36.不思議なお守りをもらいました。
(あ、あれ? 違った?)
私は噴き出した水色の髪の少年を、焦った気持ちのまま見上げる。
すると、彼は私の髪をクシャっと撫でた。
「偉いなぁ。よく覚えていたね」
あ、当たってたんだ。そのことに安心したし、褒められたことが嬉しくなる。
パン作りでもちょくちょく忘れていることがあったから、自分の記憶力に少し自信が無くなっていたんだよね。
私は褒めてという気持ちのまま、プラチナブロンドの美少年を見る。あまりに期待を込めたせいか、彼は溜め息をついた後、「感心した」とだけ言ってくれた。
ん? これって誉め言葉なんだろうか? だいぶ微妙だけど、これ以上の言葉は望めそうにない。
私はその隣で笑っている水色の髪の少年をもう一度見る。彼の名前も聞いたはずよね……ちょっと変わった感じ……さ……し……しゅ……あ。
「しゅる、しゃん?」
合ってたかなって思いながら言えば、彼が少しだけ目を瞠った。
「私の名前もちゃんと憶えていてくれたんだな」
プラチナブロンドの美少年、エルさんと、水色の髪の美少年、シュルさん。
うんうん、私、ちゃんと覚えていたよ。本当はきちんとしたフルネームを覚えたいけど、今の私にとってはこれが精一杯だもん。
でも、どうして二人が、それもうちの裏側に?
そうでなくてもお金持ち風の彼らがこんな場所にいるのが浮き過ぎて、私は首を傾げた。
考えても、その理由は一つしか思い当たらない。
「パン、たべりゅ?」
この間はフレンチトーストを食べてもらった。その時も美味しいって言ってくれたと思うけど、もう一度食べたくて来たんだろうか?
でも、エルさんは私の言葉に無表情のまま首を横に振った。
「学校が始まるので」
「?」
学校? ちょっと、エルさん、言葉が少なすぎるよ。もっと前後の説明をしてくれないとわからないから。
首を傾げる私に、今度こそ盛大にシュルさんはプッと噴き出した。
「それじゃわかりませんよ」
シュルさんもそう思うよね? 私がうんうんと頷くと、シュルさんが顔から笑みを消さないまま説明してくれる。
「高等貴族院という学校があってね。私たち二人ともそこに通うようになるんだが、冬の長期休み以外は寮生活になるんだ」
ふ~ん……ん? なんか最近、似たような話を聞いたような気がするんだけど?
「その間に君に何かあったらいけないと、エーベルハルド様が心配なされて」
「ヴェス」
冷たい声でエルさんが声を挟み、シュルさんが肩を竦める。
「とにかく、君に渡したいものがあるそうだ」
(渡したいもの?)
シュルさんが退き、エルさんが私の前に歩み寄ってくる。そして、その場に片膝を着くと、右手を差し出してきた。
まるで絵本の中の王子様のようなしぐさに、一瞬だけ顔が熱くなるような羞恥を感じる、でも、次の瞬間、私は別のものに意識を奪われた。
(わぁ……)
どこから、いつ取り出したのか、彼の掌にはそこに乗る大きさの水晶玉があった。水晶と言っても無色透明ではなく、少し暗い青……そう、まさに目の前のエルさんの瞳の色、アイスブルーの水晶玉だ。
「手を乗せなさい」
声に促され、私はどうしてと疑問を感じる前に水晶玉に手を乗せる。すると、
「!」
それがキラキラと光り、少しずつ小さくなっていく。
(うわぁ……)
やがて、エルさんの掌ほどの大きさだった水晶玉が、ピンポン玉、そしてビー玉くらいへと変化していって止まった。
目の前で起こったのは、まさに不思議な現象だった。神殿で魔石の色が変化した時もびっくりしたが、こんなふうに硬いものが見る間に小さく変化するなんて……。
(あ……じゃあ、これって……)
水晶玉と思っていたこれは、もしかしたら魔石なのだろうか?
私の中の疑問がさらに大きく膨らんでいると、エルさんはそれを私の掌の上に乗せる。ほのかに温かく感じたそれは、また元のアイスブルー色に戻っていた。
「これを、いつでも身に付けているように」
「こりぇ?」
「君の中の魔力に変化が起きた時、私にすぐにわかるようになっている。君ほどの魔力は、平民に制御することは不可能だからな」
私は掌の水晶玉を見下ろす。私の魔力の変化って言うけど、まだ全然自由に扱うことも出来ないのに、暴走するほど大きくなるなんて想像できないよ。
(それに、どうしてそこまで心配してくれるんだろう?)
無表情だからわかりずらいが、たぶん……エルさんは私のことを心配してくれているんだと思う。ただ、どうして彼がそこまで私のことを気に掛けてくれるのかわからない。それこそ、高等貴族院に行くような貴族と、パン屋の娘に、共通点もあるはずないでしょ。
言われるまま受け取っていいのかどうか迷っていると、シュルさんが軽く水晶玉を乗せている私の手に触れてきた。今度は水晶玉が赤い色になったが、すぐに元のアイスブルーに戻る。
「受け取っておくといい。これは君にとって大事な護りになるだろうから」
「まみょり……」
まあ……くれると言うなら、一応貰っておくかな。いらないって言うのも悪いし、返したらエルさん、怒りそうだし。
「戻る」
それで用は済んだのか、エルさんが背を向ける。このまま帰りそうな二人を、私は咄嗟に呼び止めた。
「えりゅしゃんっ」
「……」
答えてはくれなかったが、エルさんは一応足を止めてくれた。そのまま私を見つめてくるのは、言いたいことがあるなら言えということか。
(え、えっと、どうしよ……)
私がくれって言ったわけじゃないけど、私のためにくれたのならお礼をしたいと思った。でも、幼児の私に渡すものなんてあるはずもない。だとしたら、私が用意できるもので喜んでくれそうなものって……あ!
「ま、まって!」
私は急いで裏口から家に入った。そして、二階に上がらず店に向かうと、厨房を覗いて父さんに声を掛ける。
「と~しゃん、こりぇ、こりぇ、リナにちょーだい!」
材料の入っている棚を指さすと、父さんは驚いたように私を見下ろした。
「どうした? 腹が減ったのか?」
「リナ、おともらち、あげゆの!」
エルさんたちが友達かどうかは微妙なところだが、いちいち説明すると時間が掛かってしまう。
父さんは友達という私の言葉に苦笑しながらも、戸棚の中に入れていた私たちのお昼ご飯を取ってくれた。
「足りるか?」
中に入っているのは、ケインを除く3人の昼ご飯だ。
「あいあと!」
私にとって少し大きめの籠を抱くようにして持ち、私は再び裏口に向かう。手が塞がっているので一度籠を下ろし、ドアを開いて外に出た。
帰ってしまっていないかと心配したが、2人ともさっきと同じ場所に立っている。私は安心してドアを大きく開けたままにして中に入ると、籠を持ってまた外に出た。
(お、重い……)
だいぶ体力がついたと思っていたのに、腕力の方はあまり鍛えられていないみたい。既に厨房からここまで運んできた時点で疲れてしまい、私はまた籠を下ろしてしまった。
「大丈夫かい?」
大股に近づいてきたのはシュルさんだ。彼は籠の中を覗き、目を瞠った。
「これは……」
「ちゃまの、おりぇー」
「ちゃまって……もしかして玉か? 魔石のこと?」
あ、やっぱりあれ、魔石だったんだ。
今は私のエプロンのポケットに入っている水晶玉……ううん、魔石。この世界の価値観はまだよくわからないけど、魔石ってきっと高いものだと思う。そんな高いものを、簡単にありがとうって受け取るには、私の中の常識が邪魔をするのだ。
でも、お守りに預けてくれたってことは、それだけ私のことを心配してくれているということだ。そのことは素直に嬉しかった。
だから、一応お礼っていうか、今の私にできる精一杯のことは、美味しくなったパンをご馳走することだ。今日の昼ご飯は、白パンのハンバーガーもどきだ。父さんが気に入って、ここのところハンバーガーもどきの出番がかなり多い。
今日はベーコンとチーズではなく、肉に下味をつけ、硬いフランスパンもどきで作ったパン粉を付けてあげたカツとチーズバージョンだ。使っているマヨネーズは、グランベルさんの店から昨日父さんが持って帰ってきた殺菌済みの卵を使っている。
あ、グランベルさんは、既に商業ギルドで作り方を登録したマヨネーズのレシピにも優先権を使っているんだって。だから、もうマヨネーズ作りの研究も進んでいるみたいだけど、うちは父さんが作ってくれるものが一番美味しいから、無害化した卵だけ分けてもらってる。
籠の中を見、私を見たシュルさんは、もう一度籠の中を見た。
「……これが、噂の白パン?」
「うわしゃ……」
まだ、貴族向けに売るはずのグランベルさんの店では、白パンもマヨネーズも店頭に出していない。うちで買う人もせいぜい大店の店で、貴族の口に入っているとは……。
(あれ?)
そういえば、高等貴族院に通っている人で、毎日のようにうちのパンを買ってくれる人がいたんだった。
買いに来ている子の印象の方が強くて、つい買いに行かせている子のことを忘れていたけど……。
「みろ、くん?」
「みろ?」
「きーた?」
カシミロ君に聞いたのかと思ったが、シュルさんには首を傾げられてしまった。
とりあえず、誰に聞いたかはわからないけど、うちのパンのことを知っているんなら大丈夫だろう。
私はシュルさんに籠を差し出した。
「どーじょ!」
「……私たちに、くれると?」
「あい。おいちー、パン」
見た目は初めての形かもしれないけど、味は美味しいから大丈夫だよ?
興味と期待に輝いた眼をしたまま、シュルさんはエルさんを振り返った。
「ご馳走してくれるそうですよ。ここでいただきませんか?」
おぉぅ、ここで食べるの?




