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第27話


 リーベルを背負い、森を駆ける。


 不整地踏破のスキルによって加速された高志は、ここへ来たばかりの自分が見れば目を剥いて驚くだろう速さで走っていたが、しかし今の高志にはそれがトロ臭くて仕方がないように思えた。気持ちがはやり、途中で何度も躓きそうになる。


「あぁ、くそっ! こんな時に出るかね」


 視界に現れた疲労の表示。高志は走る速度を徐々に弱めると、その場に膝をついて座り込んだ。


「…………危険って、いったい何だろうね」


 高志の背中で、リーベルが不安そうに言った。高志は少し考え込むと、思いついたいくつかの危険な状況というものを検分してみた。


「あっちの森はほとんど魔物が出ないらしいし、そういった脅威は考え難いな。ビスケットばあさんのさらにばあさんから住んでるって言ってたし、村はかなり前からあるはずだ」


 身近に危険が迫るような場所に人は住まない。もちろん潜在的な危険があり、しかしそれに気付いていないだけという事もあろうが、恐らく100年以上はそこにあり続けただろう村でとなると、そういった可能性は低いように思えた。


「じゃあ、自然災害とか。嵐が来るとか、地震とか、そういうのは?」


 リーベルの案に、高志は「あるな」と肯定した。


「さっきの狼が、避けられぬ定めだと言ってた。そういったもんは避けようがないし、道理のような気がする。ただ、この天気だと嵐はないな。地震か?」


 葉の隙間から見える雲ひとつない青空は、とてもこれから嵐が来るような天候とは思えなかった。


「丁度夕飯の支度を始める頃だし、地震だとまずいな…………よし、回復したぞ。急ごう」


 高志は疲労の表示が消えたとみてとるや、すぐに立ち上がって走り始めた。


「…………ねぇ、高志」


 背中の上から、リーベルが呼びかけてくる。高志は足を休めずに「なんだ」と答えると、彼女の続きを待った。


「村まですぐに帰れる方法、あるよ」


 リーベルがそう言った。高志は少しの間を走りつつ、彼女の言葉を思案した。彼女が言っている事の意味はすぐにわかったが、それを実行するべきかどうかの判断がつかなかった。


「死に戻り、か。よたってる30分を考慮すると、確かにいくらか早く着くな」


「丁度もうすぐ崖だし、やっとく?」


「…………いや、やめとこう。つーかできねぇよ。飛び降り自殺とか、間違いなくトラウマになるわ。あぁいや、デバイス外せば良いだけか」


「うん。もしやるならいっせーので外すけど」


「そうだな………………んー、駄目だ。それはやめよう。いくらクソみたいに軽い命でも、命は命だ。粗末にするのは良くない。それにここで死んだら、村で復活するかどうかわかんねぇぞ?」


「あー、そっか。場所的に草原の方で生き返ってもおかしくないよね…………よっし、タカツィン。しゃーっと行けしゃーっと。消防士とか特殊部隊がやるみたいに!」


「これ荒縄だぞ! 手の皮がずたずたになるわ!」


 渓谷に到着すると、高志は木に結びつけた縄梯子を解く係であるリーベルを残し、ひとり縄梯子を下りていった。彼女が言ったようなラペリング降下はさすがにやらなかったが、代わりに足を使わずに手だけで梯子を降りて行った。揺れる縄梯子を足で捉えるという面倒な作業を省き、安全と引き換えに速度を優先した形だ。


「いいぞリーベル! 降りてこい!」


 地面に到着した高志が、上に向かって叫ぶ。しばらくすると縄を手にしたリーベルが、羽を生やした状態でなだらかに落下してきた。高志は地面にたわむ梯子を手にすると、それを長細い木材にぐるぐると巻き付け始める。


「よし、走れ我が眷属よ! その足が砕け散るまで!」


「いや、お前次の邪気眼使うまでに時間がかかるだろ。ここで走っても意味ねぇよ」


「やーやー、つれないなー、タカツィン。ノリが悪いぜぇ」


「ちょっとでも消耗押さえたいんだよ。この靴下のお陰でかなり楽にはなったけど、疲れるもんは疲れるんだ」


 縄梯子をまとめ終えた高志は、リーベルと合わせて100キロ弱はあるだろう荷重に耐えながらも、ゆっくりと足を進めていった。彼女が次の飛翔を行えるようになるまで、少なくとも10分以上は休みが必要となるため、対岸まで歩いていけば丁度良いペースといったところだった。やろうと思えば連続での使用も可能らしいが、その後しばらくは行動不能となる為、まさかここで彼女を使い捨てるわけにもいかなかった。


「よーし、それじゃ行ってくるばぁい。タカチンど~ん」


 対岸に到着すると、某妖怪アニメに出てくる布の化け物の声真似をしたリーベルが、すぐに縄梯子を持って上昇していった。やがて崖上に手を振る彼女が現れると、高志は降りる際と同じように腕の力だけで梯子を登って行った。


「よし、到着、と。さっさとやっちまおう」


 崖上に到着すると、先程と同じ要領で縄梯子を木に巻きとっていく。縄梯子はそれなりに高価な村の備品である縄を、普通では考えられない量を使ってつくられているわけで、ほったらかしにするわけにはいかなかった。


「そういやこれ、墓なんだってな。丸い石が墓石って事らしい」


 彼らの傍にあるうず高く積まれた白い石の塔を見て、高志が教えてくれた村人の顔を思い出しながら言った。そしてその顔は、墓石の前に置かれた小さな花に気付くと、マリーのそれへと変化した。


「今日も来てたんだねぇ。凄いおじいちゃんっ子だったらしいから、おじいちゃんに会いに来てるのかも」


 リーベルも花に気付いたらしく、そんな事を言ってきた。高志は「そうなのか」と返すと、そういえばウィリーの両親に相当する者に会った事がないと、今更ながらに思い当たった。


「ご両親は、亡くなったのかね…………今度それとなく聞いてみるか」


 今度立ち入った話をする機会でもあれば、それとなく聞いておくかと高志は考えた。ただの勘違いで、ふたりとも別居なり旅なりに出ているだけという可能性もあり、そうであれば挨拶のひとつくらいはしておきたかった。


「これで、よしと。ほら、さっさと乗れ。行くぞ」


 梯子を撒き終えた高志はそれを近くの隠し場所である木の箱に仕舞い込む――村人以外がこんな場所まで来る事はない――と、村へ続く細い道を軽快に走り始めた。


「何かが起こってる様子はなさそうだな…………あれはカイトの親父さんかな? 普通に畑へ出てる。やっぱ天災か?」


 村を見下ろせる位置まで到達した高志は、ざっと眺め見てそんな感想を呟いた。村は相変わらずのどかな雰囲気で、誰かが慌ただしく走っている様子もなければ、急いで荷物をまとめているといった事もなかった。高志が想定した危険の中には戦争という項目も含まれていたが、それはどうやらなさそうだった。


「あ、マリーみっけ。今さっきお参りしたトコだったんだねぇ。おーい、愛しのマリー!」


 高志の背中で、伸び上がるようにして手を振るリーベル。視線を彼女と同じ方へ向けると、高志にも少し離れた場所から手を振り返してきているマリーの姿が確認できた。


「あんま耳元ででかい声出すなよ。耳がキーンって――」


 ――スキルが上昇しました 危険感知2.00――


 流れるアナウンス。思わず止まる口。高志は一瞬の間を呆然とすると、次いで周囲を油断なく見回した。


「…………あの狼が来たのかと思ったんだが、違うのか。まさか本当に地震か?」


 怪訝な顔で周囲を伺う高志だったが、しかしリーベルは相変わらずマリーの方へと手を振っていた。どうやら危険感知が働いたのは自分だけらしいと、彼は首を捻った。


「失敗すると見えないとか、そういうのかね。おいリーベル、また危険感知のスキルが上がったぞ。良くわからんが、気をつけろよ」


 既に崖からは離れており、周囲はしっかりと根の張る森が広がっている。よほど大規模な地震でもなければ大丈夫だろうが、念のためにとそう注意を促す高志。するとリーベルは「はーい」と学生のように手を上げて返事をした。


「おかしも。幼い、駆けない、喋らない、戻らない、だよね。わかってますとも」


「懐かしいなその標語…………押さないの発音がいくらか気にはなるが」


「うへへ、マリーたんかわゆす。あ、こっち戻ってくるね」


「お前が呼ぶからだろうが。無駄に歩かせちまって」


 小走りで高台を下りる高志達に手を振りながら、マリーが逆に道を登ってきている。高志は彼女に申し訳ないと、走る速度を早める事にした。


「いい加減ちゃんと座れ。ちょっと――」


 飛ばすから、と言いかけた所で、不意に引っ張られるような衝撃が走り、そして体が軽くなった。両脇から生えていたリーベルの足がなくなっており、背中はすーすーと涼しく感じる。高志はマリーの所へ急ぐためにリーベルが邪気眼を使ったのだろうと思ったが、しかしその考えはすぐに誤りだと気付いた。


 彼女は今先程、それを使ったばかりだったはず。


 高志はその事に思い至ると、急激な怖気を感じ、ゆっくりと後ろを振り返った。気をつけてはいるつもりだが、もしかしたら道に飛び出していた枝にでも引っ掛けてしまったかもしれないと、それは不幸な事だが、しかし彼はそうであって欲しいと願った。


「あ…………」


 思わず漏れた声。振り返った高志が見たのは、上半身をあらぬ方向へ向けて地面に力なく倒れ伏すリーベルと、その近くにいる巨大な人影だった。


 化け物だ。

 高志はその人影を見て、素直にそう思った。


 2本の手と2本の足。頭は上についているし、目と鼻や口も見てとれる。しかし人との共通点はその程度で、あとは全く違っていた。

 3メートル以上はあろうかというそいつは緑色の体をしており、気持ちが悪いくらいに筋肉質で、ごつごつとした皮膚からはまばらに黒い体毛が生えていた。醜く歪んだ顔からは牙が突き出しており、鼻は冗談のように大きかった。髪はなく、代わりにうろこ状の何かで覆われており、耳は耳というよりもただの穴といった様相。異常なまでに深くくぼんだ眼窩からは空ろな黒い瞳が覗いており、それは高志の方をじっと見つめていた。


「あ……あぁ…………」


 一歩二歩と、後ずさりをする。戦おうなどという案は存在しなかった。狭い檻の中で野生のゴリラと戦わされる方が、まだ勝ち目があるだろうとさえ思えた。


 そしてさらにもう一歩を後ろへ進んだ時、とうとうそいつが高志の方へ足を踏み出してきた。高志はその瞬間にぐるりと振り返ると、全速力で走り出そうとした。しかし――


「あぁっ!! だ、だめだ、駄目だ!」


 遠目に見える少女の姿。何も知らずに高志達に会おうと、小走りでこちらへ向かって来ている。高志は危険を促そうと大きく手を仰いだが、しかしそれは逆効果にしかならなかった。


 そして背後に感じる、何かの気配。


「駄目だ! マリィー!! 逃げろぉおお!!」


 次の瞬間、高志は首をつかまれ、そして無造作に首の骨を折られた。




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