表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカナの戦慄  作者: 瑞希
第十二章『Traitor』
207/226

『貴方にしか出来なかったから。』

漆色の魔法陣が、暗闇であるはずの輝きを放ち、広がる。展開されていく。


『待って待って、これどう言うことだヨ?!』


イーサンの焦った声が、非常事態を伝える。

誰もが目を見開き、状況を理解を試みていた。…もしくは、免れない絶望に気圧されていた。


そのなかで、真っ先に泰芽さんから全隊員へ通信が入る。


『全軍退避だ!!!

 一歩で良いからあれから離れろ!』


同時に、退避するための最適通路が視界に映し出される。


魔方陣は既に展開されてしまった。今、術者本人を討伐できたとしても、不完全なまま暴発する危険がある。

状況を最小限に押さえるにはそれが最善かもしれないけど…。それは、私の目の前に居る人々を助ける方法にはならない。


踵を返しつつ、苑と友姫にそれぞれ合図を出していると、動こうとしない綾雅が目に入る。


「闇の力だ。でも、華綾のもとも違う。

 あれはどちらかと言うと…」


慌てて声を掛けようとして、やめた。天莉愛さんが力強く綾雅のことを引っ張ったから。


「言ってる場合?!あれが何を起こすかを先に考えろ!」


だから安心して、私は端末を通して時限爆弾を投下した。

そして、礼人が居る方を振り返って口を開く


「礼人、後生がありますの。」


『イヤだ。聴きたくない。』


私の至上最大の願いは、間髪入れずに断られてしまった。

でも断るなんて選択肢はありませんのよ。


「私の家族を守ってください。」


こればっかりは嫌とは言えないでしょう?


『断る。』


想定外の言葉に、つい言葉を失ってしまう。

こんなにしっかり断られてしまうとは。


『お前が自分で守れ。

 オレはオレの家族も、もうムリなんだ!』


そんな…、堂々とヘタレ宣言をされましても……。

困りましたわ。こんなしっかり開き直った礼人をどう説得すれば…?


『だから』


急に静かになった声音で、こちらへ向け銃を構えた。


『死んでも、生きて帰ってこい。』


放たれた弾丸は、私の背後へ。


「……ここまで手段を選ばないとは思ってませんでしたの。」


背後には、今まさに私へ剣を振り下ろそうとしていた綾雅が倒れていた。


「…っ、何でだよ。」


倒れたまま、それでも視線だけ上げて綾雅は私を非難する。


「師匠!なんでどっか行こうとするんだ!」


その換装は既に解けている。

だから私はただ、穏やかに彼の前に膝をつく。


「私にしか出来ないことだからですわ。

 あの暗闇に対抗出来る力は、世界にここしかない。」


もし愛雅さんが…、倖架さんが、…他の正統者レジティーマでも万全であれば…、少しは違った。


もう発動してしまったものをどうにかするには、その倍以上の力が居る。

ましてあれは…、命を懸けた暗闇の力。原初の、本流の、人が望んだ力。


「…実は、こうなるかもしれないと思って準備してきたんです。」


アカシアさんと会って、思い出して…、確信した。これと同じ現象が起きると。

予想外に人為的なものではあったけど。


「私は光芒の能力者(レジティーマ)です。

 必ず、私の光を届けますから…。

 どうかこの大地を歩み続けてください。」


祈りを押し付けて、私は立ち上がる。


「師匠!」


声の速さは、光には追い付けない。






「…黒い………」


ズキリと痛む頭を、手で押さえる。同時に心臓の鼓動が速くなり、頭のなかに意味のない映像が延々と流れる。


「なんなんだ…?」


綾雅の父親から、全員退避という命令が出され、本部からも退避通路が出された。

でも本能は、意味がないと告げる。


違う本能じゃない。これは感情だ。感情が、叫んでる。


「なん…?」


走馬灯のように流れ続ける映像。

母親の顔、朝飯を一緒に食べる暖かさ、遼ニと遊んだこと、あの公園の


「っぅ…!」


痛みに歯を食い縛る。耐えるためではなく、それが当たり前であるから。


「知ってる。」


知っていた。見たことがあった。解っていた!!

俺は…、あの暗闇の魔法を…、違う魔法じゃない。その現象を目の前で見たんだ!!!


「堕天…、いや昇天…。」


どちらでも良い。

とにかく、とにかく、あれは、この現象は、今から起こることは、


「俺達を、いや仲間ごと全部、堕とす(昇げる)気か…!」


人為的に、他人()の手で、俺達を天使に、仲間達を悪魔にするつもりなんだ…!

腸が煮え繰り返る怒りに、俺は銃を構える。


許されざる行為だ。起こってはならない現象だ!!

あんな、あんなものを、人に強制されて…、なんの意味もなく化け物にさせられるだと…?!


「そんなもん望んでねぇ!

 俺は絶望しない!後悔だってしてねぇ!

 俺は…!」


俺は?…本当に後悔してないのか?今まで生きてきた人生のなかで、一度でも悔いたことはないのか?


思考が気付いてる。これは魔方陣の影響だ。俺の中に潜んでる何かが、俺を誑かそうとして居る。

だが…。そう。これは嘘じゃない。


悔いたことはある。少なくとも俺の人生は後悔まみれだ。理不尽に怒ってばっかだ。


「違う!いや違わないが、それ以上に!後悔しても、悔いてないんだ!」


母のことも、父のことも、何より佳純()のことも。もっと自分が優秀でさえあれば、バラバラにさせることもなかった。

それ以前に生まれてこなければ。


「黙れ!!

 佳純は俺を誇り思ってるって言ったんだ!だからもう俺はこれで良いんだ!」


俺は?ハッ。俺は、良いのかもしれない。

けれどあの時のように…、力を得ることで何かを変えられるなら。

もう、どうしようもない場所まで進んでしまった、その事実さえ塗り替えられるなら。


「…そうだ。」


そうだ。だから空へ。


「いやそれ以前に、アイツなら止めるだろ。」


そうだ。愛本はきっと理解する。根拠はないが、確信が持てる。それに天莉愛も。

だから天莉愛は必死に綾雅を遠ざけようとするし、愛本は


スコープ越しに確認すれば、話しているらしい。方角的に相手が礼人さんだと解って、確信した。


「…死ぬ気だな。」


愛本は光の能力者だ。でも、あの時、確かバーネットという人と話した、その時。豆大福を助けるだけでも、疲れていた。

そのあとも色んな生き物を助けてたけど、その全部が中型以下の動物。


「絶対に無理だ…って、解ってるだろう?」


例え命を懸けたって、あの魔方陣に巻き込まれた全員を助けられるわけがない。

精々助けられたとしても、礼人さんと、綾雅の二人だ。


「っ…」


また頭痛がする。激しい、締め付けるような痛みと、刺すような痛み。

唇を噛み締め、痛みを痛みで紛らわす。


「愛本はやる。」


そしてやった以上、それは必ず意味を成す。


考えろ。考えろ。何が優先だ。何をすべきだ。


「俺は」


何がしたい。俺自身はどうしたいんだ。

ここには姉が居るぞ。母も居るぞ。恐らく、父だって居る。友人も居て、仲間も居て、そして敵も生きている。

数分後にはそれらすべての尊厳が吐き捨てられる。

もちろん、自分を含め。


その上で、それを理解した上で、さぁ、俺は、どうしたい。


「どう…?」


改めて考えると、物凄い難問に直面した気分になる。


「…。」


誑かす何かに、今度は自分の意思で歩み寄る。そして、その手からすら離れて、奥地に一人で立つ。

自分自身の真ん中にある、重さを持ったものと、温度を持ったもの。


「どっちなんて、迷う意味もないだろ?」


その一つを選び取る。


「復讐だ。」


俺の意思を形容するのにピッタリの言葉だった。

俺は、復讐(avenge)を望む。全ての行いには、相応しい報復が必要だ。

そうであるべきだ。


「アンタも。そう思うでしょ、師匠(礼人さん)?」


当然、比べるまでもなく師匠は誰より愛本を慮ってる。だからこそ止めるし…、そう綾雅だって。側に居ないだけでジゼルも。


そうだ。だから。


「………は…、」


綾雅が倒れた。

たぶん、力ずくで愛本を止めようとしてた綾雅が。


撃たれた。


撃たれたんだ。


斬られたんじゃない。殴られたんじゃない。


撃たれた。


「礼人さん……………?」


激しい頭痛がする。熱が暴れる。目が押し上げられる。


「なんで…アンタが……」


理不尽だ。これこそが理不尽だ。あまりにも、あんまりな、余りある理不尽を見た。


「アイツの死を肯定出来るんだ!!!!!」


よりにもよって…、どうして貴方が、邪魔するんだ…。

そんなはずない。そんなはずないだろ?

貴方はそんなことを受け入れられるわけがない。

受け入れて、その後が存在できる人じゃない…、なのに。


「なんで」


助けないんだ。


「アンタが助けないなら…、………誰か…」


銃を構えていた指先から、力が抜ける。そして頭痛が収まる。


「誰も、助けないのか?」


本当に、この世界でただ一人も、アイツを助ける人類はいないのか?

助けられるんじゃなくて、助ける人は。


独りのまま、アイツは死ぬのか?


「そんな筈ないだろ…。少なくとも1回はアイツに助けられた筈だ…。」


なんでその報復がないんだ…?


「復讐…」


そう、復讐だ。今の今、ハッキリ口に出来たことを…、違えはしない。


ないはずない。そんなはずない。そんなことが許される道理は、どんな世界にだってない。


「報復を。」


綾雅が出来ないなら、ジゼルが追い付けないなら、誰もしないなら、アンタが邪魔するんなら


「俺がする。」


そう覚悟を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ