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114.魔法と魔術の違いがわかりません。

まさか、二年も更新してなかったとは……。

 エルさんがじっとコーディさんを見つめている。息苦しいほどの沈黙に、私は強く手を握りしめた。

(どういうことなんだろ……)

 エルさんの言葉の意味は私にはわからない。でも、その雰囲気からなんだか凄く良くないものを感じた。

 そのまま、どのくらい時間が経ったのか……話を切り出したのは、またエルさんだった。

「私は今夜、下町に向かった」

「……下町に?」

 怪訝そうな表情のコーディさんから目を逸らさないまま、エルさんは淡々と言葉を続ける。

「賑やかな市場のすぐ近く、人の気配もまばらな脇道の奥で、私は魔力の残像を見た。下町ではありえないほどの魔力量だ。それを追ってここまで来た」

「……貴族の中にも、下町を訪れる者はいるでしょう……あなたのように」

「脇道の奥にあったのは呪術師の店だ」

「……っ」

「その呪術師は、ある子供の依頼を受けて呪術を執り行った。代償は、その者の加護だ」


「加護を!」

 ガタンと、今度は椅子を倒してコーディさんが立ち上がった。強面の顔がさらにいっそう怖いほど引き攣っているのを見て、私は腰に回っているエルさんの腕をギュッと掴んでしまう。私の恐怖に気がついたのか、エルさんはまた片手で私の目を覆った。

「落ち着け、コーディ」

「しかしっ」

「その意味をわかってくれているようで安心した。それならば、私が危惧していることも理解しているはずだ。魔導師団は国を、王を、そして民を守るべき存在。神に与えられた類まれなる力はけして私欲に使わぬ、闇に堕ちぬと誓ったはずだ。その誓いを破った者を私は許すわけにはいかない」

 エルさんの声は淡々としていた。でも、私の腰に回っている彼の腕には力がこもっていて、彼がとても怒っているのだと伝わってくる。

 私は、ヴィンセントの弱みに付け込んだ呪術師が許せなくて、とっちめて契約を無しにできればと思っていたけど、エルさんたちにはもっと大きな問題が立ち塞がっているみたいだ。

 国とか王様とか……あんまり話が大き過ぎてどうしていいのかわからない。でも、今回のことが、せっかく神様が一人一人に与えてくださった加護を奪うのがどんなに罪なことなのかはわかる。

 幸いにして、ヴィンセントはすべてを奪われる前にラムレイさんがその契約を破棄してくれた。でも、それはそのままラムレイさんに契約が移行されただけだ。完全に破棄されていないそれを、いったいどうすればいいのだろう。

 私はそっと目からエルさんの手を外した。ちゃんとコーディさんの顔を見なくちゃいけないと思った。

「堕とす者の名は」

 エルさんが訊ねる。

 コーディさんはしばらくの間目を閉じていたけど、次に私達を見た時には、その目の中には何かを決意したかのような強い光が浮かんでいた。

「……ベアトリス・フォン・ベサニーです」




「えっ」

 私は大きく息をのんだ。

 ここに来る前も聞いた名前。一緒にお風呂に入った、綺麗なお姉さんの名前。

 でも、さっきも言ってた。平民を厭わないって、ラムレイさんとも知り合いのはずだって。あの人にはまったく闇の力の気配なんてなかった。そんな彼女の名前がどうして出たの?

 私を抱いているエルさんの手にもまた力がこもったけど、直ぐに深い息を吐いて気持ちを落ち着かせたみたい。

「そのことで……今、団長が王城へ……」

「ここへ」

「御意」

 即座に立ち上がったコーディさんが部屋を出てくと、私はすぐに後ろを仰ぎ見た。エルさんの眉間には凄く深い皺ができている。怒っているように見えて怖かったけど、私はどうしても聞きたいことがあって口を開いた。

「おとすものってなんですか? あのお姉さん、悪い人ですかっ?」

「お姉さんって……彼女は君の母親よりもすっと年上だよ」

 シュルさんがからかうように言うけど、今は歳のことなんて関係ない。あの人がいい人なのか悪い人なのか、それが問題なんだから!

(私が知っている彼女は、少なくとも平民の私に優しく接してくれた公平な人だってこと。おとすって、よくわからないけど……でも、悪い人ってことだよね? 彼女が悪い人なんて……絶対にありえないと思う!)

 一緒にいた時間はとても短かったけど、それでも私にとって彼女は、ベアトリス・フォン・ベサニーという人は良い人だった。

「……リナ、私も彼女は良い人物だと思っている」

「それならっ」

「だが、良い人物であるということと堕ちた者が相反するとは思わない」

「おちるって……おちるって何ですか?」

「魔術に傾倒した者のことだ」

「ま……じゅつ?」


 一瞬、意味がわからなかった。おちたもの……それは言葉の通り、闇に堕ちて悪いことをする人達のことだと思っていたから、どうしてそこに魔術が出てくるのかまったく見当がつかない。

 そもそも、貴族院だって魔法を習う所で……あれ? 違ったっけ?

 頭の中がぐちゃぐちゃで整理がつかない。思わず子供っぽくなく頭を抱えてしまった私に、シュルさんが苦笑しながら説明してくれた。

「リナには難しいかもしれないけど、我がコールドウェル国は神から頂いた加護という名の魔法を重んじている。人間の力が及ばない、いわば聖域だ。平民の学校でも貴族院でもそう習うし、より優れた者は魔導師団に入団するんだ」

 それは、なんとなくわかる。加護は神様が与えてくださった大切なものだというのは、幼いころから両親にも言い聞かされてきた。

「でも、有能な者の中には、未知なる力に惹かれる者もいるんだ」

 リナの中では魔法も魔術も同じだが、そこには明確な線引きがあるらしい。

 魔法は、神が与えてくださった加護の力のこと。

 魔術は、教えを受けたり知識や技術を身につけて起こす不可解な現象のこと。

「魔法はあくまでも神が与えてくれた力だが、魔術はやりようによっては様々なことができてしまう。しかも、魔術を扱う者には厄介なものもついてくるんだ」

「やっかいなもの?」

「ある特定のものへの信仰という心理的な要素だ。だから、我が国は魔術を教えることも習うことも禁止されている。……今、私達が探している呪術師は堕ちた者がなることが多いと聞いた」

 禁止されているものを自ら望んで手に入れ、身に着けようとする。だから、魔術を教える者を『堕とす者』と言い、習った者を『堕ちる者』と言うようだ。


 初めて知った事実に、リナはただただ驚くことしかできなかった。

 魔法も魔術も、前世のリナにとっては同じく不思議な力で、特別な力だった。それを、どちらかが良くて、どちらかが駄目なんて言われても、その違いが説明を受けた今でもよくわからない。

 ただ、ヴィンセントの大事な加護を卑怯な口車に乗せて奪おうとしたことは、やっぱり悪いことだと思う。現在進行形でラムレイさんは苦しんでいるのだ。

「……でも、それがお姉さんだってかくしょーはないのに……」

 コーディさんは噂を聞いたことがあると言っていた。言い換えれば、確証があるわけではないはずだ。

「……だから、本人に問うんだ」

 エルさんが髪を撫でてくれた。それは私を落ち着かせるというより、自分が落ち着くためじゃないかな。

「エル、まさか隣国が……」

「口を慎め」

「……申し訳ありません」

(隣国? ……って、どこ?)

 まだ学校にも行っていないリナには、この国の周りにどんな国があるかというのはまったくわからない。今は戦争がない平和な時代のようだが、もしかしたら敵対している国があるのだろうか?

 その国と、魔術がどう繋がっているのか。謎はどんどん深まっていくだけだ。






 不意に静かだった廊下に慌ただしい気配がした。

 シュルさんがすっとエルさんを庇うように立ち、エルさんは私を強く抱きしめる。

「エーベルハルド様っ」

 勢いよく部屋の中に入ってきたコーディさんの顔は真っ青だ。その顔色だけを見ても、何か良くないことが起こったのだとわかった。

「ベアトリス・フォン・ベサニーの姿がありませんっ」

「……逃げたか」

「それだけでなく……」

「何があった」

 続きを口ごもるコーディさんを、エルさんが鋭く追及する。それでもしばらく唇を噛み締めていたコーディさんだったけど、やがて振り絞るような声で告げた。

「12人の団員の所在が不明です」

「12人っ?」

 エルさんが立ち上がる。かろうじて落とされなかったけど、一瞬私の存在を忘れていたのは確かだと思う。

「すぐに城に連絡を入れましたっ」

「私も戻ろう」

 そこで、エルさんは私を見た。

「……その前に、君を家に送らないとな」

「わ、私は……」

 大変なことが起きているとわかっているのに、私のことになんか気を配ってくれないでいい。でも、こんな森の中から一人で帰るのは到底無理で、お荷物な自分のことを考えると自然に涙が浮かんでしまった。でも、ここで泣くなんて絶対ダメだ。

「ご両親と約束したのは私だ。君が気にすることはない」

 そう言い切り、エルさんはコーディさんに視線を向ける。

「再度点呼を。正確な不明の人数を把握してくれ。折り返し城から応援が来るだろう」

「……は……」

「コーディ、これはもはや魔導師団の問題だけではない。我が国の中に付け入られる隙があったということだ。父上にも反省していただかなくては」






 そこからは早かった。

 私はエルさんに抱っこされたまま外に出ると、まだあまり休めていないだろうダリスとターニャに乗り、私達は再び空を駆けた。さっきはそれでもワクワクとした気持ちがあったけど、今は正体のわからない不安で胸が苦しい。

「……」

 柔らかなダリスの鬣に顔を埋めたまま何も言わない私に、エルさんは静かな声で話しかけてくれた。

「君が気に病むことはない。むしろ、君のおかげでこの問題が表に出てきた。国の中枢を静かに蝕むものに気づくのは難しい。リナ、感謝する」

「エルさん……」

「後のことは私達に任せてくれ。呪術師も必ず見つけ出す」

 強い言葉に、私は微かに頷いた。無理は絶対してほしくないけど、エルさんはきっとこの問題に真正面から立ち向かうはずだ。

(私が……出来ることは?)

 考えても出てこない。まだ子供の私が出来ることなんて、邪魔にならないように大人しくしていることしかなかった。

魔法と魔術の概念は私が浅く調べたものなので、どうか軽く受け止めてくださると助かります(汗)

突っ込みはなしということで……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。ただ少し記憶が薄れてるので今日読んだ後もう一度1話から読み直します。
[良い点] 更新ありがとうございます! 待っておりました! 学園編は何度も読み返してたのですが、お家帰ってからの内容忘れてしまったので読み返して、ゆっくり読ませていただきます!
[良い点] うわあ!更新ありがとうございます! しかし、久々すぎて話忘れてるよ(^◇^;) もっかい、読み直しますー。週一でなく月一でも更新あると嬉しいです!
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