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99.意外に鋭い師匠です。

「……で?」

 ラムレイさんが改めて問いかけてくる。それが、単に貴族院での出来事全般という話ではなく、私の魔力に特化した話を聞きたいんだというのはヒシヒシと感じていた。

(どうしよう……)

 私は、ラムレイさんのことを信用している。初めて会ったのは3歳で、そこから2年、幼過ぎるから本当にいい人かどうかなんてわかるはずがないと言われたとしてもしかたがないけど、それでも彼が私に負の感情をぶつけてきたことはないし、反対にたくさんの知識を与えてくれた。

 だから、できれば隠したり嘘をついたりしたくないけど、これは私だけの問題じゃなくて、エルさんも関係することだもん。

 慎重に考えないと……そう思いながら、それでも一番知っておいてほしいことは告げた。

「まりょくのあつかい方、べんきょーしました」

「……誰に教えてもらった?」

「え?」

「夏季休暇なら、何人か教師も残っていただろうな。……あいつ……いや、平民に対するならあっちの方が……」

 どうやらラムレイさんの頭の中には、貴族院にいる先生がちゃんといるみたい。でも、中年のラムレイさんが貴族院に通っていたのはもう30年近く前のことでしょ? その時の先生と今の先生が同じとは思えないんだけど……。

「ししょー、ししょーの知ってる先生、やめてるんじゃないですか?」

「ん?」

「だって、30年いじょー前にいた先生とか……いたっ」

 不意に、頭にゴツンと結構重いゲンコツが落ちてくる。結構痛いそれに、不満たっぷりな視線を向けたけど、反対にジロッと睨まれてしまった。

「どうしてそこに30って数字が出てくる?」

「どうしてって……ししょー、40さい、過ぎてるでしょ? だから……いらいっ」

 話している途中だというのに、グニッと少々力を込めて頬を抓られた。ちょっと、行動に出る前に、まずは口で言ってください!

 私が恨みがましい目で見ると、それ以上に胡乱な眼差しが向けられてきた。そして、

「俺はまだ28だ」

「2……えぇっ、うそ!」

 ラムレイさんの信じられない告白に、私は思わず声を上げた。28歳って、その見た目で詐欺じゃん!




 くたびれた外見はどう見たって40歳半ば、良くてアラフォーだって少しの疑問もなく信じていたのに、まだ20代なんて……どこをどう見たら信じられる?

 不健康な隈のできた顔も、少し猫背の姿勢も、どう見たって結構歳をとった人に見えるし、人との関わりを厭う生活だって、頑固なおじさんだからって思ってた……。

 私はチラッとラムレイさんの顔を見る。不機嫌そうな顔を注意深く見ていると、肌はちょっと……若いっぽい? 組まれた手も、骨ばっているけどシワシワじゃないし……。

「えっと……ごめんなさい」

 2、3歳とかならまだしも、20歳近く年上に見られていたんなら怒ってもしかたがない。私が謝ると、ラムレイさんは大きな溜め息をついた。

「……それは、もういい。で、お前に指導してくれた教師の件だが」

 おっと、忘れていなかったんだ。ちょっと混乱していた私は、

「……平民を厭わないなら……魔法師のベアトリス・フォン・ハート?」

 ベアトリス先生の名前が出てドキッとしたけど、名前がちょっと違う? 最後のはたぶん家名だから、あの貴族院にはもう1人ベアトリスって先生がいるのかな? 夏季休暇中だからいない先生もいただろうし、そもそも私が会ったのは数人だけだったし。

「リナ?」

「そのベアトリス先生はしりません」

「その?」

「私のしっているベアトリス先生は、ベサニーっていいます」

 まだまだ言葉が完璧に話せるとは言えないけど、ヒアリングはちゃんとできているし、エルさんに紹介してもらったベアトリス先生の名前はきちんと覚えてるもん。

「ベサニー……? ……もしかして、イシュメル・フォン・ハートと別れたのか?」

「え? ししょー、2人がけっこんしてたこと、しってるんですか?」

 そっちの方がびっくりだよ。じゃあ、やっぱりベアトリス先生三十路疑惑は……。美魔女って、ああいう人のことを言うのかも。


 ラムレイさんが貴族院に通っていた時から、あの2人は先生で、結婚していた。外国人の歳ってわかんないな。

「まあ、いい。それで?」

「えっと……ベアトリス先生が、私のまりょくを見て、えっと……」

 これ以上の説明には、絶対エルさんの存在を言わなくちゃ通じない。でも、できるだけエルさんの存在は隠しておきたい。

 私は口を引き結んだ。嘘は言いたくないから、もうこれ以上は話せないって態度で示した。

 ラムレイさんはじっと私を見ている。思わず何でも話したくなりそうな強い眼差しだけど、ここで怯むわけにはいかない。

 不意に、ラムレイさんの視線が動いた。

(何を……)

 顔は私の方を向いているけど、視線がちょっとずれているのだ。

「……これ」

「!」

 そう言いながらラムレイさんが触れたのは、エルさんが作って贈ってくれたヘアピンだ。

「……どうして……」

 私とエルさん以外には、それが高価な物だって知られないって言ってたはずだよ? 母さんだって、普通のヘアピンに見えていたはずなのに、どうしてラムレイさんが気に留めたの?

「……変わった魔術具だな」

「あ、あの、あの」

「……こんなものを作れる奴が側にいたんなら、確かに何事もなく終わったんだろうな。リナ」

「は、はい!」

「土産はあるのか?」

 そう言った途端、それまでの緊張した空気は霧散して、皮肉気な笑みを浮かべて私を見た。何を納得してくれたのかはわからないけど、どうやらラムレイさんはそれ以上の追求を止めてくれたみたい。

 良かった、嘘をつかなくて、エルさんのことも言わなくて。

 でも、思った以上にラムレイさんが鋭い人だっていうのがわかって、私はこれまで以上に自分の言動に気をつけなくちゃいけないことを悟った。




 持っていった物の中で、ラムレイさんが気に入ったのは意外にも幾つかの乾燥した香草だった。私には料理の香り付けに使うくらいしか思いつかなかったけど、どうやらその中に貴重なものがあって、何か特別な薬が作れるらしい。

「どうぞ」

「……いいのか? 金は払うが」

 ラムレイさんには価値がある物らしいけど、私にはそうでもない物だ。だったら、必要とした人が持っていた方が良いじゃない? だいたい、今日持ってきたのはラムレイさんに渡すお土産のつもりだったし、喜んでくれる物があったのなら嬉しい。

「お金はいいです。私、いつもししょーにおせわになってるし」

 押しかけ弟子なのに、嫌な顔……は少しされるけど、2年間も通うことを許してくれた。そのお礼としてはささやか過ぎると思うくらいだ。

「……じゃあ、出来たらお前にも分けてやろう」

「何を作るんですか?」

「……出来たら教える」

「え~」

 そこで教えてくれない意地悪に口を尖らすけど、一度口にしたことは撤回しないラムレイさんなので、おとなしく薬が出来るのを待っていよう。

 諦めた私は、それから貴族院でのことを話した。魔力や、エルさんのことは内緒だけど、楽しいことは他にもいっぱいあったから、驚いたこと、楽しかったこと、不思議なこと、とにかくいろいろ話した。

 意外なことに、ラムレイさんも薬草園のことを知らなかったらしい。

「そんな場所があったのか?」

「行ったことないですか?」

「ああ。職員専用棟の近くなんて寄り付きもしなかったが……」

 惜しいことしたなと呟くラムレイさんは、とても悔しそうだ。ラムレイさんが知っていたら、エルさんみたいに毎日のように入り浸っていたかも。今の姿からはとても想像できない学生のラムレイさんを想像し、私は思わず笑ってしまった。

 ラムレイさんはじろっと私を見据える。

「……ったく、今さら未練なんか抱かせるな」

「ごめんなさい?」

 ちょっと理不尽に思ったけど、一応謝っておいた。




 相当お土産を気に入ったのか、ラムレイさんはわざわざうちまで送ってくれた。2年間で、たぶん片手で数えられるくらいしか来たことないのに。

「一応、挨拶しておかないとな」

「あいさつ?」

 その意味は、うちでラムレイさんと父さんが話していることを聞いてようやくわかった。

 ラムレイさん、私が渡した薬草を本当に貰っていいのか、父さんに確認しに来てた! いいよって言った私の言葉を信じてなかったなんて……もう、本当に信用無いんだから!

 私と同じで、父さんも私がお世話になっているラムレイさんにそれを渡すことに何の異論もないみたいで、どうぞどうぞと言っている。そればかりか、今日の夕食用にパンを持って帰ってくれと押し付けているのに、珍しくラムレイさんがタジタジしているのが面白い。

「……ただいま」

 しばらく2人のやり取りを笑いながら見ていると、不意に店のドアが開いてケインが帰ってきた。

 いつも昼過ぎにはお腹を空かして走って帰ってくるケインには珍しく、何だかとても落ち込んだ顔をしている。久しぶりの学校を楽しみに出かけたって母さんが言っていたから、その表情に私は首を傾げた。

 15日間も休んだから、疲れちゃったのかな?

「お兄ちゃん?」

「……」

「どうしたの?」

 私が駆け寄ると、ケインは情けなく眉を下げてしまう。泣きそうで、でも、我慢している感じで、私は咄嗟に腕を掴んだ。

「お兄ちゃ……」

「ヴィンセントが……」

「え?」

 ヴィンセントって、ケインの友達でしょ?ちょっと俺様気質だけど、案外優しくて、私の怪我を光の加護で治してもくれた。え? もしかして、ヴィンセントに何かあった?

 怪我か病気でもしたのかと私も焦ると、ケインは俯いて小さな声で呟いた。

「ヴィンセントが、泣いた。あいつの姉さんが、貴族に……取られるって……」

 小さな声だったのに意外にもそれは響いて、私だけじゃなく近くにいた父さんとラムレイさんも息をのんだ気配がした。

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