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第12話


「きゅぅううっじつっだよぉおおおっ!!」


 槍を持った美女が木の槍をぐるぐると回し、妙なダンスと共に全身で喜びを表現している。高志はすっぽ抜けた槍を慌てて拾いに行くそんなリーベルを無言で眺めると、元気があってよろしい事だなどという、年よりじみた感想を思い浮かべていた。


 土曜日。すなわち、仕事上の締め切りが差し迫った状況でなければ、高志の会社も多くのそれと同様に休みとなる曜日。その日高志は朝早くからファンタジアの世界へとログインし、本格的な周囲の探索へと備えた準備を行っていた。


 現状必要なものは、食料、水、そして武器。この3つが、行動範囲を押し広げる最低限の用意となる。


 食料はやたら大量に見つかるジャイアントラットの肉を加工した、干し肉。武器はリーベルお手製の、先端を尖らせた木の槍。これは折れる可能性も考え、お互い予備を手にしている。

 

 そして水に関しては、昨日作成した皮製の水筒を懐に忍ばせてある。リーベルが見つけたという木の皮の繊維は糸としての役割いを十分に果たし、毛皮を縫い合わせる事で、不恰好ではあるが実用性のある皮袋を作ることが出来た。


 出来上がったのは糸の強度やそれを通す穴の間隔やら――石と木では細かい穴を作るのは難しい――で、何箇所から水漏れがしてしまうような代物だったが、そういった場所は樹脂で塞ぐ事で対処した。固まりきってない樹脂は水に嫌な味を染み出させたが、それでも飲めない程ではなかったので、常用水ではないからと我慢する事に。


「まぁ、一日たっぷり遊べるな。あぁいや、遊ぶってのとはちょっと違うのか?」


 高志はリーベルへ向かってそう言うと、自分の発言に考え込んだ。目的は金目の物を手にする事なので、仕事と言えば仕事ともとれる。


「別に遊ぶでいいじゃーん。誰に怒られるでもないよ!」


 元気なリーベルがそう返してくる。高志は「そうだな」と思考を止めると、地面に置いておいた胸掛けバッグを手にした。既に何度も壊れ、修復が重ねられたそれは、見た目こそ悪いが、前よりもずっと実用性の高い代物へと変わっていた。


 最も大きな変化は、以前はただ草をツタで巻きつけただけの、いわゆる風呂敷的な構造で作られていたバッグが、現在では木のフレームを使用したボックスタイプになっている事だった。


 イメージで言うと二宮金次郎像が背負っている薪の背負子しょいこに近いもので、しかし胸の方へかける構造となっている。両肩を少しすぼませれば簡単に外れるため、いざという時の着脱が容易となっていた。危険が迫ればすぐにしゃがみ、リーベルトバッグ両方地面へ下ろし、戦闘態勢に入る事ができる。これは実際に何度も実際に試し、練習を重ねていた。


 なお、水筒をバッグに入れずに懐に入れているのは、現状で最も価値のある代物だからだった。毛皮はなかなか手に入らないし、作成に手間がかかる。もし荷物を放って逃げ出す必要がある場合も、こうしておけば少なくとも水筒は無事となる。


「お? お? 出発ですかな?」


 うきうきとした調子でリーベルが尋ねてくる。高志がそれに頷くと、彼女はさらに「水は汲まないの?」と首を傾げた。


「基本的には川沿いを中心に探索する予定だからな。迷わないし、人里に出くわす可能性も一番高い。水って意外に重いから邪魔だし、必要になった時に汲めば良いだろ」


 高志の説明。それにリーベルは納得したらしく、「りょーかい」と親指を立ててきた。


「それじゃ、行くか。ほれっ」


 バッグを胸にかけた高志が、リーベルに対し立ったまま背中を向ける。高志はよろよろとしながらも立ち上がる彼女を横目に見ると、やがて背中に負ぶさるのを待ち、そして歩き始めた。



「ねぇねぇタカシ。タカシって今日一日休みだよね。ずっとこっちにいれるの?」


 歩き始めてからしばらく。藪から少し距離をとった森の中を歩いていると、リーベルがそんな事を尋ねてきた。


「まぁ、そうだな。特に予定もないしそうするつもりだが、ぶっ続けは無理かもしれん。多分夏バテだとは思うんだが、最近夜に食欲がないんだよ。調子が悪くなるかもだ」


 全く食べれないというわけではないのだが、なんとなく腹が空かず、軽いものだけで満足してしまう。高志はここ数日そんな状態だったので、リーベルには誤魔化したが、風邪の引き始めではないかと疑っていた。


「あ、それ違うと思うよ」


 背中の上で、リーベルが言った。高志は足を進めながらもちらりと振り返ると、「何がだ?」と尋ねた。


「いや、だからお腹が空かない理由。夏バテとかじゃないよ」


「ん、占いか何かの話か?」


「やーやー、違うよ。僕にそんな乙女な趣味はないから。そうじゃなくて、こっちでご飯食べてるからだと思うよ」


「こっちで? あぁ、有り得るかもな。これだけ実体感がある状況で食事してると、脳が満腹だと誤解してもおかしくないわな…………む、そう考えると結構危ない気がするな。お前、栄養失調とか気をつけろよ?」


 もしリーベルの言う通りだとすると、現実世界での食事が疎かになる可能性がある。それは夜に数時間プレイするだけの高志はまだしも、結構な時間をこちらで過ごしている彼女にとっては危険な事のように思えた。


「ふっふっふー、違うんだな、タカツィン二等兵。錯覚とかじゃなくて、実際に食べてる事になってるっぽいよ」


 得意そうな声色で、リーベルがそんな事を言った。驚いた高志が「はぁ?」と声を上げると、彼女は「実験したもん」と発してきた。


「ログインする前に体重計に乗って、ゲーム中で一杯食べて、ログアウトした後にまた計ったの。どうなったと思う?」


「どうなったのって、その様子だと増えてたって事か。まじでか?」


「うん。1キロ増えてた。普通、減る事はあっても増える事はないよね?」


「まぁ、食うか飲むかしない限りはないだろうな。つーかそうだとすると、正直かなり怖いんだが。こっちでの出来事が、大なり小なり向こうにも影響が出るって事だぞ?」


「…………あー、言われてみればそうだね」


「色々わかってない以上、あんまり無茶な事はしない方がいいかもな。少なくとも、死はできるだけ避けよう。なんかあった時に取り返しがつかん」


「うん。そうだね…………ちなみにだけど、もう2日間向こうで何も食べてないけど、体調いいし元気。お腹も空かない」


「たべてない…………って、お前、何考えてんだ!」


 立ち止まり、後ろへ向かって怒鳴る高志。するとリーベルが慌てた様子で両手を振り、「だいじょぶだいじょぶ!」とさらに首まで振った。高志は何が大丈夫なものかと彼女を下ろそうとするが、しかしリーベルは高志にしがみ付いたまま下りなかった。


「ほんとに、ほんとに大丈夫。僕んち病院だから!」


「病院て、だからなんだっつーんだ。毎日血液検査してくれるわけでもねぇだろ」


「んーん、してる。毎日必ずってわけじゃないけど、しょっちゅう」


「…………あー…………うん。そうなのか…………すまん。怒鳴って悪かったな。でも、本当に気をつけろよ」


「やはは、わけあって一時的に入院してるだけだから、大丈夫。気にしないでね」


 いつもの元気な声ではなく、落ち着いた声でリーベルがそう言ってくる。高志は何と返して良いかわからず、「あぁ」とだけ短く答え、そして歩きを再開した。


「………………」

「………………」


 しばらくの間を、無言で進む。周囲には風にあおられる木々の音だけが流れ、それに時折鳥のものと思われる散発的なアクセントが加えられる。高志は足元の注意が疎かにならないように気をつけながら、少しだけ彼女の方を見た。


 少なくとも、嘘を言ってるようには思えない。それがまず浮かんだ、高志の考えだった。彼女はどう見ても嘘が得意な人間には見えないし、高志が怒鳴りつけたが為に咄嗟に吐いた嘘とするには、あまりに内容が内容だった。


 それに入院中という事であれば、確かに四六時中こちらへ来ている理由としては申し分ないものと言えそうだった。高志も以前足の骨を折って数日間を病院で過ごした経験があり、そのあまりの暇さに辟易としたものだった。


 彼女の場合がどうなのかは知らないが、高志の場合は外科的な要因だったので、足は痛いが具合が悪いというわけではなく、とにかくそれ以外の体は元気だった。ゆえにただ寝ているだけという生活は本当に苦痛で、今でもその辛さは良く憶えていた。


「そらまぁ、入り浸りたくもなるわな」


 小さく、口の中だけで呟く。それにリーベルが「ん?」と疑問の声をあげたので、高志は「いや」と首を振ってから口を開いた。


「病院でチェックしても問題がないって事は、きっと大丈夫なんだろうと思ってな。俺の食欲の説明もそれでつくし、この不思議世界が関わっている以上無いとも言い切れん」


「だよね? だよね? それでさ、タカシって一人暮らしなんだよね? これって食費が浮くんじゃない?」


「あー、それは結構助かるな…………なるほど。一攫千金はともかく、わずかながらも利益が出てると考えると悪くはないな」


 自炊でもしているならばともかく、高志のように出来合いだったり外食だったりで済ませてしまうような者にとって、食費というのは生活費の中でもそれなりの割合を占める項目だった。


 夕食だけをとっても月に30回は摂取する必要があるわけで、合計すれば2万から3万といった金額になる。もしファンタジアで食事を済ませる事ができるなら、朝食にかかるいくらかも加味すれば、簡単なアルバイト程度の収入と捉える事ができそうだった。


「ちょっとやる気が出てきたな…………干し肉ばっかで既に飽きそうだってのはあるが、我慢できない程でもない」


 小さくぼやく高志。それにリーベルが「だよね!」と嬉しそうに背中で揺れる。高志は「偏るとあれだからビタミン剤くらいは飲んどけよ」と注意を促すと、彼女は「イエッサー!」と後ろで敬礼をした。



 その後もふたり探索を続け、途中で食事を摂り、川の水で喉を潤し、手ごろな岩や倒木に腰掛けて休憩しつつ、3時間近くを歩き続けた。


 本来であれば地図のひとつでも作りたい所だったが、しかし紙もなければ鉛筆もなく、高志は頭の中にそれを描きながら移動した。職業柄地形や位置を3次元的に捉える事は得意であり、そう困難な事ではなかった。


 移動の困難な藪の群生があれば水筒に水を満たして迂回し、生活の改善に役立ちそうな何かがあればチェックをした。登攀の必要があるような小さな崖には石を使って足場を掘り、先に登った高志がリーベルを引き上げた。


 途中でリーベルのアイデアにより、彼女の右足を高志の腰へとツタへ吊り下げるようにする事で、高志は槍を持つ手を自由に動かす事が出来るようになった。彼女はそれをあぶみと名づけたがったが、高志はがんとしてその名を拒否した。


 ふたり顔や手足に擦り傷をつくり、服を泥だらけにしながらも、そうやって先へと進んでいった。



「おー、おーおーおー! なにここ! 凄い凄い!」

「これは、絶景だな…………」


 森の奥に何やら開けた空間を見つけてからしばらく。何だろうかとそれに向かって歩いていったふたりは、やがて辿り付いた空間に感嘆の声をあげた。


 彼らが立つのは、高い崖の上。眼下には大パノラマが広がり、追ってきた川の水は崖下数十メートルに向かって落下している。水量の少ない川の水は中空で霧散してしまっているようで、滝というよりは局所的な雨を作り出すに留まっていた。


 左右を見渡すと同じような崖が延々と続いており、いわゆる渓谷と呼ばれる地形である事が理解できた。200メートル以上はあるだろう対岸には自分らの後ろに連なる森と同じような環境が続いており、崖下も同様だった。


 しかし大昔にこの大地を削ったのだろう川の流れは確認できず、地殻変動や何かで流れが変わったか、もしくは地下にでも潜ったのだろうと高志は予想した。


「下りれる場所は…………さすがに無いか」


 地面へと伏せ、顔を突き出し、慎重に左右を見渡す高志。しかし少なくとも視界に入る範囲には、川底に相当する下部へ下りられそうな箇所は見つけられなかった。渓谷はゆっくりと蛇行しているようで、遠くの方は岸壁がこちらを向いていた。


「タカチン、あれ何かな?」


 崖向こうを指差し、リーベルが言った。高志は目を細めて彼女の指先を追うと、やがて対岸に、円錐状に詰まれた何かがあるのにに気付いた。


「何だろうな…………人工物っぽいが、わからん。石か?」


 正確にはわからないが、おおよそ1メートル程の高さに詰まれた大小の固まり。恐らく石だろうと高志は検討をつけたが、しかし実際にはわからなかった。


「向こう側、行きたい!」


 興奮した様子のリーベル。高志もようやく見つけた何かに段々と高揚してくるのがわかり、落ち着かせるようにと深呼吸をした。


「そうだな。なんとか向こう側に行く方法を見つけよう…………あっ!!」


 謎の人工物のそばで動いた、小さな何か。思わず声を上げる高志。


「た、タカシ! ねぇ! あれって!」


 リーベルもそれに気付いたらしく、高志の肩を持って揺らしてくる。彼はわかってるとばかりに頷くと、目を細め、目を凝らした。


 そして細めた目によって少しだけ暗くなった視界が捉えたのは、ひとつの人影だった。



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