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101.暴走を反省しないといけません。

 翌朝目が覚めた時、私はふぅっと深く息をついた。

 頭の中がグルグルとして眠りも浅いだろうと思っていたのに、意外にちゃんと眠ってしまった自分の図太さに呆れてしまう。

 父さんと母さんは既に起きていて、部屋の中は私1人だ。私はつけたままのペンダントを握りしめた。

(ありがとう……エルさん)

 夕べ、ほんの少しでもエルさんと話せたおかげで、頭に上っていた血がスッと引いたと思う。

 ケインからクラリスの話を聞いた時は、こんなにも酷い話があるのかって、悲しくて、怒りが湧いて、どうしようもない自分の感情に振り回されたけど、落ち着いて考えたら……うん、この世界、ううん、はっきりとした身分社会がある世界では、ああいうことも考えられる一つだと理解できた。

 でも……やっぱり、自分が知っている人が不幸せになるのは見たくない。できれば、幸せになってほしいって思うのは……私が甘いのかな。

 私は縋るようにペンダントを握りしめた。

「どうしたらいいんだろ……」

 そう呟いて溜め息をつくのと、

【遅い】

 少々低めのエルさんの声が聞こえてきたのはほとんど同時だった。




 昨日、エルさんがもう一度連絡するように言っていたことはちゃんと覚えてる。でも、それは朝早くとか夜遅くとかじゃなく、昼過ぎの失礼じゃない時間にって自然と考えていた。今はまだ夏季休暇中のはずで、日中は授業はないはずだし。でも、どうやらエルさんは違ってたみたい。

 朝早くっていうか……起きたらすぐ連絡があると思っていたらしいのは、その口調からでも伝わってきた。……案外、せっかちさんなんだ。

 でも、私が昨日変な時間にエルさんと話したから、きっとすごく心配してくれたんだろうな。

 ……ごめんなさい、エルさん、せっかちとか思っちゃって。

 私は内心反省しながら、昨日あったことをエルさんに話した。もちろん、個人名は出さないようにしたし、できるだけ客観的に話そうとしたせいか落ち着いて説明できたと思う。

 ただ、やっぱり声はどうしても暗く落ち込んじゃってしまったけど。

【それで、君はどうしたいと?】

「エルさん……」

【貴族でない君が……それ以前に幼い君が、できることなどない】

 きっぱりと言い切られてしまうと、一言も言い返せない。

(そんなこと、わかってるけど……)

 昨日母さんに言われたことを思い出して、何だか泣きそうな気分。私が黙ったままでいると、エルさんは静かに言葉を続けた。

【だが、その話と、私のことが怖くないと言ったことはどう関係がある?】

「え?」

 てっきりそのままお説教が続くと思ったのに、意外なエルさんの言葉に思わず首を傾げてしまう。私、そんなこと言ったっけ? 思い出せなくてすぐに返事ができないでいると、呆れたような溜め息が聞こえてきた。

【君の話を聞くに、私のことは関係がないようだが】

「う……ごめんなさい」

【幼い君に過分なことは言いたくないが、不用意なことは言わないように】

「……ごめんなさい」

 エルさんに心配ばかりかけちゃって、結局叱られるって……。


 私は落ち込むばかりだけど、エルさんはさらに言葉を継いだ。

【リナ、君は親元から離れることなど考えていないのだろう? 貴族とは関わるつもりはないと】

「は、はい」

【それならば、この話に関わるのはよせ。君の言う男爵家の庶子がどれほどの魔力の持ち主かは知らないが、家督の問題に他者が口を挟むことなどありえないし、おそらく本人も覚悟を決めているのではないか?】

「かくご?」

【生家は選べない。そこに生まれてしまえば、運命は受け入れなければならない】

 エルさんの声はいつものように淡々としているけど、どこか苦いものを含んでいるような気がする。エルさんは貴族の中でも良い家の出身のはずだけど、そんな彼も心ならずも受け入れなければならない運命があるんだろうか。

 私も……以前はそうだった。死にたくないけど、死を避けられない。その運命を受け入れるしかなかった私のように、クラリスも覚悟を持っているっていうの?

 クラリスと話したわけじゃないから、実際に彼女がどんな思いでいるのかはわからない。……あ~あ、私、もしかして1人で先走っていたのかも。

【リナ】

 自分自身に呆れてなかなか言葉が出ない私に、エルさんが言う。

【君が他人を思いやる心は美しいが、その心を利用する者も、憎悪を抱く者もいる。君の家族と、君自身を守りたいと思うのなら、リナ、時には人を切り捨てることを学ぶように。……幼い君にはまだよくわからないかもしれないが】

「……ごめんなさい」

【私に謝る必要などないだろう。とにかく、リナ、君は必要以上に周りの目を気にするように】

 私なりに目立たないようにしようって思ってはいるんだけど……日本人としての記憶が残っているせいか、どうしても身分差というものがピンとこない。この世界に生まれて5年、まだ本当に嫌なことや怖い思いをしたことがないせいなのかもしれないけど……そんなことじゃ、いざという時困るんだろうって、頭ではわかる。

 貴重なエルさんの助言だ。私は彼が言った言葉を何度も頭の中で繰り返した。




 エルさんとの話が終わって、私はようやく朝の身支度をする。

 いつもよりずいぶん遅く店に下りてきた私を、父さんと母さんの心配そうな目が見つめてきた。昨日のことがあるから、2人とも心配してるんだ。う~、エルさん以外にも、心配かけた2人にちゃんと言わないと。

 でも、店の中にはたくさんのお客さんがいて、とてもあんなプライベートな話ができる雰囲気じゃない。

「あら、リナも戻ってきているのね」

「こんにちは!」

 貴族院から戻ってきて、初めて会うお客さんもたくさんいる。今は仕事が第一と思い直し、私は張り切って接客を始めた。貴族院では下働きのお手伝いくらいしかできなかったので、こんなふうにお客さんと直接話をし、パンを売ることができるのは楽しい。

 それに、みんなが私たちが戻ってきたのを喜んでくれているのが伝わってくる。ちゃんと必要とされているのが、本当に嬉しい。






 明日から新しい商品も並ぶことになっているから、父さんはすごく忙しい。

 今まではフランスパンもどきの硬いパンと、柔らかな白パンの2種類だけだったんだけど、貴族院での反応を見た父さんがサンドイッチを正式に商品にすることにした。

 屋台ではパンに肉を挟んだりしたものが売られているみたいだけど、通常パン屋では総菜パンを売ることは滅多にないんだって。あのグランベルさんのところみたいな大きな店でも売ってないんだもん。まあ、食パン自体作っている店が今のところうちしかないからね。

 貴族院で食パンの存在を知ったグランベルさんがさっそく金型を大量注文して、食パンのレシピも父さんが帰ってくるなり攫うようにして商業ギルドへと連れていかれたらしい。レシピ登録をするためだって。

 今のところ、食パンを完璧に作れるのは父さんと、貴族院のパン職人たちだ。だから、このリードを有効に使って、うちもバンバン宣伝しないといけないよね。

 ちなみに、父さんが一番最初に作った食パンの金型は貴族院に置いてきた。その時は食パンの金型が1個しかなかったし、ぜひともと頼まれた父さんが断れなかった。

 ただ、帰ってくると、グランベルさんが優先的に2つ、金型を譲ってくれることになった。今回の報酬の一部って名目だったけど……グランベルさんがこの金型のことを知ってから作成するまで、一週間とかかってないんだよ? うちが頼んだ時は何週間もかかったのに……。

 でも、さすがに大店が注文した物は上質みたいで、焼き加減も良いと試し焼きした父さんは上機嫌だ。


 挟む具材は、卵、ハム、チキンカツの3種類。ハムとチキンカツはニーノおじさんの店から仕入れることになった。

 今や揚げ物が大人気で品薄らしいけど、最初にこの料理方法を教えたうちに対してはかなり融通を利かしてくれている。これは、頑張って売っていかないと!

「さて、作るか」

「うん!」

 父さんは器用に食パンをカットし、耳の部分を切り落とす。耳がついたままのサンドイッチもあるけど、今はあのふわっとした触感を売りにしたいから切り落とすことにした。……そうだ。

「父さん、これ、ラスク作れるよ」

「らすく? なんだ、それは」

「あぶらでカラッとあげるの」

「これを?」

 当然、ラスクを知らない父さんは首を傾げている。肉を揚げたら美味しくなることはもうわかっているけど、パンの、それも端っこを揚げてどうなるのか、まったく想像ができないみたい。

 ラスクはコストの良い商品になるんだよ? 砂糖は少量でも十分美味しいし、ハチミツだってかなり美味しい。香辛料とかを考えて、お酒のおつまみとして売り出しても人気が出そう。

 食パン1種類増えただけで、作れるものはすごく増える。貴族院で料理の腕も格段に上げた父さんなら、きっと美味しいものをたくさん作れるはずだよ。


 店の中には、いつものパンの匂いだけではなく、卵を焼く甘い匂いや、チキンカツやハムの食欲をそそる匂いが漂う。店に並べるのは明日からだけど、今日はその試作を作っている。

 店に来るお客さんがキョロキョロ辺りを見回しながら鼻を動かしている姿が面白くて、私は思わず笑ってしまった。

「どうした?」

 手を止めた父さんが、笑っている私を不思議そうに見ている。

「みんな、食べたいみたい」

「はは、そう思ってくれているならいいな」

「思ってるよ!」

 だって、中には母さんに、「この匂いは何なの?」「新しいパン?」って、尋ねるお客さんがいるんだもん。この辺りで一番初めに白パンを売り出したうちは、ちょっとした有名店なんだから。

「ほら、リナ、手が止まってるぞ」

「はい!」

 いけないっ、ちゃんとお仕事しないと!

 私はサンドイッチに挟む葉野菜を洗うために、籠を持って店の裏に向かった。

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