかな。
父さんがそんな裏表がある人じゃないってこと、友達ならわかると思うんだけど。
「肉料理は、肉が美味い店が作った方が良いだろ」
「ジャック」
「俺は、もっと美味いパンを作りたい。そのためには、お前のところにも協力してほしいんだ」
「協力?」
父さんは、ニーノおじさんの店がトンカツやコロッケを作るようになったら、それをうちに卸してほしいって言った。新しく作る総菜パンに、トンカツやコロッケを使いたいからって。
今のうちの厨房では、パン以外のものを作るスペースはないし、それなら他から仕入れる方が効率がいい。それが、美味しいなら、もっといい。
「……わかった」
おじさんには父さんが言いたいことが伝わったらしい。力強く頷いた後、並べられた料理を見下ろしながらおじさんは何度も頷いた。
「これから売り物になるまで作って、一番美味いものができるようになったらお前の店に卸す。割安でな」
「……助かる」
嬉しそうに笑う父さんの姿に、私も嬉しくなってその腰に抱きついた。
今日は、白の日。
ヴィンセントと、そのお姉さんがうちに来てくれる日だ。
私はルンルン気分でおもてなしの準備をするため、朝から厨房に下りていく。今日、父さんは久しぶりの休みで店を閉めていたけど、私が天火を使いたいって言うと、ちゃんと準備をしてくれるって言った。
「今日は何を作るんだ?」
相変わらず、新しいことをしようとすると、父さんもワクワクとした目をして聞いてくる。でも、残念、今日作るのはパンじゃないんだよ。
「くっきー」
「くっきー?」
「うん」
材料は簡単。パンの粉と、バターと、卵とハチミツ。
相変わらず分量は大体のイメージだけど、クッキーはそんなに失敗しないはずだから大丈夫。
それに。
(クッキーは私が作れるもんね)
パンの生地はどうしても父さんの手じゃないとできないけど、クッキー生地は私が捏ねて、形だって作れるもん。可愛い形にするんだ~。
父さんに材料を用意してもらい、私は張り切って椅子の上に膝立ちになる。あ、ちゃんとエプロンはしているし、手洗いもバッチリ。
(え~と、最初はバターを柔らかくして……)
私は木の匙でバターの形を崩し始める。ここのバターは四角に形成されていなくって、硬さも少し柔らかめだから簡単に……。
(か、硬い……)
頭の中では簡単に柔らかくできていたのに、幼児の手ではなかなか難しい。匙は滑って、カツカツと木の器に当たってしまうのにムッと口を尖らせて、私は何度も同じ動作を繰り返した。
すると、ずっと隣で見ていた父さんが尋ねてくる。
「それ、どうするんだ?」
「やらく、しゅる」
でも、このままでは難しい。湯せんでもして……って、木の器じゃなかなか熱が伝わり難いかも?
ん~と短い腕を組んで考えていると、父さんに貸してみろって言われた。何をするのか見ていると、バターの上に乾いた布を置いて、
「んっ」
「!」
そのまま体重を乗せて、ぐっと掌でバターを押し潰してしまった。
「と~しゃん……しゅごい……」
……ダメダメ、今回は私が作るんだから。私はそこにハチミツを垂らし、卵を一個割って入れた。確か卵黄だけだったような気もするけど、今の私の技術では黄身と白身を分けるのは難しいし、白身がもったいないし。一緒に入れたとしても、そんなに失敗しないような気がする。
父さんに習って布を使って、良い具合に入れたものを混ぜた。最後に、パンの粉だ。
最初はなかなか混ざらなくて、生地がパラパラになった。これを、とにかく捏ねて生地にしないといけない。
コネ コネ コネ
「リナ、父さんがやろうか?」
「だめ」
「でも、疲れるだろう?」
コネ コネ コネ コネ
うん、すごく疲れる。でも、ここで諦めちゃ駄目なんだよ。せっかく、今日のおもてなしのお菓子は自分で作るって決めたんだし、最後までちゃんと自分でしたい。
私は無心になって手を動かし続ける。途中から疲れて座り込みそうになったけど、それでも体重を乗せて捏ねていくと、じわじわと生地がまとまってきた。
(あと、もう、ちょっと)
「……んっ、……んっ」
捏ね初めて、もうどれくらい経ったのかわからない。それでも、
「……ふぅ、できた」
ようやく、クッキー生地らしきものができて、私は大きな息をついた。
さて、今度は型作りだ。ここには型がないので、薄く平らにして均等に切るか、一つ一つ手で形を作っていくしかない。均等な形の方が焼き上がりも均等になるだろうけど……それじゃ面白くないし。
私は迷いなく自分で好きな形を作ることにした。
(まずは、定番~)
「ふ~ん、ふふ~ん」
鼻歌を歌いながら、私は一番作りたかった形にしていく。ふふ。
「リナ、この形は何だ?」
父さんが不思議そうに聞いてきたので、私は自信たっぷりに答えた。
「は~と」
「は~と?」
「んと……しゅきってかたち」
「え……」
これが? ……って、父さんは驚いた顔をしているけど、クッキーでハートの形を作るのって定番だと思うんだよね。手で作っているから綺麗な左右対称じゃないけど、それがまた手作り感満載な感じでなかなか良いと思う。
「ちゅぎは~」
私はもの言いたげな父さんを無視して、どんどんクッキーを作っていった。星形に、月形、猫の形に、花の形。どんどんできていくクッキーを見ながら、私は父さんにお願いをした。
「こりぇ、いたにのしぇて」
「え……っと、このままか?」
「うん。ひは、パンよりよわくちて」
クッキーの形を見て、父さんも温度が高くない方が良いと思ったんだろう、竈の火の勢いを落とし、その間に鉄板にできたクッキーを置いていってくれる。
「……うわっ」
小さく声を上げたのでどうしたのかと顔を上げると、父さんの太い指で星形の一辺が潰れてしまっていた。
「わ、悪かった、リナ、これ、どうしたら……」
そんなに真剣に謝らなくってもいいのに。
「ちゅぐなおりゅから」
私は潰れた部分を指先で整えた。私の指が小さいので、すぐに形は直る。父さんは安堵して大きな息をついたかと思うと、その次からはすごく慎重に生地を鉄板に置いてくれた。
(あ~、ここにアーモンドとか、ココアパウダーとかあったらなぁ。もっと美味しいものができるはずなんだけど……)
ごくシンプルな生地を見ていると少し寂しくなってしまうが、無い物ねだりをしてもしかたがない。
でも、ここは真剣に調味料探しとかしたいなぁ。市場、行きたい。
「リナ、焼いて良いのか?」
私は竈を見る。炎はいつもより小さく見えた。
「うん」
「どのくらい焼く?」
クッキーはパンのように膨らむわけではないので、見た目の大きな変化と言ったら焼き色くらいか。
「ちゃいろ、いろちゅくまで」
「色がつくまでか……難しいな」
私も、どういったら伝わるのかわからないよ。だから、一緒に焼き色の具合を見るために椅子の位置を変えた。




