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第25話

「なぁ父さん、また魔物の肉をもらってきたよ」


 トーラ地方では一般的なトーラアブミという幅広の葉に包まれた、ずっしりとした魔物の肉を手に、村の若者であるカイトが父親に向かって言った。彼の父親は畑での農作業の手を止めると、「うん?」と顔をあげ、そして「おぉ」と喜びの声をあげた。


「プレイヤ様からか。こう度々だと申し訳なくなってくるな」


 そう口では言うものの、にこにこ顔の父。カイトは特に何も言わず肩をすくめただけだったが、心の中では豊穣の神レイアに感謝をしていた。食卓に肉があるのとないのとでは大違いだし、しかもこれは美味であり、何よりも薬効ある魔物の肉だった。


「母さんもここ数日体調が良いって言ってたし、またもらえるようならもらってくるよ」


 カイトがそう言うと、父は「頼んだぞ」と一転して真面目な顔で頷き返してきた。彼はそれに「うん」と答えると、今は夕食の準備をしているだろう姉のいる自宅へと向かった。


 カイトの母は昔から体が弱く、特に自分と姉を生んでからはそれがいっそう顕著になったらしく、カイトはその事に昔からどこか申し訳なさを感じていた。父も母も気にするなと言ってくれてはいるが、しかし月の半分近くを寝てすごす母を見ていると、どうしてもそういった想いは募るものだった。


「ウィリーにも礼を言わないとだな。今期の良いやつをまわすか」


 カイトの友人であるウィリーは、若い衆の代表であり、いずれ村を治める立場となる人間だった。昔のように共に森を走り回ったりといった事はなくなったが、しかしその友情は今でもしっかりと続いている。現にカイトの母の事を知っているウィリーは、こうして優先的に魔物の肉をまわしてきてくれている。


 もちろん村の人のほとんどはその事を知っているし、この贔屓ひいきに対して文句を言ってくるような者は誰もいないだろうが、しかし公平性といった面から見ればよろしくないことは明らかだった。ウィリーに対しては自分達用にととっておく出来の良い収穫物をまわす事で礼にもなろうが、しかし他に対しても気を配っておく必要があった。


「供出の麦を少し多目に出すよう、親父に相談しといた方がいいな」


 供出。すなわち一定の割合で村に生産物を提供し、それぞれの世帯に再分配される、いわば年貢のようなそれを、今期は多目に出すよう後で父に勧めようとカイトは決めた。いらぬ嫉妬を買えば、面倒事は増えるものだった。


「ただいま。また肉とパンを交換してきたぞ。姉さん、次はもうちょっと良い見た目のパンを渡せないものかな。綺麗なこげ色の…………うわぁっ、プ、プレイヤ様!」


 いつものように玄関をくぐり、そして台所に立つ姉に肉を手渡した所で、姉と共に厨房に立つプレイヤの姿に気付いたカイトは、思わずそう声を上げてしまった。


「あ、お邪魔してます。いつもおいしい焼きたてのパン、助かってるよ」


 プレイヤの片割れである、タカシが小さく頭を下げてそう言ってくる。カイトは思わずその場で跪きそうになってしまったが、残った理性でなんとかそれを押し留める事が出来た。


 プレイヤを過剰に特別扱いする事は、年寄り衆達から通達された掟として禁止されていた。言い伝えからすると、彼らとは普通の人間として接する事が望ましいらしい。もちろんその理由は誰にもわからなかったが、言い伝えの中にはそれを守らなかったがゆえに起きたいくつもの悲劇が存在しているのも確かだった。


「い、いや…………こちらも、その、おいしい肉をありがとう。ちょっと用事があるんで、申し訳ないけど、失礼」


 カイトは緊張の中そう言うと、台所に肉を置き、足早にその場を去った。用事などなかったが、他に良い言い訳など思いつかなかった。


「うちにいるなんて、びっくりしたな…………母さん、プレイヤ様が来てるみたいだ」


 居間に入ったカイトは、椅子でくつろぐ母を見つけて小さな声でそう言った。すると母は、「そうみたいね」と小さく笑った。


「起きてて大丈夫なの? 昨日も日中はそうしてたじゃないか」


「ここ何日かはとっても調子が良いのよ。きっとあのお肉のおかげね」


「そうかい。でも、あまり無茶は良くないよ。ひざ掛けを取ってくる」


「ええ? ああもう、いいのに。今日は暖かいわ」


 カイトは両親の寝室から布きれを手にすると、居間へ戻って母の膝にそっとかけた。もう春とはいえ、日によってはそれなりに冷える事もあり、油断はならなかった。


「タカシ様は、姉さんと何をやってるんだい?」


「ありがとうね。プレイヤ様は、料理を習いに来たってダリアが言ってたわ。あの娘、なんでもできるでしょう? ウィリーに薦められたみたい」


「料理? プレイヤ様も料理をするのか」


「そりゃあ、するでしょう。こちらにいる間は私達と同じよ。向こうでどうだかは知らないけれど」


「そっか…………ねぇ俺、どうすれば良い? 何かやる事あるかな?」


「ないわよ。いつも通りにしてなさい。年寄り衆が言ってたでしょう、普通に接しなさいって。暇なら父さんの手伝いでもしてきたら?」


「いや、父さんももう手仕舞いに入ってた。じきに帰ってくると思う」


「そう。なら、お爺様にプレイヤ様の言い伝えでも聞きにいったらどう? 今頃はマクダナルさんの家に行ってるはずよ」


「それだ! わかった、ちょっと行ってくるよ」


 カイトはそう言うと、一瞬玄関へ向かいかけ、それを取りやめた。彼は居間の大きな窓に歩み寄ると、それを乗り越えて外へと出た。


「んもう、行儀の悪い!」


 背後からかかる母の声。カイトは手を振ってそれに応えると、祖父の友人宅へ向かって走り出した。




「うわぁ、リーベルが来た! みんな逃げろ!」


 今年6つになるトーラ村の猟師の息子であるティギットは、そう言って仲間達に警戒を促した。


 その日は普段から一緒に遊んでいるいつもの友人達だけでなく、女子の連中も一緒だった。彼はのろまで弱っちい同い年の女子達が好きではなく、しょっちゅういじめたり、いたずらをしたりしていた。当然一緒に遊ぶなどという事は滅多になかったが、しかし今は別だった。特別な遊び相手がいるのだ。


「うへへへ、かわいいちびっ子どもはみんな食べちゃうぞぉ。リーベルさんは男でも女でも構わないんだぜぇ」


 手をわきわきとさせたプレイヤの女が腕を高く掲げ、少年を脅かすように威嚇してくる。村の子供達はそれぞれにわーわーきゃーきゃーと笑顔のまま叫び声をあげ、広い草原の上を逃げ回った。


「あはは、みんなしっかり逃げないと、くすぐりの刑にあっちゃうぞー」


 集まった少年少女の中では唯一年の離れたマリーが、そう言って周囲を煽った。彼女は草原に敷いた敷布の上にひとり座っており、暖かな日差しが気持ちよいのか、目を細めてにこにことしていた。


「マリーは何で逃げないんだよ。ずっこいぞ」


 ティギットがのんびりとしているマリーへ向かい、そう言った。するとマリーは小さく首を傾げ、その後リーベルと同じように両手を高く上げてきた。


「マリーはもう、リーベルの仲間。プレイヤ教の手下だからね。がおー」


「お、お前、裏切ったな!」


「ふふ。ほらほら、捕まえちゃうよ」


「やべ、みんな逃げるぞ!」


 ティギットは5人の男友達と共に、マリーの手から逃げ始めた。彼は足の速さには自信があり、年の近い知り合いの誰よりも速かったが、しかしマリーが相手となると分が悪かった。なにせ相手はあの恐るべき若い衆頭ウィリーの妹であり、しかも彼らよりずっと年上だった。


「待って、待ってよティギット。ちょっと待って」


 彼らの中で最も足の遅いふとっちょクレイが、走りながら泣き言をあげてくる。ティギットは彼を助けようと後ろを振り返ったが、しかしもはや手遅れだった。


「うは、あははは! やめて! やめて!」


 クレイはマリーによって地面に組み伏され、わきの下や首といった所をくすぐられ始めた。クレイは涙を浮かべながら笑い、地面をのた打ち回っていた。


「ティギット、クレイを助けないと!」


 ティギットの袖を、彼の一番の親友であるヴィクトルが引っ張った。ティギットはその場で足を止めると、逡巡し、そして踵を返した。


「よし、クレイをたすけろ!」


 4人でいっせいにクレイとマリーへ向かい、走りよる。するとマリーは形勢が変わったとみたのか、クレイを解放して逃げ始めた。


「プレイヤ教をやっつけるんだ。行くぞー!」


 いつの間にかクレイを助ける事から、邪悪なるプレイヤ教を倒すという目標に切り替わってしまった4人が、再びクレイを置き去りにしてマリーを追い始める。彼らはやがて動きやすいように裾を摘んで走っているマリーへ追いつくと、その足にタックルの要領で絡みついた。


「きゃあっ!」


 もつれ込むように、草原に倒れこむマリーと4人。男達は成し得た勝利に喜びの声をあげると、立ち上がってお互いの手を叩き合わせた。


「あーあー、女の子相手に…………ふっ、マリーは我がプレイヤ教団四天王の中でも最弱。その程度で良い気になってもらっては困るな」


 少し離れた場所で、幼い男女ふたりを組み敷いているリーベルが、そう言って大げさに笑った。せっかくの勝利に水を挿されたティギットは、リーベルの方を指差して言った。


「へっ、歩けないお前なんかに、俺達は捕えられないよーだ」


「そうだそうだ! 捕まったのはクレイだけだぞ!」


「捕まえてみろよー! ほーら!」


 ティギットの挑発に仲間が続き、思い思いの言葉を投げつけ始める。プレイヤであるリーベルは、確かに腕だけで動くにしては驚異的な速度で移動し、その瞬間的な跳躍は恐ろしい速さだったが、しかし走って逃げる分には十分余裕がある程度だった。そうであるなら、彼らが捕まる道理はなかった。


「ふっ、これだから世間を知らぬ者は…………良いだろう。我が真の姿、存分に見せ付けてくれるわ!」


 リーベルが不適な笑みを浮かべ、そう宣言する。ティギット達はその言葉に少しうろたえたが、勇気をもってその場になんとか踏みとどまった。


 しかしそんな彼らの勇敢さも、彼女が次の言葉を発するまでだった。


「邪気眼!!」


 指の隙間から目を覗かせる格好をしたリーベルが、そう口走った。すると次の瞬間、彼女の目が赤く染まり、そして背中から輝く翼が生え、空にふわりと浮き上がったのだ。


「う、うわ、うわあああああ!」


 ティギットの仲間達はパニックに陥り、ある者は尻餅をつき、ある者は一目散に逃げ出した。しかし空を飛ぶ天の使いから逃れられるはずもなく、次々と捕縛されていった。


「女の子は、例え年上だろうと、もっと丁寧に扱いなさい。タックルとか駄目。わかった?」


 さんざんにくすぐり倒され、地面で虫の息となった4人を見下ろして、リーベルが言った。ティギットは息も絶え絶えに「は、はい」と答えると、今後は女子達に対するいたずらを、少なくとも今までよりは控えめにしようと決めた。


 天の罰がこうまで直接的に来るとなると、まさか逆らうわけにもいかなかった。




 高志とリーベルが村で思い思いの時を過ごしていた、その頃。ウィリーを筆頭としたハンターグループの数人は、森の奥深くで膝をつき、食い入るように地面を見つめていた。


「ウィリー、どう思う?」


 猟師のひとりが、リーダーであるウィリーに視線を向けた。それを受けたウィリーはしばし考え込むと、やがて頭を振って立ち上り、言った。


「わからない。だが、注意しておく必要はあるだろう」


 彼らの見据える先には、見たこともない巨大な足跡が存在していた。それは一見すると人のようだが、しかし明らかに大きさの違う、まるで巨人のもののようだった。




----タカシ----------------


歩き:2.60  走り:2.30

運搬:2.05  騎乗:0.00

夜眼:0.15  登攀:3.00

不死:1.00


鑑定:0.25  工作:0.60

医術:0.10  解体:2.00

自然回復:1.45

火起こし:1.00


料理:0.35  肉焼き:0.10


投擲:1.40  槍:0.85

射撃:1.20


衝撃耐性:0.25


不死:1.00


//特性パッシブ

不整地踏破


//特殊アクティブ

なし


//死因

過労死 渇死 毒死、爆死、戦死


----リーベル----------------


歩き:0.05  走り:0.00

運搬:0.25  騎乗:2.40

夜眼:3.50  登攀:0.05

不死:0.00


鑑定:0.50

工作:0.45


医術:0.20  解体:1.75

自然回復:1.15

火起こし:0.50


料理:0.10  肉焼き:1.60


投擲:0.05  槍:1.65

射撃:2.20


衝撃耐性:0.00


//特性パッシブ

不随


//特殊アクティブ

特殊 邪気眼(浮遊)


//死因

爆死、戦死、毒死

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