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第9話



「遅い! タカシ遅いよ!」


 ファンタジアへログインした高志は、あまりに暗い周囲の光景に戸惑いを覚え、何か別の場所に飛ばされでもしたのだろうかと慌てたが、しかしリーベルの少し拗ねたような声が聞こえ、そうではないと気付かされた。


「リーベル? いるのか。どこだ?」


 声の方向にある暗闇の中の薄ぼんやりとした影を追い、手を伸ばす高志。彼はやがて指先が何かやわらかいものに触れると、驚いてそれを引っ込めた。


「なんだ? 何かあるぞ?」


「残念だったな。それは僕のおっぱいさんだ」


「嘘つけよ! お前のはもっと下にないとおかしい…………」


 言いかける高志。しかしようやく暗闇に慣れてきたらしい目が視界を捉えると、驚いた事にそこには、高志の方を見てしっかりと立つリーベルの姿があった。


「ふふん、凄いでしょ。凄いでしょ」


 両手を腰に当て、大袈裟に胸を張り、自慢気な様子のリーベル。限界まで横に広げられた笑顔の口からは長い犬歯が覗き、下唇に少し引っかかっている。高志が「歩けるようになったのか?」と尋ねると、彼女は「それは無理」と顔の前で手を振った。


「タカシがログインするのが見えたから、慌てて立ち上がっただけだね。歩こうとすると、やっぱぎっちょんがったんする」


「新しい擬態語だな…………しかし、そうか。立てるか。一歩前進だな」


「ふへへ、崇め称えよ。我を崇め称えよ」


「いや、偉いとは思うが、崇めるのはなんか違うだろ」


「うひひ。でも、背中に乗せるのがちょっと楽になるよ。しゃがまなくて済むでしょ?」


「ん? まぁ、そうだな」


 そうしょっちゅう乗せたり降ろしたりとするわけではない為、高志自身はどうでも良かったが、しかし話を合わせておく事にした。せっかく喜んでいるのだから、水を差す必要はない。

 高志はリーベルの人懐っこい笑顔が気に入っていたし、笑顔とは人に伝染するもので、気付いた時には高志も笑顔になっていた。もちろん美人の顔付きには似合っていなかったが。


「ちなみにだが、この暗さはやっぱり夜か? 思ったよりは明るいが」


 場所は昨日ログアウトした、水辺のすぐ傍とみて間違いなさそうだった。相変わらず藪が酷かったが、水源となる岩場付近はぽっかりと草がなくなっており、少し離れた場所に積み上げられた草がこんもりと山を成している。

 明るさは、現実世界の月が出ている夜道と同程度。見上げると満点の星空と巨大な衛星がひとつ空へと浮かんでおり、それに薄らとした雲がかかっていた。


「うん。さっき日が落ちた所だから、まだまだ夜は長いと思う」


 高志の質問に、笑顔のままのリーベルが頷いて言った。高志はそんな彼女を見やると、顔や手足こそ綺麗なままだったが、土汚れにまみれた彼女の服に気付いた。


「そうか…………しかし広いし、使いやすくなってるな。小さい頃に作った秘密基地を思い出す」


 不自由な体で苦労したろうにと、しかしそういった憐憫の情は出さないようにした。すると彼女は目を輝かせ、「でしょ? でしょ?」と両手を大きく広げて周囲をあおいだ。


「ここを探検の拠点にしようと思ってさ! おっととっ」


 バランスを崩し、尻もちをつきそうになるリーベル。高志は咄嗟に彼女の腕をつかむと、立たせるのではなく、そのまま勢いを殺して座らせてやった。


「にしし、ありがと。あ、これ食べる? 結構いっぱいとれるよ」


 リーベルがお礼と共に、思い出したかのように草に包まれた何かを差し出してくる。高志は手の平サイズのそれを受け取ると、葉をゆっくりと開き、そして中身を確認すると、そっと閉じた。彼が「何の肉だ?」と尋ねると、リーベルは「ネズミ」と事もなげに答えてくる。


「お前、やっぱ凄いな…………だが、まぁ、あれだ。まだ空腹の表示はない」


「そう。蛇より全然おいしいよ? いってみそ?」


「そうなのか。いや、だから腹減ってないんだって」


 食べろ食べろと言ったジェスチャーをするリーベルに、顔を引きつらせつつ断る高志。彼は話題を逸らすために「どうやって獲ったんだ?」と尋ねると、「これ」と差し出された木の棒を受け取った。


「槍か。おぉっ、結構鋭いな」


 1メートル程の長さの木の棒は先端が鋭く尖らされており、荒々しい削り跡は恐らく石にこすり付けて加工したものと思われた。


「タカシの分もあるぞよ」


 リーベルが少し離れた藪の元へと這って行き、そしてもう1本の、少し大きめのサイズの木の槍を手にしてくる。高志はそれを受け取ると、礼を言ってからその感触を確かめた。高志自身武器の必要性は感じていたので、非常に有り難かった。


「うん、良さげだな。ありがとう。ちなみに、何かわかった事はあるか。ゲームのシステム的な事や、周囲の事とか」


 高志の質問に、リーベルはあごへ手をやり、少し考える様子を見せた。


「肉は、だいたい丸一日くらいで腐るよ。ちゃんとメッセージに出たから」


「お、それは重要な情報だな。丸一日か…………火を通せばかなり伸びるはずだが、どうなんだろう」


「目指せ焼肉だね。地形については、迷子にならないようにしてたからわかんない。どこもかしこも木と草とネズミばっかだよ。ネズミはジャイアントラットっていう名前」


「そうか、わかった…………しかし、生肉を喰らう槍を手にしたふたりって、まんま原始人だな。もしくはそれ以前か。文明の香りは服くらいしかないぞ」


「あはは、そうだね。でも楽しいよ!」


「そうかい。そいつは結構だ…………にしても、夜なんだよなぁ。どう考えても探索は無理だ。迷う」


 便宜上月と呼ぶ事にした衛星の明かりは有り難かったが、しかし明るさでいえばやはり昼間のそれとは比べ物にならず、草原ならまだしも、森での行動は危険だった。迷う可能性が非常に高く、それに影と見間違えた鋭い石でも踏み抜こうものなら、それだけで大怪我に繋がってしまう。


 いくら痛みは鈍いとはいえ、痛いものは痛いわけで、怪我の類は出来れば避けたい事案だった。治療についてがどうなっているかは現時点ではわからず、下手をすれば死に繋がる可能性もある。


「じゃあ、基地造り?」


 槍を手にしたリーベルが言った。高志はしばし考え込むと、「そうだな」とそれに頷いた。


「水場があるという事は、野生動物…………といっていいのかわからんが、生き物が寄ってくる可能性がある。それに今は晴れてるが、もしかしたら雨や何かが降る可能性だってあるぞ。雨宿りできる場所を見つけておきたいな」


「なるほど。でも雨が降ったらログアウトすれば良くない?」


「…………その発想はなかった」


「にひひ、伊達にゲーマーじゃないですよ。ちなみに動物対策って、柵とかそういうの? 蛇とかちょーでかかったけど、そんなんでなんとかなるの?」


「ならんだろ。だから穴を掘る」


「穴?」


「そうだ。俺たち自身の身はまぁ、逃げるなり戦うなりするしかない。木の上だって安全じゃないし、下手に洞窟にでも行こうもんなら追い詰められちまう。守りたいのは道具や食料だから、臭いが出ないように埋めるのが手っ取り早いだろ」


「埋めたくらいで何とかなるのかなぁ?」


「ならんが、やらんよりはましだろ。リスだってそうやって隠すんだ。あぁでも、小動物が追い返せる程度の柵は欲しいな。そういや茨みたいな草をどっかで…………」


 高志は会話をしながら頭の中で算段を整えると、必要になりそうな材料を頭の中に羅列していった。埋める際に物を包むための葉。柵の支柱とする太めの木の枝。支柱同士を繋ぐツタに、その間を埋める細かい枝を持つ木の類。


 最も重要なのは掘るための道具だったが、これは豊富にある石が役に立ちそうだったし、幸いにも地面は豊富な腐葉土により柔らかかった。


「にしても、拠点か…………」


 実際の所、リーベルの言うように簡単に肉が手に入るのであれば、拠点など作らずとも問題ないと言えた。川沿いを移動すれば水の心配はなくなるわけで、わざわざ水源近くに固定された居場所を作る必要はない。


 しかしネズミが豊富だというのは単に運が良かっただけかもしれないし、時期的なものかもしれない。いざという時の為に食糧の備蓄がないというのは心細く、避けたい事態だった。生肉では備蓄もくそもないが、しかし火さえ起こせれば話は変わってくる。


 また、死んだ後やはぐれた際の合流地点を決めておくのは良い事だった。矢印を追えば問題がないとは言えたが、しかしここでは何が起きるかわからず、また、矢印が直線方向を指し示すのに対し、森での移動は起伏や障害物のせいで大きく迂回する必要もあるので、全面的に頼るわけにもいかなかった。


「…………迷子にならんよう、行動は川沿いで行おう。最も望ましいのは人が生活する痕跡を見つける事だが、それはまぁ、あまり期待しない方がいいな」


 定期的に水汲みをしにくるような場所であれば、獣道じみた道なりなんなりがあるだろうし、もう少し藪を刈るなりして整備されていてもおかしくない。


 今周囲にあるのは自然そのものといった体の森でしかなく、異物は自分達とリーベルが整えた小さな空間くらいのものだった。


「そいじゃ出発かな? 出発かな?」


 うきうきとした様子のリーベル。高志は何がそんなに楽しいんだかと若干あきれつつも、こうして知り合った相手が無口でなくて良かったと安堵もしていた。これが気の合わない相手だったり、会話の続かない相手だったらと考えると、ぞっとする。


「あぁ、そうしよう。お弁当は持ったな?」


 手元の葉に包まれた肉を掲げる高志。リーベルが「はーい」と返事をし、同じようにブロック状の葉を掲げてくる。高志はそれを受け取ると、依然と同じようにバッグの中に仕舞い、腹の方へ下がるように調節し、そしてしゃがみ込んだ。


「や、だからしゃがまなくても大丈夫になったんだよ!」


「おぉ、そうか。すまん。前のクセでな」


「よいしょっ…………はいよ、シルバー!」


「だから俺は馬かっての」


「僕が一番タカシをうまく使えるんだ!」


「タカシ、大地に立つ。ってうるせぇよ。お前、年の離れた兄貴がいるだろ。ネタが古臭いぞ」


「うっ…………否定できないけど、黙秘します」


 高志はリーベルを背負ったまま立ち上がると、前よりも慎重に足を進め、川沿いを進んで行った。彼は途中途中で使えそうなものがあれば目立つ位置に放り投げ、帰りに回収できるようにしておいた。


「お前、目がいいんだな…………あぁいや、これはスキルのせいか?」


 移動を開始してから1時間程が経過した頃、ネズミを串刺しにした槍を持つリーベルへ向かい、高志が言った。


 リーベルは「ネズミがいるよ」との声と共に高志の背中からそっと降り、そして器用に地面を這って藪へと近寄り、そして一撃の元にネズミを仕留めたのだ。


「夜眼が高いからかな? 今2.2になったよ。高志は?」


「俺は、さっき0.12になったとこだな…………しかしお前、結構ぶっ続けでやってたんだな」


 時折高志の視界にも「夜眼よるめ」と呼ばれるスキルが上昇した旨が表示されていた。そして夜眼が上昇するまでの時間を考えると、リーベルはかなり長い時間をこの世界で過ごしていたという事になる。


「む、ちゃんと疲れたら休んだし、夜は寝たよ」


「そうかいそうかい…………お、これは使えそうだな」


 高志は地面でぼろぼろに崩れ、天然の木くずを作っていた太い枝を見つけた。彼は「何に使うの?」というリーベルに、「火種にするのさ」と告げた。


「火起こし用の弓引きをつくってもいいんだが、こっちの俺達は痛みや疲れに強いだろ? あぁいや、強いってのとは違うか。死ぬし。鈍い、かな。まぁとにかく、短時間の重労働ならもってこいってわけだ。まずは単純な方法で挑戦してみようと思ってな」


 高志はふところに忍ばせておいた小さな石を取り出すと、枝の一部に1センチ程の小さな窪みを彫った。そして落ちていた別の直線的な枝を手にすると、その先端を折り、彫った窪みへと押し当てる。


「あとは、ひたすら回すだけだ。これで駄目ならこすりつける形でのやり方だな」


 高志が実際にやる時のように枝をまわしてみせると、リーベルは興味津々といった様子で覗き込んできた。高志としては帰ってから本格的に試す気でいたが、しかし宝物でも見るかのようなリーベルの瞳に促され、結局はその場で挑戦する事になった。


 そして木片から煙が上がり始めた時、森にはふたりの歓声が響き渡った。




あれ? 現代人が原始時代にタイムスリップする話だったっけ…………何かおかしいぞ

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