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アルカナの戦慄  作者: 瑞希
『Farewell』
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《 多喜本アカシア》

明石家(あかしや) (たき)という人物は穏和で人当たりがよく、神夜小隊の最年長というのもあり、常に頼られる側の存在であった。

瀧もそれを理解し、年上として、頼られるよう振る舞ってきた。

その男は今、自分の感情を押さえ、微笑む余裕をなくしている。


「…なんで………」


愛本陽灯の葬式は無事に終わった。彼女が死んだ以上、何一つ、誰一人として無事などとは思わないが…。


愛本(あいもと) 陽灯(ひかり)は神夜小隊の4人いる班長のうちの最年少であった。

瀧は彼女に殊更気を遣って接していた。最年少であることはもちろん、彼女自身が人を頼るのが下手な人間だったからだ。

理由はいくつか考えられる。

最年少であるが故の気負い、弟子がすぐそばにいること、関係者であること、幹部候補であること、…孤児であること。


正直、瀧にとって珍しくもない話だったが、事実として彼女は常にそれを感じているようだった。


自分は救われた命なのだと。


だから瀧は常に気を払っていた。彼女が極端な選択肢を選ばなくて良いように。代案が、打開策が、必ずあるのだと彼女に信じて貰えるよう…、なるべく大人ぶっていた。


「答えてくれ…っ」


それでもこの結末へたどり着いた以上、もうその必要はない。意義がない。意味がないわけではないけど、瀧にとってないも同然だった。


「アカシア…!

 なぜ君は陽灯ちゃんと一緒に居た…?

 彼女に何かしたのか…!?

 答えてくれ…!!!」


瀧が背伸びをやめる瞬間には、いつもアカシアが目の前に居た。理由は物凄く単純でわかりやすいものだったが…、今はその理由こそが余計に瀧の頭を混乱させていた。

ただ、ワンモーションで良かった。首を振ってくれればそれだけで良かった。何もしていないと。偶然居合わせただけだと。意味はないのだと。


「…………。」


アカシアは、ただ黙っていた。否定も、肯定もせず、けれどただずっと瀧を見つめていた。

それが何を示すのか、ずっとアカシアを見ていた瀧には理解が出来た。その沈黙こそが答えだった。モーションだった。アカシアは、首を降ったのだ。


「なんで…っ………」


会議室に瀧の声だけが繰り返し響く。

ここには二人以外誰もいない。誰も来ない。まだ瀧以外の誰も、陽灯が死ぬ直前、アカシアと会っていたことを知らないからだ。


陽灯側のログから、消されていた。


潔癖なまでに優しい陽灯のことだ…、アカシアのために自ら消したのだろう。陽灯は自分が死ぬことを受け入れていたかのように、いくつか瀧達へ贈り物をしていた。


-追伸 ぜひアカシアさんとお幸せに。-


瀧宛へ陽灯が残した遺書の最後の一文。

業務的な引き継ぎ、残された仲間達への願い、瀧自身の体を労る言葉…、それらのなかでこの追伸は明らかに浮いていた。

きっと書き足したのだ。瀧だけは、二人の接触に気付く可能性があると思って。


…つまり、アカシアを責めるなと。


「ムリだろ…

 僕をどんな冷めた人間と思ってたんだ、君は…」


嘲笑にも成れない溜め息を吐く。これは自分への嘲りだ。

そんなたった一文で納得すると思われていたことに、…瀧は底知れぬ不甲斐なさを覚えていた。少なからず瀧は小隊の全員から頼られている自信があった。

いや、陽灯も瀧の能力は買っていたのだろう。自分の行動がバレることは予測していたのだから。


抱えていた頭をかきむしり、叫び出したい気持ちを押さえつける。


瀧は心の信頼を求めていた。技術はその手段でしかなかった。年長者として、裏方として、仲間として…、矢面に立って戦う彼らの心の拠り所で居たかった。

それが、気休めでしかなくとも…、ほんの僅かでも良かった。


…ほんの僅かにもなれていなかった。


「…なぜ………」


もう何度目かの問い掛けかも解らない。だけどここで問い掛けた全ての疑問は、一つとして同じ疑問ではなかった。


瀧は顔を上げて、ただジッとこちらを見ていたアカシアと目を合わせる。

そして、今度はもう一度、同じ疑問を口にした。


「なぜ、僕を頼ってくれなかった…?」


これはアカシアへ向けた言葉だった。

陽灯へ届くことのない言葉だった。

もはや仲間へ告げるべきかも解らない言葉だった。


伝えたところで、また一つも届かないのなら…、そんな意味のないことに瀧は時間を費やせない。労力を払えない。心は無限ではないから。心を配って配って、配り続ければ、瀧は自分自身へ配る心を失くしてしまう。それを瀧は理解している。


「………」


「頼む。」


だから、この問いにだけは答えが欲しかった。

他が沈黙であっても、無言の肯定であっても、なんであっても、これだけは答えて欲しかった。


「…ぁ……」


アカシアは小さく声を漏らした。開こうとした唇は乾いていて、完全に開ききらない。それでも開こうと動かす唇は震えていた。


いつもなら、こんな姿は見たくないと思う。からかって。ちゃかして。つきまとって。だけど絶対に怯えさせないよう、瀧は適切な距離を保ってきた。嫌われても、憎まれはしないよう。


「…わ、たしに」


今も。こんな怯えたように手さえ震えていても、その目だけは変わらない。こちらを真っ直ぐ見つめる目。瀧はそれに魅了され続けていた。


「うん。」


自分と似た名前で驚いたのは、ほんの数秒で、すぐにそれは関わりを持つための口実へ変わった。

瀧は知りたがった。その美しい瞳の根元を。臨む先を。


瀧が誰よりも頼って欲しかったのは、アカシアだ。


「私に、その資格はない。」


また息を吐いて瀧は顔を伏せた。今度は嘲笑でも、落胆でもなく、ただ、疲れた呼吸だった。


「………………………………そう。」


これが、陽灯の答えでもあると直感した。

意味はないと、瀧はやっと理解した。

心を配り続けても、配る相手に穴が空いてるなら、意義も意味もない。あるとすれば、自己満足。

それを理解したから、瀧はただ息を吐くしかなかった。


「………うん。」


答えを噛み締めた。意味を咀嚼した。理解した。

真っ直ぐな瞳。きっとそれは自衛の現れなのだ。一瞬でも視界を外せば、その先が恐ろしいことを理解している。


そして自分は未だ、その恐れられる側にいる。


「……っ…」


アカシアに、きっと陽灯に、心から気を許せる人は居ない。

陽灯はそのまま、生を終えてしまった。常にどこかで恐怖を抱きながら、だけど凛と、故に独りで。

その終わりが、アカシアにも見えている。


「え……、っ、瀧?ど、え?」


アカシアはすぐに瀧の前で膝を着いた。先程まで視線だけ向けて、離れようとも近付こうともしなかった距離は一瞬でゼロになる。


「なんだ?痛いのか?辛いのか?」


今度はアカシアが問う番だった。でも言葉だけでなく、アカシアは自分の袖を伸ばし、瀧の頬を拭った。そしてさっきまでと同じように視線を合わせようとしていた。


「瀧?大丈夫か?」


その全ての行動は、瀧の涙を止めるためだった。

けれど、それは、むしろ逆効果で、止めるどころか、涙はもっと増えていった。

さっきまでの涙とは少しだけ色を変えて。


「……うん」


瀧は自分の涙を拭ってくれるアカシアの手を取って、そのまま自分の頬へ当てる。

ふいに触れられた手は、驚いて震えるけど、でも振り払おうとはせず、そのままにしてくれる。


「瀧?」


グッと目を閉じて、この温度を、声を、匂いを、感触を、脳に焼き付ける。

もうここには居ない人を。

今 ここにいる貴方を。

それを通じて感じる自己を。


涙は流れきり、次に目を開けたときにはクリアな視界が広がっていた。


ずっと、これだけは変わらず…、真っ直ぐな目。


「痛いんだ。苦しい。辛いよ。」


どこがとアカシアは驚き、慌てるから、瀧は首を振る。強いて言うのなら、きっと脳だと付け加えて。


「頼って欲しいんだ、俺は。仲間に、彼女に、誰より、君に。」


そうしてくれないと、辛いんだと瀧は口にした。

嫌われても、憎まれないよう、接してきた。動揺して欲しかったけど、困って欲しいわけではなかった。

だから、そうなるよう誘導はしても、そうなって欲しいと伝えたことはなかった。


きっと…、ほら、こうして、困った顔をすると解っていたから。


「…わからない。」


アカシアは目をそらした。瀧から。それとも、その向こうに見える何かから。


「私は酷い存在なんだ。

 今までだって、そうだろ?

 いつも君を邪険にして…、なのに、」


瀧は笑った。心底から安心したから。言葉を返してくれたことに。その返答の可愛らしさに。

はぐらかされるのではないかと思っていた。自身がそういう人間だから。瀧はずっと不安だったのだ。

だけど、こうして、言葉を交わしてくれて、わかった。解るチャンスが見えた。


「いいよ。構わない。徒労に終わったって平気なんだ。」


解り逢おうとして、結果解り逢えなかったなら、それは、物凄く幸福なことだ。


「ねぇ、何でそう思うのか教えてくれる?」


君が、誰より僕が、君を真っ直ぐ見つめられた証拠だから。


「話せないことはそのままで

 君の気持ちだけ教えて」


だけどやっぱり、解り逢えるのがベストだから、瀧は笑って言葉を、行動を尽くす。


「…、わたしは…、

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