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第3話



 高志は驚きからリーベルの顔を見たまましばし固まると、次いで慌てて質問をした。


「なぁ、あんた。リーベル……ハーフなのか? いや、そうじゃない。このゲーム、なんかおかしいだろ。気付いてるよな?」


 高志の質問に、背中のリーベルが「そりゃね」と軽い調子で返してきた。


「触れるし、嗅げるし、感じれるし。どう考えても浮世のもんじゃないでしょ。ねぇ君、テイクアウトシステムとかいうの、試してみた? あれって何?」


 リーベルが身を乗り出すようにして尋ねて来る。高志は一度下に下ろそうかと考えたが、さして重いと感じるわけでもないし、背中の柔らかい感触に満足していたから、言われるまで背負ったままにしておこうと決めた。


「あぁ、念のためにな。あれは…………信じてくれないかもしれないが、こっちの世界の物を現実の方へ持ってけるみたいなんだ。冗談みたいな話だろ?」


「おぉー、凄いねそりゃ。試したんだよね? 何持って帰ったの?」


「石と、木の枝だな。自分の部屋でそいつを握ってるのに気付いた時は、まじで焦ったぞ。特徴や何かを把握していたから、間違いなくこっちで拾ったものと同一だった」


「石と、枝?」


「あぁ、そうだ。この異常な状況が本当かどうかを確かめるためにな」


「……3つしか持ち帰れないんだよね?」


「…………おう。でも、それ以上は言わないでくれ。自分でもちょっと落ち込んでるんだ」


「あいあい。でもまぁ、あれだよ。持って帰れる回数を増やすアイテムとか、そういうのあるかもしれないじゃん?」


「む、なるほど…………そういうのは考えた事がなかったな」


 高志はリーベルの言葉に多少の希望を見つけると、どうやら悪い人物ではなさそうだと判断する事にした。


 冷静に考えるとそれはどう考えても早計だし、ひと事ふた事話した程度で何がわかるのだという状況ではあったが、しかし高志はそうする事にした。彼は自分と同じ状況下に置かれた者がいるという事実に、少なくとも今は強く助けられていた。孤独と不安、そして未知というのは、非常に強いストレスを伴うものだった。


「とりあえず人のいる所を探そうと思ってるたんだが、それでいいか?」


 高志がそう尋ねると、「うんうん」と元気な頷きが返って来る。高志は「了解」と上機嫌に答えると、草原の上を当てもなく歩き始めた。


「そういや、何で歩けないんだ。怪我か?」


 歩き始めてすぐに、高志が訪ねた。するとリーベルは、「あー……」と少し困ったような反応をした。


「キャラクターメイキングの時に、ポイント欲しさにハンデ付けちゃったんだよね。マイナスの特徴を付与すると、ボーナスがもらえるじゃない? 正直失敗したかなと思ってるけど」


 リーベルの説明に、高志は「はぁ?」と素っ頓狂な声をあげた。


「キャラクターメイク? おいおい、俺の時はそんなのなかったぞ?」


「あはは、そんなわけないでしょ。最初に職業特性とかそういうの選ぶのあったじゃん? 体格とか顔の見た目とか決めたりも」


「いいや、全くだ。ゲームを起動したら即この状況だったな…………個人によっていくらか差異があるのか?」


「うーん、どうだろ。こんな不思議状態なわけだし、なんともだね。しかしそうなると、君はフリーバランサーになるのかも。歴代のファンタジアと同じだとすると、職業選択画面でしばらく放っておくとそうなるよ」


「ほぅ、良くわからんが、そうなのか。君は詳しいんだな…………あー、配線繋いだ日に寝落ちしたのがまずかったのかもだなぁ……ちなみにそのフリーバランサーってのは、名前の響き的には悪くないが、どんなのなんだ?」


「取り立てて伸びるスキルはないけど、伸ばせないスキルもない何でも屋だね。ファンタジアは一点特化が有利なシステムだから、ぶっちゃけ地雷かな」


「まじかよ…………まぁ、いいさ。別に魔王を倒しに行くわけでもないしな」


 今の高志の目標は、小市民らしく、ちょっとした小遣い稼ぎでも出来れば良いという程度のものだった。強大な敵だの世界を脅かす魔王だのと戦うつもりはもちろんなく、そもそもそんな存在がいるのかどうかも不明であり、多少の有利不利はどうでも良かった。


「えぇー、倒そうよー、魔王。すっごいお宝とか持ってるかもしんないじゃん?」


 リーベルがぶーたれながら言った。高志は「お断りだね」とにべもなく否定すると、「俺だったら」と続けた。


「まず魔王側について、タイミングを見計らって宝物庫の…………そうだな、見学がいい。見張りが付いててもかまわんから、見学で宝の元にいく。そしてそれを手に取った瞬間、ログアウト。どうしても魔王の宝が欲しいなら、この作戦で行くな」


「うわ、君って結構悪党だね」


「知るか。ゲームをどう楽しもうが、個人の自由だろ。金がかかってるなら尚更だな」


  ――スキルが上昇しました 徒歩 0.24――

  ――スキルが上昇しました 運搬 0.05――


 中空に現れるシステムメッセージ。高志は「運搬?」と首を傾げると、ちらりと背中にいるリーベルの方を見た。


「どういうスキルなんだこれは。重い物が持てるようになる的なあれか?」


「んん? 何でこっちを見たのかな? わっちが重い物ってか?」


「いや、何でというあれはないんだが。君の方がファンタジアについては詳しいだろう?」


「誤魔化しおったな、こやつめ。でもまぁ、そんな感じのスキルなんじゃないかな? 前作にはなかったと思うけど、こういうのって前作品とは大きく違ってたりするから」


「まぁ、そうだよな。毎回同じじゃあプレイヤーが飽きちまうわな」


 高志とリーベルはそんな風にお互いの情報を話し合いながら、だだっ広い草原の上をひたすらに進み続けた。爽やかな風の吹く草原は広く、そして何もなかったが、決してつまらなくはなかった。そもそも都会育ちである高志には自然で満たされた光景というのが新鮮だったし、ひょうきんな話し相手もいた。


 そして情報交換の結果わかった事は、結局の所、お互いこの世界の事についてはほとんど何もわからないという事だった。ゲーマーを自称するリーベルのファンタジアについての知識は確かに有用そうに見えたが、しかし本当に正しいのかどうかを確かめる術は、少なくとも今の所は何もなかった。


「ん、なんだ?」


 歩く二人――正確にはひとりだが――が当てもなく彷徨い始めてから、2時間も経った頃。高志が異変を感じ、その場に立ち止まった。


「どしたの? 敵?」


 リーベルがのほほんとした声で聞いて来る。高志は「いや」と首を振ると、視線を左上の方へ向けた。


  ――疲労――


 視界の端に、そんな文字が躍っていた。高志は確かに腕にいくらかの疲労感を感じてはいたが、しかし先日プレスタの袋を持ち帰ってきた際のそれに比べれば、全然ましだといった程度のものだった。

 ゆえにさして重要な事ではないだろうと考えた高志は、「そういえば、リーベルはどこに住んでんだ?」と適当な話題を振る事で回答とした。


「むむ、そーいうのには答えません。個人情報を出しちゃいけないってのは、ネトゲの鉄則ですよ、オニーサン」


 リーベルが得意気な様子で返してくる。高志は「へいへい、そーですか」と肩を竦めると、「そもそもこれはネットワークゲームなのか?」と疑問に思いつつ、再び足を進め出した。


「そういえば、俺の名前って何になってるんだろう。何も入力してないって事は、デフォルトネームか、もしくはランダムで決められてるってとこか?」


 歩きながら、高志が発した。リーベルは「わかんないけど」と首を傾げたが、すぐに「あ、そうだ」と何かを思いついた様子で声を上げた。


「パーティー組んでみようず。仲間の情報とか表示されるんじゃない?」


 リーベルが「名案でしょ?」とばかりに言った。高志は「パーティー?」とうさんくさい顔で答えると、「そんなんあるのか?」と続けた。


「そりゃあ、あるでっしゃろ。5作目以降には全部あったもの。オンラインじゃないけど、町の人とか冒険者とかと組めたよ…………こう、かな。違うか。こっちかな?」


 背後でリーベルが、何やらもぞもぞと動き始める。高志が「何やってんだ?」と尋ねると、リーベルは「コントローラー操作してんの」と事もなげに答えた。


「コントローラー…………すっかり忘れてたな。そういえば現実の方の俺は、コントローラー握って座ってんのか。しかも……うむ」


 全裸で、という台詞をかろうじて飲み込むと、高志は黙って自分もコントローラーを操作するように意識してみた。両腕はリーベルを背負うのに使用しているため、あくまでも心の中で。


「おぉ、気持ち悪いな。なんだこれ。腕が4本ある感覚がすんぞ」


 高志は脇の下あたりに感じる第3、第4の腕の存在を感じると、それが持っているのだろうコントローラーの感覚を確かめた。それは視界には全く存在しないが、確かにそこにあった。


  ――重疲労――


 ちらりと移り変わる、視界左上の表示。高志は一瞬だけそれを確認すると、だったらどうしろというんだと心の中でごちた。


  ――パーティーを編成しました――


 視界中央に踊る文字。高志が「おぉっ」と感嘆の声をあげると、リーベルが得意そうに「任しときたまえ」とガッツポーズを作った。そして時間と共に文字列が消えると、今度は視界右上の方に新たな文字列が現れ、そこにはタカシとリーベルの名が縦に連なり、それぞれの名前の横には「重疲労」、「元気」という表示がされていた。


「仲間の状態がわかるのか。これは便利だな…………つーか、俺本名かよ。まじでオカルトの領域だな」


 呟く高志。次いでリーベルが「タカシ、疲れてるの?」と尋ねてきたので、高志は「全然」と答えた。実際にまだまだ歩けそうな程元気だったし、休まねばならないような疲れは感じていなかった。


「何かペナルティがあるのかもな。戦闘で攻撃が命中しにくくなるとか、移動速度が落ちるとか。お、またスキルが上がったっぽぁぐべは!?」


 徒歩スキルの向上を示すアナウンスが見えた直後、高志はその場でつんのめって地面へと倒れた。顔に少々の痛みを感じ、口の中に入った草の青臭い匂いが鼻をついた。


 そして次の瞬間、視界の全てが暗闇に閉ざされた。


「……………………」


 あまりに突然の事に、呆然とする高志。彼はゲーム機の配線でも抜けてしまったのだろうかとVRデバイスに手をかけたが、しかしそれが理由ではない事がすぐにわかった。


 中空のメッセージに、次のように表示されたからだった。



  ――過労により、タカシは死亡しました――




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