『明日の話をしたい。』
「今すぐ…」
武器をぐっと握りしめ、浮き上がる筋肉の感触に浸る。
「そこを退け、迅也。」
息をして、吐いて。ちゃんとそれが疎ましいことだと体感し続けて。
「私は今、感情の抑制をする気にならない。」
それを理不尽だと考え続ける。
目の前の男のように、笑みを浮かべたりせぬように。
「随分と余裕言ってくれるじゃん?
俺だって吐き気がしてしょうがないよ。」
ぐっ…と左手で目元を抑える。
本来、敵と相対しているならばこんな隙を生むことはない。
けれど今目の前に居るのは味方で、今はそれどころではなくて、だからこそ私はあまりに研ぎ澄まされている。
「退きなさい。
お前を殺している時間が勿体ない。」
浮きそうな心臓に何とか噛み付いて、引きずり落としてるんだ。
今の私には、許されないことがなくなってしまってる。
「退かないし、死なないね。
俺はもうアドバイスしたんだ。」
意味が解らない。解ろうと思わない。
ただ私は、一直線にあなたの元へ翔んで行きたい。
いいや、だめだ。翔んではいけない。人に翼などないから。だから、私は走るんだ。
「あの馬鹿な子を止めなきゃ…」
過程はない。ただ確信があるだけ。
人が次々と力を嚥下して、天使になろうとして居る…この状況下で
「いい加減、認めたら?
君はエスタブリッシュに押し付ける他、ないんだ。」
あの子はそれでも全部を救おうとする。
「イヤだ…」
涙が落ちる。いやずっと流れていたのか。解らない。迅也は私の涙になんて感情を持たないから。
「いやいや、どう考えても今が売り時!
なんと一人の命で、漏れ無く2つの世界が救われちゃいまーす!」
喉の奥で吸い込んだ息が滑稽な音になる。
「こんな秤、2度しかないよ?」
迅也の肩に足をつけ身を縮め、その首へ剣を振る。
「だからさぁ…」
思考の隙もなかった。軌道も外れなかった。力みすぎてもいなかった。
正しく斬った。
「地じゃなくても足着いてる時点で、俺に届くわけないって」
剣は確かに通ったはずなのに、その通り道に迅也は居なかった。
いつものことだ。
私の剣はいつも正しいのに、こいつの存在そのものがずれてる。
あらゆる座標の先に、こいつの居場所はない。
「これ何回目?」
なのにそっちから、こっちは見えてるから…
「化け物が…」
こいつは人間じゃない。そんなことは解ってる。ただ悪魔でもないし、私に害はなかったから味方だった。
「ジゼル。」
珍しく、笑みのない声だった。
「どうしようもないんだ…」
迅也の眼が、私の目を見つめる。
「世界のために仕方ないことなんだ…!」
それは本当にどうでもいい。
「ここに居る正統者、能力者、訓練された隊員が全員が昇天し、天使になれば世界はどうなる?」
天使なんてそもそも知らない。人がそんな怪物になるなんて見たことがない。
今、周りに散らばってるけど。
「他国のアンゲルス隊員が来るまでに、どれだけの人が死ぬ?
幾百、幾千、幾万…?」
解ってる。そんなこと解ってる。解った上でやってんだろ。
私もお前も。
本当にここに居る全員が怪物になるって言うんなら、他国なんて待たずして、こっちから行く事になる。
「これしか方法はない。」
方法なんてない。要らない。そんな救われ方は望めない。
「何より、君の友人自身が選んだ道だろう。」
違う。
叫びたいのに、それだけの燃料がなくて、私は首を振るしかできない。
あの子の本質なんて私には解んない。
「違わなくても…。あたしは」
ただ、ただ…
「あたしたちは」
ずっとずっとあの子と会ってから、あの子達と会ってから、どんなに私が自由に跳べたか!
「息をしたんだ…」
決められた美しい高さで滑空し続けるだけだった私が、自由を手に入れたんだ!
笑ったんだ。一人じゃなかったんだ。理不尽が解ったんだ。バカが出来たんだ。共感してくれたんだ。護ってくれたんだ。手を繋いだんだ。救い合えたんだ。喧嘩できたんだ。
親友だって。私はそう思ってきた。
「何で頼ってくれないの…?」
今もずっと、向かう2つの斜線は一方通行。
声が出ないなら、指が動かせないなら、心も動けないような絶望にいるなら、それなら私が走っていくから。
何処にいても、どんなものになっても、どうなっても。
だから…
「だけど」
もし
今まで思ってきた全部のこと
その全部を
全部を集めて、一方通行だったなら
それってもう妖精と踊るしかないじゃん
「君自身も望むべきなんだ。」
いやだ。違う…。断る。そんなはずない。だって確かに私は助けられてきた。
「選ぶべきなんだ。」
嘘だ。大好きなんだ。そんなはずがない。あって堪るか…!私だってあの子をたすけて…
「これによって救われる数多の生命が祝うべきなんだよ。」
黙って、お前の広角が上がるのを待ってた。
「愛本陽灯の死をね。」
………………………………………あたしは…
あたしたちは、
ただ




