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118.ちゃんと会って話しましょう。

「大変美味であった。料理というものは熱いというだけでも随分と違うものなのだな。チーズがあんなにも伸びるものだとは初めて知ったぞ。王じょ、屋敷の料理人にも引けを取らないものばかりであった。出来るなら専属料理人として雇いたいぐらいだが……そう睨むな、リナ。私だとて無理を言っているのはわかっている。だが、毎日あの料理が食べられるのなら……」

 長々とピザもどきへの賛美を口にするセスさん。すっごく満足してくれたのはよくわかるよ、ケインの分までぺろりと食べちゃったし。


 実はケイン、朝から昼ご飯に出すピザもどきを凄く楽しみにしていたんだよね。なのに、それを招かざる客であるセスさんが食べちゃって……学校から帰ってきてそのことを知った時、凄く絶望したっていう顔をしていた。

 ただ、父さんが代わりに用意してくれていた食事バージョンのパンケーキに、ころりと機嫌が良くなっていたけど。

 大きなソーセージに、目玉焼き。それに鶏肉のチーズ焼きまでついていたから、すっごく喜んでくれた。むしろ、こっちで得したって、ちらりと自慢げにセスさんを見たりして。ただ、それを見たセスさんが、「それはなんだ」と言い出してしまって。しかたなくもう2人分、セスさんとカシミロさんの分まで追加して作ってた。恐縮していたカシミロさんが、それでもペロリとたいらげたのには思わず笑っちゃったけど。

 このくらいの男の子も凄く食べるんだって、改めて思い知ったくらい。


 自分たちのお昼ご飯を分けただけだからって、父さんはカシミロさんが差し出したお金を受け取らなかった。2人は、特にカシミロさんはとても困った顔をしていたけど、子供が遠慮をするなって言い切った父さん、貴族相手に凄くカッコよかった。

 最後にはカシミロさんも諦めたみたいだったけど、もしかしたら後日何かあるかもしれないな。何もなかったら良いけど。




 思いがけない昼食にかなり満足してくれたセスさんは、脱いだ上着をカシミロさんに着せてもらった後、私の前に屈み込んだ。

「リナ、今日は前触れもなく訪問してしまい、すまなかった。だが、そなたの元気な姿を見ることができて、とても嬉しく思う」

 ついさっきまで、食いしん坊な少年の顔だったセスさんは、凄く真面目な表情で言う。

「もう一度言うが、そなたの友ならば他意がないと思うが、結界がある場所で許可なく伝言鳥を使わないように、くれぐれも伝えておいてくれ。今回は本当に特例で許しているのだからな」

「はい」

 私も、しっかりと彼の目を見て頷いた。本当に、見つかったのがセスさんで良かった。

「もうしません」

「……よし」

 セスさんは綺麗に笑って身体を起こす。そして、父さんに向かって言った。

「馳走になった」

「お気をつけて」

「リナも、またな」

 ……またって言った。もしかして、また来るのかな。貴族だったとしても気を遣うのに、王子様だったら……止めよう、父さんの胃が大変になっちゃう。


 颯爽と店を出て行ったセスさんの後を数歩追ったカシミロさんが、こちらを振り返って軽く目礼をする。基本的に貴族は平民に頭を下げることはないから、これは彼が出来る最大の感謝の表れのような気がした。

「主がご迷惑をおかけしました。そして、突然の訪問なのに、大変美味しい食事をありがとうございました。主もとても喜んでいらっしゃいました」

 そう言うカシミロさんの方が嬉しそうな顔をしている。端から見ると振り回されているようで大変だなと思うけど、カシミロさんにとってセスさんはいい主なのかもしれない。

 なんだか微笑ましいなと思いながら彼を見上げていると、目の前の笑みがさらに深くなった。

「またご迷惑をお掛けするかもしれませんが、その節はよろしくお願いします」

「……え?」

「それでは」

 カシミロさんが開いたドアが完全に閉まった後、私は隣に立つ父さんを見上げる。

「……またくるのかな?」

「……その時はその時だ」

 あ、父さん考えることを拒否してる。でも、私も同じ気持ちだったので、その時また考えたらいいかと思うことにした。




「リナ、母さんが代わるわ」

 まるでセスさんたちが帰るのを見ていたかのようなタイミングで母さんが店にやってくる。父さんもこのまま午後のパン作りに入るみたいで、私は少し休憩するために2階に上がることにした。

 すると、先に上がっていたケインがリビングにいた。

「お兄ちゃん?」

「お客さん、帰ったのか?」

「うん」

 ケインは、食事中はセスさんたちのことはまったく気にならなかったみたいだけど、お腹が落ち着いた途端彼らの貴族オーラにあてられたみたいで、早々に2階に上がっていた。てっきり、そのまま部屋にいるんだと思っていたけど。

「リナ、あのな」

「?」

 珍しく言いよどんだケインに首を傾げる。

「どうしたの?」

「……あの、な……ヴィンセントが、お前に会いたいって」

「えっ」

 思いがけない言葉に、私は目を瞠った。今ここで彼の名前を聞くとは思わなかったから。でも、改めて思えば、今起きている問題の始まりはヴィンセントからだった。彼がお姉さんの為に呪術師を頼り、今は魔導師団を巻き込む大きな問題になっている。

 ヴィンセントはそのことを知らない。教えるつもりもないけど、でも、少し……本当に少しだけ、複雑な気分になる。


「嫌なら断るから」

「……いいの?」

 そんなことを言って、ケインとヴィンセントの仲が悪くなっちゃったら。

「俺は、リナの方が大事だから。リナが嫌なら、無理に会わせるつもりはないよ。ただ、友達だから伝えることはしたいと思ったんだ」

 ケインは真っすぐ私を見ている。その言葉の中に無理は見えなくて、ケインが本当に私のことを第一に考えてくれていることが伝わった。本当に妹思いなんだから。

「……あう」

「え?」

 なんだか驚いた様子のケインに、私の方がびっくりした。もしかしたら、会いたくないって言うと思っていたのかな。

 本当のことを言えば、凄く複雑な気分だ。ヴィンセントの後先考えない行動のせいで、ラムレイさんがあんなことになって。どうしてもっと考えて行動しないんだって、今でも思っているくらい。

 それでも、このままフェードアウトしてしまうのは嫌だ。

「いいのか?」

「うん」




 ケインがヴィンセントに知らせに行くと階段を降りていくのを見送ってから、私は自分の部屋に入った。

「プク」

 頭の上で静かにしていたプクを手のひらにのせる。

 セスさんがいたから、まだラムレイさんの返事があるのかどうか、確認をしていなかったから。

(えっと、確か……)

 首の後ろにある赤い石にそっと触れた。

「のーす」

 伝言を再生する呪文を口にする。すると、


【何かあったわけじゃないんだな? おとなしく待ってろ】


 相変わらず可愛らしい声で、ぶっきらぼうな口調で流れてきた言葉。

「ふ……ふふ」

 なんだか凄く彼らしくて、思わず笑ってしまった。

 何の意味もない私の問いかけに、それでもこうして返事をしてくれた。返事が出来る状態だってことでいいんだよね? 

「ありがと、プク」

 小さな頭を撫でると、すりっと宥めるように身体をすりつけてくれた。ほんと、飼い主に似なくて可愛い。











 ケインたちの学校がお休みの時に、ヴィンセントと会うことになった。

 私は店の昼休みに会うつもりだったけど、父さんは一日休んでいいって言ってくれた。母さんもいるし、少しは子供らしく遊べって。

 別に、ヴィンセントと遊ぶつもりはないんだけど、父さんが私のことを心配して言ってくれているのはわかったから、私もその日は一日お手伝いを休んで、ゆっくりすることにした。




「じゃあ、迎えに行ってくるな」

 昼ご飯を食べたケインがそう言って出ていったので、暇を持てあました私はプクと遊ぶ。遊ぶと言っても、いろんなところに飛ぶプクを追いかけたり、柔らかな羽を撫でさせてもらったりするだけだけど。

 伝言鳥だからか、プクは鳴かない。きっと可愛い声なんだろうなと想像するけど……それは、主のラムレイさんにしか聞かせないのかな。

 使徒獣ストライテン、いいなあ。私も欲しい。でも、貴族じゃないと持てないんだよね……貴族になれるはずもないし、エルさんやラムレイさんの使徒獣ストライテンを可愛がるだけで我慢するしかないかなあ。




 それからどのくらい経っただろう。

 階段を上がってくる足音に気づいて顔を上げた。音は二つ。もしかしたら直前でキャンセルになる可能性もあるかなって思ってたけど、ちゃんと来てくれたみたい。

「リナ」

 始めにケインの顔が見えた。そして、

「……」

 少し気まずげな顔をした金髪の少年の顔が見えた瞬間、私は思わず駆けだした。

「リナッ?」

「え?」

 驚いたような2人の声は無視した。私は勢いのままヴィンセントの身体にしがみつくと、そのまま左側の服の袖をめくり上げた。

「!」

(……ない……っ)

 ヴィンセントに掛けられた呪術が解呪されたというのは、ラムレイさんから聞いていた。でも、話を聞いていただけで、実際に見ていなかったから心のどこかで本当に大丈夫かどうかって疑う気持ちもあった。

 でも、目の前にある白い腕には、あの薄気味悪い痣はまったく残っていない。ラムレイさんは本当にヴィンセントの呪術をその身に受けてくれたんだ、


「……ごめん」

 凄く小さな声でヴィンセントが言った。それまで強気の言葉しか聞いてこなかったから、こんなにも弱々しくしく話すヴィンセントに戸惑った。

「俺……」

 え……まさか。

「お……れ……」

 ポロリと涙を零すヴィンセントにびっくりして、私は思わずケインを見る。これじゃまるで私が泣かせたみたいじゃない。

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