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アルカナの戦慄  作者: 瑞希
第十二章『Traitor』
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『嘘を吐きたくない。』

廃ビルの最上階で一人、銃を構えていた少女は動揺のあまり立ち上がった。


「こ…、れは?!

 みんな、体は大丈夫か!」


遥か下、眼下で鈍い輝きを放つ、真っ黒な力。


『外傷とかは、ないね~…?

 目眩ましか?』


菜友なゆちゃん怖いよぉ…』


質問しながらも、クザーヌス・菜友なゆはスコープ越しに3人を確認していた。

いぬい 末尋まつひろの言う通り、彼にも他の二人にも負傷している様子はない。

一先ず安堵して、また口を開く。


「水上さん。

 何かの模様のように見えます。効果は不明。大きさも遮蔽物が多く測りかねます。

 撃ちますか?」


少なくとも今のところは攻撃性を感じない。何かの準備段階と考えるのが自然だ。

何の効果にせよ、視界に入りきらない規模のものならば処理すべき。そう、班長である水上に伝える。


『……いや』


『即刻退避だ!!!』


割って入った声に、菜友はまた驚いた。

普段驚くことの少ない彼女なのだが、戦時中とは言え、今日はやけに驚くことが多い。


『水上くん、隊員の避難を最優先に!

 君自身もだ!』


『えっ、ちょ、ケイさん?!』


普段は落ち着き払っている班長と彩瀬小隊長の会話から、今が相当な異常事態だとやっと受け入れる。


「…死ぬと思った方が良いな。」


たぶん間に合わない。なら考えるべきは、その死に方だ。


などと考えていると、目の前に退避経路が表示される。


『な、なに?菜友ちゃん、どういうこと?どうしたらいいの?』


とにかく不安気な声を出し続けるのは、服部はっとり 淑美きよみだ。

菜友の所属する班は、本人と水上を除いた3人全員が小学生。

不安を溢すのは至極当然だ。


幸い、この三人は菜友より遥か遠く、恐らくこの力の影響から、より離れた地点に居る。

菜友は自分ができる限りの柔らかい声音を探し出す。


『退避経路が見えるだろう?

 末尋まつひろ、二人を先導しなさい。

 淑美きよみ考星こうせい、走るんだ。』


結局、柔らかいどころか、普段より少し厳しい声音になってしまった。


「わかった。…ごめんね。」


考星の言葉の意味を考えるより、菜友はいつものように反省をする。

口調が強いこと、言葉が過ぎること。

前者はいつも末尋に窘められていたし、後者に至ってはそれで深く人を傷つけてしまった。


「…友姫。」


きっとここに居る彼女の名を口にする。

どうか彼女も、仲間の三人と同様、逃げられる場所に居れば良いと思う。

ああ、でもいけない。


「…っ」


有り得もしない頭の傷が、また痛む。


悪い人である私がそんなことを願ったら、むしろ逆になってしまう。

だから祈ってはいけない。だから救われてはいけない。だから思い出させてはいけない。

だから忘れているのかも確認は出来ない。


「…?」


だから君の罪はいつまでも清算されることはない。


「なにか居るんだね。」


頭の傷を撫でながら独りごちる。

無自覚だっただけで、ずっと精神異常を抱えていたのかも知れないけど、でもそれはある種の正常(マジョリティ)


だって、ここに居る多くが、叫び出したいほどの後悔を持っている。


「私に、そんなものはない。私自身が、一番よく解ってる。」


あの日、私は親友の顔にスコップを投げつけた。嘘つきと罵った。約束を破ったのは私なのに。

私は酷く、悪い子だ。

あの子は罵らなかった。睨みもしなかった。泣きもしなかった。


私一人が悪い子だったせいで、友姫ちゃんの兄は死んだ。両親が死んだ。パパが死んだ。生まれる筈だった弟も消え失せた。ママも死んだ。


悪い子だけが生き残っちゃった。


「そんな権利はない。」


悪い子はもうなにも許されない。


「…でしょう?」


いいや後悔している。後悔すら許されない罪など存在しない。何かを感じる権利は死刑囚にだってある。


「…随分と、私に甘い幻聴。」


不思議と手に力が灯っていくのが解る。もしかしたら幻聴ではないのかもしれないけど、それを解明する意味はない。

ああ、だけどもし


赦されるなら


違う。赦しなど必要ない。


ただ本当に望むべくは


「…ふ……」


何故か、広角が上がる。


「アヤカシ全部を殺したい…っ」


音が流れてしまえば、体は一瞬で熱くなる。いな、今まで殺していた熱が戻る。本当の、思いを、考えを、欲を口に出したから。


「ああっ、そうだ…」


この世界全部に存在するアヤカシを、懺悔もろとも殺しさって、初めから存在してないことにしたい!

本当を嘘に変えてしまいたい!!!


そうすれば友姫ちゃんは本物の嘘つきになってくれる。

そうすれば家族は笑っててくれる。

そうすれば私は悪い子じゃなくなる。


だから


「これ意図して動いてる?」


『は…?」


「おっけ」


目を見開くと同時に、菜友の体が大きく蹴りあげられる。


「うっ…ぐ……?!!」


少なくない痛みを感じながら目を見開く。


…可笑しい。


視線の先には人がいる。可笑しい。その人がいる地点が、明らかに地上だ。私を蹴りあげたのは、その人物であるはずだ。可笑しい。私は、今の今まで、ビルの上に。いったい、何が、どういう。


「ヤバいなこれ。

 洗脳系の力って理解でおけ?」


「いや改造人間Nでしょ」


「言ってる場合か。」


重力により地面に叩きつけられながら、聞こえるその声は、菜友にとって聞き覚えしかなった。


「三馬鹿…?」


なんとか左腕で上半身だけ起こし、その3人を視界に収める。

土方、美須々、斉賀の三人。菜友の同級生だった。


「んん?意識あるくね?

 何これ、めんどくせー!」


土方ひじかた 歳三としぞうは私らの世代で一番強い土の能力者だったはず。

敵に回したら厄介この上ない。


「はっ…!?

 逆に洗脳されているのは俺達の方で、味方だと思ってるのは俺達だけ」


美須々(みすず) 秋一(しゅういち)も確か能力者で風だったか植物だったはず。だけど能力は使わない。


「だから馬鹿。

 話をややこしくすんな!」


斉賀さいが 遊戯ゆうぎ、能力なしだけどフィジカルお化け。それで友姫の友達、だと思う。


三人纏めて、特に敵に回したらいけない。


「なんで私は蹴られたんだ?』


立ち上がろうとしたけど、自分のようで違う声に、私はそのまま伏せる。

何か異常なことだけは解る。とにかく仲間に危害を加えるだけは避けなければいけない。

まず、何か、情報を


『なニがどういう…、…?!」


ガラスが落ちていた。恐らくどこかの建物の窓ガラスだったもの。


そこに、私でないものが映っている。


蛇のように蠢く髪、肉が溶けてしまったように所々露になる骨、不気味さに不釣り合いなほど美しく生える白い片翼、そして無い眼。

今、現に、この視界を理解しているのに、でも、私の目のあるべき場所にはなにもない。


『これでよく私と認識したな。』


空っぽの暗闇。


「友達なもんで!」


美須々のその明るい声が、余計に現実なんだと思い知らせる。

いつもそうだ。美須々は、この三馬鹿は底抜けに明るくて…、前も


『…前ってなんだ?』


ふわりと体が軽くなる。


「正面じゃね?」


「過去じゃね?」


「もうどっちでも良いよ」


片翼が勝手に動き出す。一枚しかない翼が動いたところで何の意味があるのかと思う。


『寒い』


なのに、体は浮き上がる。


「え、俺らの会話が?」


「ごめんやっぱ黙って。」


そう言いながら武器を構える三人。

濃い。ちょっと濃い。薄い。

薄いのは変わり種としても、やっぱり濃いのが一番美味しそう。


『主食、主菜、汁物』


これで三つ纏めて美味しく食べられる。


「副菜は?」


言われて確かにと思う。確かに、これはよくない。きっとバランスが悪い。


『悪いのはいけない。許されない。悪いから正さないと。悪いことを考えた悪い子は殺してしまわないと。』


私の声が明らかに私の声じゃない。リフレインされてるような変な感覚を覚える。

悪いのは、確かにいけない。ただ今は凄く寒くて痛くて。


「今生きてないからノーカンじゃね」


ない眼が、それでも見開いた。私も、私じゃないものも、虚を衝かれて。そして解離する。


美須々の声だった。そうだ。前も土方がふざけて、美須々がもっとやらかして、斉賀が収集させようとしてトドメを刺すんだ。


生きてる(生きてる)存在してる(生きてる)楽しんでる(生きてる)!』


体がふわりと動き出す。蛇のような髪が勝手に蠢く。ない眼から何かが零れる。


いいや。違う。生きていない。


だって心臓が動いていない。だって心が伴ってない。だって未来がない。


「くっそ…。いつもの倍以上に強い。」


今更…。鼓動を真似てみても、笑ってみせても、生殖器を造っても、そういうことではないんだ。

そういうことでは、ないんだよ…。


「切っても切っても終わんねぇよ、これ!」


私は望んでない。こんなもの欲しくない。そんな力を望んだんじゃない。

違う。違うんだよ。


「でも換装を壊したら本当にどうなるか、解らない!

 本部からの返答を…!」


アヤカシを滅ぼせたとして、みんなが居てくれないなら何の意味もないんだ。


「絶対、人間に戻すからな…!」


アヤカシは生物には成らんよ。


『ァァぁァァアあアァアアあア!!!!!!!!』


視界が映る。紫の光が溢れている。この光だけは生きてるように思う。

だから、たぶん、私達が解り合えないだけじゃないかなと思った。

思ったからって、もうどうにもならない。


「チィッ…。

 ――土よ、我らを守る障壁となれ!――」


どうしてこうなったのか解らない。現状が未だに理解できていない。

明確なのは、私でない私が、仲間を傷つけたこと。そしてこれからも。


『まだちゃんと私だ。」


成り変わってしまったなら、迷うことは何もない。


『――纏めて、

   集めて、

    廻って、

     掻き乱して。

      路傍のアヤカシから散らしなさい――」


そう唱えて。呪って。祈って。呪って。


「…菜友?」


私自身を貫こう。


「悪かった。』

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