45.揚げ物パラダイスです。
ケインと一緒に厨房に入ろうとしたけど、あっと思い出した。
「に~ちゃ、ラウル」
「ラウル? ラウルがどうしたんだ?」
ラウルじゃなくて、ラウルんちの肉屋に行かなくちゃいけないのよ。
今日はトンカツを作るつもりなんだけど、冷蔵庫がないのであまり生肉を置いておけない。それだけでなく、揚げ焼きではなくちゃんと揚げて作りたいので、ラードの量も必要だった。
「じゃあ、俺行ってくる」
「いーの?」
「リナは他の用意していろよ」
ケインが率先して動いてくれるので、私も他の準備をすることにする。
「と~しゃん、うらいく」
裏口を開くと、すぐ側にタライが置いてある。水を張ったその中に、葉物野菜をつけているのだ。だんだん暖かくなってきたので、少しでも鮮度を保てればなって思ったんだけど。
「……ちゅめた……」
井戸水は冷たくて、葉物はまだパリッと鮮度がある。私は思わず笑み崩れながら、それを持って家の中に入った。
まだケインは戻っていないみたい。野菜を持ったまま、私は厨房に入った。
「お、瑞々しいな」
天火からちょっと視線を逸らした父さんがそう言い、私の頭を撫でてくれる。ふふ、父さんもこの瑞々しさがわかるんだ。
作業台の上には、既に焼きあがった食パンが一斤ある。
あれからずいぶん練習を重ね、パンの耳は焦げることもなくなり、白い部分はもっちりとした甘みのある生地になった。本当に、研究熱心なんだよ、父さんは。もう、私が教えた以上の技術で、美味しい食パンを作っている。
「ただいま!」
「こんにちは!」
それから間もなくしてケインが帰ってきた。でも、ケインは1人じゃなくて、その後ろから満面の笑顔のラウルがついてきた。2人の手にはそれぞれ肉の塊と、木の器いっぱいにラードがある。
「に~ちゃ?」
どうしてラウルがここにいるんだろう? ケイン1人で持ってこられないから手伝ってくれたのかとも思ったが、ラウルは木の器を置いてもなかなか帰る様子はない。それどころか、
「リナ、もう作った?」
ケインと同じようなワクワクした眼差しで見られてしまい、あ~と私は納得した。
たぶん、ケインがカツのことを自慢したんだろうな。でも、食べさせてもいいのかな。今のところ、食パンは内緒だし、それを使ったカツサンドなんて見せてもいいんだろうか?
私がチラッと父さんを見ると、父さんもラウルの姿に苦笑している。でも、その口からは帰るようにという言葉は出てこなかった。
「と~しゃん」
「美味しいものはみんなで食べたらもっと美味しいからな。だが、ラウル」
父さんはラウルの頭に大きな手を置く。
「これから作るものは、俺が良いと言うまでは内緒だ。マーサにもだぞ」
自分のお母さんにまで内緒にできるかなと心配だったが、ラウルは美味しいものを食べられる誘惑には勝てなかったらしい。すぐにコクコクと頷いている。いったい、どれだけケインに自慢されてるのよ。
でも、食べさせるって決まったら、ラウルにも手伝ってもらおう。まだまだ、私は竈を扱うには小さすぎるしね。
「おてちゅだい、ちてね?」
私が首を傾げながらお願いすると、ケインとラウルが大きく頷いた。
肉の扱いに慣れたラウルが味がしみ込みやすいように肉を叩き、塩を振る。
そしてパンの粉をまぶし、卵液につけて、フランスパンもどきで作ったパン粉をまぶしてラードで作った油で揚げた。美味しそうな匂いが一気に厨房の中に広がって、ケインだけじゃなく父さんもチラチラこっちを見ていた。
「リナ、それは……」
「とんかちゅ」
実際、この肉が豚かどうかはわからないけど、見た感じ同じような肉なので問題ない。その辺り、私もずいぶん寛容になったんだよね。
名前や色味が変わっても、味が私の知っているものだという野菜や果物も多くて、嫌でも順応しちゃった。ただ、調味料の少なさには参ってる。今回も塩だけじゃなく、コショウも使いたかったんだけど……。
「あ、も、いーよ」
考え事をしている間に、トンカツは綺麗なキツネ色になっていた。私がもう出してもらうように言うと、ラウルが慎重な手つきで油の中から器の上に置く。
「リナ、こっちもいいぞ」
ケインの方は、食パンを薄切りに切って、そこにマヨネーズを塗っていた。私は頷き、ラウルに揚がった肉をパンの上にのせてもらう。その上に葉物野菜を適当に置いて、またマヨネーズを塗ったパンを重ねて……ナイフで二つに切ればカツサンドの出来上がりだ。
(あともうちょっとなんだけどな……)
コショウが足りないように、もう一つ、トンカツソースが欲しいんだよ~。この世界は素材自体が美味しくて十分味もあるんだけど、あのこってりとした甘いソースを絡めたら、美味しさは二倍にも三倍にもなりそうなのに。
ただ、ソース作りは難しいと思う。材料もいっぱいいるし、時間もかかるし。父さんはパン職人だから、そっちで手を掛けてもらうのは違う気もするし。
(本格的に調味料屋さん、探したいな)
完成したカツサンドは、ケインとラウル、そして父さんが絶賛してくれた。やっぱりガッツリ系は男の子に人気みたい。もちろん、私も母さんも美味しく食べたけど。
何度か揚げ物を食べたことのあるケインとは違い、ラウルは半分泣きださんばかりに喜んでいた。こんな食べ方初めてで、すごくお腹にたまって美味しいって。
ラウルの家は三兄弟だし、一番上のお兄さんは結婚して子供も生まれて。みんな一緒に住んでいるから結構大所帯だ。それに、いくら家業が肉屋でも売り物をお腹いっぱい食べられないしね。
一番下のラウルは、いつも物足りないって思ってたって。
「ケインが、いつもリナの作る料理のこと言っていて……俺、羨ましくって」
「ラウル……」
ケインはただ単に妹自慢のつもりだったんだろうけど、ラウルにとってはご飯自慢にもなったんだろう。
揚げ物はかなりお腹にたまるし、男の子は喜ぶメニューだ。
(トンカツだけじゃなくて、安い鶏肉でチキンカツも作れるし……コロッケとかなら、もっと安くできるよね)
私は父さんを見た。
父さんは私が目立つことを心配している。私だって、別に目立ちたいと思っているわけじゃない。ただ自分が食べたいと思うものを作っていたら、それがこの世界にとっては珍しいものだったって言うだけなんだけど。
油で揚げるっていう料理方法も、考えれば本当に簡単なんだけど……それを思いつくっていうのが大変なのかもしれない。
「おちえて、い?」
方法を教えるくらいはいいんじゃないかな。どんな料理を作るかは、その人それぞれだと思うし。
(マーサおばさんなら、いっぱいいろんなこと考えそう)
お肉屋さんのコロッケが美味しいってよく聞いたけど……いっそのことここで現実にしてほしいな。
父さんは、肉屋の店主でラウルのお父さんであるニーノおじさんに、トンカツの作り方を教えてくれることになった。ただ、その調理方法は父さんが考えたものだということにするので、その時私は厨房に入らないようにって約束させられた。
だったらって、私はついでにコロッケも教えてあげるように頼んでみた。ラウルのところでコロッケが作れたら、うちでコロッケパンが作れるし。あ~、やっぱりソースが必要だ。
「リナ、いいのか?」
ケインは妙に私を気にしてそう聞いてくるが、別に私はその調理方法を秘密にするつもりなんてないし。美味しく作ってくれる人がいるなら、どんどん広まってほしいくらいだもん。
それよりも。
「あちた、くるね」
「え?」
もう、忘れちゃったの? ケイン。
「びんちぇんと、おねーちゃん」
「……あ、明日は白の日だったっけ」
やっぱり忘れていたらしい。私が覚えておいて良かったよ。
「リナ、くっきーちゅくる」
「くっきー? なんだそれ? 美味しいものか?」
条件反射のように言うケインに思わずふき出してしまい、私はうんうんと頷いた。
「おいちーよ」
ヴィンセントのお姉さんをおもてなしするのに、何を用意したらいいのかなって考えていた。幼児の私にできることは少ないし、それなら甘いもののおすそ分けをしようかなって。
幸い、まだ去年取った甘大蜂のハチミツが残っている。それを使ってクッキーを作るのだ。
「うわ、楽しみだな」
おもてなし用に作るというのに、ケインは自分まで食べられると自然に思っているのがおかしい。
「リナ!」
ケインと話していると、下から父さんに呼ばれた。
「一緒に行こう」
ケインが手を繋いでくれ、2人で店に向かう。もう階段を下りる時から良い匂いがしてきた。
「できたんだな」
「うん」
私が考えたということは教えないが、味見と称したチェックはしてほしいと言われている。父さん自身、揚げ物はまだあまり作ったことがないからだ。
私は美味しいものが食べられるので、もちろんOKしてその役割を待っていたのだ。
「うわぁ……」
試作を自分の家の夕飯にするつもりなのか、トンカツ、チキンカツ、そしてコロッケが皿いっぱいに盛られている。私は見ただけでお腹がいっぱいになったけど、ケインはパアッとわかりやすく顔を輝かせた、
「すごい!」
「……しゅごいね」
「ケイン、リナ、食べてみてくれ」
やり切った顔をしているのはニーノおじさんだ。父さんより頭一つ分背が低いが、がっしりとした体付きは立派だった。
(味見用で、一口でいいんだけど……)
今さらそう言えない私は、うんと愛想笑いをしながら並べられた料理にそっとフォークを伸ばしてみた。
シリーズ番外編に、高等貴族院の話をアップしました。
楽しくて、いつもより少し長めになっています(汗)。
今後も、何かの区切りの時だけじゃなく、気が向いた時にはアップしたいと思います。
リクエストがあれば、感想か、活動報告にてお願いします。参考にさせてもらいますね。




