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第6話

 足場の悪い森の、道なき道を走る。

 

 根に足をとられ、枝に顔をはじかれ、柔らかい土を撒き散らしながら、高志は走った。それはお世辞にも早い速度とは言えず、誰がどう見てもかなりの不恰好だったが、本人は必死だった。


「はぁっ…………はぁっ…………」


 草原でかなりの時間を走っても問題がなかったにもかかわらず、今は息が上がり、体が重く感じた。高志はちらりと後ろを振り返ると、相当に長い時間を走ったと感じていたのに、しかしまだリーベルの姿が遠目に見える程度までしか来ていない事にショックを覚えた。


「はぁっ…………ちくしょうっ!」


 高志は巨大な蛇がすぐ近くまで来ている事に気付いて悪態をつくと、慌てて近くにあった木の幹に飛びつき、足を宙に浮かせた。するとすぐに先程まで自分がいた場所を蛇の頭が通り過ぎ、下草や細い低木をなぎ倒していく。


「これは…………まずった……かなっ!」


 四肢を使い、力を込め、出来るだけ早く上へと登っていく。下を見れば蛇はその巨体を彼の登る木の幹に這わせ始めている所で、高志は自分があまりよろしくない選択をしたようだという事実を認識した。

 

 彼は彼の体重を支えるには限界と思われる太さの幹まで登りつめると、きょろきょろと周囲を見渡し、ほんの数秒だけ息を整える事に費やした。飛び移れる他の木があればベストだったのだが、残念な事にせいぜい太めのツタが垂れ下がっているだけだった。


「そりゃあ、死ねば復活できるかもしんねぇけどよぉ…………人ってのは、案外死なねぇもんだぞ」


 高志は蛇に飲み込まれ、生きながら消化される自分を想像し、そんな事を考えるのはやめておけば良かったと後悔した。実際には飲まれた直後にVRデバイスを外す事になるだろうし、そんな恐ろしい目には会わずに済むだろうが、しかしこの世界の彼の肉体がそういう状況に置かれるだろう事は間違いなさそうだった。


 ――スキルが上昇しました 登攀0.10――


「今はどうでもいいっ! くそっ、しっかり絡まっててくれよ!」


 高志はこちらの事情などお構いなしとばかりに現れたアナウンスに怒りを向けつつ、最も丈夫そうなツタを手にとった。彼が2、3度それを強く下に引くと、上の方で引っ張られた木の葉や枝がざわざわと音を立てて揺れ動いた。


 意を決し、幹を蹴る高志。

 するとツタは彼の体重を支え、振り子のように登った木から距離をとり始めた。


 しかしほんの2メートルも進んだ頃、高志は突然の浮遊感を感じ、勢いそのままに隣の木へしたたかに打ちつけられる事となった。そして地面へと落下する。


「ぐはっ、がっ……痛っ……痛くない」


 5、6メートルもの高さを落下した割りには、覚悟していた程の痛みはなかった。衝撃は確かにあったし、頭はくらくらしたが、それほど痛くも苦しくもなかった。地面が非常に柔らかい事が功を奏したのかもしれないし、そうではないかもしれなかった。高志はそういえば木の枝で自らを傷つけた際もどこか鈍い感覚がしたなと、焦る心のなかに残されたわずかな冷静な部分が思い出していた。


「現実だったら下手すりゃ死んでたな…………しかし、どうするかねっ!」


 登りかけていた幹を途中で引き返し始めた蛇を見て、再び走り始める高志。しかし走るとは言っても先程までと同様に、起伏や樹木を避けて進む為、速度には全く期待が出来なかった。


 ――疲労――


 視界左上に踊る文字。高志は「こんな時にっ!」と悲痛な声を上げると、振り返って蛇のいる場所を確認し、もはや進退極まったのではと諦めの考えが浮かんだ。


「詰み、か…………はぁ……くそっ、俺を食って満足してくれよ?」


 高志は苦々しい表情でそう言うと、ようやく見えなくなったリーベルのいた方を眺め見た。彼はさすがに食べられる瞬間まで見続けるのは耐えられないなと、VRデバイスに手をかけた。


「おーい、タカスィー!」


 何かひどい悪ふざけをしているかのように、足を不恰好にばたつかせたリーベルが、こちらへ向かって声をあげながら這ってきている。高志はVRデバイスを掴んでいた手を離すと、「あの馬鹿っ!」と叫びながら再び走り始めた。

 

 人がせっかく囮になっているのに、あの女は何をやっているのか。高志の頭に浮かんだのは、そんないらつきを孕んだ考えだった。しかしそんな考えは、そういえばここはゲームの世界だったなという、いまだに馴染めないが、しかし当たり前の答えに打ち消された。

 

 むしろ彼はたかがゲームの世界に何をそんなに必死になっているのだと、何か妙な気恥ずかしさと空しさを覚え、その場に立ち止まった。


「ゲームの世界、か…………ふんっ…………どうせ食われるんなら……」


 高志は諦めの境地とでも言うのだろうか、もうどうにでもなれやという心境で周囲を見回すと、半ば地面に埋まる形で落ちていた大き目の石を見つけ、それを持ち上げた。

 しかし両手で持った頭ふたつ分程の大きさの石はそれなりの重量があり、意気込んで持ち上げておきながら、高志はそれを蛇に命中させる自信が全くなかった。コントロールを利かせるには、あまりに重かった。


「やっぱ、ログアウトしよっかな……」


 ぼそりと呟く高志。蛇はすぐ傍まで這い寄ってきており、既に高志に飛び掛るべく鎌首をもたげた所だった。


「んのりゃああああ!!」


 歯を食いしばり、こめかみに青筋を立て、高志は蛇の頭を目掛けて全力で石を投げつけた。しかし残念な事に蛇はそれをひょいと軽く避け、高志は今度ばかりはとVRデバイスに手をかけた。


 ――ジャイアントスネーク(ヤング)に被害 クリティカル 重症――


 中空に現れたアナウンス。高志は「はぁっ!?」とそれを読んで声を上げると、次いで大蛇の方を見た。


 外した石は、驚いた事に、蛇の胴の方へと命中していた。


 石がぶつかり、体組織が破壊されたのだろう、長い蛇の胴体の一部が押しつぶされた形で変形していた。痛みにもがくように体をくねらせ、周囲の土を耕す大蛇。


「…………これは、ラッキーってやつなのか?」


 高志は蛇から距離をとるべく後ずさりしながら、そう呟いた。そして何かにぶつかった右足にそちらの方を見ると、それは先程投げたのと似たような石であり、良く見るとそこら中にそういった石があるのだった。


「火山地帯とか、そういう感じなのかね…………まぁ、好都合だ」


 痛みにもがく蛇をにらみ付けながら、高志が新たな石を持ち上げた。彼は蛇の動きを油断なく観察すると、タイミングを見計らい、それを勢い良く投げつけた。


 ――スキルが上昇しました 投擲0.75――


 石を投げ、距離を取り、そしてまた石を投げる。そんな行動を5個程も繰り返した頃、ようやく蛇はその動きを止め、その場に身を横たえたままとなった。


「おーおー、凄い。やっつけたね!」


 高志の下に追いついてきたリーベルが、手を打ち鳴らしながら言った。距離で言えば途中で追いついてもおかしくない程度だったが、しかし彼女は森の作り出す大きな起伏を乗り越えるのに苦労していたようだった。


「なんとかな。つーか、なんでお前こっち来たんだ」


 念のためにと、蛇の頭部にもう一度石を投げつけながら高志が言った。リーベルは「なんでって」と首を傾げると、「私ファイターだよ」となかなか衝撃的な告白をした。


「…………ファイターっつーのは、あれか。いわゆる戦士。前線に立って、仲間を守る」


「そうそう、それそれ。格闘とか長剣とかのスキルを中心に上げたからね」


 得意げな様子で胸を張るリーベル。高志は無言で彼女の足の方をみやると、むっすりとした表情を作った。


「いやー、ははは…………だって、まさかこのレベルでハンデがつくとは普通思わないじゃん?」


 人差し指を立て、真剣な表情でリーベルが言った。高志は「はぁ」とため息をつくと、「そうかもな」と適当な返事を返した。いくらかきつく言っても良かったかもしれないが、彼は激しい戦いの後で疲れており、面倒だった。


「今からでも遅くないから、転職を考えるんだな…………あぁいや、スキル制だと転職もクソもないのか」


 行動した内容に応じて能力が伸びていくスキル制のゲームにおいては、多くの場合、職業というのはあってないようなものだった。剣を使う戦士であっても、魔法ばかりを使っていれば当然魔法のスキルが伸びていくわけで、職業というのはむしろ、現状のスキル状態から逆算される形で導き出されるものだった。戦士だから剣が得意なのではなく、剣が得意だから戦士といった具合だ。


「うん。さっきの戦いを見てて、正直僕もそう思ったよ」


 笑顔ではあるが、しかしいくらか申し訳なさそうに顔を引きつらせたリーベルが言った。高志は肩をすくませる事で曖昧な返答とすると、その点についての話は切り上げる事にした。先程自分でも思ったように、たかがゲームの世界での話しであるし、彼女を責めて何か良い事があるわけでもなかった。

 それに考えようによっては、彼女は不自由な体であるにも関わらず、高志の窮地を助けようと努力したのだと捉える事もできる。そしてそう考えると、いらつきよりも、むしろ感謝の気持ちの方が前に出てくるものだった。


「まぁ、今のところふたりきりのパーティーだからな。うまいことやってこう」


 高志はリーベルの肩を叩いてそう言うと、先程倒したジャイアントスネークとやらの亡骸の傍へと歩み寄った。そしてその場に座ると、亡骸をじっと眺めながらしばらくを待った。


「…………何も起きないね」


 亡骸を見つめ続けて数分。しびれを切らしたようにリーベルが言った。高志は「だな」と頷くと、腕を組んで首をかしげた。


「こういうのは、金だの宝石だのに変わったりするもんじゃないのか?」


 敵を倒せば金子が手に入る。大概のゲームにおいて当たり前とされるその現象が起こるのではと期待していた高志と、そして恐らくリーベルもだったが、しかし蛇の遺体に何か変化が起こる様子はなかった。


「うーん。これは、あれかな。素材を持ち帰って換金するタイプ」


 リーベルが木の枝で蛇の死骸をつつきながら言った。高志はなるほどとその言葉に得心したが、しかし残念な内容でもあった。

 換金をするという事は当然ながら換金する場所なり相手なりが必要なわけで、しかし今のところはそういった相手はおろか、自分達以外の第三者が全く存在しない状況だった。もし彼女の言った通りだとすると、自分の身を守るという点を除けば、全くの骨折り損という事になる。


「まぁ、投石が意外と有効だって事実がわかっただけでもマシとするか。さすが戦国時代でも広く使われてた攻撃方法だな…………あ?」


 蛇の亡骸についてどうこうしようという考えを放棄しかけていた高志だが、ふとアイデアを思いついて声を上げた。彼はそのあたりに落ちている石を適当に検分すると、少なくとも最低限の働きはしてくれそうな形をしたひとつを見つけ、拾い上げた。


「…………ん?」


 高志の無言の視線を受け、リーベルが首を傾げた。高志は目の高さに拾った石を持ち上げると、無表情のまま言った。


「お前、確か腹減ってたよな」




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