表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカナの戦慄  作者: 瑞希
04章 「手折るは紅き荊の冠」
221/226

「クロノス」

そっと目を開ける。眩しさに怯えて、でもその眩しさを見るために目を開ける。


「ミハヤ」


目の前に、微笑む彼女が居た。

真っ直ぐ伸びたセミロングの黒い髪も。人懐っこそうな大きな金色の瞳も。思ったより筋肉質な肌も。そのすべてが幻覚だ。彼女は僕が殺したのだから。

君を殺したのは間違いなく、僕なのに。それなのに、君は僕に微笑みばかりを与える。


「陽灯。」


名を呼ぶ。ただそれだけで君は嬉しそうに笑ってくれる。

憎むべきなのに、恨むべきなのに、軽蔑すべきなのに、君がそんな顔を浮かべることはない。


(だって僕が君の怖い顔を知らないから。)


憎しみで歪む顔を、怒鳴り付ける様を、僕は見なかった。理解できなかった。あの日の夜に僕は君と向き合わなかった。また次の日も、僕の心は凍り付いていた。


「僕ってば本当にお花畑だね。」


アヤメに幻覚を見せられているんじゃない。アヤメの力でミハヤ自身が幻覚を見ている。都合の良い夢を。これは彼の脳で起きていること。だからミハヤは永遠にこの世界で違和感を覚えない。綻びを見つけられない。彼自身がこの世界を生み出したのだから。


「あら、私の自慢の人に何を言うんですの?」


この言葉も、怒ったように頬を膨らませおどける顔も、すべて、ミハヤだけが知ってること。


(最初のクローン体からか…、もっと前から浸蝕されてたか。)


どちらにせよ、これで術式が辿れないことに説明は着く。

それなら簡単だ。


「僕の頭をイジればいい。」


術式を思い浮かべる。目を閉じる。ただそれだけで無限に式は広がっていく。どんな書き方だっていい。最短だけが答えではないから。複雑に編めばそれだけ術の強度は増し、妨害のリスクを抑えられる。

何より、


「達成感が違うんだよね!」


そうミハヤは笑った。幼い言葉で、幼い声で、幼い姿で。

幼くなった体で一つ瞬きをすれば世界は慌てて動き始める。見えていた景色はもっと遠かったことに。香っていたはずの匂いはただの通り風に。そして音は…


「はぁ?」


なんかすっごい攻撃的な声に。


「…ノワールじゃん。」


同じく少し若くなった己の使い魔に、ミハヤは何の遠慮もなく溜め息を吐く。


「は…?…き、きみなっ、人のツラ見てそれは…!」


ミハヤは思いっきり顰めっ面をして、ついでに舌まで出してシッシッと手首を振った。


「マジでぶっ――」


また世界は切り替わる。瞬きをして世界の辻褄を合わせる。もう幼くもない背丈。考え方。

鼻を突く、この世でもっとも嫌いな匂い。その匂いに香辛料が何となく近い気がしてしまって、どうも好きになれないんだとミハヤは思い出す。

左手には重苦しい剣が赤を纏って握られている。右手で何かに凭れるように、それにぴったり体を寄せていた。


「どうして?」


問おてくるその男と、ミハヤは目を合わせる。あの日と同じようにその場から微動だにせず。

青い目、灰色の目。ミハヤと…前皇帝ユウヤ。血縁者であるはずの二人は、最初から最後まで同じ眼の色にはならなかった。

でも、あの日のような動揺は今のミハヤにない。


「こっちの台詞だよ…、全く。」


だけどあの日と同じような意味を、ミハヤは繰り返し吐いた。でも真意は少しだけ違う。同じ意味もあったが…どちらかと言えば、何でここに流れ着いたんだと言う悪態だった。


「君は、もう解ってしまったんだろう?」


苦しそうな、悲しそうな顔をする男に、ミハヤは力一杯大きな溜め息を吐いた。


「被害者面しないでくれよ。」


どうせなら、あと一秒前に流れ着きたかった。あなたを刺した後じゃなく、刺すその瞬間が良かった。もう既に治癒魔法で消えた消えたその痛みを、今の、この手で、思い知らせたかった。


「怪物は生きられないんだ…!」


「怪物はアンタの方だ!!!」


あの日叫んだ言葉は、今度は明確な意味をもった。理解が出来なかった。恐れていた。正気を失ったんだと思った。

でも今なら違う。

ミハヤは恐れてなどいない。前皇帝の言う意味を解らない訳じゃない。ただその上で微塵も理解できない。共感が出来ないのだ。


「貴方は節穴だ!数百年も僕の何を見たんだ!

 『互いに多くの勘違い?』

 違う!貴方は自分の都合の良いものしか見てないだけだ!」


あの日…、否、あの日に至るまでのずっと、言いたくても言えなかった。言い表せなかった。何と言えば届くのか。届けたところで変わることなんてあるのかと、怯え、怠けて、一つも伝えられなかった言葉を、今のミハヤが力一杯に叫んだ。

ユウヤの悪夢を見たことはない。その亡霊に恨み言を吐かれたこともない。命日を悼んだりもしなかった。でもふと思い出す度に、ああ言ってやれば良かった。こう言ってやれば良かったと、この日の復習は何千回もした!

この感情だけ、ずっと渦巻いていた。


「勝手に満足して逝くな!僕自身を見てよ!

 僕は――」


ハッと我に返り、ミハヤは言葉を飲み込んだ。頭に台本は揃ってる。誤字脱字も確認済み。あとは音にするだけの言葉を、やっぱり飲み込んだ。

言わなかった。言えなかった訳じゃない。自分の意思でこの先の台本は読み飛ばした。

けれど、もう、さっきまでの渦巻きはない。


「神なんて要らないよ。

 だって、僕が出来るもん。」


ドヤ顔で言ってやった。

あの日の僕は取り乱して、きっともっと支離滅裂だった。それでもその時の想いをかき集めて殴り付けた。

なのに、ユウヤは他人事みたいに笑う。


「あは…、確かに。君は僕なんかに似ず優秀だもんねぇ………」


殴りたくなる程、呑気に。

…でも、暴力はいけない。そう。…さっき言いかけた言葉は、単なる暴力だった。今さら死人のユウヤに、この言葉が届くことはない。でも、暴力はきっと誰に対しても…例え…、自分自身にも見せちゃいけない。

それを、教えて貰っていた。


「任せたよ、みはや。」


勝手に一人で満足して逝った男に、ミハヤは溜め息を吐く。最後まで一度も息子とは呼ばず…、違う方だけを向いてた男に。

握っていた剣を手放せば、凭れていた感触も消える。

後ろを振り替えることはない。

もう思い出したから。

ユウヤは、ミハヤを見くびって等いなかった。ちゃんと冥闇魔法も全力で使っていた。


そしてユウヤを…、前皇帝を…、かつて父と呼んだその人を殺したのは間違いなく自分自身だ。


(そうだった。)


清々しく、それ以上に心地がいい。春一番のような風が、また世界を拐っていく。今度は切り替わる訳じゃない。辻褄を合わせることもない。

この五感が、魂が、四肢が正しくある世界に。

ミハヤは目を見開く。自分が望む世界に閉じ籠る必要なんてない。ただそこにある姿をこの頭に受け入れるために。


「ユウヤ…、貴方は僕の父ではなかった。」


それをやっと受け入れられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ