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30.初めての森です。

 私はできるだけ無邪気なふうを装って首を傾げた。

「に~ちゃの、おともらちといっちょ、パン、たべよ~したのに」

「……パン?」

 いきなり何を言うんだと眉を顰められる。このくらいの歳では幼女の可愛らしさは武器にならないんだと新たな発見をしながら、私は手提げ籠の中から一回り小さな木の皮で作った箱を取り出した。

 目の前の金髪の少年だけでなく、ケインを始めラウルとパトリシオも注目している。

(ふふ、驚くよ~)

 私はゆっくりその蓋を開けた。

「わぁ……」

「すげ……」

 それぞれの口から感嘆の声が漏れている。想像していた反応に私は笑いそうになるのを堪えながら、わざと悲しそうに眉を下げた。

「リナ、ちゅくったのに……」

 正確には、母さんが、だけど。

 私がお願いして作り方も教えたので、私が作ったと言ってもいいはず、よね。


 箱の中に入れていたのは、うちで売っている半分ほどの大きさの白パンを横に半分に切り、そこにチーズと焼いたベーコン、そして葉物の野菜を挟んだハンバーガーもどきだ。

 残念ながらソースはなかったのでバターを塗ったが、ベーコンの塩気が結構あるし、新鮮なチーズの美味しさもあって十分美味しいものにできているはずだ。

 このパンは、今日の午前中に父さんが焼いてくれた。

 私が毎回の食事を楽しみにしているのを知っていて、昼食用に幾つか焼いてくれていたのだ。

 売り物の白パンより小さめなのは材料の節約のためだが、私にとっては好都合だった。


「リナ……いつの間にこんなものを思いついたの?」


 私が母さんにハンバーガーもどきの説明をした時、それまでこんなパンの食べ方をしたことがなかったらしい母さんはびっくりしてたけど、私は「夢の中で見た」と言い切った。まさか、日本での記憶からなんて言えるはずがないしね。

 実を言うと、近いうちに父さんに総菜パンを作ってみないかと提案するつもりだ。

 父さんはもう白パンを完璧に作ることができるし、もうそろそろ次の段階に進んでもいいと思うんだよね。そのためにも、ケインたちの反応はすごく重要だ。

 この世界で私の考えた総菜パンが受け入れられるかどうか……まあ、今の反応を見れば十分わかったけど。

 ハンバーガーもどきにしたのは、食べ盛りのケインは、森で遊べばきっとお腹が空くだろうと思い、その時簡単に食べられるものをと思った。ケインの友達にも迷惑を掛けるかもしれないから、そのための賄賂みたいなもののつもりで。

 白パンはこっちの分に使ったので、お昼は白パンではなく、いつものフランスパンもどきのフレンチトーストになった。

 だから、ケインも私がこんなものを作って持ってきたなんて知らなかったはずだ。




 蓋を開けたので、美味しそうな匂いが鼻をくすぐっているはずだ。

 さっきまで女なんか連れてくるなという態度だった金髪の少年も、ハンバーガーもどきから目を逸らさない。

「……に~ちゃ」

 駄目押しに、妹愛が強いケインに縋るような目を向ければ、ケインはしっかりと私の手を掴んで言った。

「ヴィン、いいだろ?」

「……しかたないな」

 よし! やっぱり、男の子は胃袋を掴むのが手っ取り早いな。私の存在への反発と食欲で、食欲の方に軍配が上がったらしい。

 私はにこにこと少年を見た。

「よろちく」

「ヴィンセントだ。泣いたり、我が儘言ったりするなよ」

「あい」

 そこの辺りは大丈夫。とにかく人影がない森の中で実験をしたいだけなんだから。




「おちゅかれしゃまでしゅ!」

 南門の門番の兵士に挨拶すると、向こうも笑顔を浮かべて手を振ってくれた。

「お前たち、ちゃんとその子を守るんだぞ」

「は~い」

 ケインたちとは顔見知りらしく、気安く声を掛けてくる。それに対するケインたちの返答も親しみを込めたものだった。どうやらここはベルトナールの人間が出入りする門のようで、想像していたものよりも随分小さい。他国の人の出入口はまた別みたいで、そこはもっとたくさんの兵士がいるんだとケインが教えてくれた。

 でも、どこで他領や他国の国とベルトナールの人間を分けているんだろう?

 私は、幼児得意の「どうして攻撃」をする。

 すると、1歳の洗礼式のあれ、自分の魔石を神殿長が長い棒で突いた行為が、ベルトナールの領民の登録なんだって。

 魔石とか言うからなかなか納得できないけど……あれかな? 病院の先生たちが持っていたようなIDカードと同じようなこと? 確かあれって、個人情報が入っていて、翳すだけでドアが開いたりしてたよね。

(でも、あんな技術がないのに、魔石だけでできるなんて……ほんと、ファンタジーだよ)


 町中は石畳の道だったけど、門を出るともうそこは舗装されていない道だった。それでも、明らかに馬車や人が通れる道はある。そして、少し離れたところに森が見えた。

 手提げ籠はケインが持ってくれて、もう片方の手で繋いでくれる。その反対側の手はパトリシオが繋いでくれた。

「じゃあ、リナは2歳? すごくしっかりしているね」

「ありあと」

「リナはいろんなことを知ってるんだ。すごいんだぞ」

 ケイン、それじゃ何が凄いのか全然伝わっていないと思うんだけど……でも、パトリシオはにこにこ笑って話しかけてくれる。雰囲気が優しいパトリシオは話しやすくて、その話し方からも頭の良さが伝わってきて、私はケインには聞けなかった加護のことを尋ねてみた。

「リナ、みじゅのかごって」

「へえ、水の女神、ガレンツィア様の加護かぁ。女の子に多いよね」

「かごって、どんにゃの?」

 そうだなあとパトリシオが考えていると、不意に前を歩くヴィンセントが振り向いた。

「水の加護は清らかな水を出せる」

 うぉ、まさかのヴィンセントが答えてくれるとは。

 驚いたのは私だけじゃなく、パトリシオも苦笑している。

「ヴィン、知ってるんだ?」

「姉さんが水の加護持ちだ」

「へぇ、そうなんだ」

 なんと、ヴィンセントのお姉さんが水の加護持ちなのか。あ、じゃあ、どうしたらその力を使えるのかも知っているかも?

 私はヴィンセントにくっつくことを決めた。


「ふぁぁぁ~、もりぃ……」

 私は視界全部を覆う木々を見て呟いた。だって、《佳奈》だった時と合わせても、こんな森に来たのは初めてなんだもん。

 テンションが上がり、私は思わず駆けだした。

(うわっ、全然、胸が痛くない!)

 激しい運動をすればすぐに具合を悪くしていた時と比べ、こんなに走っても体のどこにも異常はない。

「あっ!」

 ただ、短い手足の扱いは難しくて、私は十メートルも走らないうちにコケてしまった。

「リナッ」

 すぐに駆け寄ってきたケインが慌てて私を抱き起してくれる。ワンピースの下は素足なので、膝に擦り傷ができてしまった。

「痛いか?」

 まるで自分の方が痛みを感じているかのように顔をしかめるケインだけど、大丈夫、全然痛くないから。多分、興奮しているせいだろうけど、このくらいの怪我は子供ならするんじゃない?


「……ったく、だから子供は……」

 ……ヴィンセント、あんただってまだ子供でしょ。 

 私がムッとして顔を上げると、いつの間にか近づいていたヴィンセントが屈んで、私の怪我をした膝に手を当てた。

治癒(オーサ)

「……ぇ……?」

 ポワンと膝の辺りが温かくなったかと思うと、見る間に擦り傷が消えた……。

 消えたっ?

 私が目を丸くしてヴィンセントを見ると、彼は横を向いて立ち上がる。

「……俺、光の加護を持っているから」

 光……? 光の加護があったら、こんなふうに傷を治せるの? すごい! それって最強じゃないっ?

「ヴィン、光の女神アルベルティナ様の加護があるのか? 初めて知った……」

 ラウルが茫然としていると、ヴィンセントは少し拗ねたような顔をする。

「加護があるって言っても、俺は大地の神ランベール様の加護の方が強いし、せいぜいこのくらいの掠り傷しか治せないから」

 どうやらヴィンセントは、加護の力が弱いので言いたくなかったらしい。それを、私の傷を治してくれることでみんなに知られちゃったんだ。

「……ごめんしゃい……」

 初めて見た魔法に興奮していたけど、ヴィンセントにとっては秘密を打ち明けるような行為だったんだ。

 私は申し訳なくて頭を下げる。すると、しばらくしてグシャグシャと髪を撫でられた。

「子供が気にするな。もう痛くないか?」

「あい……」

(ヴィンセントだって子供じゃない……)

 さすがにそれを今言うことはできなかった。




 アクシデントはあったけど、私たちは順調に森の奥へと進む。

 途中でいろんな木の実や薬草を見つけては、ケインたちは持っていた袋に詰め始めた。どうやら売って小遣い稼ぎをするらしい。

「リナ、はい」

 私はただそれを見ているしかできなかったけど、四人は美味しそうな果物を見つけては私に手渡してくれた。びっくりするくらい甘い小さなメロンのような実や、甘酸っぱい木苺みたいなものもあった。これ、ジャムにしたら美味しいだろうな。

(でも、今ジャムにするのに大量の砂糖は使えないし……)

 ジャムより酵母。それは父さんにも言われていることだ。ただ、このままでも十分美味しいので、私は父さんと母さんのお土産にしようと籠に入れた。

「なあ、リナ、そろそろお腹空かないか?」

 木々が開けて、小さな泉がある場所にたどり着いた時、ケインが私を伺うように聞いてきた。

 私はお腹が空いていないけど、四人の顔は明らかな期待に輝いている。ヴィンセントまでチラチラと籠を見ているので、私は笑みを抑えて頷いた。

「しゅいた。パン、たべゆ」

 私の言葉に、四人が歓声をあげる。やっぱり、食って大事だよね。

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