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第22話


「武器? あるにはあるが、何に使うんだ」


 ウィリーが高志とリーベルへ向かい、反射的に眉をひそめて言った。プレイヤであるふたりは今の所友好的ではあるが、それが恒久的であるかどうかはわからない。ウィリーは余程の事でなければ彼らの願いや頼みは聞いてやるつもりだったが、それが武器となるとせめて理由くらいは聞いておきたかった。


「自分達の食い扶持くらいは何とかしたいから、狩りをしようと思ってるんだ」


 高志が槍を突くような仕草を見せてきた。ウィリーはそれに「なるほど」と軽く返したが、しかし内心ではほっと安堵をしていた。剣や斧を要求されたらどうしたものかと思っていたからだ。


「弓は扱えるのか?」


 ウィリーはシチューの中から熊の肉を木のフォークですくい出すと、小さな嫉妬心と共にそれを口に含んだ。

 

 彼は若い衆を率いて狩りを行う生粋のハンターだったが、しかし熊を狩った事はなかった。昔は集団で熊狩りをした事もあったらしいが、ウィリーが生まれた頃には既にやらなくなっていた。熊自体が珍しいという事もあったが、それ以上に危険だった。今の所はそんな危険を冒さずとも、必要なだけの兎や鹿を十分に獲る事ができる。


「あー、いや。使った事はないけど、練習すれば、多分」


 ウィリーと同じように、高志がシチューを口にしながら言った。彼の隣ではリーベルもマリーと並んで同じようにしており、もっと言えば村中の人間が同じようにしていた。人の胴程もある大きな肉は、村に小さな祭りをもたらしていた。


「では教えてやる。明日の、そうだな。太陽があのあたりに昇る頃には、仕事も終えているはずだ」


 ウィリーは焚き火の光も届かない、暗い夜の空を指差した。明日は狩りの予定がなく、薪割りや水汲みといった雑用を終わらせれば暇なはずだった。


「まじで? ありがとう。頑張ってものにする」


 高志が手を差し出してくる。ウィリーはプレイヤというのは妙に握手が好きなのだなと思いつつ、その手を握り返した。ウィリーは高志と熊肉シチュー作りの過程でいくらか親睦を深めており、少なくともようやく言葉遣いを対等なものに変える事には成功していた。


「きっとお前なら上達も早いだろう。武器の扱いは狩りにおいての最優先ではないが、そのあたりは大丈夫だろうからな」


 ウィリーは再びシチューの中から熊の肉を見つけ、それをほお張った。味は非常に良く、柔らかく煮込まれた肉はとろけるようだった。木の槍で熊を狩るような男が、兎をどうにか出来ないはずがない。


「いやいや、まだ鼠と熊しかやった事ないよ。あとでっけぇ蛇か」


 苦笑いを浮かべた高志がそう言って笑った。ウィリーは笑わなかったが、「おもしろい組み合わせだな」とおどけてみせた。


「はは、俺もそう思うわ…………そういや、ウィリーは狩人なんだよな。この辺りは何が獲れるんだ?」


「兎、狐、狸、雁、色々だが、大物は鹿と猪だな。特にタンピが獲れる日は運が良い」


「タンピ?」


「鹿と良く似ているが、もっと首が短い。その分角が長いか」


「なるほど。固有種かな…………ちなみに、肉はやっぱ解体中にぽんと出てくんの?」


「解体中に…………なるほど。いや、普段我々は魔物は獲らない。獲物の大きさに対して得られるものが少ないし、危険だ」


「…………え? 鹿とかそういうのは、普通に捌いたりとか、そういう感じ?」


「他に何がある…………お前、まさか」


 ウィリーはその場で立ち上がると、今もおかわりの列が並ぶ大鍋の方を見た。高志の話しぶりからすると、恐らくこの肉は魔物の肉と考えて間違いなさそうだった。


「あ、いや、その…………なんかまずかった?」


 高志が何かをしでかしてしまった人間のする、申し訳なさそうな顔で言った。ウィリーは高志の方を見やると、ひとつため息を吐いてから腰を下ろした。


「どうりで美味いわけだ。だが皆には黙っておけよ、面倒になる」


「と、いうと?」


「魔物の肉は高値で取引される貴重品だ。我々も、金子が必要な時には狩る事がある」


「あー、なるほど。そっち方面ね…………みんなの体には毒だとか言われたら、どうしようかと。もうちょっと考えるべきだったか」


 何か反省点でもあるのか、ううんと唸り黙り込む高志。ウィリーは真面目な奴だと感心したが、同時に彼がプレイヤであるという認識を改めて強くした。


 魔物の事などは知っている知っていないという問題ではなく、常識とすら言ってもなまぬるいような、そんな当たり前の事だった。それを知らぬとなれば、それこそどこぞの大貴族の箱入りか、もしくは常識の埒外にいる存在かだ。


「俺はそろそろ床に入る。マリー、もう遅いからお前も来るんだ。つがいにはふたりだけの時間が必要だと、そう教わっただろう」


 ウィリーは空になった木の器を片手立ち上がると、もう片方の手でマリーの手を引き、ぎゃーぎゃーと否定の声を発するふたりに軽く器を持ち上げて返しつつその場を離れた。


「…………まだ眠くない」


 手を引かれているマリーが、目を擦りながら言った。ウィリーは彼女を抱き上げると、「横になればすぐにそうなる」と言って小さく笑った。マリーの寝つきの良さは、兄である自分が一番良く知っていた。


「タカシもリーベルも、凄く優しい。いっぱいお話してくれる」


「そうか。沢山構ってもらうといい…………だが、忘れるなよ?」


「うん。怒らせたら怖いんでしょ?」


「あぁ、そうだ。レイヤ様の使いだからな」


「レイヤ様…………でも、ほんとかな? ウィリーの方が強そうだよ?」


「それは見た目だけの話だ。人を見た目で判断してはいけない。実際あれは…………」


 化け物だぞ、という言葉をウィリーは飲み込んだ。それはあまりに不敬だったし、幼い妹に聞かせるような事でもなかった。


 熊の魔物。そう聞いて、ジャイアントベアを思い浮かべない者はこの辺りにはいなかった。恐ろしく獰猛で、人里に下りてきた時には大きな被害を出す事もある。食欲を満たせば一度は満足する動物と違い、魔物は楽しむようにただ人を殺す。ウィリーもジャイアントベアが付近に住み着いてしまったがゆえに、移動を余儀なくされた村の事を知っている。


「それを、尖った木の枝でか…………村に仇なす事にならねば良いが」


 誰へともなく、ウィリーはぼそりとそう呟いた。




「おぉ、凄いな。慣れれば思ったより狙い通りにいくぞ」


 1メートル程の長さの木でできた弓を手にした高志が、目標であるわら束に刺さった矢を見て発した。そのシンプルな形状の弓は手にした時こそ頼りなさを感じたが、しかしこうして実際に撃ってみるとかなりの威力がある事がわかった。


「先生と道具が良いんじゃまいか?」


 まるで曲撃ちのように、座ったままの姿勢で水平に弓を引いたリーベルが言った。彼女はぎりりと弓を引き絞ると、若干の間の後、それを放った。


「彼女の方が、弓の才はあるようだな」


 ふたりの様子を見ていたウィリーが、的の方を見ながら言った。的に対してまんべんなく矢を生やしている高志に対し、リーベルの放ったそれはほとんどが中心近くを捉えていた。


「高志、いまいくついった?」


「さっき0.8になったとこだな」


「うへへ、僕はもう2を超えたぜぇ」


「まじかよ…………戦士特性ずるくね?」


 武器を手にしているがゆえの緊張感はあったが、なるべくリラックスをしながら訓練を続けるふたり。昼食後に始まった訓練は既に2時間近くが行われており、ふたりとも当初はまともに飛ばす事も出来なかったが、しかし今ではそれなりの腕前となっていた。


「お前も十分に異常だ。それくらいになるには、普通はひと月はかかるものだ」


 複雑な表情をしたウィリーが、腕を組んだままそう言った。高志は「あ、そうなのね」と安堵の声を発すると、次いで「ウィリーはいくつなんだ?」と質問をした。しかしウィリーはそれを聞くと、眉を顰めて首を傾げた。


「話からすると、君らは数で上達が見えるのか? 我々にはそういった恩恵はない」


「え? あぁ、そうなんか。でもスキルは普通にあるんだろ?」


「ある。上がれば上がったと、下がれば下がったと出る。上達した者は特別な恩恵を受ける事もあるな」


「うお、下がる事もあるのか…………って、そりゃそうか。人は忘れるし、鈍るわな。特別な恩恵っていうのは、特性とかの事か?」


「そうだ。こういうのだな」


 ウィリーはそう言うと、彼の私物だろう細工の入った弓を左手に、高志達と同じ矢を右手に持ち、だらんとした格好で両腕を下におろした。


「…………えっと、すまん。いったい何がおっとっ!?」


 高志が喋りかけていた最中、ウィリーが目にも留まらぬ早さで矢をつがえ、そして間断なく打ち放った。矢は高志の少し前を通り過ぎ、目標のど真ん中を捕らえる。高志は呆然としたまま的の矢を見ると、ウィリーの方へ振り返り、称賛の拍手を送った。


「すげぇ早さだな…………もし的が俺だったら、反応する間もなく死ぬ自信があるわ」


「早撃ち(クイックドロウ)という恩恵だ。他にも精密射撃スナイピングや、溜め撃ち(チャージドショット)といったものを聞いた事がある。君らの事だ。いつかそういった恩恵も賜るだろう。しかしだ――」


 ウィリーはそう言って足元にあった木片を手にすると、それを無造作に放り投げた。高志はまさかという思いで木片の動きを追うと、やがて期待通り一本の矢が空中でそれを貫いた。


「恩恵に頼らずとも、この程度の事はできる。そして同じ恩恵を持つ者同士でも、技量はまちまちだ。恩恵は君らを後押しするが、前へ進む意思がなければ動かない。言いたい事はわかるな?」


 高志達の方を見て、ウィリーが小さく笑う。高志は「オーケイ、先生」と返すと、彼の言葉の意味を考えながら矢をつがえ始めた。


「恩恵…………特性やスキルは、ブースト系と考えた方が良さそうだな。特定の能力を強化するような…………」


 高志は十分に狙いをつけると、矢を放った。矢は真っ直ぐにわら束へと向かい、しかし中心とは少し外れた場所へと突き刺さった。


「ひと言で言えば、鍛錬を怠るなって事か」


 木をくりぬいて作られた矢筒から次の矢を取り出すと、高志はまた弓を引き始めた。

 そして次の1投は、その前のよりは良い場所へと飛んでいった。




ごちゃごちゃと書いてますが、進展遅いかな…………

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