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第30話




 夜の森に浮かぶ、いくつもの赤い火の玉。

 火の玉は数十メートルの間隔を置いて一列に並び、森の中を静々と進んでいく。


「どうだ、ウィリー。やつはいるか?」


 太い角材を手にした高志が、隣を歩くウィリーに声をかけた。ウィリーは真っ直ぐに暗い森の奥を見つめると、「あぁ」と頷いた。


「嫌な気配がずっとしている。夜の森は静かなものだが、これは異常だ」


 ウィリーが目だけで周囲を眺める。高志も彼と同じようにすると、緊張を誤魔化すように深呼吸をした。


 夜の森の静けさは高志も良く知る所だったが、確かに彼の言う通り、現状の静寂は異常だった。風がないというのが最も大きな理由だろうが、それだけではないだろうと思われた。それは全ての生き物が何かにおびえ、縮こまっているかのように思えた。


「少し、あちらが遅れているようだ。行って来る」


 ウィリーはそう言うと、高志を置いて森の中を駆け出して行く。高志は何も言わずにそれを見送ると、森の中に見える20程の火の玉に目を細めた。


「本当に、うまくいくかな」


 背中のリーベルが問いかけてくる。高志はわからないと答えようとしたが、それを飲み込み、「大丈夫さ」と口にした。


「あいつは、異常な程に火を恐れる。何度も実験したからな。確かだ」


 自分に言い聞かせるように、高志が呟く。彼は村人の移動準備が整うまでに必要な薪を集めつつ、何度もトロールの観察を行っていた。当初素手で森に入った高志は、それこそ瞬きをする間もなく殺されてしまったが、しかしたいまつを手にしている時は別だった。


 トロールは火を手にした高志には近付こうともせず、逆にどんどんと逃げていく程だった。何がそんなに嫌なのかはまったくわからなかったが、とにかくそうだった。


「ほんとは森に火を放つのが一番確実なんだろうがな」


「過激だねぇ。でもどこまで燃えちゃうかわかんないし、住めなくなっちゃ意味ないもんね」


 ふたりは一定のペースを保ちつつ、道なき道を進んでいく。時折立ち止まって様子を見る事はあったが、それ以外は何事も起こらず、ただ淡々と時間が流れていった。


 炎による包囲網は、確実に小さくなっていっている。


 高志はお互いの位置を把握しやすくする為、あえて夜を選んだ。炎の光は夜の暗闇に目立ち、簡単に見つける事ができる。大事なのは包囲の隙間を作らない事と、敵に近付きすぎない事だった。


「じいさんがた、無理はしないでくれよ」


 たいまつの持ち手となっている老人達を思い浮かべ、高志はぼやいた。


 この無謀な山狩りとも呼べる行軍に参加しているのは、高志とリーベル、そしてウィリーを除けば、全員が年寄りだった。彼らは行くあてのない村の移動に耐えられないか、それとも邪魔になるか、つまりはそういった人々だった。

 高志が話しをした当初は当たり前のように若い衆がそれぞれ意気込んだが、しかし年寄り衆がそれを制した。新しく村を作るのであれば、未来を担う若者を失うわけにはいかなかったからだ。


「どうせ我々は耐えられまいよ。どうせ老い先短いのだし、村と運命を共にする」


 高志達と森を歩くのは、そんな人々だった。どうせトロールに食われるのであればせめて一太刀と、彼らは歳をとった者のみが持つ達観と共に笑って協力を申し出てくれたのだ。


「森は庭みたいなものだって言ってたし、大丈夫だよね」


 リーベルが不安そうに言った。高志はそれに頷いたが、しかし確証はまったくなかった。


 例え火を手にしていても、近付きすぎれば反撃される。それも高志が死と共に見つけ出した事実だった。


 トロールは火を嫌がり、ゆるりゆるりと逃げ出していく。それは間違いない。しかしある一定以上に近付いてしまうと、彼は落ちている石だの木の枝だのを使い、手痛い反撃をしてくるのだ。小さな石や枝であっても、それをあの怪力で投げつけられるとなると、立派な凶器となる。実際、高志は2度も頭を石で打ちぬかれて死んでいる。


「ゆっくりでいいんだ。ゆっくりで。夜はまだ長い」


 自分に言い聞かせるように、高志がぼやく。彼は火の勢いが弱くなっている松明に気付くと、それを予備のものに交換した。ヤニを多く含んだ木の根の束は、日中にリーベルが必死になってかき集めてくれたものだった。トーラ松は村の周辺に多量にあり、優れた松明を提供してくれた。


「…………っ! 聞こえたか!?」


 やがてその後を1時間程過ぎた頃、高志は森の中に誰かの声が小さく響くのを聞き取った。


「うん、聞こえた…………大丈夫かな……」


 声は聞こえども方角はわからず、どこへともなくリーベルが首をめぐらせる。高志はいますぐ駆けつけたかったが、持ち場を離れるわけにもいかず、ウィリーが戻ってくるのを待つしかなかった。


 そして待つ事しばらく、ようやく暗がりの中からウィリーが現れた。


「タカシ、トマス爺がやられた。足に投石をもらったらしい。命は無事だが、これ以上は無理だろう。夜明けと共に連れ帰る」


「そうか…………よかった。トロールは? トマスさんのとこから抜けたか?」


「いや、幸いまだ奥だ。付近のふたりが威嚇をしたら去っていったようだ」


「あれに威嚇て…………強いな爺さん達」


 高志はトマスが無事であった事と、トロールが包囲を抜けていない事の両方に安堵すると、再び歩みを開始した。


 そしてさらに1時間も歩いた頃、彼は遠目に森の切れ目が見えた事に気付き、ようやく目的地に到着した事を知った。


「…………着いた、か。ウィリー、こいつを頼む」


 高志はウィリーに予備の松明を手渡すと、近くの茂みの中へと足を踏み入れた。そして毎日のように使っている小さな木箱を見つけ出すと、そこから縄梯子をするすると取り出した。


「長さは…………こんなもんか」


 高志はウィリーから借りたナイフで縄梯子を切断すると、それをリーベルへと持たせた。そして彼は弓を手にし、弦を張ると、矢をひとつ矢筒から取り出した。


「いくぞ、リーベル。本番の開始だ。失敗しても何とかなるとは思うが、出来れば一度で終わらせたい」


 高志がそう言うと、リーベルは「わかった」といつになく真剣な様子で発した。高志はウィリーに目配せして頷くと、しばらく松明の炎から目を背け、目が暗闇に慣れてから行動を開始した。


「いたぞ…………こいつはついてる。見つけたのは俺らが先だ」


 極々小さな声で、背中のリーベルへ囁いた。茂みに隠れた高志の視線の向こうには、いらついた様子で周囲をきょろきょろとしているトロールの姿が確認できた。


「…………っ!」


 トロールが足元の枝へ手を伸ばし、それを投擲してくる。高志はばれていたのだろうかと慌てたが、しかし枝は森のどこか遠く、かなり高い位置へと飛んでいった。それは高志に向かって投げつけてきたというより、むしろ苛立ちを発散すべくどこへともなく八つ当たりをしたといった様子だった。


「リーベル、タイミングは任せる。いいか、思いっきりやれよ?」


 リーベルを地面に下ろすと、高志は彼女に顔を寄せてそう言った。リーベルは少し躊躇した様子を見せたが、やがてゆっくりと頷いた。


「よし…………それじゃ、いくか」


 高志は荷物入れから一本だけ残してあった松明を手にすると、かつて森の基地に火を持ち帰った際と同じく、葉に包んであった種火を取り出し、それに息を吹きかけて松明に火を灯した。


 異変を察知し、高志の方を振り返るトロール。


「よう化け物! 18回目のご対面だ!」


 高志は松明を手に、しかしトロールの方へではなく、そこから少し離れた場所へ向けて駆け出した。トロールは突然の炎と高志に驚いたらしく一瞬動きを止めたが、しかしすぐに怒り狂った咆哮ほうこうをあげ、高志の方へと駆け出してきた。


「やるよっ! もってけっ!」


 松明を投げつけ、弓を矢をつがえる高志。トロールは巨体らしからぬ速度で動きを止めると、松明を不快そうに避け、再び高志の方へと向かってくる。


「…………っと! やっぱきかねえわな!」


 高志は矢を放つと、それはトロールの肩へと突き刺さったが、しかし一向に気にしていない様子が見てとれた。トロールは何やら不愉快そうに刺さった矢を見下ろすと、それを無造作に抜き取り、その表情を明らかな怒りの篭ったそれへと変えた。


 背筋の凍るような、恐ろしい形相。

 しかし高志はそれを見やり、小さく笑った。


「まだ人類が道具も何もなかった頃、どうやって大きな動物を狩ってたか知ってるか?」


 全身から怒りを発しながら、トロールが向かってくる。しかし高志は冷静にそんな事をつぶやくと、ゆっくり後ずさった。


「お前からしたら知らない土地なんだろうよ。新参者だからな」


 さらに一歩二歩と後ずさる高志。トロールはあっという間に距離を詰めてくる。既にその巨大な腕を振り上げ、高志をなぎ払おうとしている。


「俺は良く知ってるぞ! くたばれ化け物! お前は所詮、知恵の無い愚か者だ!」


 トロールへ向けて指を突き出してそう言うと、後ろへ向け、大きく跳躍する高志。同時にトロールの豪腕が振るわれ、突き出した腕が消え去り、その感覚がなくなる。


 しかしなくなった感覚は腕だけではなく、地面のそれもだった。

 もはや地面は、数十メートル下にあるはずだった。


「おめぇ、も、来るんだよ!」


 残された左手を使い、トロールの腕へとしがみつく高志。トロールはようやく自分が今どのような場所にいるのかを把握したらしく、慌ててたたらを踏んだ。しかし――


「お前なんかに、好き勝手させるかぁ!」


 岸壁の下から翼を生やしたリーベルが現れ、化け物の周囲をくるりと一周する。その手には丈夫な縄梯子が握られており、それはトロールの体へと巻きついた。彼女はそのままの勢いで崖向こうへ飛翔すると、全体重をかけてそれを引いた。


 もがくトロール。必死に後ろへと体重をかけるふたり。


 トロールの足元の崖が小さく崩れ、石や土が崖下へと落下していく。しかしその巨体はその場で持ちこたえ、とうとうびくりとも動かなくなってしまった。


「くそっ! もうちょい! もうちょいなんだ!」


 トロールの腕を掴んだまま、高志は中空で必死に暴れた。しかし岩のような巨体はまったく動かず、逆に引き寄せられ始めてしまった。


 しかし高志がもう駄目だとばかりに諦めかけたその時、急にトロールの体がびくりと痙攣をし、やたらめったらと暴れ始めた。


 そして化け物の体がぐらりとバランスを崩し、高志の方へ向けてゆっくりと倒れこんでくる。高志には、化け物の首元に生える矢と、その肩越しに弓を構えるウィリーの姿が見えた。


「ナイスショット」


 高志は届くはずもないがそう呟くと、あばれる化け物にあちらこちらと痛めつけられながらも、谷底へ向かって落ちていった。




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