105.ヴィンセントを詰問します。
お久しぶりです。
リハビリのため、少し短めになりました。
ラムレイさんに抱っこされる形で家に戻った私を、父さんと母さんは驚いて出迎えた。怪我をしたのか、それとも気分でも悪いのかってすごく心配してくれたけど、私はうまく説明することができなかった。
その代わり、ラムレイさんが飄々とした感じで、「たまには焼き立てのパンを買おうと思った」なんて説明して、それならってさっきから父さんは張り切ってパンを作っている。
「あれ?」
ちょうどタイミングよく、ケインも配達から帰ってきた。あ、最近、うちはパンの配達も始めたんだよね。いつも来てくれていたおばあちゃんが何日か来なくて、久しぶりに顔を見せたかと思えば病気で寝込んでいたって話を聞いた。
そのおばあちゃんは幸い一人暮らしじゃなかったからよかったけど、もしも周りに誰もいなかったら? 最悪な結果をすべて避けることができるとは思わないけど、できることがあるのならって父さんに相談したら、注文に応じて配達をすることを提案してくれた。
前もって、三日分と五日分の二通り、予約してくれた家に配達する。その最終日に、継続か、それとも停止するかの確認をする。
電話なんてない世界だから多少手間がかかるけど、配達員にはケインが立候補してくれた。もともとケインは体を動かすことが好きだし、人と話をすることも好きだもんね。
「ただいま。あれ? ラムレイさんも一緒なのか?」
ケインは店にいたラムレイさんの姿に驚いたようだが、反対にラムレイさんはニヤッと口元に笑みを浮かべたかと思うといきなりケインの肩を掴んだ。
「ちょうどいい。ケイン、今からヴィンセントを呼んで来い」
「え? どうしてラムレイさんが……」
「いいから、ほら」
軽くケインの肩を押し出すようにして言うラムレイさんにケイン本人は戸惑っていたけど、私はここまで直接的に話すとは思わなくて内心驚いていた。
ヴィンセントに話を聞くと言っていたけど、もっとこう……上手く立ち回るのかなって思っていたから。まあ、ラムレイさんらしいと言えばらしいけど。
「ヴィンセントを呼ぶのか?」
突然のことに父さんも不思議そうな顔をしたけど、ラムレイさんは、
「少し聞きたいことがあるだけだ。ああ、上を借りてもいいか?」
そう、あくまでもマイペースに話を進める。
「だ、だいじょぶ?」
展開の速さに心配になって、周りに聞こえないような小さな声でラムレイさんに話しかけたけど、彼はああと言葉短く答えるだけだ。
あんな場所に、どうして行ったのか。多分、それは人に知られてはいけないことだ。
見てしまった後ろめたさは強くなる一方だけど、同時に胸の中に沸き上がる不安も大きくなっていくばかり。でも、私だけではどうしようもないことも十分すぎるほどわかっているから、それ以上は何も言えなかった。
ケインが出て行って、手持無沙汰な私は店の手伝いをする。ラムレイさんはというと、勝手に二階に上がってしまっていた。店にいたってすることもないし、むしろお客さんがみんな誰だ? って顔で彼を見ているから嫌みたい。
ラムレイさんは市場の、それもあまり人が行かないような店に引きこも……店番としているから、人となりを知らない人が多いのかもしれない。この辺りの人たちは、みんな顔見知りって感じの人たちだし、そんな中で見知らぬ人物がいたら私だって気になる。
もともと、人嫌いなところがあるラムレイさんは、その視線が煩わしいのかもしれないな。
しばらくして、ヴィンセントを連れてケインが戻ってきた。
「連れてきたぞ! 近所にいたから早く見つけた!」
「……」
ケインに腕を引っ張られたヴィンセントは、怪訝そうな顔で私を見ている。
市場からの帰りなら、まだこの辺にいてもおかしくないか。
どこかで、あの時見たのは人違いだったかもって思っていたのが、確信に変わっていくのがわかる。
どうしてあそこにいたんだろう?
本当に、呪術師の店に行ったの?
行ったとしたら、何を呪うために?
私の中で疑問ばかりがグルグルと渦巻いていく。呪術というのがどんなものか、言葉の意味からしか想像できないけど、絶対良いことじゃないのはわかるもん。
「何の用だ?」
「違うって、お前を呼んだのは……」
「おう、来たか」
ケインが説明をしようとするのと、二階に続くドアを開けてラムレイさんが顔を見せたのはほとんど同時だった。
ラムレイさんの顔を見たヴィンセントは、眉間の皺をもっと深くして……かなり警戒している。そう言えば、この2人がちゃんと顔を合わせるのは初めてかも。
「ケイン、いったい……」
「とりあえず、二階に来い」
言うなり、さっさと背を向けてしまったラムレイさんに、慣れていないケインとヴィンセントは呆気にとられている。彼のマイペースぶりに慣れてる私はふぅっと小さく息をつき、ケインの背中に回って押した。
テーブルの椅子に私とラムレイさんが並んで座り、その向かいの席にケインとヴィンセントが座った。
ラムレイさんが言うままにヴィンセントを呼んできたケインは、始めラムレイさんから席を外すように言われていた。でも、ヴィンセントは自分の友達だし、妹の私がいるのなら自分も聞きたいって譲らなかった。
一瞬、ラムレイさんは私を見た。呪術師のことをケインの前で言っても良いのか迷ったんだと思う。私も、出来るならケインには聞かせたくなかったけど、ラムレイさんの方はケインを説得する手間を省くことにしたみたい。
「呪術師に何を頼んだ?」
「!」
(うわ……直球……)
前置きがない。ラムレイさんの言葉を聞いたヴィンセントは一瞬で蒼褪めて、ケインは戸惑ったように二人の顔を交互に見ている。私と同じで、ケインも呪術師って言葉、今日初めて聞いたはずだ。その意味も、よくわかっていないと思う。
「ラムレイさん、ジュジュツシって……?」
尋ねるケインにチラリと視線を向け、すぐにヴィンセントに向き直ったラムレイさんは淡々と説明をした。
「その名の通り、呪術……呪いを専門に掛ける奴のことだ」
「呪い? え? ヴィン?」
「……」
「おい、どういうことだよ? ラムレイさんの言ってること……お前、ジュジュツシって奴に、何か呪いをかけてもらったのかっ?」
始めはまさかって戸惑うように、でも、徐々に焦ったようにケインはヴィンセントに迫りながら問い詰める。見てわかるほど強い力で肩を掴まれ、ヴィンセントの顔が歪んだのがわかった。
「おいっ!」
「悪いかっ! 権力を振りかざす相手には、こっちだって取れる最大の手段を使って何が悪い!」
ケインの手を振り払い、椅子を後ろに蹴倒すように立ち上がったヴィンセント。
その勢いのまま、ヴィンセントはラムレイさんを睨んだ。
「あんた、誰だよっ? どうしてそのことを知ってるんだ!」
「行ったことは認めるんだな?」
「だからっ」
「何を頼んだ?」
ラムレイさんは淡々とヴィンセントを問い詰めていく。ヴィンセントの顔が泣きそうに歪んだ。
「もう、時間がないんだっ! 次の春には、姉さんがあの男のもとに行ってしまう!」
……やっぱり。ヴィンセントと呪術師。その二つを結び付けるのが彼の姉、クラリスだって、嫌でも想像できていた。でも、本当に……。
(クラリスを渡さないために、呪いまで掛けるなんて……)
妾に取られるって言ってた。ヴィンセントが泣いてたって……言ってた。結婚するんではなく、ずっと低い身分で。母親や姉を大切に思っているヴィンセントが、それをどうしても許せないというのは嫌でも想像できた。
この世界には魔法がある。生まれ変わる前の日本では、それこそ小説や漫画のような夢の中でしか出てこない不思議な力。そんな力がある世界だから、きっと呪いというものもあるんだとは思う。
(でも……)
その呪いって、いったいどんなものなんだろう。
掛けた側のヴィンセントにも、何か悪い影響があるんじゃないの?
だいたい、まだ子供で、それほどお金だってないはずのヴィンセントがどんな呪いを頼んだのか。
目に見えない不安に、私は背中が寒くなってふるりと震えてしまった。




