非日常は日常の中で
パァァン
日常を壊す一つの銃声。混乱に満ちた人々の悲鳴。悲鳴の中に二回轟く銃声。赤い鮮血を飛び散らせ倒れる人々。単純に状況をまとめるとこんな感じだった。自分の目の前で起こっていることはまるで悪夢のような出来事だった。銃声の主は身長は低く黒いパーカーに黒いダボりとしたジャージ。異様なのは顔につけている左と右とで顔が違ううさぎの仮面だった。犯人がもう1発天井に向かって銃をと打ち鳴らし、静かに言った。
「みなさーん静かにしてくださーい。いまから僕のゆうことに従って下さいね〜逆らってもいいけどわかるよね??」
声は声変わりのしていない男の子とも取れるし、ボーイッシュな女の子とも取れる声をしていた。そう告げたところで1人の勇気ある人が行動に出た。手近にあった椅子を手に取り犯人めがけて振り下ろした。バキッと音を立て折れる椅子。バタりと倒れたのは勇気ある人だった。悲鳴をあげ、右腿を抑えのたうち回っていた。犯人はけろりとしており勇気ある人に近づく。
「おじさん勇気あるね〜物語ならおじさんは英雄なんだろうね〜ここで僕を倒してみんなを救う英雄だね〜でも、物語の英雄が救うときはだいたい自分の命と引き換えなことが多いんだよ〜?残念だったね〜バイバイ英雄さん」
そう言って何の躊躇もなく引き金を引いた。動かなくなる元英雄は瞳孔を見開きごろりと床に転がった。
「逆らったらこんなふうになるよ〜オーケイ?」
この場を支配したのは恐怖だった。
「さてさてみなさんこのままだと退屈でしょうしゲームをしましょうか」
頭の整理が追いつかない我々に犯人はさらにこう続ける。
「ルールは簡単鬼ごっこでーす。タッチされたら即リタイアになりまーす鬼はもちろんこの僕がやりまーすタッチはこのこの銃をつかっておこないまーすこんなふうに」
そう言って犯人は床に転がる元英雄の頭に銃口を押し当て引き金を引いた。飛び散る脳漿と、血しぶき。悲鳴すら起きずみんなが息を飲んだ。
「こんなふうにゼロ距離から打ったのがタッチってしまーす
じゃーいまから百数えるので逃げて下さーい。ジャースタートいーち、にーい、さん、しーご…」
あたりは犯人の声のみが響いている。みんなこの状況を飲み込めず動けずにいた。
「にじゅーきゅう、さーんじゅう…あれ?逃げないの?そんなにみんな死にたいのか〜なら、うさぎさんからの粋なサプラーイズ」
そう言って犯人は銃を上に向け運動会のスタートの合図のように打った。それが文字どおりの合図になりみんなが一斉に走り出した。
「よきよき。なら30から数えはじめるからね〜さんじゅういーち、さんじゅうにー…」
犯人の声が少しずつ小さくなる聞こえてくるのは自分の荒い息だけ。廊下はチカチカと電灯が光っており薄暗かった。スマホのライトをつけ、走った。左に曲がり右に曲がり階段を上った先に扉が見えた。ドアノブに手をかける。
ガチャガチャ!!
どれだけひねっとも扉はうんとともすんとも言わなかった苛立ちに、心臓が金を打つ。その場に座りこもうかと考えた時に悲鳴が聞こえた
「こないで!助けて誰か助けて!」
「お姉さんが最初か〜僕の始めては男の人が良かったのにね〜まぁー仕方ないよねじゃータッチ」
パァン!と短い銃声。びちゃっと、聞こえた血の飛び散る音。どちゃと倒れた音が聞こえてきて周りが大きな血の海になっている事が想像できた。心臓が早鐘のように打っている。どこかに見を隠せる場所はと探していたら後ろから手を掴まれ引っ張られた。引っ張られた勢いで引っ張った人の顔が見えた。唇に人差し指をあてて目は騒ぎがあった方に向けていた。しばらくしてあたりが静まり帰ると緊張がとけたのか彼女はふぅと、小さく息を吐いた。
「急に引っ張ってごめんね銃声が聞こえたからつい」
「いやこっちこそ助かったよありがとう」
束の間の休息だった。ついさっき人が撃たれて死ぬ場所を見たからそう強く感じた。しかしいつまでもここにいるわけにも行かなかった。いつ犯人がそこの角から出てくるかわからない。あの場違いな仮面を思い出しゾクリと背中にさむけが走った。それを察したのか彼女は場所を移動しましょうと提案してきた。断る理由もないので移動を開始した。廊下の曲がり角や、暗い場所は慎重にすすんだ。途中で通ったドアを一つ一つ確かめていくがどこも鍵がしまっており入れなかった。しばらく歩くとまた一つドアがありそこのドアノブをひねる。そこの部屋の鍵は空いており、ぎぃぃとドアが開いた。部屋の中は暗かった。鍵が空いていたこともあり、スマホの明かりで部屋を照らし誰か他にいないかを確認した。部屋の中はダンボールや資料などを置く棚があり倉庫のようだった。誰もいないことを確認し、部屋に入った。壁に立てかけられていた折りたたみ椅子を手に取り彼女にわたす。部屋の鍵をしめ、二人で椅子を広げ、向かい合って座った。明かりはスマホのライトのみで自分の回りしか見えずそれでは安心できず電気のスイッチを探した。スイッチはドアの隣にありそれを付けると部屋の真ん中にある豆電球が点いた。豆電球の光であたりは照らされたが薄暗かった。それでもスマホの明かりよりかはマシだった。相手の顔が見えることはこんなにも安心できるものだと知った。明かりがついた事で安堵の息が漏れる。椅子には深く背を預け、よたれかかった。彼女も座り、お互い向き合うような位置だった。
「2度目だけどほんとにさっきは助けてくれてありがとうございます。助かりました」
「いえ!お役に立ててよかったです」
「「・・・」」
そんな感じで軽く話をしては沈黙を繰り返すというギクシャクした会話だった。
そんな会話の中で彼女が
「そういえばお名前はなんておっしゃるんですか?」
「名前ですか?」
「自己紹介とかしてないな〜って思ったのでつい」
恥ずかしそうに頬をポリポリとかく彼女につい
「ふふっ」
「あ、ちょっと笑わないでくださいよ!ちょっと自分でもこんな時にって思ったんですから!」
「いやいやごめんごめんこのタイミングでとは思ったけどあまりにも恥ずかしそうだったからついね」
「それは言わないでくださいよ!」
「ごめんごめん俺の名前は羽書健」
「わたしは浅井敦」
「よろしくね」
そう言って二人の距離が少し近づいたような気がした。窓から陽の光が差し込むようなゆっくりとした時間が流れていたがそれはすぐに雨に変わった。