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115.師匠はやっぱり師匠です。

意欲のあるうちに更新。

 家に送ってもらった時はもうだいぶ夜も更けていた。

 心配して待ってくれていた両親に挨拶をしてくれたエルさんは、すぐに帰ってしまった。さっき城に行くって言っていたから、きっとこのまま向かうんだろう。

 いろいろ衝撃的なことがあり過ぎて言葉数が少なくなった私に、父さんがしきりに話しかけてくれるけど、今日はやっぱり元気が出ない。

「もう遅いわ、早く寝なさい」

「そうだな、えっと……リナ、父さんと寝るか?」

 一瞬、頷きそうになったけど、夜中に変な寝言を言ってさらに心配させると困るので、私はおとなしく自分のベッドに入ることにした。

 ……でも、直ぐに寝られるはずがない。

(どうなるんだろ……)

 お姉さん……ベアトリス・フォン・ベサニーはどうなるんだろう。本当に、彼女がヴィンセントの加護を奪おうとした呪術師なんだろうか。

「……あれ?」

 その呪術師とお姉さんは別人? だったら、お姉さんと呪術師の関係ってなんだろう?

 駄目だ。たぶん、想定以上の衝撃と眠気で、冷静に考えることができなくなってる。これじゃ悪い方悪い方に思考が傾くだけだ。

「……ねよ……」

 もう何も考えずに眠るしかない。






 眠れるはずがないと思っていたけど、5歳の身体は呆気なく睡魔に襲われてしまった。

 次に目が覚めた時はとっくに夜は明けていて、微かにパンが焼けるいい匂いがしていた。いつもの手伝いの時間よりも大幅に寝坊してしまったことに気づいた私は、急いで着替えて顔を洗うと階段を駆け下りる。

「おはよう!」

 しっかりと朝の挨拶をすると、厨房でパン作りをしていた父さんが、顔を上げてにかっと笑ってくれた。

「寝坊助だな、おはよう」

「ごめんなさい」

「ちょうど一回目のパンが焼けたところだ。朝飯の支度をしようか」

「うん」

 いつもと変わらない父さんの態度。昨日のことを聞きたいはずなのに、私の様子からそのことに触れないようにしてくれている。その優しさがくすぐったくて、嬉しくて、私もいつもと同じようにしようと思った。


「いただきます」

 家族みんな揃って食べる朝食。父さんが焼いたパンはやっぱり美味しい。今では私がアイデアを出さなくても、自分でいろいろと考えて新作を作っている。そんな父さんは本当に凄い。

 食事の後は、父さんと母さんはお店に、ケインは学校に行く。私もお店の手伝いをするけど、まだ子供なのであんまり働かせてはもらえない。

 ただ、今日はやりたいことがあった。

「父さん、ししょーのとこ行ってくるね」

「リナッ」

 一瞬、父さんが鋭い声で名前を呼んだ。

「おひるまでにはかえるから。いいでしょう?」

 首を傾げ、上目遣いに父さんを見ながら少しだけ甘えた声で言う。こうするとほとんどのことには頷いてくれる。

「……絶対に昼には戻って来いよ」

「うんっ。あ、パンもっていっていい? ししょー、あさごはん、たべてないかも」

「いいぞ。焼きたてを持っていってやれ」




 籠の中に父さん作の美味しいパンを入れて市場へ向かう。

 昨日、本当はエルさんたちと一緒にラムレイさんの店に行くはずだった。それが、途中で変な気配がして、エルさんの使徒獣ストライテンで森に行って……うん、この続きはあんまり考えないようにしよう。

 でも、あの気配のせいで余計にラムレイさんのことが気になってしかたがなかった。私に出来ることは何もないけど、それでもあの飄々とした顔を見て安心したかった。

 ヴィンセントの契約を自分自身に移譲してしまって、その身に刻印を移してしまったラムレイさん。初めて見た時は赤色だったけど、契約完了時には黒くなるって言っていた。ラムレイさんが呪術師とどんな話をしたのかはわからない。そんなに早く契約完了にはならないって思うけど……でも……。

 自然に歩く足は速くなっていて、いつの間にか小走りに市場までやってきた。

 相変わらず賑やかな市場の中にはたくさんの人がいる。人波にのまれないように必死に歩きながら、通い慣れた市場の中を進んでいった。途中、呪術師がいた場所を見かけた時足が止まりかけたけど、それを振り切ってラムレイさんの店に向かった。

「……お休みだ……」

 いつも人影はないが、今日は店のドアにでかでかと『しばらく休む』と書かれている。

(いないのかな……)

 持っていた籠を見下ろして溜め息をついた。せっかくの焼きたてのパンを食べてもらえないみたいだ。

 しかたなく引き返そうとしたけど、ふと私は足を止める。天邪鬼なところもあるけど、自分の店を大切に思っている彼だ、まだここにいるんじゃないかと思った。

 トントン

 軽くドアを叩く。

「ししょー」

 今度は声を掛けてみた。

「ししょー、いますか? 私です、リナです」

 返事は返ってこない。やっぱり、もうここにはいないのだろうか。

(家ってどこなんだろ……私……何も知らない……)

 師匠と呼んでいるくせに、彼のことを何も知らないということを今更ながら思い知った。なんだか悲しくて、悔しくて、その場からなかなか離れることができなかった。

 その時だ。

「休みだって書いてあるだろう。ああ、まだ読めないか?」

 ドアが開き、少し揶揄するように言いながら出てきたのはラムレイさんだった。




「まったく……しばらく休みにするつもりだから、何も食うものはないんだがな」

 目の前にラムレイさんがいる。……たぶん、本人だ。はっきり言えないのは、頭からすっぽりフード付きのマントを着ているせいで、見えるのは鼻から上の顔だけだ。

 狭い店の中、直ぐ側にいるというのに顔が見えないのは寂しい。

「ししょー、どうしてマントきてるんですか? かおがよく見えないです」

「……」

「それに、たべるものはもってきました。父さんのパン、たべてください」

 そう言いながら籠を差し出すと、大袈裟なほどの溜め息をつかれてしまった。どうやら私の行動はラムレイさんのお気に召さないものだったらしい。

 出会った当初なら落ち込んだだろうけど、これでも少しは彼のことを知ったつもりだ。これが私のことを思っての態度だとわかる。

(早くここから追い出したいんだろうけど……)

「ししょー、私ね」

 昨夜のことは、たぶん口外してはいけないことだ。ただ、ラムレイさんは当事者で、知る権利があると思う。

 どこまで話せばいいか、ちゃんと話せるか。

 少し口ごもった私の代わりにラムレイさんが話し始めた。

「話しておかないと、お前毎日来そうだよな」

「まいにちは……来ないとおもうけど……」

(でも、気になって頻繁には様子を見に来ると思う)

 私がラムレイさんのことをわかっているように、彼も私のことをわかっているみたい。

「あー……詳しくは言えないが、しばらく魔導師団本部に行くことになった」


「へ?」

 魔導師団本部って……私が昨日行ったところ?

 まったく考えもしなかった展開に、思わずとぼけた声を上げた。

「昨日城から使いが来てな……まったく、深夜にいい迷惑だよ。あいつら、こちらの都合なんてまったく考えない魔法馬鹿だ」

「え? どうして……」

「……泣くなよ」

 唐突にそう言ったかと思うと、ラムレイさんはマントのフードを取った。

「!」

 びっくりして、息が止まるかと思った。ラムレイさんの首筋から顎にかけて、あの不気味な蔦のような痣が広がっていたからだ。

「そ……れ……」

 ラムレイさんがヴィンセントの代わりにその身に呪術を移してから何日も経っていない。それなのに、もうそこまで広がっているなんて……。

「ああ、術が不安定だったのかもな。まあ、禁忌の魔術を操るような奴だ、魔力を上手く制御できていないのかもしれないが。まあ、これのせいで店にはしばらく出られない、だから休みだ、いいな?」

 そんなに簡単に言わないでほしい。本当ならもっと不安でたまらないはずなのに、どうしていつものラムレイさんでいられるの?

 目元が熱くなったのを感じて、私は唇を引き結んだ。ここでは絶対に泣かない。

「それに、高等貴族院もしばらく閉院するらしい。教師たちも魔導師団に戻ってくるし、俺にとっても都合がいいんだ」


 そこでどうして高等貴族院の話が出るの?

「ししょー、こーとーきぞくいんがお休みって、どうして?」

「魔導士たちに緊急招集が出たらしいからな。貴族院の教師たちは魔導師団からの出向……あー、魔導師団の奴らが行っているんだ。だから、奴らがいなくなると授業ができない。だから休みだ。……まったく、お前の物分かりが良すぎなせいで、どこまで説明していいのかわからんな」

 あ……だからか。昨日は不思議に思わなかったけど、魔導師団のコーディさんの口から、高等貴族院の教師のベアトリス・フォン・ベサニーの名前が出たのは、彼女が魔導師団の人だったからか。

「魔法馬鹿どもめ、これが終わったら絶対に関わらないぞ」

 ぶつぶつ言っているラムレイさんの顔には、やっぱりあの痣があって……そこから目を逸らすことができない。

「ししょー……」

「……ったく」

 ラムレイさんの手が私の顔に伸びる。でも、その手の甲には痣があって、気がついた彼はまた小さく舌を打ってからマントで乱暴に私の目元を拭った。我慢していたつもりだけど、どうやら私は泣いていたらしい。

「いいか、もう言わないが、これはお前のせいじゃない」

「でも……」

「俺が自分の意志で行ったことだ。子供のお前が責任を感じることはないし、どうせしばらくしたら消えるものだ」


「……きえる?」

 それって、強い呪術じゃないの?

 言葉にならない疑問を乗せた目で彼を見つめれば、にやりと人相悪く笑われた。

「俺の力がこいつに劣るはずがない。向こうの出方を見るつもりが少しばかり甘く見たが、まあ、何とか出来る範囲だ。魔導師団から戻ったら、いつもの男前の俺に戻るから、お前は何も心配しなくていい」

 本当に彼の言う通りになるのかどうか。でも、不思議なことにラムレイさんの言葉には妙な説得力があった。彼が大丈夫というのなら大丈夫だ。それに、エルさんやシュルさんも動いてくれている。何もできない今、彼らを信じるしかなかった。

「……かえってきたら、またしゅぎょーします」

「おー」

「……かえってきてください」

「おー」

 大きな手が頭をぐるんぐるんと強く撫でてくれる。それがマント越しだというのがとても悲しかった。

次回はたぶん、2月2日……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 2/2を楽しみになっています。
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