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28.恩人の少年は面倒です。

(な、何? あの子)

 まるで私を前から知っているかのような顔をしているが、たぶん初対面だ。あんなに整った容姿の少年に会っていたら、覚えていないわけがない。

 外国人の年齢ははっきりわからないけど、たぶん日本で言えば中学生くらいだろうか。身長だけで考えるならもう少し年上かもしれないけど、表情の中に残る幼さがどうしても若く見せる。

「お前」

 明らかに、私を見ながら言った。でも、私は聞こえないふりをする。どう考えても面倒臭そうだ。

 それなのに、少年は勝手に厨房の近くまでやってくる。さすがに母さんが慌てて止めた。

「ごめんなさい、こっちは厨房だから……」

「では、リナを呼んでくれ」

 ……すごい俺様。

 って、いうか、本当にこの子誰だろ? 絶対に会ったことないんだけど……。

 強引な相手は苦手だけど、どうして私を呼ぶのかは気になる。

 どうしよう……迷いながら私が少しだけ顔を出すと、ずっとこっちを見ていたらしい空色の目が悪戯を思いついたかのように輝いた。

「リナ、私は使徒像の化身だ」

「……へぁ?」

 お、驚き過ぎて、変な声出ちゃったよ~。


 使徒像の化身? ……足、あるじゃん。

 どう考えたって口から出まかせだとわかるけど、わざわざ使徒像って言ったことが気になる。

「リナ」

 私は引き留めようとする父さんの言葉を聞きながら、思い切って厨房から出てみた。

 私が出ていくと少年は嬉しそうに笑う。そして、いきなり私を抱き上げた。

「わわっ!」

「リナッ」

「はは、ようやく近くで顔を見れた」

 父さんが私を取り返そうと手を伸ばすけど、少年はくるりと身をかわす。私は抱き上げられたまま、呆然とその顔を見下ろした。

(こ、これ、どういう状況?)

 父さんよりも随分細い腕なのに軽々と私を抱き上げた少年は、次に私を抱っこするような体勢になりながら顔を近づけてきた。アップでも十分耐えられる綺麗な顔。その顔を私はただじっと見つめる。

「砂糖、何に使っているんだ?」

 次の瞬間耳元で囁かれた言葉に、私は思わず息をのんだ。

「!」

(さ、砂糖って、え? どうして知ってるの?)

 我が家に砂糖があるということは、家族と、あの時うちにきた警察の人以外いないはずなのに……え? この子、本当に……いやいやいや、ただの人間には間違いないってば。


「……おじぞーしゃん?」

 まだ信じられないので恐る恐る聞いてみると、まるで正解というふうに高い高いをされてしまった。

 う……まんま子供みたいだよ……。




 私も突然のことに理解がなかなか追いつかなかったけど、父さんたちはもっと驚いていたみたい。

「リナを離してくれ」

 でも、我に返った父さんはすぐにそう言って、私を少年の手から取り上げた。

 正体が不明でも、明らかに良いところの子供相手にこういう態度をとるのは勇気がいったと思う。それだけ私のことを大切にしてくれているのだと伝わって、私は父さんの太い首にしがみ付いた。

 あ、そうだ。父さんにもちゃんと伝えなきゃ。

「と~しゃん、に~ちゃ、おじぞーしゃん」

「……なんだ?」

「しゃとーくりぇた、おじぞーしゃん」

 すると、父さんは私を抱き上げたまま少年を見下ろす。その目には警戒と疑問と、戸惑いの色が混ざり合っていた。

「……きみが、あの砂糖の持ち主なのか?」

「そうだが、違う。あれは、使徒像がリナに授けたものだ」


 うぉっ、そうきたんだ。

 確かに私も、父さんにはお地蔵様から貰った砂糖だって言ったけど、頭のどこかではわかっていたと思う。あの砂糖は誰かの落し物で、幸運にも手に入れられたものだって。いくらファンタジーな世界でも、あの使徒像が砂糖を生み出すことなんでできるはずないもん。

 だから、目の前の少年が砂糖の持ち主だったと聞いて、やっぱりそうなんだって思えた。むしろ、姿が見えなかった砂糖の持ち主の顔が見られてどこかで安心した。

 あ、だったら、この子には食べる権利があるんじゃない?

「と~しゃん、ごあんのパン、あげてい?」

「ああ、そうだな。ぜひ食べてもらおう」

「あい!」

 私は張り切って厨房に逆戻りする。

 売り物の白パンは売り切れたけど、家族が食べる分はちゃんと取ってあった。だって、私にとって一番大切なのは、家族が美味しいものを食べることだし。


 でも、あの砂糖を譲ってくれた人は別。あの砂糖のおかげで、こうして酵母を使った白パンが出来たんだし、食べる権利はあるよ。

 私は白パンを一つ手に取る。最後に焼いたものなので、まだ十分温かい。

 持ったまま転んでしまわないよう、私は慎重に歩いて少年の前に行った。

「あい、どーじょ!」

「……これが白パンか?」

「あい」

 少年は私からパンを受け取ると、まずはその柔らかさに驚いたように目を瞠った。何度もふにゃふにゃとパンを揉み、次は匂いを嗅いでいる。パンの良い香りがするでしょう?

 そして、ようやく少年は千切らないままパンに齧りついた。良いところの坊ちゃんにしてはワイルドな食べ方だ。

「!」

 一口口にしただけで、少年は止まった。

「……これが、白パンか?」

 さっきと同じセリフだけど、今の方がずっと驚きが滲んでいる。ふふ、そうだよ、すごいでしょ、うちの父さんは。

 答えを待っていたわけではないようで、少年はそう呟いた後猛然とパンを食べ進めた。あっという間に食べ終えてしまうと、今度は眉を顰めて唸っている。

「こんなパン、王じょ……館でも出ないぞ」

 どこか悔し気な響きを感じ取って、私は思わず笑ってしまう。そうでしょうそうでしょう、王都で、ううん、この国でこの白パンが作れるのは父さんだけだし。

「おいちー?」

「……美味かった」


 良かったぁ。

「しゃとー、ありあと。おいちーパン、できた」

 美味しいパンを食べてもらえて、一番言いたかったことを伝えられて。私は満足して笑った。

 すると、少年は腕を組み、難しい顔のまま言う。

「砂糖があるとこんなに美味しいものが食べられるのか?」

「ないちょ」

「内緒って、そうとしか考えられないではないか」

 少し唇がとがってるよ。年相応の幼い表情が垣間見えたと思っていたら、少年が思いがけない提案をしてきた。

「よし。これから先も私が砂糖を譲ってやろう。その代わり、毎日この白パンを食べさせろ」

 はぁ? 高価な砂糖を譲ってくれるって言うのももちろん、毎日パンを食べさせろなんて言うのもおかしいでしょ。

 私は思わず父さんを振り返る。父さんも困った顔をしていた。

 砂糖を分けてもらえるのは嬉しいけど、ただってことはないはずだ。その代わり、白パンのレシピを譲ってくれとか、無理難題を押し付けられるんじゃない?

 第一、お金持ちが毎日下町のうちの店に来られるわけないでしょ。


「砂糖は、ありがとう。そのおかげで、こんなにも美味しいパンが出来た」

 そう切り出したのは父さんだった。

「だが、新しい砂糖はいらないぞ。子供がそんな大金を易々使うもんじゃない」

「……私は子供ではない」

 少年はすぐさま言い返してきたが、どう見たって成人を迎えていない子供じゃない。

 それに、大店のグランベルさん相手だって大変なのに、明らかにお金持ちそうな家の子を相手にするには父さんに負担が大きい。

 私が思ったようなことを考えたのか、父さんは少年を宥めるように言った。

「うちは配達をしていないし、かといって君が毎日うちの店に来られないだろう?」

「私は来ると言ったら来る。明日もちゃんと白パンを用意していろ」

 そう言い放ち、少年は店を出て行った。




「……にゃに? あれ」

 まるで台風のような子だった。自分の言いたいことだけ言って、こっちが承諾していないのに帰って行ってしまった。いかにもお金持ちの傲慢な態度なのだが、どうにも憎めないのが不思議だ。

「と~しゃん、くりゅ?」

「……どうだろうな。一応用意はしておくが……」

「……あ、にゃまえ!」

 あの少年、最後まで名前を言わなかった。単に言い忘れていたのか、それともわざとなのかはわからない。

「……まいったな。グランベルさんの話だけでも気が重いのに」

「……ごめんちゃい……」

 あそこで私が砂糖に反応したばかりに、結局父さんを困らせる結果になっちゃった。

 私は落ち込んだが、父さんは大きな手で頭を撫でてくれる。

「リナは何も謝ることはないぞ」

「でもぉ……」

 なおも私が言い募ろうとした時、慌ただしく店のドアが開いた。あの少年が戻ってきたかと思ったが、入ってきたのは同じ年頃でもまったく容姿が違う、少しビクビクした雰囲気の少年だ。

「す、すみません」

 その少年は、頭を下げた。

「お、主人が、お代を忘れておりまして」

「主人って、今の子か?」

 父さんも思い当たるのがあの子しかいなかったらしい。戸惑ったように尋ねると、その少年はペコペコ頭を下げた。

「はい、その通りです」

「代金はいらない。俺たちも礼が出来たし」

「そんなわけにはまいりません。とにかくこれを」

 早口にそう言い、台の上に置かれたのは中銀貨1枚。

「あ、ちょっと」

 父さんはお金が多すぎると言おうとしたけど、その少年はあっという間に立ち去ってしまった。

(……なに、あれ?)

 本当にわけがわからない。

 

50万PV突破。

ありがとうございます。

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