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121.どんどん深刻な話になっていきます。

 しばらくラムレイさんと見つめ合った。ううん、これは睨み合っていると言っていいのかもしれない。お互い目を逸らしたら負けだって思っているのがなんとも……。

「……ふっ」

 そんなふうに考えてたら思わず吹き出しちゃった。ラムレイさんに色々教えてもらったのはそんなに長い時間じゃないけど、いつの間にかちゃんと子弟の関係になっちゃったというか、弟子は師匠に似るみたい。

 私が笑うと、ラムレイさんの空気も変わった。しかたないというような顔をして、少し乱暴に頭を撫でられた。

「まったく……時々子供とは思えないな、お前は」

 その言葉にちょっとだけドキッとした。私の中にある前世の存在に気づかれたかと思った。でも、どうやらラムレイさんは純粋に私の反応を見て思ったらしい。自分でも子供らしくないと自覚しているけど、今回ばかりは見て見ぬふりなんてできないよ。

 私は大きく息を吐いた。落ち着かなくちゃ。いろんなことがあって、自分でも気づかないうちに赤ちゃん返りみたいに語彙力がなくなっていた……って、私まだ5歳だった。

 5歳なら多少の我が儘だって許されるよね? ラムレイさんには通じないかもしれないけど、それでも。口を引き結び、無言のままラムレイさんの言葉を待っていると、彼はわざとらしいほど大きな溜め息をついて言った。

「あれを消すこと自体に条件は言われなかった。……表向きはな」

「おもてむき?」

 なんだか嫌な予感がする。表立っての条件はないというところに、言葉の裏が見えるというか。

「金銭などの対価は求めない。その代わり、短期間で良いから息子の護衛を引き受けてくれたら嬉しいとさ。断れると思うか?」


 私はぽかんと口を開けてしまったと思う。あまりにも意外な言葉を聞いたからだ。

(息子の護衛? 引き受けてくれたら嬉しいって?)

 命令でも強制でもない言い方が、なんだかとっても嫌な気分だ。

 ラムレイさんは生い立ちのせいか、権力に阿ねない人だと思う。今の言葉通りのことがあったとしたら、その裏を読んで即座にその場を立ち去るタイプだ。誰が聞いたって、断るわけがないよねっていう命令にしか聞こえないもん。ただ、その反面、頼られると意外に弱い優しい人でもあって……。たぶんだけど、今の話以上のことがあったはずだ。そうでないと、ラムレイさんが受け入れるはずがない。

 今回この話をした人はラムレイさんの性格をよく読んでいる。その上で、彼が断われないように話を持っていったんじゃないかな。

 そもそも、この国一、二を争う光の加護を持つ人って誰だろう? 息子の護衛っていうくらいだから、やっぱり貴族?

「ししょー、ごえいって、どこか行くんですか?」

 王都からどこに行くつもり?

「他国に留学だそうだ」

「りゅうがく?」

「予定では三カ国らしい、一応は友好国だという話だが、行ってみないと内情はわからんな」

「えぇっ?」

 三カ国に留学って、やっぱり貴族じゃん! 思わず声をあげた私に、ラムレイさんは驚いたかと少しだけ笑う。って、あの痣が無いってことは、その条件を引き受けたってことだよねっ?

 店を閉めるとか、引っ越しとか、どう考えたってそうだとしか思えない。

 禍々しいあの痣が無くなったことは嬉しい。でも、その代わりのようにラムレイさんの自由が奪われるようなことになってるなんて。

 思わず顔を歪める私に、ラムレイさんが「だから言いたくなかったんだ」と小さく呟くのが聞こえた。

「これは俺が決めたことだからお前が気にすることはない。それに、金を出さずに他国に行ける機会なんてないからな」

「でもっ」

「リナ」

 なおも言い返そうとした私の言葉を遮ったラムレイさんはその場に片膝をつく。そうすると目線が合って、意外にも彼が真剣な表情をしていることに気づいた。

「今回のことで俺は考えを改めた。リナ、お前は加護が強い。その力を操る知識がいるが、それは俺が教えることでおそらく大丈夫だと思っていた。人に教えるのは苦手だが、お前1人ぐらいならと気軽に考えた」

「私、これからも、ししょーに教えてもらいたいです」

 ラムレイさんが次に言おうとしている言葉を想像できる自分が嫌だ。だから彼の言葉を遮るように言ったのに、ラムレイさんは言葉を止めなかった。

「……だが、俺が想像した以上にお前の加護は強い。更には希少な光の加護も持っているときた。何もない、平穏な時勢なら問題はなかったんだ……だが、光の加護を狙う者がいることを俺達は知ってしまった。いいか、リナ、よく聞いてくれ」

 嫌だ。聞いたら、考えなくちゃいけなくなる。知らなければ今のままの生活が送れるのに、聞いてしまったら選びたくない道が見えてしまう。

 だけど、ラムレイさんは私の逃げようとする気持ちを見逃してはくれなかった。

「2年後、お前は学校に通うようになる。平民は12歳で卒業だ」

 ラムレイさんから目を離せないまま、私は小さく頷いた。7歳になったら学校に行くようになって、12歳になったら卒業するのは誰だって知ってることだ。ただ、改めてそう言われると、12歳は日本で言うと小学6年生で、そんな歳で働きだすというのはやっぱり違和感が凄い。私の中に残っている南 佳奈としての記憶のせいだろうけど……。

「お前はその先どうする気だ? ここでパン屋を手伝うのか? それとも別の店で働くのか?」


 パン屋さん? ……私が?

 考えたことがなかった。店は父さんがずっとすると思っていたし、そこにケインが加わって働くことが当たり前だと思ってた。

 今、私はお店を手伝っているけど、それは少しでも家族の生活が良くなるようにお金を儲けたかったし、それ以上に前世の記憶の中にある美味しい料理を食べたかったからだ。

「私……」

 どう答えたらいいんだろう。戸惑う私を助けてくれたのは、この場で一番頼りになる存在だった。

「おい」

 父さんがラムレイさんの言葉を遮った。

「リナはまだ5歳だぞ? そんなことはその時になって考えたって十分だ。だいたい、リナはうちの子だし、ずっとうちにいるのは当然だ」

 親馬鹿らしい父さんの言葉に妙に安心する。すると、柔らかな腕が私を抱きしめた。いつの間にか側に来ていた母さんが抱きしめてくれたみたい。

「ラムレイさん、あなたにはリナがお世話になっているし、ケインのことではとても迷惑かけたと思ってる。でも、こんなふうにこの子を追い詰めるのは止めてちょうだい」

「母さん……」

 守られている……そう感じて、胸の中が温かくなった。私には優しい両親がいる。守ってくれる人達がいる。そう思うと、強張っていた肩から力が抜けて、私は母さんの胸に寄りかかった。

「……ったく、商売ならどんな嘘でもつくが、こんなのは……俺の柄じゃないんだよ」

 ちらりと視線を向けたラムレイさんは、苦い表情を浮かべている。今彼が言おうとしていることは、彼自身もあまり納得をしていないことなのかもしれない。それでもなお、彼は私に伝えようとしているのなら、それはきっと……とても大切なことなのかも。

 私がラムレイさんに向き直ろうとすると、抱きしめている母さんの手の力が強くなる。それに、大丈夫だと伝えるために私は母さんの背中をポンポンと叩いた。

「母さん、大丈夫だから」

「リナ」

 その時、ドアのベルが鳴った。まだ掃除の途中だったせいで、鍵を閉めてなかったことに今更気づいた。

 父さんが素早く私と母さんの前に庇うように立ち塞がる。閉店の札はかけているから、お客さんが入ってくるというのは考えられない。

 緊張する私達とは違って、ラムレイさんは自分の髪をぐしゃっとかいた。そこには焦った様子は見えない。

「一応説明係は呼んでたんだが……本当に俺だけじゃ説得できなかったとか……むかつくな」

 その言葉を聞きながら、私はじっとドアを見つめた。ゆっくりと開いたそこから入ってきたのは、

「エルさんっ?」

 久しぶりに会うエルさんだった。




「私もいるんですがね」

 苦笑交じりの言葉に、私はそこにシュルさんもいたことに遅れて気づいた。シュルさんが先にドアを開けてエルさんを通したみたい。

「シュルさん」

「こんばんは」

 シュルさんは穏やかな笑みを向けてくれた。その一方で、フードを外したエルさんの表情はどこか硬くて、私は近づきそうになった足を止めてしまう。

 彼はしばらく黙ったまま私を見ていたけど、やがて視線を移した。

「仕事中に申し訳ない」

 頭ではなく視線を下げるエルさんに、父さんは慌てて首を横に振る。

「い……や、店はついさっき閉めたばかりだから……」

 父さんも、ラムレイさんに対するのとは勝手が違うみたい。そもそも、エルさんたちが貴族だということは知っているし、どう対応していいのか迷っているみたい。

 そのまま次の言葉が出ない父さんから視線を逸らし、エルさんはラムレイさんを見た。

「話は?」

「まだ」

「……」

 少しだけ眉を顰めるエルさんに、ラムレイさんは反抗するように鼻を鳴らす。

「そもそも、こんな話を俺にさせようって言うのが間違いだ。今回のことはお前さんが考えたんだろう? それならお前さんからきちんと説明するべきだ」

「だが……」

 エルさんが私を見る。

「リナはまだ……」

「そいつは確かにまだ5歳だが、普通の5歳と考えなくてもいい。お前の話を理解する程度には頭はいいからな……俺の弟子だし」

 そう言い切ったラムレイさんをしばらく見つめていたエルさんは、やがて大きな溜め息をついた後私に向き直った。そして、さっきのラムレイさんのように片膝をついて私と視線を合わせてくる。

「リナ」

 次に何を言うんだろう。私は緊張のあまり、身体の横にある両手をギュッと握り締めた。私の名前を呼んだ後、しばらく躊躇っていた彼は……ようやく口を開いた。

「君には高等貴族院に入学してもらいたい」 

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