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第21話




 翌日、ただ木の板でふさいであるだけの窓から差し込む光で目覚めた高志は、自分がゲームの世界の中で眠ってしまった事に気付き、あわてて飛び起きた。

 しかしながら当然何事もなく朝を迎えており、荷物が荒らされている事もなければ、自分達の身に異変が起きているといった事もなかった。


「ゲームの中で寝起きするってのは、こう、変な感じだな」


 ぐっすり眠ったせいだろう、眠気は全くなかったし、身体の疲れはとれていたが、それでも拭い去れない不気味な感覚のようなものは残った。

 高志はVRデバイスを外してちらりと現実世界の時計を確認すると、針はまだ土曜日の夜10時を指していた。熊と戦い、渓谷を越え、そして村でひと晩を過ごす。そんなこちらの世界での数日も、向こうではまだたったの一日すら経過していないのだ。


「休日が長くなったと考えると悪くはないんだが…………向こうの俺は座りっぱなしで大丈夫なのかね」


 高志は大きく伸びをしてから簡単に体を動かして調子を確認すると、まだ夢の世界に行ったままのリーベルの頬を軽く叩いた。


「朝だぞ。起きろ…………うーん、こういうのは美人でも不気味なもんだな」


 現実世界にいれば絶世の美女ともてはやされただろう顔も、白目を向いて涎を垂らしていれば台無しだった。


「んんー、柿食べたいよぉ……」


「おい、寝ぼけてないでさっさと起きろ。もう結構日が高い」


 電気の明かりがない以上、行動は日中に終了せねばならない。それは村であっても森の中であっても同じだった。


「寝てても構わんが、置いてくぞ」


「うやぁ…………起きる……起きるから待ってぇ」


 高志は寝ぼけ眼のリーベルを背負うと、まずはお礼と挨拶がてらに村を見てまわる事にした。取り急ぎやらねばならぬ事はなく、それに文化面や生活についてなど、色々と聞いてみたい事もあった。


「村長の家でしたら、ほら、あの3つ向こうの大きなお屋敷がそうですよ」


 ふたりは近くの井戸で水を汲んでいた女性に礼を言うと、一度家に戻り、まだ手を付けていなかった葉に包まれた熊肉を手にした。


「もうちょっとで腐っちゃうもんね。干し肉にするのはもったいないし」


「そうだな。それに熊の肉ならお礼としても悪くないだろ」


 再び外へ出て、太陽の光を楽しみながら村長の屋敷へと向かう。途中で何人かの村人とすれ違ったが、皆陽気に声を掛けてくれ、高志達はここがいよいよ平和な場所であると実感した。


「これは凄い。熊の肉なんぞいつぶりの事やら。いやいや、かえって気を遣わせてしまったかのう」


 高志はどうせ放っておけば駄目になってしまうからと村長に巨大なブロック肉を押し付けると、夜は鍋で皆に配ると言う彼に楽しみにしていると告げた。重さで言えば10キロ近くはあるだろうから、確かにスープなりシチューなりにすれば相当数の人数が楽しめそうだった。


「少し村を見てまわらしてもらっても良いですか? 仕事の邪魔はしませんから。遠くから来たもので、色々と珍しくて」


 高志は村長の許可を得ると、リーベルを背負ったままあちらこちらを見てまわる事にした。当然あてはないので、ただ興味の向くままに歩き始める。


「こんにちは、ウィリーさん。精が出ますね」


 平野に木霊する木を打ち付ける音につられて隣の家屋に向かってみると、鉈を使って薪割りをしているウィリーの姿が。


「ウィリーだ。君らは客だし、そう歳が離れているようにも見えない」


 鉈を肩に預けたウィリーが、きっぱりと言った。人を呼び捨てにする事にあまり慣れていない高志は少しまごついたが、結局は「了解」と返す事にした。


「薪を使うって事は、冬があるのかな」


 ウィリーにではなく、高志の耳元に呟くリーベル。高志が彼女の疑問をそのままウィリーに伝えると、「冬は冷える」との答えが返ってきた。


「時期的に、今は春ですよね。春、夏、秋、冬?」


 高志の質問。それにウィリーが何を当然の事を、といった顔をした。


「そうだ。年によっては夏が来ない事もある。冬は雪が降ったり降らなかったり…………君らの所は違うのか?」


「同じだけど、うーん、夏が来ないって事はないかな。冷夏の事?」


「いや、弱い夏の話ではない。一年に渡って春のような気候が続く事がある。作物の調子がおかしくなるから、レイヤ様にそれとなく困っていると伝えておいてくれないか?」


「うぅむ、さすがファンタジー世界…………レイヤ様?」


「あぁいや、忘れてくれ。これは良くないな」


 何か思う所でもあったのか、ウィリーはかぶりを振ってから自分の頬をぱちりと叩いた。その後彼が「話しながら続けても?」と鉈を掲げて見せてきたので、高志はリーベルを下ろし、「どうぞどうぞ」と見えない何かを両手で押すような仕草をした。

 その後高志はウィリーが薪を割る姿をしばらく見ていたが、「そういえば」と前置きをしてから口を開いた。


「この近くに、町ってあるんですかね。人が沢山住む、都会の」


「ある。だが、近くはないな。大きな所までは、歩いて4日程かかる」


「うわ、遠いな。あぁいや、ダッシュだと丸一日って所かな?」


「そんなには走れないだろう。道も悪い。足自慢のクルードでも2日はかかる」


「…………です、よね。はは」


 疲労の表示に気を付けてさえいれば何時間でも走っていられる高志はウィリーの言葉に疑問を抱いたが、しかし深くは触らないようにしておいた。もしかしたら自分達はかなりのイレギュラーな存在である可能性があり、人と暮らすのであれば、少なくともそうと知られるのはあまり望ましくなかった。


「ちなみに、スキルって通じます? 視界に文字が現れたり、なんていうのは…………」


「もちろんだ。アルバス様に感謝を。告知は誰の目にも表れる」


「なるほど…………すいません、変な事聞いちゃって」


「構わない。プレイヤとはそういうものだと聞いている」


「あ、そういう感じなのね…………」


 高志はその後も1時間近くを、ウィリーが薪割りの仕事を終えるまで、生活の事や文化についてを聞き続けた。ウィリーは表情をあまり顔に出さないタイプのようで、邪魔なのかどうかの判別が難しかったが、本人が口で言うには会話を楽しんでくれたようだった。


 その後ふたりは色々と教えてくれたお礼にと、薪を冬まで貯蔵して乾燥させる為の施設に運ぶのを手伝い、丁寧に礼を言ってから散策を再開した。


「さすがゲームの世界と言うべきなのか何なのか、やりやすそうで良かったな」


 村の中央を貫く道を歩きつつ、高志が先程のウィリーとの会話を思い出して言った。文化的には古きよき日本の農村や、一般的な人々が想像するいわゆる中世ヨーロッパ世界といった、そういった雰囲気に近いものだった。所々に魔法という単語が現れた事を除けば、地球のある時代ある地方のどこかと言われても違和感はない。


「会話が通じないとか、文化が違いすぎて言ってる事の意味がわからないとか、そういうんじゃゲームにならないもんね」


 背中のリーベルが、先程までとはうって変わって上機嫌に言った。高志は「だな」と同意すると、視界に入ってきた畑を眺め見た。


「何を育ててるんだろうな。昨日パンが出たから、小麦あたりはあるんだろうけど」


 まだ育ち始めなのだろう、青い芽の植物が等間隔に生えた畑。近くには農具や何かを入れておくものだろうか、みすぼらしい小さな小屋が建っている。

 

 高志は農作物にいくらか興味をそそられたが、立ち入る真似はしなかった。建物に入る際に使ったトーラ松とやらは高志の記憶にはかすりもせず、この世界には未知の植生があるだろう事が伺える。であるなら、この新芽の畑も実は収穫可能な状態であってもおかしくはなかった。芋の畑で靴紐を結ぶようなまねは控えるべきなのだ。


「マンドラゴラないのかな、マンドラゴラ。抜いてみたい」


 縁日で肩車をしてもらっている幼子のように、リーベルが背中で伸び上がって周囲をきょろきょろとしている。高志は落とさないように彼女をしっかりと支えつつ、「どうだろうな」と適当に返した。


「キマイラとか、マンティコアとか、ドラゴンとかワイバーンでもいいな」


「そんなん出るとこに人は住まねえよ。町まで4日もかかるわけだから、土地はいくらでもある」


「夢がないなぁ、タカツィンは。政治家にでもなるんか?」


「村の散策中に大規模破壊兵器の出現を願うような事を、お前は夢と申すか」


 高志はリーベルと共に雑談を交えつつ足を進めると、やがて村はずれとおもわしき場所へと到達した。なぜ村はずれとわかったかというと理由は単純で、ただそこより先に建物が全くなかったからだった。


「森に行くのはおよしよ。魔物が出るよ」


 背後からかかる声。高志が首を回すと、最後の家のすぐ脇にある大きな岩に腰掛ける老女の姿が見えた。


「魔物、ですか?」


 高志が尋ねる。すると老女はゆっくりと頷き、「そうはなりたくないだろう?」と少し離れた場所の地面を指差した。


「…………これは、動物の骨ですね」


 老婆の差した場所へ歩み寄ると、半ば土に埋もれた動物の骨の塊が見てとれた。大きさからすると小型の牛か羊といった程度で、それなりにある量の骨はどれも必ずどこかが砕かれているのだった。


「トーラウルフにやられたのさ。連中、ちょっとした小屋なら食い破っちまう」


 老婆がそう言い、今度は家の傍にある小屋を指差した。そこにある小屋は壁の板が破られており、人が通れそうな大きさの穴が開いていた。


「狼が出るんですか…………危険なのでは?」


「そりゃあ、あんた。家畜には申し訳ない事をしたとは思ってるよ? それと狼じゃあないよ。トーラウルフ。もっとおっきいのさ」


「あぁ、そうなんですか…………って、そうではなくて、お婆さんはここに住んでるんですよね?」


「そりゃあそうさ。もちろん、あたしのひいばあさんだってここに住んでたさ」


「襲われたりしないんですか? その、トーラウルフとやらに」


「襲われる? あたしがかい? ははっ、おもしろい事を言うあんちゃんだね。トーラウルフは賢いから、人の里で人間を襲ったりはしないよ。見かけない顔だが、よそ様かい?」


「えぇ、つい昨日お邪魔したばかりです」


「そうかいそうかい、結構な事。どれ、茶でも入れるから飲んできなさい。独り身の話し相手になっておくれ」


 老婆はそう言うと、ゆっくりとした動作で立ち上がり、建物の中へと入っていった。高志は途中で「お構いなく」と声をかけたが、しかし老婆は何の反応も示さなかった。聞こえていないという可能性もあったが、どちらかというと聞こえないふりをしているのだろうと高志は思った。つい先程まで、しっかりと会話をしていたのだから。


「ふふっ、おばあちゃんってのは、どこでも一緒だね」


 リーベルが優しい声で言った。高志はいくぶん呆れた顔で「だな」と同意すると、開いたままとなっている入り口へと入っていった。


「トーラウルフってのはね、狼の王様なのさ」


 高志の借りている部屋とさして変わらない簡素な家具に囲まれた土間の家にて、何か香りのする葉で味付けされたらしい素朴なお茶をいただいていると、老婆がいかめしい顔でそう言った。


「びっくりする程頭が良いから、人の里で人を襲うとどうなるかを知ってるのさ。だから人には手を出さない。でも、森へ入ってくる馬鹿な連中に対しては、別さ」


 孫に怪談を聞かせる祖父母のように、おどろおどろしいといった表情をする老婆。高志はなるほどと頷くと、口を開いた。


「だから家畜や家禽がいないんですね。こういった農村では大抵が飼われてると聞きますから」


 森と、そして草原。村は家畜を飼うには最適と思われる場所にあるのに、しかし高志は散策中に一切の動物を見かけなかった。ゲームの世界だからと言ってしまえばそれまでだが、しかしそれは不自然だった。


「何度も挑戦してはいるんだがねぇ。罠は避けられちまうし、山狩りしようったってどこにいるのかわかりゃしない。きっと人死にも出る。まぁ、そんな事しなくても、食うに困っとるわけでもないしね」


 老婆はそう言うと、木の器に盛られたビスケットのようなものをひょいと口に放り込んだ。彼女は高志の方に器を押しやるようにし、高志は老婆に礼を言って、味気ない硬いパンのようなそれをほおばった。


「そうですか…………そうかもしれませんね」


 そう言って頷く高志。しかし彼はとりあえず話を合わせたが、内心ではきっと嘘だろうと考えていた。

 飢えていない農村などというものは、基本的には存在しない。本当にそうであるならば人口はおのずと増えるはずで、とっくに町なりなんなりになっていると考えるのが自然だった。食料資源というのは有限であり、人口というのは輸送コストやら生産力やらで大体が決められるものだ。高志はきっとこの土地の人口も、新しい農法や化学肥料が開発されるまでほとんど変わらずに推移していくのだろうと、そう推測した。増えすぎれば飢餓や冬の寒さ、場合によっては争いによって調節されるのだろうと。


「だからこそ文明も発展するんだがな…………歴史の授業ってのは、嫌な真実を教えてくる」


 高志はひとりで住むにはあまりに広く、そして必要のない4脚の椅子を見つめると、そんな事を口走った。


 そしてふたりはその後しばらくを老婆の話に付き合うと、やがて礼を言って家を後にした。「またいつでもおいで」という老婆に手を振って頷き、元来た道を引き返し始める。まだ日は高いが、さすがに一日中話を聞いているわけにもいかなかった。


「…………別にあのお婆さんがどうこうって話じゃあないんだが」


 歩き始めてしばらく。老婆の家から少し離れた頃に、高志はそう前置きをして、リーベルの方を振り返った。しかし続きを話そうとする高志の口を、リーベルの人差し指がさえぎった。


「ビスケットおいしくなかったけど、お礼はしないとね」


 得意げな表情のリーベル。高志は眉を上げる事でそれに答えると、小さく笑った。

 これで少なくとも、明日からやる事は決まりそうだった。




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