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15.美味しいのは正義です。

 父さんに怒られてしまうことをしたのは自覚している。いくらケインが火を扱えるとしても、まだ父さんに許可を貰っていないうちに子供であるケインと私が竈を使ったことはとても悪いことだ。

 ……ううん、ケインよりも私の方がもっと悪い。実際に火をつけたのはケインだけど、そうするように仕向けたのは私だし。

 私だって、自分が動けるなら自分で作りたかった。ケインだけじゃなく、父さんや母さんに美味しいものを食べてもらいたかった。

(でも……もっと、やり方があったかも……しれない)


 私が落ち込んでいると、頭に大きな手の感触があった。

おずおずと俯いていた顔を上げると、父さんが目の前にしゃがみ込み、私の頭を撫でてくれている。

「と~しゃ……」

 さっきまで怒っていた父さんは、困った顔をしている。それはいつもの、私に甘い父さんの顔だった。

「……ケイン」

そして、そのまま私を抱き上げるとケインを呼んだ。

「同じもの、作ってみろ」

「え……」

「美味しいものを作ったんだろう?」

 そう言ってにやりと笑う父さんを見て、ケインもようやく強張っていた肩の力を抜いたみたいだ。




「中に入っているのは何だ?」

 父さんは卵液を覗き込みながらケインに尋ね、ケインはそれに答えていく。

牛乳に卵。そこまではおかしな材料ではないが、その中に私の砂糖を入れたと聞いた時、父さんは驚いたように私の顔を見た。まさか、高価な砂糖をこんなふうに使うとは思ってもみなかったらしい。

 私たちがさっき食べた時より長い時間つかっていたパンは、木べらで持ち上げた時柔らかくて崩れそうになっていた。

 それを、ケインは上手にバターを融かしたフライパンの上にのせる。ジュウッという音とバターの良い匂いが厨房の中に広がった。

 父さんはその様子を見ながら、指を卵液につけて舐める。えっと驚いたように手が止まったが、私はケインの手際の良さの方が気になった。

(一回で、すごく上手になってる……)

 さっきは初めての料理に驚いて少しパンを焦がしたケインだが、二度目の今回はちょうどよい焼き具合でひっくり返している。この分ならきっと、とても美味しいフレンチトーストが出来上がるはずだ。


「……」

「……」

 私とケインは、出来上がったフレンチトーストをじっと見ている父さんを……じっと見ていた。

 父さんはパンを一口大にフォークで切り、刺して目の高さでじっと観察をしている。

「これは、本当にうちのパンか?」

きっと、柔らかさに驚いているのだろう。ケインはうんと答えた。

「その液につけたら柔らかくなったんだ」

「……」

 その言葉に父さんは眉間に皺をよせ、ゆっくりと口の中に入れた。

「……っ」

その目が、次第に見開かれていく。

「父さん、俺、こんなに甘くて美味しいの、初めて食べた」

「……」

「勝手に厨房に入ってごめんなさい。でも、俺、リナにこれを教えてもらって良かった」

 ケインの言葉にも、父さんは何も答えない。それでも、フレンチトーストを食べる手は止まらなかった。




 厨房の中に新たに椅子を持ち込み、私とケインは作業台の前に座って、父さんは竈の前に立っている。

 フレンチトーストを食べきった父さんが、ちゃんと話をしたいと言ったからだ。

「……これを考えたのは?」

「リナだよ」

「……リナ、本当にお前が考えたのか?」

 父さんが疑うのもわかるよ。もうすぐ2歳の幼児である私が、この世界にはない料理を作るなんて信じられないだろう。私だって、もし父さんの立場なら、嘘を吐くなってケインを叱ると思う。でも、父さんは嘘だとは言わなかった。ケインが嘘を吐くとは思っていないのだ。

「おいちかった?」

 表情を見ればわかったことだが、私はちゃんと父さんの感想が聞きたかった。

「……ああ。あんなにも柔らかくて、ちゃんと味がついたパンを食べたのは初めてだ」

 そう言って、父さんは深く息をつく。

「俺たちには手の届かない高価な砂糖を使ったからってわけじゃなく、お前があんな調理方法をどうして知ったのか……俺にはそれがどうしてもわからん」


 ……うん、そうだよね。私が本当にただの2歳児だったら、考えられるはずがないことをしただろう。

 《佳奈》だった時、私は病弱で、いろいろな制限もあって、二十歳までしか生きられなかったけど、生活自体はとても恵まれていた。美味しいものも食べられたし、綺麗なものもたくさん見ることができた。

 《リナ》になって、新しい人生を歩くようになってまだ1年。外に出ることもままならない現状で、自分の生活がどのくらいのレベルなのかは掴めていない。ただ、砂糖さえ簡単に手に入れることができないというのは、結構ショックだった。

 私は、そんな二つの記憶と、意識がある。《佳奈》だった時のことを忘れることはできないし、覚えているのなら今の生活に役立てるようにしたいと思ってもいいでしょう?

 もちろん、それを正直に家族に言うつもりはない。

 私にとってこの世界の大切な家族に、おかしな子だと思われたくない。

 だから、私は考えた。だてに二十歳まで生きていないのだ。


「おじぞーしゃん」

「おじぞー……って、リナがよく祈っている使徒像のことか?」

「あい。おじぞーしゃん、おいしー、くれた」

「それは……使徒像が……神がお前にあの調理を教えてくれたって言うのか?」

「あい」


 困った時の神頼み。

 この世界では、私の想像以上に神様の存在が生活に馴染んでいる。それだったら、神様が私に特別に料理を教えてくれたって言い張っても大丈夫じゃない?

 砂糖だって、あのお地蔵様の足元にあった。そう考えると、神様がこの機会をくれたと言っても全然おかしくないよ。

 私が胸を張って言い切ると、父さんは複雑な顔をして唸っている。信じてくれるかな? それとも、嘘を言うんじゃないって言われるのかな……。

「リナ、神様があの美味しいの、教えてくれたのか?」

 父さんが黙っている間、ケインがこそっと小声で尋ねてくる。

「うん。おじぞーしゃん」

「すごいなぁ」

 ……ケイン、素直過ぎ。


「……リナ」

 それから、少し経って父さんがようやく口を開いた。

「お前に神の加護があったというのは……本当かもしれない」

(え……信じてくれたの?)

 自分で言っておいて驚く私に、父さんは太い腕で腕組みをしながら唸る。

「うちのパンがこんなに柔らかくなるなんて……それも、甘くて美味い。十分売り物になるし、きっと町でも評判になるだろう」

「あ……」

 そっか。これ、売り物になるんだ。

「どーぞ、しゅる!」

(うん、どんどん売って儲けようよ!)

 少々冷めても、今のパンよりも十分柔らかいフレンチトースト。店に出したら絶対に売れるはずだ。

始めは家族に美味しいものを食べさせたいと思っていただけだけど、父さんやケインの反応を見ていたら、これが十分商品になるという手ごたえを感じた。

「だがな、貴重な砂糖を簡単に使うことはできん」

「え……」


 美味しいのに、売ることができない。そんなことがあるのかと愕然としたが、続く父さんの言葉は十分納得ができることだった。

「今ある砂糖を使い切った後はどうする? 欲しいと言われて、できないとなったら、客はうちに不満を抱くようになるだろう。いくら砂糖が貴重なものだと伝えても、その砂糖を使って作ったんじゃないか、できないはずはないだろうってな」

「う……」

(そっか……)

 今ある麻袋の中身は……たぶん5キロくらい。小さな私には一抱えもあるたくさんの砂糖だけど、フレンチトーストに使っていくとそれほど長くはもたない。

 その次に砂糖を手に入れる機会が絶対にあるとは限らないし、人は一度いいものを知ったら、なかなか元には戻せないものだろう。


(しかたないのかな……)

 砂糖は、家族が楽しむだけ。そう決めた方がいいかもしれない。

あ、だったら、早急に作りたいものがあった。

「と~しゃん、やらか~い、パン」

「だからな、砂糖は簡単に使うものじゃ……」

 違うの、フレンチトーストじゃなくて、もっと根本的なこと。

「こーぼしゃ」

「こーぼしゃ?」

 砂糖で、自家製酵母を作る。そして、それを使って柔らかいパンを作る!

 限られた砂糖では売り物にできるほど作れないだろうけど、家族で美味しいものをお腹いっぱい食べるのは悪いことじゃないよね?


「しゃとーで、こーぼしゃ」

「……砂糖で、こーぼしゃって言うのを作るのか?」

 父さんより早く、ケインが私の言いたいことをくみ取ってくれた。

 そう、ケイン、美味しくて柔らかいパンが作れるんだよ。

「父さん、リナは、神様から料理を教えてもらえるんだよ!」

 ……え?

「リナの言う通りしてみようよ。きっと、これみたいに美味しいものが食べられるよ!」

 あ、単に食いしん坊なだけだね、ケイン。

 でも、ケインの意味不明な熱量に、珍しく父さんが押されているみたいだ。もしかしたらまだ、フレンチトーストの衝撃から立ち直ってないのかな。

 じゃあ、ここで私ももう一押ししよう。


「と~しゃん、おじぞーしゃん、すごぉいよ」

「リナ……」

「ね?」

 父さんも詳細を知りたいだろうけど、あいにく幼児の私は語彙が少ない。これは、逃げているわけじゃないよ、しかたないの。

「だいじょぶ」

「……神様か……」

 父さんの頭の中にはどんな神様がいるんだろう。

私は柔らかなパンを思い浮かべる。あんドーナツまではまだほど遠いけど、また少し、私の生活が向上する予感がした。

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