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第19話

 男達の中のひとりが言った通り、村は少しばかり歩いた先にあった。


 さして多くはない会話をぽつりぽつりと交えつつ森の中を30分も歩くと、ふと視界が開け、少し低くなったくぼ地に作られた村の姿が高志の目に飛び込んできた。

 村は村らしくというのか、一軒一軒の家々がそれなりの距離をとって建てられ、それぞれの傍には畑と思わしき広いスペースがあった。ざっと見渡すと40から50の家屋が存在し、それぞれがひとつの世帯と考えると、だいたい500人かそこらの人口だろうかと高志は考えた。もちろん地球は昔の農家のように子沢山の拡大家族がメインというわけでないのなら、ずっと少なくはなるだろうが。


「村の名前はなんて言うんですか?」


 隣を歩く男に声をかける。すると男は少し考えた様子をみせ、その後何か思い出したかのような反応を見せた。


「よそからは東トーラ村と呼ばれてます。すいません、普段は単に村としか呼ばないもので」


「あぁ、なるほど。村に住んでる側からすれば、確かに村で十分ですもんね」


「えぇ、えぇ、そうなんです。頭目や買い付け役くらいしか、外へ出る者もおりませんから」


 高志は人の良さそうな男と会話を交わしつつ、村へ向かって歩みを進めていく。やがて段々と見えてきた村の姿は平和そのもので、遠目に自分達を待っているのだろう人の集まりが見てとれた。


 家々は簡素だが広くつくられた家屋で、おそらく自分達で建てたのだろう雑で歪な造りは崩れやしないだろうと心配になる程だが、しかし長い歳月を感じさせる経年劣化の汚れは、逆にその心配を払拭させてくれた。

 

 敷いたというよりは歩き続けているうちにそこだけ邪魔な草がなくなったといわんばかりの道を歩き、詰まれた薪、立て掛けられた農具と思わしき道具、わら束、焼き物の大きなかめ、気持ちばかりの屋根が取り付けられた井戸や、何かのモニュメントらしき石柱といった、村の生活を想像させる品々の脇を通り過ぎていく。


 少し離れた場所にはあぜや建物に身を隠しつつ、後をつけてくる子供たちの姿が見える。高志が手を振ると完全に隠れてしまうが、しかし少しするとまたひょっこりと頭を覗かせるのだった。


「あれが村長だ。ぜひ挨拶をしてやって欲しい。普段は暇をしてるんだが、客が来るといつもああやって出迎える…………あぁもう、あいつら。出るなと言っておいたのに」


 先頭を歩いていたリーダーらしき青年はそう言うと、小走りに集まった人々の方へ先行していった。高志は小さく笑って彼を見送ると、「良さそうなところだな」と背中のリーベルへ向かって言った。


「そうなの? まだわかんないじゃん。定期的にやってくる魔物と死闘を繰り広げてるような、そんなトコかもよ?」


「いや、ないだろ。土地は広く使われてるし、防衛用の柵もなければ、荒らされてるような様子もない。何より村長が暇だって事は、そんだけ平和だって事だよ」


「にゃるほどー。やっぱ高志って頭いいね」


「いや、意識して見てりゃ誰でもわかるだろ」


 ふたりは村長とやらが杖をついた老人だとわかるまでに歩みを進めると、通じるかどうかはともかく頭を軽く下げて会釈をし、一度立ち止まってから荷物を地面へと下ろした。


「文化面がどうなってるかわからんのでなんともだが、とにかく友好的にいっとこう。場合によっては長くお世話になるかもしれんしな」


 荷物を下ろしつつ、高志が言う。それにリーベルが首を傾げた。


「せっかく来たのに、すぐ出てっちゃうの? お宝なさそうだから?」


「俺はどこの盗賊だよ…………そうじゃなくて、文化的に俺らが受け入れられない社会だって可能性もあんだろ。様子的にないとは思うが、超男尊女卑な社会とかだったらお前どうすんだ」


「あー、エロ本とかであるようなやつ? そっか。そういう可能性もあるんだよね」


「エロ本て。お前が想像してるのがどんなんだかは知らんが、制約が多いときついと思うぞ。宗教とかもわからんし、今みたいな自由主義社会が構成されたのって最近だしな」


「女性は村の共有財産とか、よくあるシチュだよね? あ、でもログアウトすればいいのか」


「お前はとりあえずエロから離れろ」


 荷物を下ろし終えた高志は再びリーベルを背負うと、興味深そうにこちらを見ていた老人の下へと歩み寄った。彼はリーベルの足が不自由である事をいつも以上に気遣った調子で彼女を下ろす事で暗に老人へ伝えると、笑顔を浮かべて手を差し出した。


「初めまして、タカシと申します。お出迎えいただき、ありがとうございます」


 敬語や何かがどうなっているのかはわからないが、日本語が通じるのであれば大丈夫だろうと、普段仕事上の取引先に対してそうするように、とりあえずそう発する高志。彼が若干の不安と共に反応を待っていると、村長とされた老人は高志の手をとり、にこやかな笑みを浮かべてくれた。


「これはこれは、ご丁寧にどうも。トーラの村長なんぞをやらせてもらっている、ブロントと申します」


 もう重労働からは遠ざかっているのだろう、痩せてはいるが、柔らかい手。高志はどうやら問題なく意思疎通が出来そうだと安堵すると、リーベルの方へと視線を移した。


「…………あ、僕? えっと、すいません。リーベルって言います。足が、その…………歩けないので、ここで、ごめんなさい」


 いつも高志と接している際の元気なそれとは違い、おずおずと、消え入るような声のリーベル。視線は下の方を向き、背を丸め、全身から不安を滲ませていた。


「おぉ、おぉ、足が悪いとは、お揃いですな。私なんぞは、これが無ければ立つ事もままならん。邪魔やら頼もしいやら」


 自らの持つ杖を、憎たらしいとばかりに足で蹴りつける村長。すると彼はその拍子にバランスを崩しかけ、高志は普段リーベルにするように慌てて村長の体を支えた。


「おぉっ、おっ、これは申し訳ない…………おほっ、やはり女性は笑顔の方が良いですな」


 村長がリーベルの方を見て笑う。リーベルは何か照れたように口元を押さえており、高志は村長の村長たる所以を垣間見たような気がした。


「村長、客人は東から来たばかりです。疲れておいででしょうから…………」


 高志達を先導してきたあの若者が、近くの建物の方を手であおぎながら言った。村長は口癖なのか「おぉ、おぉ」とそれに頷くと、「何も無い所ですが」と前置きをして、同じく小屋をあおいだ。


「どうかゆっくりして行って下され。簡単な食事と、今湯を用意させております。ここは集会場として使っている所ですが、普段は開いておりますから、使ってやって下され」


 村長がそう言うと、若者が高志達を建物の方へを誘導し始める。高志は村長に丁寧に礼を言うと、リーベルを背負い、荷物はいつの間にか持っていてくれた別の村民に任せ、建物の方へと向かった。


「本当にわざわざすいません。改めて礼をしますと、村長に伝えておいて下さい」


 他の家屋よりもひときわ大きい建物の前にくると、恐らく急遽運び出されたのだろう雑多な品々がその傍に置かれているのに気付き、高志が若者に向かってそう言った。若者は何か誤魔化そうとするかのような言動を見せたが、高志が見ているそれに気付き、いかにも「あちゃー」といった様子で顔を押さえた。


「あいつら…………あぁ、もちろん伝えておく。だが、君らも、その、気にせず使って欲しい」


 決まりが悪そうな様子の若者。高志は彼の誘導に従い木の引き戸を通ると、建物の中へと足を踏み入れた。


「おぉ、凄いな。む…………見事な一軒家だ」


 気を損ねるかもしれないと、昔ながらのという言葉を飲み込みつつ、高志が言った。

 家の中は大昔の日本家屋と同じく、大黒柱に支えられた広い空間を持つ一間で、確かに集会場として使うには十分な大きさがありそうだった。


 現在は高志達が来たためか、オフィスで使うパーティションのような板が何枚も連ねて立てられており、天井付近の空間は繋がっているものの、部屋分けのようなものがされていた。上にはいくつものはりが左右に走っており、板で出来た天井を支えているようだった。


 地面は固められた土間で、入り口付近には水瓶と思われる大きな焼き物が木枠にはめられて置かれている。そこの壁に掛けられているいくつかの細い木の束は何だかわからなかったが、若者が自分の服をそれで軽く払った事で、用途が理解できた。高志は彼に習って同じようにすると、リーベルにもそれを手渡した。


「すっごい細いし、柔らかい木だね。見たことないや」


「君ら……失礼。そう呼んでいいのかな。そちらの方には、トーラ松は生えてないのか?」


 木の束をいじって感想を述べたリーベルと、それに返す若者。高志はもごもごと口ごもったリーベルに代わり、「構いませんよ。松は、ちょっと知りませんね」と当たり障り無く返した。


「そうなのか。都会の方では鳥の羽を使うと聞くし、これを使う方が珍しいのかもしれないな」


 若者はどうでも良い事を話すようにそう言うと、家の中央の方へ歩いて行った。高志はパーティションに沿って彼についていくと、やがてシンプルな木のテーブルと2脚の飾り気のない椅子が置かれている場所へと辿りついた。


「この仕切りからこちら側へは、許可無く立ち入らないようにと皆に話してある。守るとは思うが、もし勝手に入る者がいたら教えてくれ」


 パーティションへ手を添えて、若者が説明してくれる。高志は一枚だけ斜めに置かれている仕切りが小さめであるのに気付き、なるほどドア代わりかと納得した。


「そっちには寝床をふたつ置いてある。ひとつでも良いかとは思ったんだが、君らの所ではどうだかがわからなかったから、念のために。邪魔ならどかせるから言ってくれ。そこの棚には必要なものがひと通り入ってると思うが、足りないものがあればそれも言って欲しい」


 若者が別の仕切りの向こうを指差す。そちらを覗き込むと木組みのベッドが確かに2つ置かれており、上には薄い布が敷かれていた。広い一軒家のおよそ半分程を使ったスペースはふたりで使うには十分過ぎる程で、高志は村の歓迎に改めて感謝した。


「至れり尽くせりで、本当に助かります。えぇと、名前を伺っても?」


 高志がそう言うと、若者は「しまった」といった様子で手を差し出してきた。


「若い衆頭のウィリーだ。挨拶が遅れて申し訳ない。よろしく頼む」


「いえいえ、急に押しかけてきたこちらが悪いんです。よろしく」


 村長のそれとは違い、ごつごつとした、力強い手。高志はようやく人間らしい生活が出来ると、感謝の念を込めてしっかりとその手を握り返した。




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