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16.自家製酵母の材料集めです。

 この世界に生まれて、初めて食べた懐かしい味、フレンチトースト。

私にとっては料理とも呼べないものだけど、父さんにとっては衝撃的な調理方法だったらしい。

 あの後、父さんは今度は卵液を作るところから始め、入れた砂糖の量に眉間の皺を増やした。

 タイミング良く母さんが帰ってきて、父さんが作ったそれを、今度は母さんが食べる。始めは怪訝そうな顔をしていたのに、一口食べた途端母さんの顔が輝いたのがわかった。

「これ……どうしたの、ジャック? こんな料理、初めて食べたわ」

 そこで、父さんは母さんに、これをケインが作ったこと。

 調理方法は私が教えたもので、それはお地蔵様から教えてもらったことを伝えた。

 母さんも、最初は信じられないふうだったけど、父さんとケイン、そして私が肯定すると、驚きと困惑で声も出なかった。


「ジャック……」

 母さんが、何かを訴えるように父さんを見る。腕組をしていた父さんは、ううむと唸った後、私を見下ろしながら言った。

「神が教えてくださった料理だ。俺たちだけのものにするのはできないだろう」

「でも……」

「ああ、わかってる。俺も、リナを矢面に立たせるつもりはない」

 真剣な顔で話している二人を見ていると、とても口を挟める状況ではない。

(私……不味いことしちゃった……?)

 ただ、美味しいものを食べたいだけなのに、私がしたことは両親を困らせることだったのかな。

 何だか泣きたくなって、私は俯く。すると、大きな手でくしゃりと髪を撫でられた。

「大丈夫だ、リナ。お前のおかげで、俺は人生で一番美味いものを食べることができた。ありがとうな」

「と~しゃん……」

私は父さんに飛びついた。

「おいちー、いっぱいあるの、もっと、おいちーの……っ」

 家族のためになら、私はもっと美味しいものを作ってみせるよ。まだ自分では何もできないけど、私は父さんと母さんの愛情にいっぱいお返しがしたかった。






 私の教えた調理方法は、しばらく誰にも教えないと父さんは言った。

そもそも、砂糖自体が簡単に手に入らないものだし、教えようにもできないというのが大きかった。

 確かに、私の考えるものに砂糖は必要不可欠だ。でも、またお地蔵様から手に入れることはできないだろうし、今あるものは大事に使わないといけない。

 フレンチトーストを作って食べたことで、私の食への欲求はひとまず落ち着いた。すると、次に考えたのはうちの商売のことだ。


 うちはパン屋だ。

一応、美味しいと言われているようだが、2歳の私にとっては硬すぎて、味わう前に疲れてしまう。柔らかかったら、味もわかるかもしれないのに……そう考えて、やっぱり作ろうと決意した。

 そう、自家製酵母だよ!

 砂糖と水、そして美味しい果物とかレーズン、ヨーグルトがあれば、簡単とは言わないけど、できる。


「おかいもの、リナも!」

「一緒に行きたいの?」

「あい!」

 どんな果物があるのか、私はまだよく知らない。私がリンゴとか、レーズンだと思っているものが、この世界では別の名前で呼ばれている可能性があった。

 それならばこの目で見て、味見して、確かめたい。

 私が買い物について行きたいと言うと、母さんは困ったような顔をした。

 まあ、小さな子がいたら買い物がし難いというのはわかる。でも、歩けるようになってるんだよ? 大丈夫。

「おねあい、か~しゃん」

「でも……」

「俺も行こう」

「え?」

 どうやって駄目だと言おうか悩んでいるような母さんに、厨房から父さんが出てきながら言った。

「ジャック、でもお店が……」

「今日は少し早く閉めて行こう。……リナ、また何か考えてるんだろう?」


 さすが父さん。私は屈んだ父さんの耳元で、内緒話のように小さな声で告げる。

「こーぼしゃ、あまいの」

「甘い? 砂糖じゃなくて」

「あい、しゃとーない、くらもの」

「くら……果物か」

 私が自分で作ったり、見たことがあるのはリンゴと、レーズン、そしてヨーグルト。リンゴはほんのりフルーティで美味しかったので、できればリンゴで作りたい。

 父さんは頷いて立ち上がった。

「よし、じゃあ、家族で出かけよう。ケインだけ置いていくと、後で文句を言われそうだからな」

 確かにね。ケインはあれから何度もフレンチトーストが美味しかったって言ってくれた。そんなケインを仲間はずれにはできないよ。

 それに、家族でお出かけなんて初めてだ。行き先が市場でも、なんだか今からワクワクしてくる。




 ケインが学校から帰ると、母さんがさっそく今日市場に買い物に行くことを告げた。

店の手伝いをしているし、お使いも行くケインだけど、どうやら市場には行ったことがないようだ。


「見知らぬ商人もいるし、質の悪い奴もいるからな。子供だけで行かせられない」


 父さんはそんなことを言っていたらしい。

市場か……。実は私も行ったことがない。もちろん、テレビでは見たことがあったけど、そこに自分がいるという想像ができなかった。

 だから、自家製酵母を作るという大きな目的があるのは本当だけど、市場に行ってみたいという気持ちがあることも事実だ。


 父さんは本当に早めに店を閉めた。

そして、家族揃って店を出ると、お地蔵様がある方角へ歩き始めた。私はちゃっかり父さんに抱かれていて楽チンだ。

「市場は町の南にある。俺たちここで買い物をする。富豪や貴族は、西の市に行くんだ」

「みにゃみ、にし、ちあう?」

「違う。安くて新鮮なものは南で、珍しくて高いものは西にしかない」

 そこ、美味しいものって言わないの?

確かに、私たちのような平民と、貴族とか王様が食べるものは違うだろう。できれば、どんなふうに違うのか見てみたいけど、今日は無理そう。


 私はちらりと下を向いた。ケインは家族みんなで出かけるのが楽しいのか、弾むような足取りで歩いている。

「に~ちゃ、たのちぃ?」

「ああ! 市場って、美味いものがたくさんあるんだろう? 俺、いっぱい食べたい!」

 ……ケイン、それは市場じゃなく、屋台じゃない?

 味見くらいはできるだろうけど、お腹いっぱい食べることは無理だと思うよ?

 私は生温かい目でケインを見た。




「わぁ……」

 店を出て、たぶん15分くらい歩いただろうか。だんだん人が多くなってきたなと思うのと同時に、騒めきと熱気が押し寄せてくる感じがする。

 そして、目の前に屋台の一群が見えてきた。

(すごい……! ここが市場なんだ!)

 そこにある光景は、私が想像したものと酷似していた。

多くの屋台が並んで、果物や肉、粉や豆も売っている。所々ではゴザを敷いて野菜が並べられていたり、幾つもの壺が並んでいる所もあった。この人たちは、きっと農村から直接売りに来たんだろうな。

(あ、あっちには洋服もある)

 食べ物だけではないものもあり、まさに青空市場といった感じだ。

私は周りの活気につられ、胸がドキドキしてきた。


「リナは何が欲しいんだ? こ~ぼしゃっていうのは、何が必要なんだ?」

 言葉の後半は小声になった父さんに、私はん~と考えた。ここはちゃんと《リンゴ》と言うべきなのだろうか。

「あかで、あま~いの」

「……赤くて、甘いのか?」

 私は頷きながら辺りを見回す。明らかに果物ばかりが売られている屋台も幾つかあったが、私の知っているリンゴはない。

(あの形じゃない可能性もあるし……)

 リンゴそのものがないのなら、甘味と酸味がちょうどよい果物を探すしかない。

どっちにせよ、果物と水、そして砂糖の量は研究しなくちゃいけないのだ。

(あ~、あの時、ちゃんと分量も覚えておけばよかった……)


 そう、やっと自家製酵母を作る段階になって、私は大きな問題にぶつかっていた。それは……私は必要な材料を知ってはいても、その分量……比率をほとんど覚えていないのだ。

 以前、私が作る時は既に材料が揃えられていたし、人が作っているのを見ていた時は味ばかり気になって、分量なんてほとんど気にしていなかった。

 視覚で覚えているだけの、大体の分量。

一発で正解が出るなんて気楽なことは、さすがに私も言えない。


 私が神様から調理方法を授かったと思っている父さんにはちょっと言えないし、私は表面上は笑いながらも、内心は色々葛藤をしているのだ……これでも。

「リナ、これはどうだ?」

 不意に話しかけられ、私は慌てて父さんの指さした方を見る。

ゴザに並べられているものは5種類ほどの果物らしきものだ。

「どりぇ?」

「これだ」

 父さんが手に持ったのは、色は濃い紫色なのに、形は私が良く知っているリンゴそのものだった。

「ランゴだ」

「ら……ご?」

(ぷ……っ、リンゴと一文字違い)

笑うのを我慢している私をよそに、父さんは店の人に交渉をして1個、その、ランゴを切ってもらっている。

「味見だ。ほら」

 唇に押し当てられ、私は思わずぺろっと舐めた。


(……甘い)

 毒々しい色というのに、味はまさにリンゴだった。

(さすが、一文字違い……)

面白いが、笑っている場合ではない。

「こりぇ、する」

「そうか。親父、これを5つくれ」

「おう」

 ランゴ。これが、私の世界ではリンゴなのか。食べるのには最初ちょっと躊躇するけど、皮さえ剥けば中身は白い。

 他にはいったいどんなものがあるんだろう?

 目的のリンゴもどきを早々に発見した私は、次は珍しくて楽しい食べ物を探すべく視線を巡らせた。

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