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21.いよいよ柔らかいパン作りです。

 準備をする2人を見ていた私は、ハッと気がついて母さんのもとへ駆け寄る。

「か~しゃんっ」

「何?」

 母さんは竈の前で鍋をかき混ぜていたが、私が声を掛けるとすぐにこっちを見てくれた。

 私は母さんのエプロンを引っ張った。

「リナも、リナもこりぇ」

 今から作業するんなら、私もちゃんと準備をしておかないといけない。パンを作るなら、手洗いはもちろん、髪の毛が落ちないようにハットを被っておきたいし、エプロンだって着たい。

「これって……前掛け?」

「あい。くらさい」

 私が両手を差し出せば、母さんは困ったように首を傾げた。

「子供用の前掛けは無いんだけど……」

 私の上はケインなので、お下がりでもエプロンはないらしい。

(あ~、形から入りたいんだけど……)


 無いと聞いて私は今から準備は無理かと諦めたけど、考えていた母さんが何か思いついたのか二階に上がっていく。間もなく下りてきた母さんの手には、クリーム色の布があった。

「リナ、いらっしゃい」

 呼ばれてトコトコ近づくと、母さんは手に持っていた布を広げる。よく見るとそれは大きな四角形で、母さんはその一片を使って私の首の後ろで結んだ。一見して、バスタオルを体の前にあてているようだ。

「じっとしていてね」

 次に、膝下まであった布を腰のあたりで折り込んで、落ちないように紐で結ばれてしまう。

「よし、とりあえずこれでいいでしょう?」

「……」

(……想像していたのと少し違うんだけど……)

それでも、前から見たら一応エプロンのように見えるだろう。

 私は裾を掴み、ちょっと揺らしてみた。ひらっと布が揺れたのが妙に可愛く感じてしまう。

「と~しゃん!」

これは、いいかもしれない。

 私は父さんのもとに駆け寄って、エプロンもどきの裾をピラピラさせた。

「かぁい~?」

父さんは私を見て目を瞬かせたかと思うと、次の瞬間には腰を持たれてくるっと回転させられる。

「どこの女神様かと思ったぞ! リナは可愛いなぁ~っ」

 思った通り、娘愛の強い父さんには好評だ。

私も満足して笑ったが、今度ちゃんとした子供用エプロンを作ってもらおう。




 準備が終わり、いつものようにパンの粉を捏ねてもらう。

この配合は私にはわからないものだし、一番最初は父さんのやり方の中に酵母を入れてみるという方法にしようと思った。

 あ、ただし、生地を寝かせる時間は必要だね。父さんは捏ねた後すぐに成型して焼いてしまっていたから。

「よし、やるぞ。リナ、どうするんだ?」

 父さんの目が楽しそうなのがわかる。やっぱり職人さんは、新しいものを作るのは楽しいんだろうな。

(ん~、どうだったかな)

 私は《佳奈》の時にやったパン作りを思い出す。あの時は材料も用意してもらい、作る工程もほぼしてもらったようなものなので、何度考えても分量の比率は思い出せない。

「おみじゅとぉ、こーぼしゃ、はんぶんこ」

「いつも入れる水の量を半分にして、残り半分にこれを入れるのか?」

「あい!」

 理解が早い父さんに、私はうんと頷いた。


「……あれか」

 理解した割に、父さんはすぐに動かなかった。

(まあ、わかるけど)

 ガラス瓶の中の水は、ランゴのエキスが滲み出たと明らかにわかる紫色だ。さすがに美味しそうには見えないので父さんが躊躇うのもわかるけど、中に入れているのはランゴと水と砂糖で、食べられるものばかりだ。

「と~しゃん」

「……そうだな。リナは《ふれんちゅとおすと》を考えることができたんだしな」

 まるで自分に言い聞かせるように呟いた父さんは、大きな器の中にパンの粉を入れ、柄杓に水を入れようとした。

 そっか、ここから目分量なんだ。それはもうしかたないけど、水と酵母の割合くらいは、ちゃんとコップで測っておかなくちゃ。今後店で売るためにも、いつでも同じ味を作れないと商品にならないし。

「と~しゃん、こっぷ、こっぷ!」

「コップ?」

 父さんは私が何を言いたいのかわからなかったようで、手を止めて首を傾げる。

「に~ちゃ、こっぷ、おねあい!」

 私はケインに頼んで、水をコップに入れてもらった。

「おにゃじ、ぐるぐるして、まじぇまじぇ」

ジェスチャーで、コップに指を当てて量を決めるよう頼む。次に、ガラス瓶の自家製酵母を指して、同じようにコップに指を当てる。

 もう、本当に、喋れないってつらい! 


 伝われ伝われと念じながら説明したせいか、同じ動作を三回繰り返したところでケインにはわかったらしい。

「父さん、水とこのリナ水の量をはかって入れろって言ってるんだよ」

 ……リナ水? それは自家製酵母だってば。

「それだと、水気が多くなるんじゃないか?」

 違うよ、父さん。いつも入れる水の量の半分を酵母にするんだってば! さっき理解してくれたんじゃなかったの? 工程が増えるとゴチャゴチャになっちゃった?

「ちあう、と~しゃん。おみじゅ、こ~ぼしゃ、はんぶんこ」

 ここまでで、どのくらい時間を使ったんだろう。……はぁ、先は長いよ。




 私が説明して、父さんが違う方向に理解して。

それをまた私が訂正して、父さんが考えて。時々ケインが意見して……ようやく私の言いたいことが伝わったのは、母さんが夕飯ができたと呼ぶ声が聞こえた時だった。

「アンジェ、俺たちは今からパン作りを……」

「食事が終わってからよ」

「いや、でもな、早く試して……」

「ジャック」

 いざ始めようとした時に出鼻を挫かれた感じの父さんは控えめに抗議をしようとしたが、うちで一番強い母さんの言葉には逆らえなかったらしい。

 私はもちろん、食事が優先だ。美味しいパンを作りたいとは思っていても、今、お腹が空いている状況の方が問題だった。


 今日の夕飯は、カボチャ味のスープに、塩焼きの肉。そしていつもの硬いパン。

(これが、明日から柔らかいパンになるんだぁ)

むふふ、久しぶりの柔らかなパンだ。にやけてしまう口元を抑えきれずにいると、母さんが呆れたように息をつく。

「リナ、ちゃんと食べないと」

「あむ、むぐ……」

 うん、わかってる。この後また作業するんだし、ちゃんと食べて気力も体力も満タンにしないと。

(柔らかいパンが出来たら、今度はジャムも作りたいな)

 市場に行った時、新鮮な果物がたくさんあることを知った。甘い果物なら、砂糖も節約できるはずだ。

 ジャム作りはパン作りよりも簡単だし、基本焦げないように混ぜるだけなので、私でも作れると思う。あぁ、楽しみが止まらないよ。




 夕食が済み、私と父さんとケインは再び厨房に立った。

さっきまでで私の言いたいことはかなり伝わったらしく、父さんはコップを使って水と酵母液を粉に混ぜた。もちろん酵母はしっかり瓶を振って中のものを混ぜてからだ。

「……」

(紫色じゃないんだ……)

 液は不気味な紫色だったのに。粉に混ぜると不思議にその色は無色になってしまった。でも、匂いはちゃんとリンゴのほのかな匂いがする。

 粉を捏ねる父さんの手際はさすがに良い。捏ねて捏ねて、水分と粉はうまく混ざり合い、生地ができてきた。

 バンッ バンッ

 その生地を、父さんは作業台に叩きつける。今回酵母を入れたせいか、しっかり混ぜるように気合が入っていた。


「……いつもと一緒に見えるけど……」

 私と一緒に父さんの手元を見ているケインは、少し不満そうに口を尖らせている。目に見えた違いがないからそう言うんだろうけど、ケイン、後で絶対驚くよ。

(でも、一度で上手くいくかはわからないけど……)

 自家製酵母として、割合を変えて作ってみた5種類の酵母。

それに、今、粉と混ぜる時の水との割合も、一度でちょうど良いものはできないだろう。ここから試行錯誤の日々が続くだろうけど、父さんと私なら絶対にできるはずだ。

「よしっ」

 いつもより長く捏ねた父さんが、すぐに成型しようと生地を小分けにしようとする。

 私は慌ててその手を掴んだ。

「と~しゃんっ、めっ」

「めって、リナ」

「ねんね、しゅる。ねんねで、きじしゃん、ぱんぱん」

 ちゃんと生地を寝かせて発酵させないと、酵母を入れた意味がないんだってば。

これまでが《生地を寝かせる》という工程がなかったので、父さんは私の言っている意味がよくわからないらしい。でも、ここが大事なんだよ。

(二十分……念のため、三十分にした方がいい?)

 あ~、ここに携帯電話があったらすぐに調べられるのに。


 ケインに布を濡らしてきてもらい、それを器の中に丸めて入れている生地に被せた。ここまでするのに既に十分は経っていると思うから、寝かせる時間はちゃんと差し引かなくちゃ。

 ちなみに、この世界で私はまだ時計を見たことがない。

日常の生活は自分の感覚というか、母さんの言う通りに動いているだけだけど、今日までにちゃんと私も準備をしていたのよ。

「……あ、ぐちゅぐちゅちた」

 竈に掛けた大鍋の水が沸騰するのに、約十分。これは、ちゃんと私が600数えたからほぼ合ってるはず。

 せっかく沸かした湯はタライに入れて、後で体を拭くのに使おう。冷めちゃうかもしれないけど。

それを二回繰り返し、私は被せている布を取るように言った。


 ……そして。

「これは……っ」

「おっきい!」

 生地はちゃんと発酵していて、寝かせる前の1.5倍にはなっている。

(ちゃんと膨らんだんだ……)

作った自家製酵母はちゃんと成功していた。そのことに安心して、私は今日一番の大きな息をついた。

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