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第28話




 狭く見慣れたアパートの部屋で、高志はVRデバイス荒々しくを取り外した。

 いつものように気分は最悪で、疲れと、寒気と、そして孤独感が襲ってきていた。彼はよろよろと椅子から立ち上がると、敷きっぱなしとなっている布団の前へと歩み寄った。


「………………」


 疲れを癒すためにも、いますぐ倒れこみたい。この寒さから逃れるためには毛布に包まる必要があるのではないか。周囲を拒絶し、自分だけの世界に入り、孤独を紛らわす為には、横になり、何も考えずにただ目を瞑るというのが最高の選択肢ではないか。


 目の前の布団から、そんな強い誘惑が訪れる。何かを冷静に考える事などできず、直感的に感じたそんな判断が、この世の何よりも正しい行動のように感じる。


「…………ぐっ」


 吐き気を感じ、胸を強く押さえ込む。高志はその場に膝をつくと、そのままの勢いで倒れこんでしまおうとした。


「…………だめ、だ」


 咄嗟に手をつき、横になるのを防ごうとする。その手は弱弱しい力しか持たず、とても誘惑に抗えるとは思えなかったが、それでも確かに高志の体を支えた。


「あぁ…………くそっ…………もういやだ…………」


 弱音を吐きつつ、しかし机へ手をかけ、腕と足に力を込める。めまいのする体はうまく言う事を聞いてくれないが、それを無理やり押さえつけると、なんとか立ち上がった。


「マリ……ィ…………」


 高志は机に放られていたVRデバイスへ手を伸ばすと、搾り出すように少女の名前を呟いた。その呟きは彼に使命感という後押しを与え、「今はそれを装着すべきではない」と必死に訴えてくる頭と体からの指令を、断ち切った。


「…………最悪、だ。最悪の、気分……だ……くそ……」


 間借りしている建物の一室でいつものように目覚めた高志は、現実世界とさほど変わらない気分の悪さに悪態をついた。毒や怪我といった異常事態を除いてこのような気分になった事はなく、それはこのゲームが嫌いになってしまいそうだと感じる程だった。


 高志はそのまま寝ていたいという欲求を努めて無視すると、起き上がり、よたよたとした足取りで出口へと向かった。


「本当だって。俺はしっかりとこの目で見たんだ。あれはかなりデカイ鹿だった。次に合った時は…………プ、プレイヤ様? どうしました?」


 たまたま家の前にいたらしいふたり組みの若い男が、高志の様子に気付いたらしく駆け寄ってくる。顔に見覚えのあるふたりの若者は、確か普段は単にタカシと呼んで来る狩人の者達だったと記憶していたが、プレイヤ様などという大仰な呼び方をするあたり、今の自分は相当に状態なのだろうと高志は想像した。


 そしてとても大声で誰かを呼ぶような元気があるとは思えなかった高志は、この偶然が非常にありがたいと感じた。


「マリーが、やばい……墓の方に、化け物…………緑の……」


 渓谷へ通じる道を指差し、必死に口を動かす。するどどうやらその必死の努力が通じたらしく、若者達の表情が真剣なそれへとすっと変わった。


「化け物。緑の化け物ですか? それが出たんですね? そしてマリーが…………おい、ウィリーを呼んで来い、大急ぎでだ! それとクルードにも来るように知らせろ!」


 年上らしい若者がそう発すると、もうひとりが頷き、全力で走り去っていく。高志がふらふらと足を渓谷の方へ向けると、若者は高志に肩を貸してくれた。


「詳しい話を聞かせてくだ…………その、プレイヤ様、すぐに若い衆頭が来ますから、ちょ、ちょっと待って下さい。ふらふらですよ!」


 先へ先へと進もうとする高志に、若者がブレーキをかけてくる。しかしそれでも先へ進もうとする高志に、とうとう若者は肩を離し、高志の事を正面から押さえつけ始めた。


「化け物がいるんでしょう! そんなふらふらで何をするっていうんですか! 皆が来るのを、待って、っと、くそっ、なんて力だ!」


 大きく叫ぶ若者と、しかしぼんやりとした耳鳴りに聞こえる高志。若者は様付けをするような相手に遠慮でもしているのか、全身で押し留めようとしているのにも関わらず、高志は問答無用で押し進む事ができた。


「いや、ほんとに、ちくしょう! 怪我をしてるんでしょう! 大人しくしてくれないとっ…………お、おおい! ウィリー! こっちだ! ここだ!」


 若者が高志の体を押さえつけつつ、どこかへ向かって大きく手を振る。するとしばらくしてから、高志の視界に良く見知った人物が映りこんだ。


「タカシ、緑の化け物というのは本当か? それが村はずれに出たんだな?」


 真剣な表情のウィリー。高志はようやく足を止めると、倒れこむようにしてウィリーの服を掴んだ。


「でかい、化け物だ…………マリーが、近くに……すまん……何かあれば、俺の、せいだ」


 込み上げて来る嘔吐感と戦いつつ、なんとか言葉にする。整った顔立ちのウィリーが眉間に皺を寄せ、渓谷へ続く道の方をにらみつけた。


「…………ハギンであればと願ったが、これはトロールか」


 ウィリーが吐き捨てるように言った。普段は滅多に見せない嫌悪感をあらわにした表情に、高志は相手がどのような存在であるかを感じ取った。


「急いで……マリーを……」


 手を伸ばし、ウィリーの襟首を掴む。ウィリーはそんな高志を一瞥すると、ひとつ頷き、高志の腕をゆっくりと解いた。


「我が妹だ。わかっている。お前も随分な様子だぞ。後は我々に任せ、休め。もしいくらかの余裕があるというのなら――」


 ウィリーは背中に手を回すと、彼の愛用する弓を取り出した。


「プレイヤ様に、祈りの言葉を届けてくれ。それ以上は望まん…………クルード、お前は長に事を伝えに行け。ヨーリンはタカシの面倒を。残りの者は俺と来い!」


 周囲へ向かってそう告げると、足早に渓谷への道を走っていった。高志はそれに続こうと足を踏み出したが、しかし力が抜け、崩れるようにその場に倒れこんでしまった。



 ――スキルが上昇しました 不死2.0――



 次に高志が目を覚ました時、そこは村の建物の中にあるベッドの上ではなく、暗闇だった。


「おわっ! とっ! くそっ! デバイスか!」


 暗闇に驚いた高志は慌ててVRデバイスを外すと、その場に立ち上がってどこかへ行こうとした。しかしどこへ行こうとしたのか自分でも良くわからず、少しの間を呆然としていた。


「…………何だっけか。何かをしようとしてたんだが」


 ぽりぽりと頭をかき、すっきりとしない気持ちのまま布団の上にあぐらをかく。高志はその状態で腕を組むと、次の瞬間には飛び上がるようにして机へと向かった。


「そうだ、マリーだ!」


 高志はVRデバイスを掴むと、一度時計を見てからそれを頭に被った。現実世界の方では既に2時間近くが経過しており、中の進みを考えるとかなりの時間が開いてしまった事になる。


 高い天井と、ほとんど真っ暗と言って良い部屋の中。高志はベッドの上でむくりと起き上がると、手探りをしながら出口の方へと向かった。


「明かり…………火を焚いているのか?」


 建物を出ると、村の中央広場の方に赤いぼうっとした明かりが見てとれた。高志はまさかという思いで生唾を飲み込むと、明かりの方へと急いだ。


「お、おい、本当に復活されてるぞ…………タカシ! こっちだ!」


 広場への視界を塞いでいた邪魔な一軒家を通り過ぎると、高志の目に数人の村人が焚き火を囲む光景が飛び込んできた。その内のひとりは昼間高志に肩を貸してくれた男で、彼は高志の姿を見ると、手招きをしつつ走り寄ってきた。


「体はもう大丈夫なのか? 昼間消えてしまった時は驚いたぞ」


「大丈夫。ありがとう。それよりウィリーはどこだ。マリーは? リーベルはまだ来てないのか?」


「あぁ、ウィリーは薬師の所にいる。確かリーベルも一緒だな。マリーは…………その…………」


「…………薬師というと、ダットおばさんの所だな? ありがとう。行ってくる」


 何かを言いよどんだ男に、どうやら芳しくない何かが起こってしまったようだと察した高志は、そう言ってその場を離れた。あのまま彼に問い詰めるくらいであれば、直接確認した方が良いだろうと。


「おい、走るな! 化け物がどこかに…………タカシか! おぉ、無事で良かった。さぁ、中へ入ってくれ!」


 薬師の家の前で門番のように立っていた男。彼は高志に気付くと、すぐに建物の入り口の方へと誘導してくれた。


 高志は男が開けてくれた狭い入り口をくぐると、家の中に明かりがある事に気が付き、歯を食いしばった。高価なロウソクを使っているという事は、一大事であるという事に他ならない。


「タカシか…………体の具合はどうだ?」


 ベッドに寝かされたマリーの姿と、それを取り囲む3つの人影。ウィリーと、薬師と、そしてリーベル。高志はウィリーからの問いかけに「俺はいいんだ」と答えると、明かりに照らされたマリーの傍へと歩み寄った。


「どんな具合なんだ?」


 小さな声で尋ねる。マリーは目を閉じており、浅い呼吸を繰り返していた。


「生きてはいる」


 淡々としたウィリーの答え。高志は頭から血の気の失せる音が聞こえ、思わずよろめいてしまった。彼は口をわなわなとさせると、唇を噛み、そして静かにマリーの顔を伺った。


 生気のまったく感じられない、異常なまでに青い顔。びっしりとかいている汗。高志に医療の知識はなかったが、素人目にも明らかにまずい自体だとわかった。傍には薬師である老女が付き添ってはいるが、何かの治療行為を行っているわけではなく、ただそこに座っていた。


「………………」


 無言で、リーベルがマリーの手を握っている。口をへの字に結び、険しい表情で、ただマリーの顔を見つめていた。


「連れていけ。もう何時間もそうしている。彼女の方が参ってしまうぞ」


 ウィリーが高志へ向かい、疲れた声で言ってくる。彼は恐らく何度も休むようにリーベルへ言ったが、しかし聞き入れなかったのだろうと、高志はその声の調子から察した。


「聞きたい事が…………違う。聞かなきゃならない事がある。ウィリーも出れるか?」


 高志が入り口の方を手であおいだ。ウィリーはちらりとマリーの方をみやると、次いで「わかった」と頷いた。高志はリーベルの肩に手を置くと、何も言わずに頷く彼女を抱きかかえ、すすり泣きの声を聞きながら建物を出た。




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