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アルカナの戦慄  作者: 瑞希
第十二章『Traitor』
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『第一空挺団の右腕』

――注意を逸らしたかった…?


「イーサン!」


厳密なことは解らない。何より目の前の敵から、例え一瞬でも注意を反らせるほど余裕は、今の綾雅には無い。


――ただ、今の一言だけでも充分なはずだ。


『友姫ちゃん!警戒を…!』


綾雅の考え通り、すぐに情報が全員へ共有される。

友姫と対峙しているリームが大きな魔法を使おうとしているらしい。

その友姫を守る為か、最前方に居た陽灯が振り返る。



――は?


それを見ていた綾雅の眼に、大きな光が視えた。イーサンの言うそれより、遥かに大きい…、深紅の色が。


『あっ、ちが…!狙いは泰芽さんだ!!』


リームも、確かに間違っていない。大きな魔法を使おうとしている。

けれどそれさえも目眩し…。


――師匠が相手してる…、あの女……!


パヴリーナが誰にも邪魔されず、その力を確実に奮うため。


「ああ。解ってるよ。」


光が迸った。陽灯を、友姫を、心結と伊菜褒を、綾雅と、天莉愛。そのすべてと音さえ置き去りにして、輝きが走った。


雷光が。


「初めまして、と言うべきか?

 大罪人」


轟く雷撃が、赤黒い猛火にぶつかる。双方は真っ二つには割れず、互いに混ざり合い、巻き込み合い、更にその強さを増していく。


「いや、解ってるよ。」


離れても聞こえる己の父の声が、綾雅にとって嫌な色をしていた。











また面倒臭そうな隊長になっちゃったなぁ…


「はじめまして、暴食が国から来ました!

 リーム・ムーアです!」


もう幾年前かも思い出せないその日。私はいつものよりに飛びきりの笑顔をひけらかしていた。

これから上司になる女性へ。


「ああ。」


口の軽い門番さんやメイドさんの言ってた通り、隊長は気難しそうな人だった。

深く刻まれた眉間のシワと、化粧してても解る隈、それから…


「…パヴリーナだ。よろしく頼む。」


笑顔への警戒。そして、名字を名乗らない。そもそもないかもだけど…、傲慢が国の人だから可能性は低い。


第1空挺師団、唯一の分団長だし…。立ち振舞いからしても実力者ってわかる。

けど、訳アリって感じがぷんぷんするなァ…。


「それと、帝国軍で出身国を名乗る必要はない。誰かに命じられたならば報告なさい。」


無邪気な笑顔への僅かな警戒。…規則より僅かに人情を取るタイプかな?


いやァ…。その上、何より、それよりも…


(皇帝とずぶずぶとか聞いてなぁ~~い~)


情婦?異母兄妹?親戚?取引相手?まさかの友達?それはないない…


「リーム・ムーア」


「は、はい!」


あれ、なんでもう怒られモード?話とかはちゃんと聞いてたはず…。


「私はミハヤの情婦だ。」


「へっ…」


これは間違いなく嘘だ。私の態度に出ていた…?そんなはずはない。まさか隊長に聞こえる場所でそんなことを言ってる馬鹿が…?

それより、これより、私、さっそくクビにされる…?


困る。それは困るよ、困りまくるよ!!

弟のためにお金も立場も必要なんだから!


「と、言っても聞き流されるくらいの立場にはある。」


笑った…………?

というかこの人、皇帝の名前呼んだ?!!!しかも名前!!苗字じゃなくて?!?!!


「隊員一人を移動させるくらい造作もないと言うことだ。」


ふと、その瞳の色を見てから、やっと私は自分が一度も相手のことを見ていなかったと気付く。

観察はしていた。どう接すれば一番有利に進めるかを考えるため、その人の資質が知りたくて。


その色が私よりもずっと濃い…いっそ黄金にも見える黄色だと、やっと気が付いた。


「…左遷、じゃあなさそうですが………」


つまり、要するに、この人は…傲慢が国の出身なのに、暴食が国の妖さんに物凄く愛されてる…。世界に愛された…、とんでもない魔力持ち。


友達って言うのも、案外遠からずだったのかも。


「私が使い魔を憎んでいると言うのは、間違いだ。」


は?


「……あは。」


笑った。反射的に笑った。


嫌で嫌で嫌いで嫌で嫌いでイヤで嫌いで嫌でキライで嫌でキライ嫌でイヤで嫌いでキライで仕方なくて。


使い魔を対等に?


そんなことを言う人、掃いて捨てるほど居る。吐いて。そんな。嘘を。


だからもう嗤えてしまう。その言葉を求めてるなんて勘違いできる魂胆が。


ああ、でも、いいや。


「だから私に名乗らなくて良いと仰ったんですね。既に調べあげているから。」


私の弟に近づいた。


「そうです。はい。ええ。」


それだけが問題。


「私も、弟も、使い魔が村の出身です。

 そうですよ。使い魔様様の血族でありながら、私の魔力は普通以下。」


村のなかじゃ私は、落ちこぼれなんてレベルじゃない。ただ魔力が低いそれだけで病気を疑われてきた。健康と解ればその次は不貞…。


「弟に至っては無心(魔力なし)者!」


母は弟が生まれた3日後に命を経ち、父も私が成人した日に死んだ。私は家を燃やし、村を出た。たった一人の弟と。


けれど弟はすぐに倒れた。


「でも魔力の枯渇はする。弟は魔力の器だけは使い魔に匹敵するほどだった。」


弟には魔力が必要だった。

今までは、豊富な魔力がある使い魔の村に居たから…、弟は生きてこられた。


私の行動が、弟を死へ追いやっている。


「たった一人の弟すら救えないエリートですが、何か!」


だからって同情される謂われはない!生き方を制限される理由もない!私も弟も!好きな場所で好きなように好きに生きる!


「使い魔は尊いですか!素晴らしいですか!憎んでますか!恨んでますか!使い魔が村の出身と言うだけで色眼鏡でしか見れませんか!」


早鐘の心臓のままに睨み付ける瞳は、やっぱり物凄く黄色くて怖じ気づく。村にだってこんな濃い人は居なかった。

でも、なのか、だから、なのか、少し穏やかな呼吸で、私はハッキリ続けた。


「私は私です。唯一の主なんて持ち合わせてません。この国に奉仕する気など毛頭ありません。」


厳密に言えば、魔界と言う世界そのものに。暴食が国も、この帝国も、行く末がどこになろうが知ったことじゃない。王様同士で勝手にやってろと思う。


「私の魔力では貴方の前髪を飛ばせる程度でしょう。」


その黄金のような眼を真っ直ぐ見つめ、私は堂々と一歩前へ進む。


「どうぞお喜びくださいな。

 私の全霊を掛けて、とびきり素晴らしいヘアスタイルを御覧に入れます。」


言った。


言ってやった!


毎晩、寝る前に枕で言い続けた口上をついに現実で言った!姉貴はとうとうやったよ!!!

すんごい心臓うるさい上に、なんならちょっとチビってるけど、でも、噛まなかった!!言い切った!!!わー!!


クビだわ、これ!


え?クビで済む?違う首??わっはー!バカな姉貴をそれでも愛してー!!愛してるって~?!ちょっとは恨めー!!!!


「使い魔が村って、そんなに過酷な場所なのか………?

 もしくは暴食が特別そうなのか…?」


??????


「というか、無心ムシンって…随分と古風な言い回しをするな…。

 魔力が全くないと言うことだよな?」


じぇ、ジェネレーションギャップですと………??あなた私より年上ですよね……??あっ、この人、傲慢の人だったわ…。くそぅ、都会人め…!


「いや、すまない。

 てっきり私が使い魔嫌いという噂から警戒されてるのだとばかり…」


………………上司が、気まずそうに、申し訳なさそうに、視線をチラチラと泳がせています…。

私は、そっと両手を、そうです。ハンズアップし…、膝を付きました。


完全に、私の勘違い暴走。


「マジですいません!!

 煮るなり焼くなり殺してください!」


いやマジで本当に埋めてください!!!

すみません、そこまでは調べてなかったです!うわーーーー!はずかしい!恥ずか死!!


「いや、何というか…。自分を著名人とでも思い込んでいたようだ…。気恥ずかしい。」


チラッと片目だけで上司を見てみると、片手で口を覆い、若干頬に紅潮を乗せてらした。


アッッッッッ


照れてる!照れてるよ!!弟!!うちの上司照れてる!!見て!!見に来て!!!無理?!!そっか!!!!


「その、なんだ。…ゲホンッ。」


咳払いした……。自分で仕切り直したぁ……。


「宜しく頼む…、ということで良いだろうか。」


毅然とした声音で私に手を差し出したその人は、その紅潮を耳に残していた。

きゅんっと心臓が射ぬかれたのを感じる。高陽を知る。そして受け入れる。


ドキドキと初めての体感なのに、一つも怖くない。驚かない。


私は高鳴る心臓に手を当て、正しく跪く。


「我が信念と、親愛と、心臓は、あなたのために。」


これは確信だ。私は必ずあなたを主と呼ぶ。あなたは必ず私を右腕と呼ぶ。

なるほど。

やっと解った。

これが使い魔たちの気持ちだったのだ。


こんなに甘美で、心地よく、愛しく、心臓が焦がれるような想いを無視できるはずがない。


だけど。いいえ、私が私であるからこそ。

あなたは王にならない。私は使い魔ではない。


ただ…


「大袈裟だな」


あなたの行く末を、素晴らしく整えて御覧に入れます。

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