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第15話


「にゃるほど。でも罠なら、蛇の毒を使えばいいんじゃないの?」


 リーベルの何気ないひと言。それを耳にした高志は、予備の為にと作成した干し肉作成機3基の方を見て、それを作るのに要した労力を思い出すと、崩れ落ちた。


 結局リーベルがログインしたのは、本人の申告通りの3時間後だった。ゲーム中で言えばほぼ半日が経過し、今はもう何時間かで夕方といった時刻となる。


 高志はひとりの時間を使って新たな干し肉作成機ふたつを作成し、その為に必要なネズミも4匹を捕まえていた。彼はどうやって爆風の範囲に熊をおびき寄せるか、といったような事を考え続け、そしていくつかの案までも用意していた。


 しかしそれらをどう好意的に考えたとしても、明らかにリーベルの言った毒を使った罠の方が効果的だった。


「やっぱ人間、独りは駄目だな。自己への客観性なんてたかが知れてるわ」


 高志はそう言ってがっくりうなだれると、しかしより良い案があったのだという事実に着目し、気を取り直す事にした。少なくとも彼が考えていた案の中で、他が駄目だった場合にと考えていた、干し肉作成機を抱えた状態での肉弾突撃を実行しなくて済んだのだから。


「でも、熊って干し肉食べるのかな?」


 のほほんとした様子のリーベルが、小さく首をかしげて言う。高志は「多分な」と答えたが、しかし問題は毒の方だと考えていた。熊は雑食性なので何でも食べるだろうが、しかし犬以上に鼻が良いらしく、毒を見破られる危険性があった。


「干し肉や焼き肉の、あの何ともいえない香りに期待するしかないな。まぁ、やるだけやってみよう」


 どうせ駄目元での行動だと、高志はそう言って気楽に捉える事にした。色々と熊撃退の方法を考えてはいるが、しかしそれらは遭遇しない、迂回する、といった消極的方向性よりも優先すべき事案というわけではなく、駄目だったら迂回して道を探そうという考えが基本だった。


「熊かぁ。おいしそうだし、皮が出るといいよね! おっきいよ!」


 熊の焼き肉でも想像しているのか、生唾を飲み込むリーベル。高志が「毒殺だから食えねぇぞ」と言うと、彼女は先程の高志以上にがっくりとうなだれた。




「なんだこの味は…………ネズミ肉に対する印象ががらっと変わったぞ」

「おいしい…………もうなんか、売り物のジャーキー以上だよこれ」


 例の崖より手前数キロの地点。いよいよ罠を用意しようと準備を開始したふたりだったが、予想外の事態にしばらくを食事に費やす事となった。


 持ってきた高品質干し肉作成機で干した肉が、想像以上の絶品だったのだ。


「柔らかいし、味の染み具合がたまらんな。ネズミの臭みも、まぁ、悪くないアクセントだ」


 干し肉は手で簡単に千切れ、燻製にしたわけでもないのに、わずかだが木の香りがした。高志はそれを口に放り込むと、噛む程に染み出る深い肉の味わいを楽しんだ。


「普通でこれだと、もっと凄いのが出来たらどうなるのか…………僕は今から楽しみだよ。ふふっ」


 なぜか遠い目をしたリーベルが、薄暗い感情をあらわにしたかのような、少々歪んだ笑みで言った。高志はもしかすると彼女は食にうるさい類の人間なのかもしれないぞと、念のため頭の中に入れておく事にした。


「正直自分達で消費したい所だが、これで干した肉もひとつ持ってこう。それと焼いた状態のひとつと、生の状態のをひとつか」


 顎へ手をやり、高志がそう呟いた。それにリーベルが「そんな少しでいいの?」と首を傾げる。


「熊さんってもっと一杯食べそうじゃない?」


「自分を殺した獣にさん付けする度胸は尊敬するが、量は少なめでいく。毒が少なくなると、効くのかがわからん。全部食ってくれりゃ一緒ではあるんだが」


「あー、そっか。どれ食べるかわかんないもんね」


 ふたりは川沿いの現時点を仮の拠点とする事にすると、ひとまず荷物一式をそこへ置いておく事にした。そして必要な道具のみを手にすると、崖の方へ向かって歩き出した。


「この辺はもう、あれの縄張りと考えた方がいいだろうな」


 昨日と同じルートを通り、しかし慎重に足を進める。高志は逃げる場合の事を考えてリーベルを連れてくるつもりはなかったのだが、しかし考えがあるという彼女に押し切られ、結局いつものようにふたりで行動していた。


「この辺に仕掛ける?」


 リーベルが背中で言った。高志は「そうだな」と頷くと、一旦リーベルを下ろし、そして用意しておいた格子状のボックスを地面へと置いた。これは熊以外の動物が食べてしまわないようにと用意したもので、簡単には壊れないように組んであった。


「…………よし、こんなもんだろ。後は一度戻って、探索を再開しよう」


 罠の利点というのは、わざわざ監視し続ける必要がないという点にある。見ていようと見ていまいと、一度手を離れた以上、結果は同じとなる。そうであれば待っているだけ時間の無駄で、他の事に時間を使うべきだった。



 ――スキルが上昇しました 罠0.40――


「おぉっ?」


 熊に遭遇した地点を避け、渓谷沿いをいくらか探索していた頃。高志の視界にそんなアナウンスが現れ、彼は邪魔な草を払いのけていた槍を持つ手を止めた。


「なになに、何かめっけたん?」


 背中から乗り出すように、リーベルが覗き込んでくる。高志がアナウンスが流れた旨を伝えると、彼女は「様子見に行こうず!」と意気込んだ。


「しかし、これ便利だな。どこにいても罠が発動したってわかるぞ」


 何時間かの間を空けて定期的に見に行く必要があるだろうかと考えていた高志は、これは楽だとそう発した。


「だねぇ。でも、うまくいかなくても上がったりもするんじゃないの? もしくは、スキルが高くなりすぎてなかなか上がらなくなるとか」


「あー、両方ともありえるな。あまり頼りすぎも駄目か」


 ふたりは現地点の探索を切り上げると、元来た道を引き返し、罠を設置した場所へと向かった。



「わお、こいつはパワフルだな」


 破壊された木の箱を見て、高志が呟いた。


 幸いな事に中の肉は持ち去られたのか食べられたのかその場にはなかったが、しかし残念ながら熊の姿もまた、そこにはなかった。


「ねぇねぇタカシ、そこそこ」


 リーベルが地面の一角を指差す。高志は彼女の示す方を見ると、そこに足跡を見つけ、しゃがみこんだ。


「…………俺は専門家じゃないから確かな事はわからんが、大型動物の足跡ってのは確かだな。俺と足と同じくらいの大きさがある」


 生き物の足の大きさは、だいたいが体重と比例する。人間の場合は2本の足で体重を支えているが、動物の場合は4本であり、それで同程度の大きさなのだから、相手が少なくとも自分よりも巨体である事は容易に想像がついた。


「どうしよう。足跡についてってみる?」


 声のトーンを落とし、耳元でひそひそとリーベルが言った。高志は彼女の息をくすぐったそうに避けると、「そうしてみるか」と発した。危険なのはわかっていたが、罠の成果がどうなったのかを確認したかった。


「弱っているようなら、そのまま体力がつきるのを待つか、場合によってはとどめを刺せる。元気なようだったら諦めるか、別の方法を探そう。そもそもどうしても仕留めなきゃいけない相手じゃないしな」


「りょーかいだよ。別の動物だった時はどうする?」


「うーん、同じエリアに複数の大型捕食動物がいるとは考えにくいんだが、もしそうだった場合も迂回の方向かな。熊が健在であれば危険な事に変わりはないんだし」


 高志はそう言うと、わかったと頷くリーベルと共に、足跡を追跡していった。幸いにも柔らかい腐葉土はしっかりとした足跡を残しており、素人である高志にも十分に追う事ができた。


「タカシ、あれ」


 追跡を開始してから30分程。注意深く地面を探っていた高志に対し、リーベルが小さな声で呟いた。高志は声のトーンからそうするべきと判断して物音を立てないように注意すると、ゆっくりと顔を上げた。


「…………いるな。下ろすぞ?」


 地面に倒れ付す、熊の姿。高志はゆっくりとリーベルを木の陰に下ろすと、足音を立てないように慎重に近付いていった。しかし枯葉や小さな枝が散乱する森の中では、どう頑張ってもいくらかの音が出てしまい、高志はそれにかなりいらいらとした。


「………………」


 槍を持つ手に汗がにじみ、緊張から生唾を飲み込む。こんな何の変哲もない場所で熊が昼寝をしているとも思えないが、しかしただ寝ているだけという可能性もゼロではなく、高志は全神経を集中させながら足を進めた。


「…………おい」


 倒れた熊に向かい、声をかける。何か反応があればすぐさま逃げ出すつもりだったが、しかし熊はぴくりとも動かなかった。高志は少し迷った後に、足元にある小石を手にし、それを熊へ向かって投げつけた。


「死んでる、のか?」


 それなりの強さで投げつけた石は熊の背中あたりに命中し、そして勢いを失った落ちた。人間であればそれなりの怪我をしただろうそれだったが、しかし熊のぶ厚い皮膚の上からではその効果も疑わしい。高志はもう2度程同じように石を投げつけると、ようやく熊に近付く事にした。


「うわ、ひでぇな…………そら俺なんか一瞬で死ぬわ」


 熊のすぐ傍まで歩み寄ると、その口から吐き出した血が地面に溜まり、そしてだらしなく飛び出た舌が確認できた。目はうつろに半開きとなっており、少なく見積もっても200キロはあるだろう巨体がこうなるのであれば、その4分の1程度の自分が瞬時に絶命したのも納得だった。


「タカティン、タカティン、大丈夫そう?」


 出来るだけ抑えた声で、リーベルが木の陰から声をかけてくる。高志が「どうやらな」と発すると、彼女は興味津々といった様子で這い出てきた。


「うわー、本物の熊とか初めて見たよ。迫力あるねー」


 胸に手を当てたリーベルが、感動をあらわにして言った。高志は「大げさな」とは答えたが、しかし自分もここまで間近で見たのは初めてだったので、それなりに興奮してはいた。


「大げさじゃないよ。本当に初めて見たんだから」


「んん? 動物園くらい行った事あるだろ。熊のゾーンはスルーか?」


「小さい動物園しか行った事ないよ。大きいのは遠いんだもん。タカツィン連れてってよー」


「そのうち会う事があったらな。関東か?」


「んー…………内緒」


「地方すらも駄目か。徹底してるな」


 高志はそうリーベルと会話しながらも、意識はしかし別の所に向いていた。それはこの巨体をいったいどう捌けば良いかという事で、手持ちのナイフ代わりの石でどこまでやれるかが不安だった。


「まぁ、やれるだけやるか。途中まで頑張れば、また肉なりなんなりに変わるんだろうし」


 高志はとりあえず血抜きだろうかと、熊頭を掴み、喉元へ石のナイフを押し当てた。


 しかし次の瞬間、高志の体は衝撃を感じ、そして宙を浮いていた。




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