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04.初めての外出です。

 うふ、うふふ。

「きゃっ、きゃぅっ」

「あら、リナは今日ご機嫌ね」

アンジェ母さんが笑いながら、ジャック父さんの腕の中にいる私を見つめる。

うん、私は今非常にご機嫌なのだ、笑いが止まらないのもしかたないでしょ。

「あーうっ」

(あ、もっとあっち)

「ん? 向こうも見たいのか? おお、よしよし」

 がっしりとした体格のジャック父さんの腕の中は非常に安定感がある。心地良さで言えば断然アンジェ母さんなのだが、絶対に落とされることがないと信じられる力強さだ。

 ちゃんとしっかり抱きしめていてよ、ジャック父さん。私は限られた外出時間で、できる限りの情報を集めたいんだから。

(それにしても、本当に私……日本じゃない世界にいるんだ……)






 私がこの世界……と、いうか、《リナ》になって、たぶん、一週間……もしかしたら十日くらい経ったのかな。

正確な日にちはわからない。だって、赤ん坊の時間感覚なんてあってないようなもんなんだもん。お腹がすいたらお乳を飲んで、眠くなったら寝て。私としては、必死に二十歳の《佳奈》の意識を保とうとしたけど、人間の本能には勝てなかったの……。


 で、そんな中でも、どうやら《佳奈》と《リナ》の意識が統合され始めたからなのか、なんと私、話すことができるようになった! 意思の疎通も今までとは雲泥の差だ。

 と、いっても、

「か~」

「と~」

「に~」

「ま~ま」

くらいだけど。ちなみに、お母さん、お父さん、お兄ちゃん、ご飯、ね。

 初めてしゃべった時は家族みんなすごく喜んでくれた。両親の話を聞く限り、それまで私、全然しゃべらなかったみたい。もしかしたら、この小さな体の中に二つの意識がある弊害があったせいかもしれないけど、私が《リナ》としての生を受け入れたせいで、人並みの成長ができるようになったのかもしれない。

 全部、私の想像だけど。

あ、だったら、いつまでもアンジェ母さん、ジャック父さんじゃなくて、普通に母さん、父さんって呼ぶようにしないとね。

 私の中では、やっぱり前の家族への執着というか、未練が残っていて。それはきっと、この先も私の中のどこかに残る感情だと思う。

 だけど、今の父さんと母さん、そしてケインは、ちゃんと私を家族として愛してくれている。だったら私も、ちゃんと家族にならなくちゃいけない。


 しゃべるようになってから、寝返りも頑張ったよ。

ベッドから落ちるのが怖いから一人の時はしないけど、母さんやケインがいる時に頑張って練習してる。今は左右に揺れる程度だけど、もう少ししたらできそうな感じ。

 自分の目で見ても、とても小さな手足。これで歩けるのかなって少し不安だけどね。


 日中は母さんの背中で店番。

パンのいい匂いがするのに、相変わらず硬そうな二つのパンしかないのはつらいものがある。

 夜は、寝るまでケインがお話をしてくれるんだ。いいお兄ちゃんだね、ケインは。

 ケインはつい最近学校に通い始めたみたい。あちこちに飛ぶケインの話をまとめてみると、ここでは7歳になったら子供はみんな学校に行くらしい。小学校みたいな感じだろうけど、通うのは5年間で、12歳になったら卒業。

 その後はそれぞれ上の学校に行ったり、働いたりして、15歳が成人なんだって。

 二十代前半にしか見えない母さんが、ケインみたいな7歳の子の母親だっていうのも納得できた。私にはそんなに早く結婚するなんて想像もできないけど、ここではきっと普通なんだろうな。


 ただ、それは庶民の子供の話で、貴族や王族(この世界にはいるんだって、すごいね!)は12歳からさらに3年間の貴族専門の学校生活があるみたいだけど、私には関係ない話。




 そんなこんなで、私がこの生活に馴染み始めた時、ある夜父さんが嬉しそうに言った。

「リナも元気になったし、明後日の洗礼式にはちゃんと行けるな」

「あぅ?」

(センレイ?)

耳慣れない言葉に首を傾げると、その仕草がツボにハマったのかケインが笑いながら私を抱き上げる。

「みんな、1歳になったら神殿に洗礼に行くんだぞ。その時に、生まれた時握って出てきた魔石の欠片を登録して、それぞれの属性も調べるんだ」

 ……は? 話のほとんどがわからないんですけど。っていうか、私、1歳だったんだ。

あまりにもしゃべれないし寝返りもできないからもっと赤ちゃんっぽいと思っていたけど、1歳なら早い子は立ったりできるんじゃない?

 あ、待って、センレイ、センレイ。それって何?

 私がさらに首を傾げると、父さんがケインの腕の中から私を取り上げた。

「ケインは火の神クレメンス様のご加護があったからな。パン屋を継ぐには十分だ」

「うん」

ケインが嬉しそうに笑いながら父さんを見上げる。二人には通じている話みたいだけど、私にはまったくわけがわからない。

 入院することが多かったせいか神頼みはたくさんしたけど、日本人と宗教って関係性が薄いような気がするし……もちろん、人それぞれだとは思うけど。


「リナには水の女神ガレンツィア様の加護があるといいな。きっと美人になるぞ」

「う……」

(容姿に神頼みは関係ないんじゃない、父さん……)

 私が呆れたように見上げても、父さんは楽し気に私の加護についてケインと話している。

 とりあえず、1歳になったら洗礼を受けなくちゃいけないことと、その時に何らかの神様の加護が付くことはわかった。そう割り切れば、いったいどんなふうにわかるのかという興味の方が大きくなる。

(リアルファンタジーだ)

 今ここに、携帯電話があれば写真でも動画でも撮り放題なのに残念。


「アンジェ、リナの魔石の用意は?」

「大丈夫よ。ちゃんと大切に保管してあるから」

(あ、洗礼とか神様の加護とかはわかったけど、マセキって何だろ?)

 それこそ、私にとってはまったく聞いたこともない言葉だし、まったく想像もできないものだ。

生まれた時に握っているとか……どういうこと?

「楽しみだなぁ」

「ええ」

「あぅ?」

 尋ねたいが、しゃべれない。

私は父さんの腕の中で唸ることしかできなかった。






 そして今、私は洗礼式の日を迎えている。

 初めて感じる町の空気。明らかに初めて見る異国の町並み。

凄い! ここは映画のセットか!

 父さんの腕の中、私は新しく視界に入り込んできた町並みにテンションダダ上がりだ。

(すごいっ、本当に映画の中に入り込んだみたいなんて!)

石造りの家に、石畳の道。所々木造の家はあるが、全体的に硬い雰囲気の町並みは、昔日本で父さんと見た古い映画の町によく似ていた。

 ただ、映画の中ではそれなりに色合いも鮮やかだったり、行きかう人々も綺麗な服を着ていたが、実際には家は石そのものの色が多いし、女の人の服装はやはりアンジェ母さんと同じような地味で簡素なドレスだった。


 当たり前だが車なんて通ってなくて、行きかうのは馬車か馬。間近で見る馬はとても大きくて、私はさらに興奮してしまった。

(触りたい~っ)

 旅行にも行ったことがない私にとって、こんなにも大きな動物が身近にいるなんてとてもすごいことだ。

馬は利口だというし、もしかしたら友達になれるかもしれない。


 馬車に乗っている人は、ちらりと見た感じでは華やかな髪飾りをしていた。服装までは見えないけど、きっと今道を歩いている人たちとは違うんだろう。

 日本での佳奈の家は裕福だったと思う。両親共に医者だったし、だからこそその時できうる限りの治療を受けさせてくれた。

 だが、リナの家はパン屋で、たぶん平均的な庶民クラスだろう。飢えることはないが、贅沢をしているという様子もない。他の場所に行けばもっとお金持ちの人たちを見ることができるかもしれないけど……。

(私には関係ないか)


 しばらく歩いていると、私のように親に抱かれた赤ん坊の姿がポツポツと現れる。

……私もあんな感じなのか。大人の腕の中にいるあまりにも小さな姿に、私は少しだけ心細さを感じた。本当なら私は二十歳だ、1歳からやり直すのは覚悟を決めたとしてもしんどい。

 でも。

「やっぱり、リナが一番可愛いな」

こんなふうに、親馬鹿な父さんが守ってくれるのだ、心配ないよね。




 しばらく歩き、建物が少なくなってきたなと思うと、大きな木の並木道が現れた。その奥に、白くて大きな建物が見える。

(あれが神殿?)

 なんとなく教会をイメージしてたけど、遠目から見てもあれは……神殿だ。有名なギリシアの……あれ、何て言ったっけ……あ、パルテノン神殿だったかな、あれみたいに太くて大きな柱が何本もある。

(でも、パルテノン神殿に部屋みたいなのってあったっけ?)

もう少し近づかないとよくわからないな。


 やがて、目の前に神殿が現れた。

「あ……ぅ……」

(おっきい……)

遠目で見た時も大きいなと思ったけど、近くまで来たらその大きさと神々しさに圧倒される。

(ここが洗礼を受ける神殿……)

 想像していたパルテノン神殿みたいに幾つもの柱が立っている奥に、中に入れるような両開きの扉があった。その扉の前に、お揃いの服を着た男の人が何人も立っている。きっと、彼らは神官だ。

 十代半ばから三十歳前後の、年齢もバラバラな人たちが着ているのはモスグリーンの足首まである長衣で、もっと濃い緑色の腰布が巻かれていた。どうやら長衣は頭からかぶる様式みたいで、サイドからその下に紺色のズボンを穿いているのが見えた。


 髪の色も目の色もやっぱり様々だけど、ここでも黒髪、黒い瞳の人はいない。

それを当たり前かと残念に思っていると、彼らの視線がいっせいにこちらに向けられるのがわかった。

(……え?)

 その目の中に、明らかな驚きの色が見える。

(な、なに?)

彼らが何に驚いているのかわからず、私は父さんの腕の中で体を硬くした。

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