表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカナの戦慄  作者: 瑞希
第十二章『Traitor』
211/226

『愛本陽灯』

「…着いちゃった。」


自分で発した言葉を、自分の耳で聞いて、苦笑する。着きたくなかったのか?と。


「いやまあ、着きたくないでしょう。」


さすがに仕方ないと思う。ここに辿り着くイコール、死の確定なんだから。みんなを救える可能性と同時に、ね。


「はぁーあ。吐いたりしちゃうかなぁ。」


やだなぁと思いながら、陣の再調整を進める。

礼人達と分かれ、友姫達と合流するまでの時間に、アンゲルスの裏口に描いていた。文字通り光の速度で。半径2、30メートルはある魔術陣を。

…ここまでの状況になるとは、予見してなかったけど。


「だからこそ、誰にも、どうにもならない。」


きっと咲空さんの千里眼すら見通していなかったはず。

こんな魔法は、あの雷の悪魔一人では発動できない。…あれはきっと、数百年の悲願の上に成り立っている。

彼方も、此方も、きっと予想していなかった…。望まないはずの展開。

誰も望まない…。


あれ


望まない事態は有り得ない…?



「あぁ…、そっか………。」


耳に降りるリミッター。地面へ投げようと、外しかけていた手が止まってしまう。代わりに、涙が地へ降りる。


「私を死なせるためかあ……ぁ……………」


解ってしまったら、もう、泣けてしまう。

私が救えるんじゃなくて…、私を殺すために、全部仕組まれてたんだ…。あの雷の悪魔の怨みや、その人の後ろにあった全部の事象。幸も、不幸も、生も、死も…。ただその何もかもが、私への殺意だけで体系化された。


「あんまりですわ…。ひいおばあさま…………。」


などと言えば高笑いでもするのだと解る程度には、あなたのことも音盤で聴いた。あなたが最高位の天才だと。全て仕組まれてたんだと。もう全部、解ってるつもりだった。


「どうしましょう……。これは……、あまりに……。」


礼人のトラウマが作られたことも、あの人の惨痛も、世界の終着も。


「私、何か悪いことしましたかしら…」


そうは言いながらも、手は陣の形成を進めていく。視界が滲んで見えなくても、手が震えても、行動が止まることはない。

それは、私が生まれる前から、決まってたことだから?


「あぁ、もう、嫌ですの…」


そんなこと考えたくない。事実だとしても、考えを進めたくない。私の生は祝福されていた。ここで死ぬために。ここで救うと決められていた。

でも同時に、私は世界の終着も聴いてる。ひいおばあさまはその事も解ってたはずで…。

でも…


「止めるわけにも、いかない…。」


救えることだけは嘘じゃないから…。そして、そうしなければ、今までの全てが無に還ってしまう。

解ってる。


「もう主観は要らない。」


私は初めから装置でしかない。運んで、前に立って、時を待って、散らばって、枷となるだけ。


「…辛いよ。でも助けたいよ。

 私が助けられたのも、事実ですもの。本当なんですのよ。」


救われた。救われてきた。


リミッターを手放し、ナイフで自分の掌を切る。


…テストが好きだった。

頑張れば、評価して貰えるから。そこに孤児とか、私の足りないものとか、何も入る隙がなかったから。

テストが嫌いになった。

努力しなければ評価されないと気付いてしまったから。

私が私の価値を、そこにしか見出だせないと解ったから。


『どうして…、そう、頑ななの…。

 貴方がお金について悩む必要は、万に一つもないのよ…!』


話して、話して、話し合って、話し尽くして、夜が何度も明けて、先生は物凄く疲れた顔をした。


『せめて、戦わない人にはなれないの……?』


顔を覆い、くぐもった声で先生は言う。

こんなに感情を出す先生は、はじめて見た気がする。でも、私はハッキリ…はい。と答えた。


『もう止めません。

 貴方が決めたことに、間違いはないわ。

 ただ貴方には帰る場所があることを、思い出してちょうだい。』


…酷く、苦しそうな顔をする貴方に、私は上手く笑えていましたか?もし、そうでないのなら、過去に戻ってでも大丈夫だと伝えてあげたい。だけど、あの時の私は…、疲れていた。努力すれば、一番になれてしまう場所に。


…死のうとしてたと思う。


周りからの期待とか。私のあるべき姿とか。孤児であることとか。何もかもの偶像を、無に還したかった。努力しても絶対に1番にはなれない場所で、徹底的に自分を無価値だと証明して。

でも思いの外、私は研修生の時、1番だった。

…嫌ではなかった。

どうしてだろう。

わからない。


ただ事実として、世界は広がった。同期と、師匠と、上司と、仲間と、部下と、同寮の人と、友達と…


「…ふっ……」


その全部の人との繋がりに、私がどれだけ救われたか。

私にとってアンゲルスが救いだった。悪魔なんて最初から関係ない。そこでの関わりこそが、繋がりが、私の灯り。


私が気付かない私を面白いと言ってくれた。色んな考えを話し合えた。ぶつかり合えた。ぶつかってくれた。思い通りにいかなくて、気付いたなら上手くいってて、それ含め思い通りじゃなくて。


「…ぁ」


ねぇ…、ああ…、もうっ!テストだけじゃ何にも解んないんだね。知ってたけど、ここまでとは思ってなかった。

だから、ね?きっと。ひいおばあさまも、ケアレスミスするんだって


「陽灯!」


信じてみたいんだ。


「ミハヤ…!」


伸ばす手すら躊躇う私。でもミハヤは躊躇わず走ってくれる。だから私は余計に苦しくて、でもやっぱりミハヤは何の壁もないみたいに私を抱き締める。

光から隠してくれる、優しい温もり。


「陽灯…。陽灯だ…!」


「ミハヤ…」


足元の魔術陣は貴方にも見えてるはずなのに。私が貴方に復讐するかもしれないのに。誰かに見つかったら、貴方は殺されるしかないのに。

ただ、貴方は、私が生きてて良かった…って、それだけなの?


「よかった……っ…!」


それだけのために探しに来てくれたの…?私は貴方のこと、信じられなかったのに…。何も返せなかったのに……。何にも残せないのに………。


「なんで……っ………」


聞きたいことも、知りたいことも、たくさんある。貴方の行動は聴けても、貴方の心は…


「うん?」


見上げると、そこには世にも不格好な人が居た。私のよく知る、泣き虫の優しい人が。


…そう、だった。

心は知らないけど、知らなくても、大丈夫。貴方は私を想ってる。日向のお茶会が証明してる。それを聴いてた。


「……嘘つき。」


だから笑えた。深く、息を吐けた。好きだって、ちゃんと受け入れられた。


「すまない。」


もし音盤を聴いた理由が、このためなら…。何て暖かな絶望だろう。例え、そんな意図じゃなかったとしても、全部、良いや。


「はい。許しますわ。」


私は笑うのに、貴方はとても困った顔をする。軽すぎるって思って、でもそれを自分が言うのは違うって考えてる。


「私。ただ、話して欲しいだけでしたの。それが出来るから、もう良いんですの。」


ぎゅーっと出来るオプション付き。ふふっ、喝采を送りますわ!


「ごめん。君の自由を奪いたくなくて。

 …反って傷付けた。」


ナーバスモードに入るミハヤに、私は余計にぎゅーっと抱き締める。何なら苦しいほどに。


「巻き込みたくなかったんですのよね。私はアンゲルスに在るから。

 もう解りましたの。」


その結論に辿り着けなかったのは、ただ私が臆病だっただけ。


「貴方は私が大好きですのね。」


そう、貴方の腕の中から窺い見る。

こんな時でも、まだやっぱり怯えてる。自分がこんなチキンでしたとは。


「もう…」


貴方はまた困った顔をして、ぎゅっと抱き締める。力は強くないのに、痛いほど。


「愛してるんだってば。」


「………ふふっ」


愛が、こんな風に暖かいものだなんて…、思ったことがなかった。痛くて、重くて、むごいものしか知らなかった。

想われる程の事をした覚えがない。だけどその想いはもう疑わなくていい。


「私も…」


同意…ではなく、ちゃんと言葉にしたい。


「…愛してますの」


顔はあげられない。この外には光が待ってるから。でも言葉は尽きない。


「愛してます。愛してる。あなたが好き。」


光に焼けてしまう前に、あなたの記憶に枯れない花を添えたい。


「大好きですの。

 涙脆いところ。冷めたお茶も最後まで飲むところ。人の目を見て話すところ。字が上手くなったところ。」


溢れて終れない。好きなところ百個じゃ足りない。嫌いなところも好きなんですの。


「君は…、本当に物好きなんだから…」


「あら、心外。

 私の自慢の人ですのに。」


彼氏や恋人では収まりきれなくて、とはいえ旦那はちょっと身勝手すぎるけど、満足だった。


「…うん。君だけの僕だよ。」


口付けを落としてくれる。それに応えられる。

触れたところから、心臓が、頭が、四肢が、暖かな感触に包まれる。


「……次は」


あなたを抱き締める腕に力を込める。抱き止めるためじゃない。生きるこの心臓ハラワタに光を差すため。


「貴方だけの私に…」


熱い。


「ぅっ…ぃ………っ……」


苦しい。


「はっ……ぁ…ぁあ……」


吐き出すような感覚。


「ぐ…ぅ…ぅぅ…っ」


ああ、そう、わたしたちのよく知る愛と似てる。

膝から力が抜ける。膝だけじゃない。全身から。血液という解りやすいエネルギー源が零れていくから。

力を失っていく私を、ミハヤは抱き留めてくれる。


「まって………? ダメ…。だめだめだめ…。」


抱き留めようとしても、私は崩れていく。必死に掴んでも、繋ぎ止めても、ズルズルと落ちていってしまう。


「僕が何とかする。だから…、こんな……。

 これは、きっと僕にも使えるだろう…?!大丈夫なんだ!何も心配することなんかないんだ!」


あなたの膝で天を仰ぐ。あなたが影になるから光は私に届かない。

曇りではないはずだけど、今日は雨みたいね。…傘を差してあげられればよかったのだけど。


「違う。僕は、ただ君を、先に彼方へ、安全なところに…」


魔術陣は廻り始める。血液そのものに、多くのアニマは宿っているから。


「…メ、な……っ」


ああ、上手く言葉が流れない。私は今、手を伸ばせている?貴方の頬を撫でてあげたいのだけど、上手に出来てる?

無駄遣いの仕方も、慰め方も、仲直りの仕方も、貴方が教えてくれたんだもの。最期まで責任取ってくれるんでしょう?


「イヤだ……。凍らないで…。

 他には何にも要らない…。君だけなんだ。何もかも償うから…。だから…!」


ああ、何だか、とんでもないこと言ってる。そんなこと言ったら嫌よ。頬をつねってあげなきゃ。ほら。つねれてる?


「ど…して、治させてくれないのぉ…?

 僕を好きだと言ったなら、側に置いてよ…。使ってよぉ……。君にとっても僕は無価値なの…?要らないの?」


ひっぱたかなきゃ…。私の可愛い人に、そんなこと言うお口はどこなの?示してくれなきゃ解らないの。


「……て……」


私の口は物凄く役立たずになったらしいわ。だからお願い。どうかその手を握らせて。触れさせて。


「…、…ヤ」


「…!

 うん…。ああ…、僕だよ!君の僕だ!」


貴方の手のひらのなかに、残された精一杯の力を込める。これしかあげられないけど、ありったけの愛を込める。愛本陽灯の全部を、貴方にあげる。


「……どうして?」


ああ、良かった。泣き止んでくれて…。


「ミハヤァ"!!!!!」


獣のような慟哭が聴こえた気がした。確かに聴こえた。聴いたよ。

ああ、光が溢れてしまう。灯りは打ち消されるしかない。でも、その前にすべて貴方にあげられた。故に、もう愛本陽灯は居ない。


ただ


「アハッ…!」


文字通りの光が、天を射殺すだけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ