18.美少年に再会しました。
さて、ようやく自家製酵母の作成だ。
私は張り切っていたけど、
「リナにナイフは持たせられない」
父さんにきっぱりそう言われてしまい、しょんぼりと肩を落としてしまった。
まあ……ね、確かに2歳の幼児に刃物を持たせるのは危ないだろうけど。せっかくだからそこも自分でしたいというのが本音だ。
「さあ、リナ。神はどんな調理法をお前に教えたんだ?」
「う……」
(父さん……すっごく生き生きしてるんだけど)
最初はあんなに渋ったような顔してたのに。
今考えると神様の名前を出したのは恐れ多いけど、そのおかげで父さんが協力的になったのなら良かったかもしれない。
私はランゴを縦割りにするよう、手刀を当てて見せた。
「ここ、ぽん」
「こう、か?」
「じぇんぶ、ぽんぽんちて」
皮も芯も実も、全部入れた方が美味しいだろう。
父さんがランゴを切っている間、私は自分のコップを持ってきた。
うちには秤がない。出来るならちゃんと材料の分量は図った方がいいんだろうけど、私自身ちゃんとしたパン作りの時の分量なんか覚えていないし、この世界の果物で本当に酵母が作れるのか実験的要素もある。
だから、私が考えたのはコップを基準にするということだ。コップ一杯、半分、三分の一。そんなふうに少しずつ砂糖と水の分量を変えて、ちょうどいい割合を考えるのだ。
(瓶が5個あるから、5パターン作れるね)
これから春なのでだんだん暖かくなるし、厨房の竈の近くに置いておけば温度も心配ない。
「と~しゃん、おみじゅ」
「水はどのくらいだ?」
父さんは水瓶の中に柄杓を入れながら聞いてきた。
この水。最初はすごく心配した。私がこの世界で口にしてきたのは母乳か火を通したもの、それか果物くらいで、生水は飲んだことがなかった。日本以外で生水を飲むのはやはり怖い。
でも、父さんに水のことを聞いてびっくりした。
父さんはパン作りに使う美味しい水には拘っていて、東門のすぐ外にある森の湧水をわざわざ汲んでくるらしい。二日に一度、早朝に荷車をひいて行っていたなんて、全然気がつかなかった。
パン作りが下手かもしれないとか言って、ごめんね。
ランゴと、水瓶の水と、お地蔵様から貰った砂糖。
私は少しずつ砂糖と水の分量を変えて作っていく。あ、瓶の蓋はコルクっぽい柔らかな木材だった。父さんにギュッと押し込んでもらい、完成したものを棚に並べていく。
「ふぅ」
「……これでいいのか?」
私が大満足でガラス瓶を見ていると、父さんが戸惑ったような声で尋ねてきた。どうやら父さんは、もっと複雑な工程を考えていたらしい。神様から教えてもらったなんて大層なこと言ったから、今の工程に父さんが拍子抜けするのもわかるけどね。
「あい」
「……完成か?」
「ちあう。まちゅ」
たぶん、4、5日くらい掛かるはずだ。
後は時々蓋を開けて空気と触れ合わせるくらい。これでふわふわなパンが作れるんだもん。考えた人って凄いよね。
自家製酵母の完成はまだ数日後。
その間、私はあることをしたいと父さんにお願いした。
「あの料理を使徒像に?」
「あい!」
私はフレンチトーストをお地蔵様にお供えしたいと父さんに言った。だって、私には作れないし、ケインも一度叱られたからには、また勝手に厨房に入るわけにはいかないし。だったら、父さんに作ってもらうしかないんだもん。
今回、フレンチトーストが作れたのも、自家製酵母を作る実験が出来るのも、全部あのお地蔵様が砂糖をくれたからだ。正確には、お地蔵様の足元に砂糖を入れた麻袋を落とした人がいて、その人が正直に届け出た私に分けてくれたというわけだけど。
でも、私はこのお地蔵様が助けてくれたって思ってる。あれだけお祈りをした私の願いを聞き届けてくれたお礼として、貰った砂糖を使った料理をお供えしたいって思うのは変なことじゃないでしょう?
きっと、一度では頷いてくれないだろうし、どんなふうに父さんを説得したらいいかと考えていたけど、意外なことに父さんは二つ返事でフレンチトーストを作ってくれた。
父さん曰く、
「神の恵みに感謝するのは当然のことだ」
だって。
でも、やっぱり砂糖を使った料理は珍しいから、お供えしてもすぐに持って帰るように言われた。確かに、食べ物をずっと置いておくのは衛生的に良くないかもね。
「できたぞ!」
「わぁ、と~しゃん、ありあと!」
きつね色をした、美味しそうなフレンチトーストを受け取った私は、思わず笑みを浮かべてしまった。美味しいものって、見ているだけで笑みが浮かんじゃう。
「今日は洗礼式だから人通りは少ないだろうが、気をつけて行くんだぞ? ……本当に、父さんが一緒じゃなくても大丈夫か?」
「あい、ひといでらいじょーぶ」
今日は洗礼式。そう、ちょうど一年前、私が受けた1歳の洗礼式の日だ。
この日は祝日みたいなものらしく、町中の店も休んでいるところが多い。洗礼式には両親揃って出席するらしいから、店を休むところも多いんだって。
父さんにドアを開けてもらって外に出ると、ちょうどよく人影はなかった。
「んしょ、んしょ」
器には1枚しか乗せてないのに、私には結構重い。でも、頑張って運んだ。
だって、数メートルだもん。
「おじぞーしゃん」
赤いマフラーをしたお地蔵様は、いつものように穏やかな笑みを湛えたまま私を見ている。ん~、お地蔵様っていうより、天使に近いんだけど……町中に建っているから、私にとってはお地蔵様っていう存在に近いんだよね。
「しゃとー、ありあと」
(おかげで、美味しいものを食べれそうです)
今の私には贅沢だろうけど、そのチャンスを与えてくれたこと、本当に嬉しいし、感謝しています。
私は足元に器を置く。ラップがあったらいいんだけど……でも、この美味しそうな匂いを嗅いでください。
私は手を合わせ、頭を下げた。
(どうか、酵母が上手くできますように)
美味しいパンが出来たら、また持ってきます。
もう一度頭を深く下げた時だ。
「リナ」
耳慣れない声に名前を呼ばれた。
うちの近所なら、私のことを知っている人は結構いる。
ただ、そのほとんどはおばさんで、こんな少年っぽい声の人っていただろうか。
首を傾げながら振り向いた私は、そこで見たものに思わず声を上げた。
「てるっ、てるぼーじゅっ!」
頭から足元まで、全身を真っ黒な布で隠しているのって、これっ、人物大の、てるてる坊主のお化けだよ!
それも、真っ黒いてるてる坊主のお化けに、私は驚いて尻もちをついてしまった。
(ひ、昼間からお化けとか出るのっ?)
魔法がある不思議なこの世界だ、お化けがいても不思議じゃないと思えるのが怖い。で、でも、どうすれば撃退出来るの? 火とか、あ、火が怖いのは動物だっけ?
「じょーぶちゅ!」
(私は美味しくないから!)
無意識のまま両手を合わせていると、頭上から淡々とした声が下りてきた。
「てるぼーじゅとは、何です?」
「うぇっ」
(しゃ、しゃべったよっ、このてるてる坊主!)
怖くてたまらない私は、身体をさらに小さく丸くする。どこから食べられてしまうのか、想像するだけで泣きそうだ。
「……リナ」
(名前まで知られてるって……どうして……)
「リナ、顔を上げなさい」
「う……や……ぁ……」
顔を見たら、それこそ生きて帰れないんじゃ……。
昔見たことがあるホラー映画を思い出し、私はもう半泣き状態だ。
すると、
「ふりゃぁっ?」
唐突に両脇を持たれ、地面から持ち上げられる。その拍子に、私は黒いてるてる坊主と目が合ってしまった。
「……ふぇ?」
いつの間にか頭から被っていたフードは外されていて、露になったのは見惚れるほど綺麗な顔だった。
「きれぇ……」
私が思わず声をあげると、目の前の眉が顰められる。
(う……こんな顔でも綺麗とは……)
「落ち着きましたか」
「……」
いや、まあ落ち着きましたけど、今度は別の意味でドキドキしそうだよ。
「洗礼式で会ったこと、忘れましたか?」
「しぇんれー……?」
子供の記憶って、変なことを鮮やかに覚えてるけど、重要なことほど忘れちゃってる。私も、けっこうポロポロと記憶が抜けていた。
でも、1歳の洗礼式のことは覚えている。ファンタジーな現象を初めて見た、自分が本当に以前と異なる世界に生まれたと実感した出来事を経験したからだ。
(嫌みな神官とかもいたし……あれ?)
私の脳裏に、一瞬誰かの面影がよぎる。
その面影を追うように、私は目の前の綺麗な顔をじっと見た。
プラチナブロンドの綺麗な髪に、少し暗いアイスブルーの目。ほとんど表情が変わらず、まるで人形のようだと思った美少年。
「あ……っ、に~しゃん?」
洗礼式で、私たち親子を助けてくれたあの美少年!
「に~しゃん、ね?」
「……」
「に~しゃん?」
え? 違うの?
「……私は、君の兄ではない」
「……」
(いや、わかってるって)
幼児から見て、その年ごろの男の子は《お兄ちゃん》って呼ぶものでしょ? 別に本当の兄とか、そこまで私図々しくないよ?
っていうか、幼児の私に冷静に突っ込むとか……ないよ。
「エーベルハルド様、この子は単にあなたを呼んでいるだけですよ」
内心呆れている私の心の声に重ねるように、新たな声が聞こえてくる。その笑みを含んだ声に、私は目の前の美少年の背中に立つ人物に初めて気がついた。
14万PV突破。
ここ数日で一気にアクセスが増えたのに驚いていましたが、その理由がわかりました。
異世界転生のランキングに入ったみたいです。
読んでいただいた皆さんのおかげです、ありがとうございました。
今後も、どうぞ楽しんでください。




