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19.幼児の記憶力は怪しいです。

「う……ぁ……でっかい、てるぼーじゅ……」

 私はぴくっと肩を震わせる。

美少年の後ろにいた人物は、彼よりも頭一つ分大柄なてるてる坊主のお化けだった。黒いマントとフードの圧迫感は凄くて、ようやく引っ込みかけた私の恐怖心が再び頭をもたげる。

 すると、美少年より頭一つ分大きなてるてる坊主は、私の言葉に少し噴き出しながらフードを取った。そこから現れたのは綺麗な水色の髪だ。

(カ、カツラ……?)

 私の常識では水色の髪なんてありえない。でも、不思議にその色は目の前の人物に馴染んでいるようにも見えた。

「驚かせてしまい、申し訳ありません」

「……」

 幼児の私に対しても、驚くほど丁寧な態度だ。それが意外で改めて顔を見ると、彼もまだ若いのだろうとわかる。美少年とはまた系統の違う美形で、雰囲気がちょっと軽薄というか、軟派っぽいっていうか、チャラいというか……まあ、美少年とは正反対の雰囲気だ。せいぜい、二十歳前後か、髪の色よりももう少し濃い青の目が、私を見て優し……いや、面白そうに細められた。


 それにしても、この美少年と美青年はどうしてここにいるんだろう?

私が美少年と会ったのは、洗礼式の神殿でだ。神殿長と堂々と対していた様子は覚えているし、私の魔石が変な光を出した時に神殿長をごまかしてくれたことも覚えている。

 でも、それは神殿の中での出来事で、こんなふうに自分の生活圏内で再会するとはまったく考えてもいなかった。……っていうか、一年経って、そんなことがあったこともすっかり忘れてた。

 私は美少年と美青年を交互に見る。

「に~しゃん、どうちた?」

「……」

 美少年は私の問いに答えず、その視線はお地蔵様に向けられている。正確には、その足元に置いた器だ。そこにはまだ湯気がほのかにたつフレンチトーストがあった。

「あれは、君が持ってきたようだが……」

「おじぞーしゃんに、ありあと、しゅる」

「ありがとう?」

おっ、すごいね、私の言葉をもう聞き取れるんだ。


「あのね、しゃとーね」

 私の言葉を理解できるなら話は早い。

私は嬉々として砂糖を獲得し、フレンチトーストを作ったことを説明した。この苦労話、家族以外にも知ってほしかったんだよね。彼には一度助けられたし、私の中の警戒心はまったく働かなかった。

「そりぇで、ありあと、きた」

「……ほとんどわからないが」

「えぇっ?」

(わかるから聞いてたんじゃないのっ?)

 真剣な顔で聞いていたから、てっきり全部理解してくれていると思ってたよ……。

ガ~ンと私が落ち込んでいると、美青年が手を伸ばして頭を撫でてくれる。

「言葉はすぐに話せるようになりますよ。それよりも、それ、さっきからとても良い匂いがしているのですけれど」


 私は美少年の視線にしか気づかなかったが、どうやら美青年もフレンチトーストが気になっていたらしい。

(……話してもいいのかな……?)

 これが貴重な砂糖を使った料理であることと、それを考えたのが私であること。

 父さんは面倒が起きないように私が表に立つことを嫌がっていたが、私は不思議とこの奇妙な二人組に対して危機感は覚えなかった。

 言っておくけど、私は別に面食いじゃない。外見より内面重視だし! でも、綺麗なものを警戒するのって難しいよ。私まだ、幼児だもん。正義の味方に、悪い人はいないだろうし。

 それに、美味しいものはみんなで食べた方が、もっと美味しいよね?

「に~しゃん、こっち」

 作りたては、もっと美味しいんだよ。

「どこに行くのです」

「りなの、おうち」

 さすがに、美少年に手づかみで食べさせるわけにはいかない。私は彼の手を両手で引っ張る。

「こっち!」

美少年は私を見、その後で美青年を振り向く。

「せっかくのお誘いですし、お受けしましょう」




 私は美少年の腕をひいて店に戻る。

「んしょ」

ドアの前で手を離して両手で開けようとすると、後ろから美少年が軽々とドアを開けてくれた。その後ろからは、ちゃっかりお供えのフレンチトーストの器を持った美青年が続いた。

「たぁ~いま!」

「遅かったな、リナ……あぁっ?」

 厨房で作業をしていた父さんが振り向き、目と口を開けたまま固まる。

その様子がおかしくてケラケラ笑っている私とは違い、美少年は父さんに向かって静かに切り出した。

「店は休みですか?」

「あ……は、い、今日は、洗礼式で……っ」

 途中で言葉を切った父さんは慌てたようにその場に跪き、右手を左胸に当てて頭を下げる。

この格好……確か、前も見た気がする。……あ、そうだ、神殿で見たんだ。

(あの時も、この子に……)

 父さんだけじゃなく、神殿長も神官たちも、同じように頭を下げていた。あの時、もっといろんな情報を知ったはずなのに……不味い、私、忘れちゃってる。

 美味しいパン作りがしたくて、《佳奈》だった時の記憶を忘れまいとして、反対に《リナ》としての記憶がポロポロ抜けているのだ。


 この美少年の正体を思い出せないけど、私も同じようにした方がいい?

でも、膝を着くという行為は慣れなくて、結局その場にしゃがみ込んだ。

「……」

 私の行動に、美少年は僅かに眉を顰める。そして、手を伸ばして私の両脇を掴むと、そのまま体を起こされた。

「君がそんなことをする必要はありません」

「でもぉ……」

 私が父さんを気にしているのがわかったのか、美少年は父さんにも言った。

「今日は忍びです。礼は必要ありません」

おぉっ、お忍びだって! どこの坊ちゃんなのよ。

「それよりも、リナ、どうして私をここに連れてきたんですか」


 淡々とした言葉に、私はハッと思い出した。彼が不思議そうにフレンチトーストを見ていたから、ぜひ作り立てを食べさせてあげたいと思ったんだった!

 私は父さんを振り返る。

「と~しゃん、あれ、ちゅくって!」

「あれって、お前……」

 いつもなら、私の願い事にすぐ頷いてくれる父さんなのに、戸惑ったように呟きながら体が止まっている。

 せっかく呼んだのにどうしようかと私が困っていると、美青年がゆっくりと噛み砕くように言った。

「私も、この方も、このような料理は初めて見ます。いったい、どのように作られたのですか?」

 跪いたまま困惑する父さんに、楽し気に話しかけるのは美青年の方だ。その言葉の中には十分料理への興味が感じられて、私は早く作ってあげてほしいと訴えた。

「と~しゃん、はぁく!」

 父さんは私を見、次に美少年を見て、最後に美青年へ視線を向ける。

「……不敬だとはわかっていますが……」

「何です?」

「……今から、見るものは……他言無用に願います」

父さんの言葉に、美青年は口角を上げる。

「それは、あなた次第でしょう」




 父さんと美青年が、私の頭越しに難しい話をしている。

珍しい父さんの真剣な表情に、私の中で僅かな不安が生まれた。もしかしたら、この二人を連れてきたことは間違いだった?

「リナ」

 私の不安な気持ちを知ってか知らずか、美少年が手を差し出しながら名前を呼んだ。

反射的にその手を掴むと、スッと体の中に風が吹き込んだ気がする。体の中に風なんておかしいけど、そうとしか表現ができなかった。

「……まだ、大丈夫のようだ」

 小さく呟く声が聞こえ、私は首を傾げる。

「なぁに?」

「……いえ、何でもありません」

絶対に何かあるような言い方が気になるじゃない。


 その間に父さんと美青年の話はまとまったのか、立ち上がった父さんは厨房に入ってフライパンを取り出した。どうやらフレンチトーストを作ってくれるらしい。

 渋っていた父さんをどんなふうに説得したんだろう? 私よりも随分上にある顔を見上げると、彼は笑みを深めた。

「名乗るのが遅れました。私はシュルヴェステルといいます」

「しゅりゅ……てる?」

 な、長くて覚えられないよ。

いかにも身分が高い人の名前だと思うと、美少年の名前が気になってきた。ううん、確か前、聞いた気がする。神殿長が……あの人が呼んでたはずなんだけど。

(う……思い出せない)

 えー……はる? だっけ。違う、もっと長い名前だった。

「え~……ぺる? ぱりゅぱりゅ?」

「……まさか、私の名前ではないでしょうね」

表面上は無関心を装いながら、その眼差しは冷ややか過ぎる。私は焦って首を横に振った。人の名前を間違えるのは失礼だよね……ごめんなさい。


「エーベルハルド。二度は言いません」

 エーベルハルドか。良い名前、長いけど。

二度といわないと言うけど、大丈夫。今度は絶対に忘れないから。

「えりゅしゃん」

 ……で、安定の拙い言葉だ。怒られるかなと思ったが、美少年……エルは、小さな溜め息をついたがそれ以上は何も言わなかった。

 その間にも、バターの融ける音と良い匂いが店の中に広がってくる。

 私が厨房に顔を向けるのと同じように、エルも気になるのが視線を向ける。

「……何を作っているのか……」

「おいし~の」

 父さんは凄腕のパン屋なんだよ。


「出来ました」

 しばらくして、父さんが店のパンを置く台へと器を運んできた。

今日で三回目のフレンチトーストは、卵の固まり具合も完璧だ。

 父さんは器を置くと、壁際に寄せていた椅子を二つ持ってきて座るように促した。

「ここには、こんなものしかないんで……」

「十分ですよ。ね?」

 美青年……シュルさんが、エルさんに笑みを向ける。

私も張り切ってフォークを差し出した。

「ど~じょ!」

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