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38.自然の甘味の採集です。

 グランベルさんの店への協力がいったん終わって、父さんはようやく自分の仕事に本腰を入れられるようになったようだ。

 それは金型は出来ていたのに、なかなか取り掛かれなかった食パン作りだ。父さんも新しいパンを作るのを楽しみにしていたんだけど、グランベルさんからの協力要請があって後回しにしていた。

 私も、食パン作りはすごく楽しみだった。普通にバターを塗って食べるのもいいし、手作りジャムを塗るのもいい。サンドイッチに至っては、様々な種類があるのだ、ぐっとメニューが増えるって、厨房の金型を見るたびに浮かれた。

 でも、今は少しだけ高揚していた気持ちが沈んでいる。それは、グランベルさんの店の繁盛ぶりを目の当たりにしたせいだ。

 売れるだろうという予想はしていたし、実際うちでも白パンは人気商品になって、毎日売り切れもしていた。でも、うちで作る数には限りがあったし、行列ができるほどではなかったので、そこまで実感はなかった。

 それが、あの行列。私が教えた方法で、きっとこの国のパンの歴史は180度変わると思う。今でこそ酵母を使ったパン作りはグランベルさんの店しかないけど、レシピ自体は登録しているんだからいずれ他の店にも広がる。

 ライバルが増える怖さより、食生活をガラリと変えてしまうだろう《変化》が怖い。

 ここまで来てそんなこと言い出す自分があまりにも子供じみて……でも、実際私はまだ子供で、いろんな気持ちが胸の中で渦巻いていた。











「と~しゃん、おいちーパン、ちゅくりゅ!」

 グルグル、いろんな思いが頭の中を渦巻いた後、結局私はその悩みを放棄することにした。

 教えてしまったことは取り消せるわけもない。それに、歴史を変えるかもしれないと怖くなったけど、ここは私が学校で習ったどの国でもない、魔法がある不思議な異世界だ。どんな歴史があるって言うのよ、私は今、この世界で生きている。生活改善に力を入れて、何が悪いんだ~って。

 だから、私は自分の中にある記憶を大事にしたい。これは、私にとって生きていく武器になるんだもん。

「美味しいパンか」

 根っからの職人の父さんは、私の言葉に楽し気に笑った。でも、その後私を抱き上げ、目線を合わせてゆっくりと言う。

「その前に、森に行くか」

「もり?」

「今の時期、甘大蜂(パティラ)が大量の蜜壺を作っている。秋の大事な甘味だ、取りに行くぞ」

「ぱちら?」

 私にとっては初めて聞く名前だ。羽が二枚に、尻に針があって、私の身長ほどもある虫? それって、どう考えても蜂でしょ? 蜂がそんなに大きいってこと?

 虫が少し苦手な私は、想像して顔を顰めてしまう。すると、父さんは笑って皺を作った私の鼻を軽く小突いた。

「父さんがいるから大丈夫だ。それに、甘大蜂(パティラ)は子供好きだからな。刺されるとしたら大人だ。可愛いリナに害はない」

 え……それって、本当に虫?

 父さんの説明だととても私の知っている蜂には思えないんだけど、父さんが大丈夫って言うんなら大丈夫だろうって自然に思える。この世界での私のヒーローは父さんだからね。




 昼で店を閉め、学校から帰ってきたケインと一緒に、私たちは森に行くことになった。

 今回もおやつに白パンを持っていくことにしたけど、前回のハンバーガーもどきじゃなく、月見バーガーにしてみた。新鮮な卵と、新鮮なベーコンを使ってるから、絶対美味しいと思う。

 そういえば、ラウルがマーサおばさんに言って、ベーコンの塩抜きしたバージョンを売ることになったって聞いた。私が水につけて塩抜きしたって言ったらしい。

 煮込み料理ではなく、ベーコン単体で食べる場合は今までの塩分の量だと辛すぎたんだもん。でも、最近は塩抜きしたベーコンが結構売れてきてるんだって。マーサおばさんにお礼言われちゃった。

「え、父さんハチミツ狙うの?」 

「怖いか?」

 父さんが一緒に森に行くことを喜んだケインは、父さんの言葉に慌てて首を横に振る。

「こ、怖くなんかない」

「はは、大丈夫だ、父さんがいるからな」

 自信に満ちた言葉を聞いて、ケインはあからさまにホッとしている。私と一緒で、ケインの父さんに対する信頼は絶大みたい。

「あ、父さん、ラウルも誘っていい?」

「ああ、先に行ってるぞ」


 ケインが三軒隣の肉屋に駆けていき、私と父さんは先に南門に向かう。もちろん、私は父さんに抱っこされた状態だ。

「リナ、ありゅく」

「そうか?」

「あい」

 私がそう言っても、父さんは下に下ろしてくれなかった。……まあ、父さんに抱っこされていると目線も高くて、いろんなものが見られるのが楽しいけど……赤ちゃんみたいじゃない?

(でも、久しぶりだなぁ)

 以前、ケインとケインの友達たちと森に行ってからどのくらい経っただろう? あの時は子供ばかりで森に行ったことを父さんに叱られて、森へは必ず父さん同伴だって約束した。

 でも、その後父さんはパン作りで忙しくて、ずっと森には行けなかったのよね。

 あの頃はまだ森は緑いっぱいだったけど、今は黄色や赤に色づいている。

 この世界って、日本みたいにちゃんと四季があるんだよねぇ。私としては季節を感じられて嬉しいけど……あ、そうだ。今度ケインにちゃんと季節のこととか聞いてみよう。私の頭の中では勝手に一週間とか、一カ月とか、季節も春とか夏とかって変換してるけど、この世界……っていうか、この国の表し方がちゃんとあるんだろうし。


(……ん?)

 ふと気づくと、大人の男の人たちが同じように南門に向かっているのに気づいた。

 この時間は大人は大体働いているはずなのに、こんなに大勢大人の、それも男の人たちが揃って南門に行くなんて……。

「と~しゃん、みにゃ、どこいく?」

「ああ、みんな甘大蜂(パティラ)の蜜壺探しに行くんだろう」

「みんな?」

 だって、パッと見ただけでも二十人くらいいるけど?

「リナは、砂糖が高価だって知っているだろう? 俺たち庶民にとって、タダで手に入る甘大蜂(パティラ)の蜜壺は大事な甘味だ。特に、女や子供は喜ぶからな。男たちはこうして探しに行くんだよ」

 へぇ~、この世界の男の人たちって優しいんだ。

(でも、そんなに美味しいのかな?)

 私ほどの大きさがある蜂の蜜。いったい、どのくらいの量が取れるんだろう。




 南門につくと、外に出ようとする数十人の波で順番待ちになった。

 こんなに多いのは、どうやら天気も関係しているみたいで、満月の雨の日の翌日、晴れた日ならその蜂が現れる確率が高いらしい。

「あめ?」

「雷も鳴っていたぞ? リナは良く眠っていたがな」

 父さんに笑われて、私はむうっと口をへの字にする。絶対嘘だよ、雷が鳴ったら気づくはずだもん。

 ただ、雨が降ったのは本当みたいで、門をでた外の道は雨で少しだけぬかるんでいた。

「父さん!」

 門を出てすぐ、後ろからケインとラウルが走って追いついてくる。ラウルは腰のベルトに小さなナイフを装備していた。

「おじさん、今日、出る?」

「たぶん、な」

 父さんは自信たっぷりだけど、もしも出たとしても、こんなにたくさん探す人がいるのなら手に入り難いかもね。この時期特有の甘味なら、私も絶対食べたいとは思うけど……。


 森に着くと、それまで固まって歩いていた人たちは皆バラバラに進み始めた。

「父さん、どっちに行く?」

 ケインが目を輝かせて父さんに聞いている。父さんは木々を見上げ、少し考えて左側を指さした。

「泉の方、行ってみよう」

「いじゅみ……」

 そこなら、私も行ったことがある。初めて魔法を使った場所だもん、忘れるはずがない。

 その魔法も、水を出すものなので家ではなかなか試す機会がなかった。家の裏で、何回か練習してチョロチョロと水が出るようにはなったけど、それ以上の水量はなかなか難しい。

(今日も、ちょっと試してみようかな……)

 しばらくすると、森の木々が開けた場所、泉までやってきた。他に人影はなくて、父さんは私を地面に下ろしてくれる。

「いるか?」

「いや」

 ケインとラウルが小声で話している。私も辺りを見回してみたが、見えるのは木ばかりだ。

「と~しゃん、みちゅぼ、どんにゃの?」

 言葉の通り、壺に入っているんだろうか? でも、虫が壺を持ってウロウロしている姿がまったく想像できない。

(……あ、想像しちゃった)

 某クマさんのキャラクターが壺を抱いている絵が頭に浮かんでしまい、私は慌てて首を横に振った。

「見ればわかる。きっと驚くぞ」

 お、驚き過ぎるのも怖いから、最初に教えていてほしかったのに……森に来たせいか、何だか父さんが子供っぽく見えた。




「小腹が空いたな。食べるか」

 しばらく周りを見ていた父さんが、なぜかそう言ってその場に座り込んだ。シートも何も敷いていないので尻が汚れてしまうと思うんだけど、どうやら父さんはあまり気にしていないようだ。

「ラウル、食べるか」

「いいのっ?」

 ラウルは弾んだ声で言う。

「前、リナがくれたの、すごく美味かった! でも、店に売ってなくて……良かった、今日来て!」

 むふふ、ラウル、私のハンバーガーもどきをちゃんと覚えてくれていたんだ。照れくさいけど、嬉しいな。今日の月見バーガーもきっと美味しいよ? ケインやラウルの口にも絶対合うと思う。

 私は持ってくれていた父さんから手提げ籠を受け取る。

「はい、どーじょ」

 私が差し出したものへと向けるラウルの目が、期待と嬉しさにキラキラ光っていた。

その目がゆっくり月見バーガーをなぞり、慎重に、でも大きな一口で齧る。目を閉じて咀嚼していた顔が見る間に綻ぶ様を見て、私は心の中でガッツポーズを作った。

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