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14.フレンチトースト、完成です。

「ああぁぁぁぁぁ!」


 あの悲鳴から、ケインは泣きそうな顔で器の中を見ている。

相当ショックだったみたいだね。まあ、初めて食べたあの甘い粉をどう食べるのか……期待していただけに、牛乳と卵を混ぜた怪しい液の中に入れてしまったのだ。もう食べられないと思い込んでいるのかもしれない。

 私の説明が足りないことはわかるけど、したくても現状ではできないんだもん。

 ここはもう行動するしかないと、私はつけ込んだパンを木へらで触れてみた。

(ん~、まだ硬い)

 うちのパンはなかなか頑固だ。

 これはもうしばらくつけなければならないし、その間にケインにフライパンとバターを用意してもらおう。


「に~ちゃ、ぱん」

「パン? ……もうあれに……」

「ちゃ~う! じゅ~ぱん!」

 フライパンと言えないので、私はジェスチャー込みで説明をする。両手を握ってフライパンを揺らす真似をすると、ケインはようやくあぁとわかってくれた。

「浅鍋のことか? ……と、これ?」

 壁に掛けてあるフライパンを指さしてくれたので、私は勢いよく頷く。

「でも、勝手に竈に火を入れたら怒られるし……」

「に~ちゃっ」

 もう、ここまできたら何をしても怒られると思うよ。だったら、美味しいものを作って食べて、父さんを一緒に懐柔しよう?


 私は唸るケインを横目で見ながら、卵液につけてあるパンの様子を見てみる。すると、木へらで押した拍子に真ん中がペコっと潰れるほどに柔らかくなっていた。

(これ以上つけてると、柔らかくなり過ぎるかも)

 時間勝負になると、私はケインの服を引っ張って意識を向けてもらう。

「に~ちゃ、ぱたー、じゅって。おねあい」

「ぱたー……ぱたー……バター?」

「あい!」

ふふ、だんだん意思の疎通ができてきた。

 早く早くと私が急かすと、ケインはさっき牛乳が入っていた戸棚の中から、小さな木の器に入っているバターを取り出してくれる。

 私の記憶にあるバターは四角に切ってあるものか、ケースの中に入っているものだけど、ここのものは少し柔らかいみたいで形が崩れていた。もしかしたら、冷蔵庫がないせいで融けているのかもしれないけど……腐ってはないよね?


「父さんに叱られる時、ちゃんとリナが言い出したことだって説明してくれよ」

「あい、はやく、じゅー!」

 何度も同じことを繰り返し言っていたケインだったが、ようやく諦めて竈に火を入れてくれた。昔、教科書で見たことがあるような竈に薪を入れて火をつける。ライターなんてあるはずもなく、二つの石のようなものを叩き合わせただけで火がつくなんて、ケインって凄いんじゃない?

「しゅごい、に~ちゃ」

「火の神クレメンス様の加護があるからな」

 褒めると照れたように笑いながら言われたが、火を起こすのが上手いのと神様がどう繋がっているのか私にはわからない。


 火がついた竈を見ながら、ケインがフライパンを炎が当たる位置に置いた。

「次はどうするんだ?」

どうやら完全に私の言葉に従う決意をしてくれたらしい。私は満面の笑みを浮かべながら、バターが入っている器を指さした。

「これ、じゅーって」

「バターを入れるのか」

 木べらで少しすくわれたバターが、熱せられたフライパンの上をすべる。ジュゥッという音とバターの良い匂いが厨房の中に広がった。

「に~ちゃ、パン、じゅって」

「……あれ、入れるのか?」

「あい!」

「……大丈夫なのか?」

「らいじょーぶ!」

 早く早くと急かすと、恐る恐る卵液の入った器を手にしたケインは、悲壮な決意を固めたような顔をして、卵液につかったパンをフライパンの上に乗せた。


 ジュウジュウと、パンが焼ける音がする。同時に、バターと牛乳の匂いも濃くなった。

(あ~、できてる……)

ようやく……ようやくだよ。《リナ》として生きるようになって一年。ようやく、味があって、柔らかいパンを食べることができる!

 感動に打ち震えていた私は、呆然とフライパンを見つめているケインに気づくのが遅れた。

 竈の火力って強いんだ。

「あっ、に~ちゃっ、ぺいっ、ぺいちて!」

 少し焦げたような匂いがし始め、私は慌ててケインの足を叩く。材料は限られているのだ、いくら初めての試みだとしても失敗はできるだけしたくない。

「あ、え?」

 まだ初めて見る調理法に動揺しているらしいケインは、すぐに私の意図に気がついてくれなかった。早くしないと焦げちゃうんだってば!

 私はケインの手に握られたままだった木べらをもぎ取り、自分でパンをひっくり返そうとした。説明するより、自分で動いた方が何倍も早いからだ。

 だけど、悔しいことに私の身長は竈の高さにまったく合わない。それに、さすがに火に近づいた私を危ないと思ったのか、ケインが抱いて遠ざけてしまった。


「これ、ひっくり返していいのか?」

「おねあい!」

 早くしないと焦げちゃって苦くなるよ! 私が慌てて急かすと、ケインは思ったよりも手際良くパンをひっくり返す。少し焦げていたが、許容範囲内だ。

「も、いーよ」

 既にフライパンは熱くなっているので、反対側もすぐに焦げ目がつくだろう。私は早くフライパンを火から外してくれとケインに告げた。


 そして今、二つの皿の上に、一つずつパンが乗せられた。

焦げ目がつき、固まった卵もついていて、一見して私の想像していたフレンチトーストとは違うと感じた。でも、使っているものは必要最小限の正しいものだ。

「……」

 ケインはじっと皿を見ている。なかなか手が動かないのは、これが本当に食べられるかどうか不安だからだろう。でも、バターの匂いが気になっているのか、時折鼻をひくつかせている。

(まず、私が食べて見せなくちゃ)

 作業台に、私は引っ張ってきた椅子を持ってきて座り、ケインは立ったままだ。身長差のせいでしかたがない。

「いたーきましゅ」

 これが安全な食べ物だって知ってもらうために、私はフォークを手にしてパンに押し当てた。フォークはそのままパンを押しつぶし、私の口の大きさで簡単に切れる。

「え……」

 普段の硬いパンではありえない光景に、ケインが目を瞠るのがわかった。

(でも、肝心なのは味)

私は慎重にフォークに刺したフレンチトーストを口にした。




 はむ、はむ。

 ……もぐ、もぐ。

 ごくん。






「おいちー……」

 これだよ、これ! まさに、フレンチトーストだよ!

焦げたかなって思ったけど、それが砂糖の甘さを程よく抑える苦さになってるし、手作りの牛乳とバターの濃い味が良いアクセントになってる。

 硬すぎるパンも、卵液につけたことによってフニャフニャになり過ぎなくて、すごく良い柔らかさだ。

 美味しい。

 美味しくて止まらない。

私は夢中になって食べるが、口が小さいのでどうしても少しずつしか食べられない。それが悔しくて泣きそうになりながらも、私は手を止めない。


「う……ぁ……」

 ふと、隣からうめくような声が聞こえてきた。私はフォークを口に入れたまま振り向く。

(……びっくりしてる)

 ケインの皿のフレンチトーストは、半分ほど食べられていた。いつの間にと思う間もなく、もう一口ケインが口の中に入れる。

 目を閉じ、まるで確かめるようにゆっくりと口を動かしていたケインは、ふぅっと深い溜め息をついた。


「何だ、これ……。バターの濃厚な美味さに火を通すことによって香ばしさが加わって、柔らかなパンに牛乳の風味がちゃんとしみ込んでいる……。卵も、完全には固まっていないところの感触が面白くって……それに、パン、これ、うちのパンだよな? なんで焼いただけでこんなに柔らかくなるんだ? さっきの粉、あれ、魔法の粉なのか? こんなに甘くて、味があって、柔らかいパン……俺、初めて食べた……」


 ……ケイン、完璧な食レポだね。

でも、それだけ感動してくれて私も嬉しい。父さんに内緒で厨房を使う共犯者にしたいって気持ちもあったけど、それ以上に美味しいものを食べてほしかった。

(でも、これでわかった)

 食べ方次第では、今までのパンだってちゃんと美味しく食べられる。それに、砂糖があれば自家製酵母が作れるし、そうなったらもっといろんなパンが作れるよ。

「おいし~」

 私はふぅっと満足の息を吐く。

卵液につけているパンはまだ三枚ある。早くケインを感動から呼び覚まして、続きを焼いてもらおう。

 そう思った私が口を開きかけるのと、

「この匂いは何だ?」

店のドアが開いて、父さんが入ってくるのは同時だった。




「勝手に厨房に入るなと言っただろう!! リナまで危ない目に遭わせる気かっ!」

「!」

 初めて聞く父さんの怒鳴り声に、隣に立っていたケインの肩が大きく震えるのが見える。手を上げ、拳骨がその頭の上に落ちるのを見て、私の涙腺は崩壊した。

「うぇ、えっ、えっ」

(怖いよ、父さん……)

 子供だけで火を扱ったことを怒られるのは覚悟していた。言い出したのは私だし、ケインと謝ろうと思っていた。でも、父さんの目には悪いのはケインだけで、私はまるで被害者のように映っているみたいだ。

 ケインも、私の名前は出さずに俯いている。悪いのは私なのに……。

「に~ちゃぁ、めっ、だめぇ~」

 怒る父さんが怖かったが、私は父さんの足にしがみついて必死にケインをかばった。


「リナ……」

 顔をぐしゃぐしゃにして泣いている私を、父さんが困ったように見下ろす。

その目が、作業台の上の器に向けられた。

「……何だ、これは?」

 さすがの父さんも、それが何なのかわからないようだ。フレンチトーストを知らないから当たり前だ。

「に~ちゃ、と~しゃんも、おいちー、ちて」

 これを食べたら、きっと父さんも驚く。そうしたら、勝手に厨房を使ってしまったことも、許してくれるかもしれない。

 私は手で涙を拭い、ケインに訴えた。

ようやく、フレンチトースト食べられました。

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