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27.家族会議始めます。

 店を閉め、夕飯を食べ終わると、私はいつものように寝るように言われた。でも、今日ばかりは寝てなんていられない。きっと今日もするだろう話し合いには、私もちゃんと参加したかった。

「リナ……」

 母さんは困ったような顔をしたけど、父さんは軽く頷いてそうだなと言ってくれた。うちのパン屋のことだから、子供というだけで何も言わないのはおかしいなと。

 四人掛けのテーブルに、向かい合わせて家族で座る。

 ケインはいつもと違う父さんの様子に緊張しているようだけど、私は父さんの言葉を聞き逃さないように気合を入れた。




 父さんの話によると、昨日来たグランベルさんはやっぱり王都ベルトナールのパン組合の会長さんらしい。王都に幾つも店を持っていて、北の広場前というのは貴族街に一番近い高級店だって。

 ついでに、父さんに教えてもらったけど、王城が北にあるので、貴族も王都の北側に住んでいて、裕福な大店は西側に固まり、普通の店や職人は南側、労働者や貧民は東側に固まっているらしい。

 こんなにはっきり分かれているなんてびっくりしたけど、どの領地も同じようなものだと聞くと、それがこの世界の常識なんだって納得するしかなかった。


 超大店のグランベルさんの店は貴族相手にもパンを売っているようだし、売り上げだって相当なものなんだろうな。

 あ、一応王城や貴族の館にはそれぞれ料理人がいて、パンもそこで作っているようだけど、その料理人が作るパンよりもグランベルさんの店の方が美味しいんだって。

「と~しゃんのが、おいちーの!」

「そうか」

 私がそう言うと、父さんは照れたように笑った。

「父さんも、自分の作るパンに自信を持っている。それに、今はリナが教えてくれた白パンがあるだろう? 正直言って、グランベルさんの店にだって負けていない」

 うんうん、自信を持ってよ、父さん。私が教えたっていうけど、私がしたのは酵母を作ったことくらいで、後は全部父さんが頑張って作ってくれているんだもん。


「……だが、白パンを広めるんだったら、グランベルさんのような大店の方が良いというのもわかってる。俺たちにはなかなか手が届かない砂糖だって仕入れるだろうし、職人も多いから量産もできる。リナ、お前は白パンをみんなに食べてもらいたいって言ってただろう?」

 私は頷いた。最初は自分が食べたいからっていう理由だけで頑張ったけど、次に考えたことはこれをたくさん売って儲けようってこと。生活を豊かにするって意味じゃなく、次の新しいパンを作る資金にしたいという気持ちが大きかった。

 でも、父さんは違う。周りにも自分が作る美味しいパンを食べてもらいたいっていうことと、もっともっと美味しいパンを作りたいっていう職人としての欲が強いんだろう。私より、よっぽと純粋な思いだ。

 そんな父さんにとって、グランベルさんの申し出は戸惑いの方が大きいみたい。だって、せっかくここまで作り上げた技術を譲れってことなんだから。


「と~しゃん、や?」

「……嫌というか、この店を閉めるなんて考えたくない」

 ああ、そっか。グランベルさんは、自分の店で働かないかって言ってたっけ。それだったら、うちの店を閉める前提ってなるのか。

(それは、私だって嫌)

「じゃあね、こーぼしゃん、あげゆの」

「コーボを渡すのか?」

 そう、酵母の作り方まで教えるんじゃなく、作った酵母を渡すようにしたらいいんじゃないかな。

 しばらくの間は父さんが使い切るだけの酵母を持って向こうの店に行って、指導という名の監視をすれば酵母が何で出来たのか調べることはできないだろうし。

 もちろん、そんなに大きなパン屋なら、いつかは酵母の作り方も知られるかもしれない。それでも、しばらくは猶予があるはずだ。

 それに。

「しょう。こーぼしゃんあげて、と~しゃんはちょくぱんちゅくりゅ」

「チョクパン?」

 食パンだよ!

 酵母が出来たから、食パンも今ある材料で作れる。多分、クロワッサンも。

 これだけのパンが作れたら、後はいろんな具材を使った総菜パンやサンドイッチも作れるようになると思う。

 売るものの数はぐんと増えるし、その分売り上げだって上がるよね。


「どういうことなんだ、リナ?」

 父さんは困ったように私を見る。どうやら私の言いたいことは伝わっていないらしい。

「こーぼしゃんは、あげゆの。つくりゅのは、めっ、なの」

あ~、もうっ。私の言いたいことがなかなか伝わらないのがもどかしくてたまらない。

 2歳の子が流暢に話すのも怖いけど、今の私は猛烈に話したくてたまらない!

 だって、父さんじゃグランベルさんに丸め込まれると思う。同じパン屋でも、向こうは貴族とも取引してるらしいし、絶対一癖も二癖もありそうだもん。それに比べたら、うちの父さんはいかにも職人で、人の裏をかくなんて考えることもないだろう。

 父さんよりは母さんの方が頼りになるだろうけど、パン作りに関してはあまり詳しくなさそうだし……。

 せめて後もう少し、夏の終わりに私は2歳半だ。そうしたら今よりはもっと話せるようになるはずだ。

 そう考えると、もうこれしかない。


「と~しゃん、ちばらく、げんじょーいじ」

「げんじょーいじ?」

「と~しゃんは、あしぇることない」

 白パンの作り方を知りたいのは向こうで、いわばこっちは教えてあげる方だ。ギリギリまで、向こうがしびれを切らすまで待たせてからでも動けばいいんじゃないかな。

「またしぇる」

「グランベルさんをか?」

 父さんは一日でも早く返事をしなければと思っていたのか、私の言葉に驚いている。

「しょう。あっちかりゃくりゅまで、またしぇる」

「いや、でも……」

「どんと、しゅる」

 待たせている間に、もっと良い方法が見つかるかもしれないし。 

どんと構えていてよ、父さん。











 当初は、私の提案に難色を示していた父さんだけど、良い意味で職人の父さんは難しいことを考えるのを放棄したみたい。

 数日すると、いつものように一生懸命パンを作り始めた。

 グランベルさんの方からも連絡はなかった。諦めたとは思えないけど、向こうもどうしたらいいのか次の手を考えているのかもしれない。

 一度だけ、父さんに北の広場前に連れて行ってもらった。

 遠くから見たグランベルさんの店は客が大勢押しかけてはいなかったが、店構えも大きく、綺麗で、いかにも高級店という雰囲気だった。

 見つからないうちにすぐに帰ったけど。


 そうこうしている間に、あっという間に十日経った。

 その間、私は父さんに頼んで、食パン用の金型を注文してもらった。食パン用だから長方形の簡単なものでいいし、鋼で作るらしいそれはそれなりに高いけど買えないほどでもなかったみたい。

 白パンが売れてて本当に良かった。新しいものへの先行投資は大事だよね。

 その金型が出来るまで、私は父さんに食パンの作り方を説明した。新しいパンを知って、父さんはすごくやる気が出たらしい。

 あ~でも、食パンの前にクロワッサンを作る方が良いかもしれない。こっちは金型いらないし、バターは多めに使うけど、足りない材料もない。

「ショクパンじゃないパンか?」

「しょう。くりょわっしゃん」

「クリョワッシャン?」

 ……う、また通じてないよ。まあ、名前はクロワッサンが出来てから訂正したらいいか。

「バター、いっぱい」

「バターか……」

 父さんはいつも牛乳やバターを入れている棚を確認している。

 冷蔵庫がないので牛乳はほぼ毎日、バターも二日に一度、使う分しか買っていないので、どうやら今日作るのは無理そうだ。

「明日、朝一に買いに行く」

「うん」

 ふふ、また新しいパンが作れるんだ。始めから上手くいくかはわからないけど、父さんならすぐにコツを掴んでくれるはずだ。




 その日、店を閉める直前。

 ドアが開く音がして、母さんがすぐに声を掛けた。

「いらっしゃ……」

 声が途中で途切れたことに気づき、私は厨房から顔を出す。最近、私は厨房に入りびたりになっているからだ。

「か~しゃん?」

(……お客……さん?)

 ドアの前に立っている人物が見えた。

 でも、私も母さんのように客に対する挨拶の言葉がすぐに出てこない。だって、そこにいる人物がこの店に来る客とはとても思えなかったからだ。

 どちらかというと、以前一度だけ来たことがある彼……。

「える、しゃん?」

 そう、あの美少年にとても雰囲気が似ている。つまり、どう見たって金持ちのお坊ちゃんだった。

 エルさんはプラチナブロンドの綺麗な髪に、少し暗いアイスブルーの目だったけど、目の前の少年は銀髪に澄んだ空の色の目をしている。

 でも、歳のわりに落ち着いていたエルさんとは違い、どこかやんちゃ坊主のような雰囲気があった。

「パンはあるか」


(わ……本当にパンを買いに来たんだ……)

 それこそ、グランベルさんの店に買いに行きそうなのに、どうして下町のうちに来たんだろう? あ、彼も白パンの噂を聞いてきたのかな?

「すみません、今日の分は売り切れてしまいまして……」

 驚きが落ち着いたのか、それともいくら金持ち風でも子供が相手だからか、母さんが優しい声で言った。

「ないのか」

「すみません」

 それでも、子供に対するにしてはずいぶん丁寧な口調だ。

「白パンもか」

「白パンは人気で、焼いたらすぐに売り切れてしまうんです」

「……そうなのか」

 一瞬、残念そうな顔をした少年が、厨房から顔を出している私に気づいたらしく視線を合わせてくる。

(な、なに?)

その目が楽し気に細められ、私は思わず厨房の中に隠れてしまった。 

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