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第14話



「熊が出るのかよ……どうすんだマジで」


 勝てる姿が想像できないどころか、まともに戦っている姿でさえ想像ができない。

 人間は武器を用いなければ大型犬にすら勝てないというが、高志はそれを実感として事実だろうと認めざるを得なかった。もしあれと現実世界で向き合うとするならば、少なくとも機関銃でもない限りは御免だった。猟師はあれを猟銃で狩るというが、逆に殺された例だって沢山あるのだ。


「…………とりあえずひと休みして、少し早めにログインしとくか。またあそこまで行かないと」


 次に高志がログインした際に復活するのは、草原の上となる。しかしリーベルはあの崖の上でゲーム開始となるはずで、合流するには高志がそこへ移動する必要があった。


 高志はいつものクセで昼食を摂ろうとし、しかしリーベルとの会話を思い出して実験的にそれを取りやめると、約束の時間よりも1時間も前にVRデバイスへと手を伸ばした。


 彼はいささかうんざりする程度には見慣れた草原で復活すると、まだ夜がために暗い周囲に少し不安を感じつつ、崖へ向かって急いだ。


「…………あれ?」


 草原を伝って近道をしようと走っていた高志が、異変に気付いて足を止める。彼は視界右上に表示されているパーティー表示をにらみ付けると、リーベルの名前付近に表示されている矢印の方角を見た。


「あいつ、まさか…………」


 矢印の隣に書かれている数字は、ただの1と表示されていた。



「ターッカシー!!」


 草原の上には、元気良く手を振るリーベルの姿。高志は手を上げて声に応えつつ走りよると、「死んだのか?」と単刀直入に尋ねた。


「ログインした直後に死んだ! 超デッケー熊がいたよ! うへへ、あいつやばいね!」


「そうか。つーか、お前楽しそうだな! まじ羨ましいんだけど!」


 心配した自分が馬鹿らしいと、脱力する高志。どうやら熊に殺されたらしいリーベルは元気そうで、落ち込んでいる様子も、傷ついている様子も、どちらもなさそうだった。


「約束の時間はまだ先のはずだし、遅れるとか言ってなかったか?」


 高志の質問に、リーベルは「んーん」と首を振った。


「ちょっとしたらまたログアウトするよ。多分3時間後くらいになるのかな」


 少し沈んだ様子のリーベル。高志は「そうか」とだけ返すと、まだ暗い草原の上に座り込み、そして両手を広げてみせた。


「見ての通りバッグがなくなってる。多分、死んだ時に吹っ飛ばされたんだと思う。水筒が無事なのは助かったが、また干し肉を集める必要があるな」


 高志の言葉に、リーベルが「だね」と頷く。彼女は高志の傍に腰を下ろすと、「でも」と前置きをしてから口を開いた。


「拠点に埋めといた予備もあるし、槍とバッグの材料もあるから、きっとすぐだよ」


「まぁ、な。こうもあっさり死ぬ事を考えると、あそこに拠点を設けたのは正解だったっぽいな。下手に遠いとそこに行き着くまでの危険に対処できん」


「うへへ、あっこに基地つくったのは僕だよ。褒めていいよ褒めていいよ」


「はいはい、偉い偉い。それじゃ俺は君が来るまで作業をしてるから、合流次第また行動を開始しよう。今後どうするかについてもいくらか考えとく」


「あいあい、りょーかい。でもあと2時間くらいは大丈夫だよ。あ、こっちの時間でね」


 ふたりはいつものように横ではなく上下に連なると、拠点へ向かい、作業を開始した。埋めておいた肉は無事だったし、干し肉作成機も置いておいた時のままとなっていた。


 そして予定通り2時間程度が過ぎた時、肉を焼いていたリーベルがその手を止め、「そろそろ時間っす」と残してログアウトしていった。高志は「後でな」と手を振って見送ると、久しぶりの単独行動を開始した。


「…………熊、か。できれば避けて向こう側へ行きたい所だが、どうなんだろう」


 リーベルから引き継いだ肉焼きを行いつつ、ひとりごちる。高志の記憶では熊の縄張りは10キロメートル四方近くはあったはずで、迂回するのであれば相当な大回りをする必要がありそうだった。


「日中に一度遭遇しただけだから、そう警戒する必要はないのか? 通り過ぎるだけだったら問題ないだろうが、わからんな…………見つかったらおしまいなのは確かだが」


 熊は森の中を自動車並みの速度で駆ける事が出来る。一般的に知られたその常識を鑑みると、遭遇後に逃げるというのはどう考えても不可能だった。


 通常であれば野生動物たる熊が索敵殺害よろしく襲ってくるとは思えないが、しかし先程襲われた際の事を考えると、そうであってもおかしくはなかった。ゲーム中の敵というのは、大抵が現実を無視した常識外れの好戦性を持っている。


「いずれにせよ、あそこで待つというのはもう無しか。死を待つようなもんだ」


 高志は良く焼けた肉をこんなものだろうかと火から離すと、少し手で灰を払って落としつつ、干し肉作成機バージョン2の網棚へとそっと置いた。


「っとと、忘れる所だったな」


 使用回数カウンター。3本柱のひとつに刻まれたそれをつけるため、高志は傍に置かれた石を手にした。そして新たに2本の線を追加すると、もういくらもしないうちに使用限界が来てしまいそうな事に気付いた。


「一回バラして作り直すか……あぁいや、どうなんだ。材料が同じだと耐久度も同じか? だがそうなるとメンテナンスすらできんぞ」


 干し肉作成機の前で、腕を組んで立ち尽くす高志。彼は網棚を吊り下げる為のツタが切れそうになっているのを見つけ、藪の傍にある予備のツタを取りに行った。


「…………ぬぅ。どうしたもんかな。これ交換したせいで寿命が変化するとかになったら、それこそ実験にならん」


 高志は新しく持ってきたツタを手にしたまま、どうしたものかと悩み続けた。ネズミを捕まえ、火を起こし、肉を焼き、それを作成機に乗せる。その労力を考えると、もしツタが切れて干し肉作成が失敗でもしようものなら、結構なストレスになりそうだった。


 ――スキルが上昇しました 鑑定0.3――


 中空に現れるメッセージ。当初高志はいつもの事だとそれを半ば無視しようとしたが、しかしすぐにびくりと驚きの反応を示す事になった。


「…………鑑定? 何をだ? もしかしてこいつか?」


 高志は縋るように干し肉作成機へ飛びつくと、それをつぶさに観察し始めた。自分で作成したものなので構造等はわかりきっていたが、改めてそれを確認していく。


 ――鑑定成功 工作機(干し肉)未熟 危険 使用回数 2/10――


 15分も見続けた末に、ようやく現れた表示。高志は「おぉ」と感嘆の声を漏らすと、それぞれの表示が示す所を考え始めた。


「未熟というのは、そのままか。使用回数もそうだろうが、しかし危険というのは何だ?」


 思考を口にしつつ考えた高志は、すぐに思い当たる出来事がある事に気付いた。


「リーベルが爆死したっていう、あれか?」


 高志は柱にある傷が8本である事を確認すると、やがて発光と共に出来上がった干し肉を草で包み、それをそっと地面へと下ろした。彼はその後少しの間を悩むと、やがて意を決し、干し肉作成機を持ち運び始めた。


「このあたりなら、大丈夫か」


 高志は人ひとりが隠れるには十分な大きさの起伏がある場所まで干し肉作成機を移動させると、懐に忍ばせた最後のネズミ肉ふたつを取り出し、緊張しつつ網棚の上へと置いた。


 そしてすぐさま、急いで起伏の下へと駆けて行く。


「……さぁ、どうなる」


 腐葉土の上に滑り込み、顔は手足が出さないように気をつける。そして彼は寝そべったままの姿勢で、しばらくを待った。


「…………あれ。駄目か?」


 直接見たわけではないが、周囲の木が薄らと青みがかった事から、干し肉完成の発光が起きている事を知る。そしてそれが消えたと同時に料理スキル上昇のアナウンスが流れ、高志は予想と違う終わりになった事に首を傾げた。


 ――工作機(干し肉)が壊れました――


 流れるさらなるアナウンス。高志は「ふむ」と鼻を鳴らすと、恐る恐る立ち上がった。

 そして次の瞬間、轟音と共に高志は吹き飛ばされた。


 ――スキルが上昇しました 衝撃耐性0.25――

 ――未熟な道具の過剰使用により、高志は死亡しました――


 暗転。そして白いメッセージ。高志は呆然としたまましばしそうしていたが、やがていつものように耐えがたい5分間を耐える時間が始まった。


「…………いや、爆発はおかしいだろ」


 疲労感と倦怠感から回復した高志は、そうひとりで誰へともなく突っ込んだ。彼は再びファンタジアの世界へログインすると、慌てて思い出して水筒の無事を確認し、次からはどこかにしまっておこうと心に決めた。


「ちゃんと干し肉は残ってんのか…………それはそれで納得がいかんが」


 高志は先程の実験場へ戻ると、爆散した木片の中に、傷ひとつない干し肉2つが転がっているのを見つけた。彼はそれを拾い上げると、少し考え、そして思いついた。


「これ、罠に使えるんじゃないか?」


 作成機の爆発にかなりの威力があるのは間違いなく、今回もそれなりの距離をとっていたにも関わらず吹っ飛ばされる事となった。手法はともかくとして、どうにかして熊をおびき出す事さえ出来れば、これで仕留める事ができないだろうかと。


「…………ものは試しか。不意打ちで殺されるくらいなら、挑戦してみるのも悪くないはずだ」


 口では気をつけようと言いつつも、知らず知らずのうちに死に鈍感になりかけていた高志は、そう言ってにやりと笑った。彼はさっそく試してみるべきだと自分に言い聞かせると、吹き飛んだ材料の中にある使えそうな木材を拾い集め、そして拠点へと戻った。


 ――工作 大成功 工作機(干し肉) 普通 使用回数20/20――

 ――工作スキルが上昇しました 1.05――


「…………いや、違う。そうじゃない。今欲しいのはそれじゃない。有り難迷惑だ」


 なぜか出来上がってしまった、質の良い工作機。発光と共に完成されたそれは、妙にバランスのとれた、それなりの経験者が作り出した一品のような仕上がりとなっていた。曲がっていた支柱の柱は真っ直ぐに伸び、不揃いだった網棚のパーツはほとんどが均一のそれに変化していた。


「壊してもう一回…………いや、もったいない気がする。けど材料が……」


 高志はしばらくの間を悩むと、結局新しい材料を拾いに行く方を選択する事にした。彼はどうせ最低10匹のネズミも必要になるんだと自分に言い聞かせると、周囲をうろうろと歩き始めた。




高志、完全にあれの存在を忘れる

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