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43.新しいものへの挑戦は楽しいです。

「ただいま!」

 二次発酵が終わるころ、ケインが帰ってきた。

「もう作ったっ?」

「まだ」

「よし!」

 昨日、ケインは自分も食パン作りに参加したいとずっと言っていた。父さんと同じ、ケインも新しいパンを作ることに意欲を燃やしているし、そもそも食べることが大好きみたいだしね。

 でも、ケインの感想はかなり具体的だし的確なので、私もいてほしいと思っていた。

「に~ちゃ、はやく」

「すぐ下りてくるから!」

 持っていたものを二階に置きに上がっていくケインを見送った後、私は父さんに言って布を外してもらう。

(……うん、良い感じ)

 生地はちゃんと膨らんでいた。今の時点でも、白い食パンの形になっている。後は天火(てんび)の火加減だ。金型に入れて焼くので、白パンの時のように全体の焼き加減が見えない。一応、山形の部分があるので多少はわかると思うけど……後は父さんに任せるしかないよね。

 その時、階段を駆け下りる音がして、店に続く扉が勢いよく開く。

「もう作ったっ?」

 さっきと同じセリフを言われ、私は思わず笑ってしまった。




 父さんは天火(てんび)を見ている。時々ふわっと、風もないのに炎が踊るように天火(てんび)を囲っているのが見えた。

「白パンの時と同じ熱でいいか?」

 父さんに聞かれて、私は思い出す様に空を見る。白パンは出来るだけ白い生地を生かす様にしていたけど、今回は食パンらしくパンの耳の部分をくっきりと目立たせたい。

「……ちょっと、あちゅい」

「わかった」

 炎がさらに大きくなった。

(……これ、父さんも火の加護で魔法を使ってるんだよね)

 口に出して術語を言わないので一見気づかないが、よく見ていると炎が不自然な動きをしているのがわかる。これで、ちゃんと温度調節ができるんだ。父さんって、やっぱりすごいな。

「……よし」

 求めていた温度になったのがわかったのか、父さんが金型を中に入れた。

「……」

「……」

「……」

 親子3人、並んでじっと天火(てんび)を見つめる。父さんは火加減を気にして、ケインは焼き上がりを楽しみにしていて、そして私は……。

(温度……ずっと一定だったっけ……?)

 耳を作るために始めは結構高い温度だったが、途中で何かしていたような気がするんだけど……。

「あ、色がついてきたっ」

 ケインの声に、私も慌ててパンを見る。確かに、うっすら色づいてきたように見えた。

(……どうか、成功しますように)




「あ、リナ、ヴィンセントの姉さん、会ってくれるって」

 ふと思い出したように言ったケインに、私はパッと振り向いた。

「ほんと?」

「ああ。今度の白の日の14時ごろ。学校の試験が終わったんだって」

「に~ちゃ、ありがと!」

(そっかぁ、会えるんだ)

 ケインの友達であるヴィンセントの姉。彼女は私と同じ水の加護持ちだ。私がまだ学校に行くまでかなり時間があるんだけど、どうしても加護のことを知りたいと思っていた。

 本当は、ヴィンセントに光の加護のことを聞きたいんだけど……私が光の加護持ちだということは秘密にするって父さんと約束したし。その約束を破ってまで知ろうとは思わない。それでも、女の子に多いっていう水の加護のことをまずは知っておきたかった。

 ヴィンセントのお姉さんは、庶民の女の子にしては珍しく、高等学校に進学したらしい。教師になりたいんだって。女の子の職業としては、針子や染色、機織り、それに食べ物屋の売り子っていうのが多いみたい。あ、後は家業の手伝いね。

 十五の成人を過ぎたら結婚するっていう人も多いらしくって、そんな中で上の学校に進学する女の子って目立つ存在みたい。

「なかよく、ちたいな」

「大丈夫だよ。リナは頭が良いし、可愛いし、きっと仲良くしてくれるって」

 まったく根拠のないケインの言葉だが、不思議と心強く思える。女の子の友達って今までいなかったし、少し歳は離れているけど、仲良くできたらいいな。

 あ、そうだ。会う時間はわかったけど、場所はどこだろ?

「あちょびにいく?」

 もしかしたらヴィンセントの家に行くのかなと思ったけど、ケインは違うと首を横に振った。

「うちに来るって。リナはここで待ってればいいんだ」

「うん」

(うちに来るのかぁ。……じゃあ、何かおもてなししないと)

 私が頼んで、わざわざ家まで来てもらうのだ。まだ幼児の私が用意できるものなんてないけど……ん~、そういえば、ヴィンセントはハンバーガーを喜んで食べてたっけ。でも、高等学校に行くくらいのお姉さんが、ハンバーガーを喜ぶかなぁ。

 次の白の日まで後2日だし、急いで何か考えてみよう。

 



「……そろそろか」

 その時、父さんのつぶやきが聞こえた。私はケインから視線を外し、また天火(てんび)を見つめた。

 今回私は数を数えていない。焼き時間は父さんの経験値から絞り出した時間で、タイミングを計って金型を取り出した。

「……わぁ……」

 パンの甘い匂いが厨房の中に充満していく。白パンと違う少し香ばしい匂いに、ちょっと焼き過ぎたんじゃないかと思った。でも、それは金型から出してみるまでわからないし。

 父さんも早く焼き上がりが見たかったのか、厚い布でしっかり金型を掴むとそれを逆さにして軽く振った。ボスっと、小さな音を立ててパンが金型から作業台の上に抜け落ちる。

「あ……」

 明らかに、落ちた瞬間少しペシャンコになってしまった。私はあ~っと漏れそうになる溜め息を噛み殺し、じっとその食パンを見る。

(形はちょっと崩れちゃってるけど……)

 パンの周りにはちゃんと耳が出来ていて、初めてにしては食パンらしく見える。

「と~しゃん、きって」

 中はどうだろう? 白くて、もちっとして、でもふわふわなパンが出来ているだろうか?

 父さんは私の言葉に頷き、作業台の上のパンを細い、パン切り用のナイフで慎重に切って中を見せてくれた。

「……あ……」

 中は白かった。だけど、中心部分が少し生焼けに見える。

 私は確かめるために、パンを1センチほどの厚さに切ってもらい、それを手に取ってじっくりと見てみた。


(……やっぱり、真ん中辺りは生焼け……)

 それとは対照的に、ちょうど良い焦げ目がついたと思う周りとそこから2センチほどはパサついて水分が足りない気がした。

 パンの生地も今の時点では完璧じゃないけど、これは火加減の問題も大きい気がする。

(ずっと同じ温度じゃいけない?)

 始めは強火で耳の部分を焼き、その後は少し温度を下げてゆっくりと焼き上げなければならなかったのかもしれない。そのあたりの微妙な温度調整は前の世界のオーブンならできたんだけど、ここでは火力勝負になるんだもん。

「……むじゅかしい……」

 私の唸り声は、ケインの喜びの声にかき消された。

「すごい! リナッ、このパン、どんな味なんだ? この周りの、食べれるのかっ?」

「……たべれりゅ……でも、おいちくない」

「そんなことないよ! リナが作るものは何でも美味しい!」

 ……褒め過ぎだよ、ケイン。でも、失敗して落ち込みそうになっても、強引に引きずり上げられる気分になるのは悪くない。次はって気分になるし。


「……食べてみよう」

 父さんが食パンを切り分けてくれ、私たちは3人でそれを食べてみる。

(……うん、やっぱり、中心部分は生焼け)

 食べられないことはないけど、口当たりは酷い。ただ、味はほんのり甘さとバターの味がして、材料の配合はあのままでもいいみたい。

「……口当たりが……」

 父さんの眉間に皺が寄っている。どうやら私と同じことを思ってるようで、パンのいろんな部分を指で押したりしていた。

「え、美味いよ? 白パンと違って、このパンすごく柔らかいよな? ほんのりとした甘さもあるし、それに、この周りの茶色いの! ちょっと味が違うよな? 一度に焼いたのに色も違うし、これ、どうしたんだ?」

 どうやらケインはこの失敗作も気に入ったらしい。美味しいものは美味しいって感じるみたいなのに、どうして失敗作も美味しいって思うんだろう?

 私がじっとケインの顔を見上げていると、ケインはクシャっと顔を緩める。

「リナが作ってくれるもの、全部珍しくて美味いよな」

「……」

 う……ケインのその信頼が重いよ。

 でも、成功したらこれよりももっと美味しいんだよ?

「と~しゃん、ひ、ひがだいじ!」

「ああ、わかってる」

 同じ失敗を二度は繰り返さない父さんだ。私は安心して頷いた。




 そして、また食パンの生地から作り始める。材料の配合はさっきと同じ……ん? さっきよりもバターが多いみたい。

「と~しゃん、ばたー、いっぱい?」

「ああ。もう少し生地に滑らかさを加えた方が良いと思ってな」

 迷いのない返答にうんうんと頷いた私は、父さんの手際をじっと見る。

 慣れた作業はあっという間に終わり、発酵の時間だ。いくら早く作りたいと焦れても、この時間を短くするわけにはいかなかった。

 一次発酵が終わり、三等分にして熱を取った金型に入れる。そして、二次発酵。これも、さっきよりも少し長い時間にした。

 その間、父さんは天火(てんび)の炎を見ている。今度こそは失敗しないという強い眼差しを見れば、次は上手くいくって良い方に考えることができた。

「ケイン、お前もこの炎の動きをよく見ていろ」

「うん!」

 父さんの言葉に、ケインが身を乗り出す。大切な火の扱い方を教えてもらえると、その眼差しは真剣なものになっていた。

100万py達成しました!

ありがとうございます。

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